第35話 グランドシティ

「何だと……?」


 思わず聞き返すソウジ。

 無理もないだろう、仮にもこちらは魔族最大の敵である人間かつ同族を無残に蹴散らした存在であるのだから。

 更にはまるで知っていたかのような余裕坦々な態度を取り続ける姿勢に警戒の心は一層強くなり、咄嗟にセラフは主人を護衛する形で前へと躍り出る。


「なっ、何を蒼の騎士様ッ!?」


「ご乱心なされたのかッ!」


「こんな劣等種族を我らの聖域になど!」


 どうやら困惑はソウジだけでなく同族である敗戦を喫した騎士達にも伝染しており、堪らず唖然の言葉を次々に吐き出す。

 根底にへばりつく拭えない差別意識が浮き彫りとなった瞬間、アヴァリスは呆れのため息と共に言葉を紡いだ。


「劣等種族……その存在に無様な敗戦を喫した貴様らは一体どう称せばよい? 蛆と呼ぶべきか、いやそれは蛆に不敬を働く」


「ッ……それは……しかし」


「言っておくがこれは妖精王直々の命だ。背くことの意味が分からない愚か者はこの場にはおるまい」


「ッ……!?」


 反論できない痛烈な事実と妖精王の双璧は尚をまだ食い下がろうとした騎士達の言葉を詰まらせ完全に屈服させた。

 まさに強者と弱者の縮図、数分前までは獅子の如く傲慢な態度だった者達もさらなる脅威の顕現に子犬のように縮こまる。

 不服はあるが逆らえない、やるせない感情は騎士達の表情筋を大きく歪ませた。


(妖精王直々だと?)


 つい思考を停止させてしまいそうな一方的な雰囲気に流されそうになったがソウジはある言葉を聞き逃さない。

 妖精王直々……グランドシティの覇者である存在からの命という言葉にソウジは眉をひそませていく。

 痴れ者と罵られ屈辱を露わにする騎士を尻目にアヴァリスは興味を唆られるソウジへと再度瞳を向け、狙いを定めた。

 

「興味本位でこの地へと踏み入れようとする者はいない、あればどうしようもない狂人か常軌を逸する大義を持つ者のみ、君達は後者であろう、その目を見れば分かる。我らグランドシティに用があるのだろう?」


「……どういう風の吹き回しだ? 仮にも人間であり、最低最悪の敵であるはずの俺達を歓迎するとは」


「そんなに警戒しないでも良い。ここで首を切り落とさないのは我が王が君達に興味を抱いたから、それだけのこと。お互いに有用な提案をさせてもらっている訳だが」


「興味ってことは……妖精王とかいう奴は既に俺達を認知しているのか? 一体どんなマジックを使って」


「それはこちらの要請に応えるのであれば明かそうではないか。我が王の願うこともな。等価交換というやつだ」


 妖精王直々の申し出。

 つまりは何らかの形でこちらを監視していると察するのは容易であり、堪らずソウジは周囲を見渡すが異変は確認できない。

 これもパプレリス族が誇る技術の一角なのかと理性を保つ為に自己解釈を行うとソウジは熟考を重ねていく。

 やはり予定調和とは行かない想定外続きの旅路は心に焦りを灯すが彼を律しようと背後からはセラフの囁きが鼓膜を震わした。


「我が主人、ここは受け入れるべきかと」


「セラフ……?」


「どの道、相手方には既にこちらの存在をマークされている。目的地点がグランドシティである以上、この切羽詰まった状況で遠回りを選択するのはパーフェクトではない」


「だが奴らを信用しろと?」


「信用なんぞしていません。ですがこのイレギュラーは寧ろ好機に繋がる可能性もある。そう判断したまでです」


「大丈夫だよマスター、もしもがあっても何のために私達がいると思ってんの?」


 追随するように悩める創造主へ向け、フレイは満面の笑みで彼の背中を押す。

 実際、彼女達の言葉は理に適っており、ここで変に抗うのはただ自ら首を絞め、遠回りすることにしかならない。


(パプレリス族……一体何を考えてる、だが逆に言えばグランドシティへの近道になるかもしれない。無駄な闘いは避けたい)


 パラダイム・ロストを破壊し、第三の道を選んだ上でクラス全員で無事に帰る、その目的の為ならばこの誘いに乗ることは最適解と言える事であった。

 様々な理性を天秤にかけつつも長い時間は許されていないソウジは決断を下し、気丈に振る舞っていく。


「……分かった、しかし一つだけ約束して欲しい、こちらに危害は加えず命の保証をするということを。それならこちらもアンタの要望に応じる」


「我らは誇り高い上位に値する種族だ。パプレリスの名においてここに誓いを唱えよう。我らはこの契約を破棄しないと」


「何故興味を持ったのかは知らないが俺達は一つだけ聞きたいことがあって無謀ながらここに参上した。出来ることなら話し合いで解決したい」


「我らも端からそのつもりだ、そうでなければここに転がる者を愚弄とは呼ばん。ならば契約の成立と行こうではないか」


 承諾の意を伝えるとアヴァリスは見る者を魅了する透き通った笑みと共に蒼の剣を鞘から引き抜く。

 瞬間、剣に纏っていた魔力が周囲に拡散し、一陣の風を巻き起こしやがて竜巻へとなり変わった突風は彼の周囲で暴れ狂う。

 気を抜けば空中へと身を投げ出されてしまうような突然の勢いにソウジは怯み、思わず尻もちをついてしまった。


「投影召喚、蒼嵐龍ベノニクス」


 発せられた詠唱と共に目の前に顕現したのは巨大なる蒼の龍。

 大空を支配するように雄大に羽ばたく姿はまさに蒼嵐龍という肩書にに相応しい畏怖と威光を放つ。

 瞳孔の開いた翡翠の瞳は美しくも底知れぬ不気味さを感じさせ狩る者としての威圧感にソウジは思わず息を呑み込みフレイは強者の匂いに目を光らせた。


「おぉッ! 強そうなドラゴン!」


「ッ! 何だこいつ……!?」


「蒼嵐龍ベノニクス、極東に位置する寒冷地帯に生息する魔龍族の一角です。蒼く清浄なフォルムとは裏腹に激情的な闘争本能を宿す危険値の高い魔族です」


 髪を靡かせながらセラフはフェリスの書物からインプットした魔族の知識を放出し、客観的事実を動転する彼へと伝える。

 だが何処か違和感を感じ取ったようで彼女は身も竦むような相手に物ともせずに疑問をアヴァリスへと放つ。


「立派な龍だこと。召喚魔法の類かと思いましたが……この龍は偽物ですね? 血流などの生命維持の機関を確認できません」


「ほぉ? 初見でその原理を察したのは君が初めてだな聡明なる淑女」


「完璧と美麗をつけ忘れています。やはりこれは実態をモデルとした模倣の生物、だからこうして貴方にも忠誠を誓っている」   


 捧げられた褒め言葉にも「足らない」と一蹴したセラフの内部に搭載されている学習分析システム、バレエソニッカー。

 実際はソウジがそう設定したという話だがお陰で彼女は解析能力によって相手の構造を瞬時に見抜くことを可能としていた。

 アンドロイドという概念がないこの世界で彼女の原理を理解出来ているのは精々ソウジ程度なのだが。


「投影召喚……召喚系統の魔法を応用し、我らの技術班が開発した新たなる無属性の魔法技術。お陰で我らはより効率よく、より精密な疑似生物を召喚出来るようになった」


(疑似生物……ヘレニカが使用していた魔法とはまた違う原理か、どんだけ手札があるんだこのエルフ達は……?)


 枯渇が見えない技術力のオンパレードはフェリスが発した高い知識を持つという事実をこれでもかと裏付けている。

 王道と言える魔法とは違う鋭い変化球の数々にソウジは一種の畏怖を覚える中、いつの間にか擬似生物である蒼嵐龍ベノニクスは更に複数生成されていた。 

 疑問符を顔に出すソウジへとアヴァリスは「何故腑抜けた顔をしている?」と言わんばかりの清々しい笑みを向ける。


「えっ?」


「ん?」


「へっ?」


「はっ?」


「いや……何で複数も出現させたんだ? ご丁寧に俺達の人数分を」


「何をボケている? グランドシティは空中に存在する都市国家だ。これは君達の移動手段に決まっているだろう」


「はぁっ!? ちょっと待て、まさかこれに乗って自分達で行けっていうのかよッ!? 急にこの龍に乗って飛べとッ!?」


「安心しろ、しっかり君達の護衛は行い、案内の先導も我らで行う」


「あぁ……なら安心だな、って問題はそこじゃねぇよッ!?」


 護衛、案内、それは勿論有り難い話ではあるのだが今そこは問題ではないだろう。

 手綱や鞍は備えられているとはいえ、龍の騎乗など現代にあるはずがなく勿論ソウジも経験なんてものはありゃしない。

 いきなり龍に乗れと言われ「はい分かりました」と二つ返事で了承できるはずもなく、ソウジは堪らず苦言を呈していく。

 だが、アヴァリスが放った眼光と言葉はソウジの反論へと覆いかぶさった。


「我らの同胞を倒したのだ、経験なくともこれくらいの芸当は出来るはずだろう。我が王が見定めたのだぞ」


「いやそう言われたって……」


「それに少しは立場を考え給え。王の命により丁重に扱っているが君達はあくまで領土侵犯を行い我が同胞を負傷させた存在、大罪人として処刑する権利を我々は有している。多少の無理強いは受け入れて欲しいな」


 中立区域を勝手に侵略して領土支配を謳ってんだろとツッコミを入れたい所だがそれが愚行であることは理解している。

 多少不満はあれど現状この区域での正義は彼らに存在しており、穏便に済ますのならば承諾するのは当然だろう。

 敵はとにかく殺しまくるスタイルではないソウジは数拍の末に不本意ながら「分かった」と同意を口にしたのだった。


「宜しい、第一部隊は先導の役目を果たせ。以外の部隊は護衛の任に就き給え。これは王直々の命であるぞ」


「ハッ!」


 アヴァリスの指示に直属の騎士達は声高々に返答し、同じく生成されたベノニクス達の手綱を引き始める。

 着々と進められる飛翔準備だが寧ろ何処か面白そうと表情を緩めているフレイとは裏腹にソウジの不安は拭えずにいた。

 しかし時間はそう都合良く待ってくれるなんてことはなく、騎乗すらままならないソウジの覚悟など構いもせず気づけば龍達は大きな翼を羽ばたかせ始める。


「ちょ、どうすりゃいいんだよこれ!?」


「大丈夫だよマスター、こういうのは本能に任せた勘でさッ!」


「お前みたいに天性の勘はないんだよ!?」


「ご安心を、骨は拾いますから」


「死ぬ前提で言わないでくれる!?」


 双方から飛んできた何処かズレた言葉はソウジを余計に焦らす事にしかならず、先陣の騎士達は既に飛翔を始めている。

 半ばパニック状態で騒ぎ散らす彼を横目にアヴァリスは優雅に手を掲げながら部下に指揮を飛ばすのだった。


「さて勇敢なる者よ……楽しい空中散歩と洒落こもうではないか?」  


「ちょ、まっ!?」


 瞬間、愉快さを覚えるような声色でそう呟くとアヴァリス率いる騎士達は次々に宙を駆けていく。

 凄まじい風圧は周囲を吹き飛ばし、蒼き流星を眩く光らせながら龍達は超高速による疾駆を始めるのだった。


「嘘だろォォォォォォッ!?」


 襲い掛かる意識が飛ぶ突風。

 心の準備が出来ぬまま始まった命懸けを極める空の旅にソウジの絶叫は放たれるが直ぐにも空間へ掻き消されていく。

 見事なまでに蒼い流星と化して飛んでいく龍達は一瞬の内に地上から姿を眩ませ、白雲が浮かぶ空へと突入を始めた。

 

「ヒャッホォォォォイ! いやぁ楽しい、これ楽しいねマスターッ!」


「何処が楽しいんだァァァッ!」


 乗りこなす、というより最早振り回されていると称すべき不格好極める飛翔。

 流石の順応性で直ぐにも乗りこなすフレイとは裏腹に左右へ上下へ好き放題に揺れ動くソウジはセラフの補助がなければ既に空中へと無慈悲に投げ出されていただろう。

 高所恐怖症と三半規管の脆さのダブルパンチは意識を朦朧とさせ、嘔吐感を一気に増幅させていく。

 マレンでの馬乗に続いてまたも馴れない操作にソウジは顔面蒼白に包まれる中、突如として龍達は停止を行う。

 

「うおっ……な、何だ?」


 あと少しでも滑空を続けていれば胃液を吐き出す寸前だったソウジは突然のブレーキについ身を投げ出されそうになる。

 何事かとセラフやフレイを振り向くと二人は共に前方を深く見つめ、興味深そうな表情を明白に浮かべていた。

 追随するように彼もまた視線を向けるとそこには大規模の美しい都市が一つ。


「ッ……!」


 声にならない驚愕。

 まさに理想郷と称するに値する国家。

 天空に浮遊する様は天国を彷彿とさせるものであり、白を基調とする景観の節々には機械仕掛けの装置が備えられている。

 遠目からでも建造物一つに高度な技術が用いられていると察知するのは容易であり、中心部にはこちらを歓迎するように一つの秀麗なる塔が荘厳に聳えていた。


 華美と形容すべき光景は緊張に包まれていたソウジの心を瞬く間に癒していく。

 マレン王国が地の楽園ならば、こちらは天の楽園と呼ぶべきだろう。

 円形状の天空に浮遊する都市は彼だけでなくフレイやセラフの心も懐柔を果たす。

 ただ目を奪われるしかない彼らへとアヴァリスは誇らしげな自尊心に包まれる瞳で言葉を紡いでいく。


「ようこそ、我らパプレリス族が誇る近代国家、天空都市グランドシティへ」


 ユズ達と共に元の世界へ帰る為。

 パラダイム・ロストを破壊する為。

 セイン達を見捨てられない為。

 生き残りたいが故に人間と魔族、絶滅戦争を避ける第三の道を模索する為。

 理不尽に見捨てられ、この世界の残酷なる理に反しようとするソウジ達が導かれた新天地は実に美しく、靡く心地よいそよ風は興奮に満たされる肌へと触れるのだった。

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