第34話 蒼の騎士

「クソッ、何故貴様がここにいるッ!」


「何故? ハッ、ハハッ! アンタ達の甘さと天が私に味方した、それだけのことよ」


 壊れたように激情的に笑いながらヘレニカは声高らかに応える。

 言葉に籠もる憎悪、殺意がまるで靄のように姿を現し女へと覆いかぶさっていく。


「甘さ……まさかその身体であの洞窟から抜け出したって言うのかッ!?」


「半分正ッ解! アンタ達が襲い掛かった日が丁度供物回収の日と重なって助かったわ。お陰で私は同胞からの起死回生の救いを得ることで共に復讐を遂げれる!」


 生き地獄を与えようと下した罰。

 本来ならば無事に執行されるはずだが母性に狂う魔導師に与えられた幸運が絶望へと救いの糸を一本だけ垂らす。

 村民を含め、無慈悲に掻き集めた供物を捧げる日が重なっていた事実は流石のセラフでもそこまで備えが回っていなかった。

 

(供物の回収……チッ、よりにもよって何て悪運の強さを持ってんだこの女は。こいつらはグランドシティからの派遣部隊か)


 厭わしく表情を歪めるソウジに心の髄から鬱憤を晴らそうと悶えているヘレニカは上機嫌に歯茎を剥き出した笑いを見せる。

 呼応するように騎士達も生かしてしまった故に想定外を引き起こした彼へと嘲笑の声を次々に上げていく。

 周囲の態度を咎めをすることなく、寧ろ囃し立てるようにリーダーの騎士は手を叩き、高らかと声を発するのだった。


「フハハハハハッ! どれ程の人材かと期待していたが所詮はその程度か、生きながらさせてしまうとは言語道断、やはり人間というのは実に甘く下等な存在だな」


 周囲は既に勝ちを確信しており、一部の者は上物の美貌を備えるフレイ達へと艶めかしい視線を送っている。

 対等とはかけ離れた態度と言動を繰り出すとリーダーは筋肉質なゴツゴツとした手をソウジへ差し出しを始めた。

 

「まぁいい、それはそれとして貴様、こちらから一つだけこの世界で生きながらえる可能性を与えてやろう」


「可能性?」


「人間は下等極まりないがこの魔導師を討ったという非凡な実力は興味を唆られる、我らパプレリス族及びサーレスト妖精王の奴隷として力を振るい給え。さすればこの混迷なる世界において命の保証をしてやろう、いやそうするべきなのだ貴様らは」


 勝手に話を進めて、勝手に結論づけていくその様に迷いはなくサーレと同じく心の底からこちらの意見が正しいと言わんばかり。

 セラフの心地よい柔軟なナルシズムとはかけ離れた雄弁はソウジのトサカを刺激し、突然のように従う訳がなかった。


「話はそれだけか?」


「何だと?」


「結論から言えば奴隷になる気はない、それにアンタ達と徒爾に争う事も好まない。出来るなら話し合いで場を治めたいが」


「……人間、自分が何を言っているのかよく分かってないのか?」


「分かった上で言っている、きっとこのまま戦えばアンタ達の誇り高いプライドを切り裂くだけになるだろうからな」


 穏便に済ませようとも苛立ちを隠せないソウジの発言は相手の琴線に触れるには十分過ぎる物であった。

 このクズにもう慈悲は与えんとパプレリス族は切歯扼腕の想いを抱きながら力強く紅のグリップを握り締める。


「そうかそうか、ヘレニカから聞いた通り、随分と生意気の欠落した心の持ち主でもあるとはな、貴様には少し礼儀というものを教えてやらなければならない……超速破」


「さぁやっちゃいなさい、まぐれで勝ちを盗み取ったその穢らわしい子供達をッ!」


 ヘレニカの絶叫は開戦の幕を下ろし、騎士達は詠唱後、脚部に顕現した魔法陣と共に鎧は真紅の発光を始めた。

 刃を携えると躊躇うことなく地を蹴り上げると騎士達はソウジの肉眼から姿を消す。

 

「消えた……?」


 いや消えたのではない、正確に言えば視認不可能な領域から繰り出される超加速。

 わずかに生まれる空間の歪みが弱点ではあるがそれでも常人ならば捉えるのは至難。

 身を捻りながら肉薄する騎士達は疾速からなる不規則なる軌道で相手を翻弄する。


「超加速……我らパプレリス族を含む上位種族のみが使用できる速度上昇の肉体強化魔法、更に独自の魔力強化によって性能は平素の出力の四倍に値する効果を発揮する、視認できないだろう? そうだろう、人間如きが出来るはずがない、この崇高なるパプレリス族の魔法からなる斬撃にはッ!」


 まじまじと悪趣味に相手の表情を仔細に観察し、先手必勝とフレイに目掛けて超速からなる斬撃を迷わずに仕掛けていく。

 一切のブレがない卓越した剣技、死すらも理解出来ぬまま喉元を掻っ切るべく刃先は確実に生き生きとした首へと接近した。

 これこそがパプレリス族の力、たかが人間如きはただこの脅威の力に屈するのみ。


 バシッ__。


「はっ?」


「説明なっが」


 だがその誇らしいメンタルも彼女達の前では慢心に塗れた傲慢にしかならなかった。

 飽き飽きする耳が腐る自慢話にツッコミを入れたフレイは剣を素手で掴み取ると握力に身を任せ粉々に握り潰す。

 破壊を意味する音が空間へと鳴り響き、不敵さを極めていたリーダーの表情は瞬時にして疑問符へと包まれていく。


「なっ……我らの速度が」


「もっと馬鹿にも良い子にも分かるよう……簡潔に話せいッ!」


 ドグォッ__!


「ゴハァッ!?」


 マスターが舐められた怒りと面倒な長い話も相まってフレイの振り下ろされた拳は男の顔面を考えられない程に抉り込ませる。

 ただ年を取った傲慢なる騎士は無様に地を這いずり、蓄えていた髭は今や血塗れの地面へと垂れ落ちていた。

 勝手に勝ち誇りながら肩に鎮座していたヘレニカも小さな肉体はいとも簡単に空中へと激しく投げ出されていく。


「なっ、馬鹿な!?」


「一撃で我らの迅速をッ!?」


「リーダー!? クソッ殺せ殺せッ!」


 真っ先に中心核の存在が一発で無力化されるという滂沱の涙を流しても仕方ない状況だが流石はエリート魔族。

 直ぐ様に理性を取り戻すと数滴有利を最大限に利用し、今度は仕留めるとフレイ達へ再度突撃の強襲を行う。

 だが彼等は分かっていない、彼女達に純粋な肉弾戦を挑むことがどれだけ無謀でどれだけ愚かな戦法だと言う事実を。


「新技、斬撃性イグナイト」


 流れるように紡がれた新たな詠唱。

 フレイはフッと一息吐くとまるで自身の掌から粉塵を発生さるように炎が空気を燃やすと紅い刀身が瞬く間に作り上げられる。

 豪炎纏いし刃、フレイは余裕綽々と片手で炎刀を構え、加速する騎士達を上回る速度から顔面へと躊躇いなく振り翳す。

 峰打ちとして放たれた絶望を与える火力を誇る焔軌の一閃はいとも簡単に鎧を砕けさせ、地面へと激しく叩きつけた。


 舞い上がる粉塵に土の破片。

 躊躇なくフレイは空中に散布された断片達へと指慣らしと共に焔を着火させる。

 即興で生まれた灼熱の弾丸は範囲攻撃の要領で全方位へと肉薄を行う騎士達に剛烈なる打撃を与えていく。


 ・斬撃性イグナイト

 空中に散布された焔を集約させ、両刃状の剣を生み出すことで超速による斬撃性能及び打撃性能を高めた乱撃を放つ。


 新たに創生の奇書へと自動記載されるフレイが編み出した新技。

 解釈を広げやすい炎という能力であれど驚異的な速度で応用技を生み出す天性の戦闘狂は更に凶暴な存在へと化していた。


「クソッ!? こんなガキに我らがッ!?」


「ごめんね〜マセガキでさァァッ!」


 勢いづいたフレイは剣先を地面に突き刺すと腕を炎で纏いながら振り翳し、紅蓮の波動を放出させる。

 熱波は騎士達の鎧に亀裂を走らせ、そしてそのまま地割れへと導かれていく。

 瞳孔が開いた本能の狂笑は騎士達を恐怖に落とし込むと突進力でワンサイドの展開による場の支配を終えていた。


「ソレイユ・アクセラレイト」


 本能を刺激する昂りにギアが上がるフレイは更に心をへし折る如く、新技であるバックファイヤーを発した加速が周囲を覆う。

 脚部に収束した炎は神速を齎し、紅蓮の脅威は神出鬼没に騎士達へと強襲による拳撃を肉体へ叩き込む。

 至る所で上がる小爆発は容赦なく無力化されたという裏付けを意味しており、アクロバットな演舞は最高潮を迎え始めた。


 まさに悪夢そのもの。

 プライドを食い潰す猛獣の如く暴れ回る闘争に飢えた怪物は単身で騎士達の荒波を容赦なく蹴り伏せていく。

 もし彼女が敵だったら……考えるだけでも身の毛がよだつIFの展開にソウジはゾッとしセラフは何処か満足に微笑みながら創造主を保護する形で闘争を見守る。


「クッソォォォォォッ! 超速破ッ!」


 残された最後の一人は果敢に、いや自暴自棄に強襲を挑むが訪れた結果は歴然。

 自らこちらにやって来た弱肉は彼女が放つイグニス・ドライヴの拳撃を顔面にブチ込まれ、数回転の末に地へと倒れ伏せた。

 激情的に、だが淡々と終局へと導いた焔を纏う悪魔は一息だけつくとある存在がいる方向へギロリと瞳を向ける。


「どうしようか、この流れ二回目だけど」


「へっ……? えっ何で……何でこんなに人いたのに負けてんの……? おかしい、こんなの夢よ、そうよ夢よ」


 そうヘレニカだ。

 全く望んでいない数滴有利を覆す無双劇に彼女は理解が追いついていない。

 プライドから勝ちを確信していたからこそ二度目の敗戦は気を動転させるには十分過ぎる結末だろう。  

 ジリジリと詰め寄るソウジ達に彼女はただ壊れたように笑いながらどうしようもない肉体で後退る事しか出来ない。


「ま、待って! 貴方の部下、いや奴隷になるわ、そうよそれがいいッ! こう見えても私って強いし元の身体に戻してくれたら貴方の手となり足となり働く! あんな妖精王よりも遥かに貴方は素晴らしい、よっ世界一のイケメン男ッ! それにこの身体だって男の子なんだからお好きにッ!」


「……セラフ」


「畏まりました」


 最早慈悲など存在しない。

 悪足掻きの誘惑に靡くはずもなく、命じられたセラフはコインロールの後に創造された銃を問答無用で撃ち放つ。

 また形状の違う珍妙な銃から迫りくる弾丸は咄嗟に身を竦めたヘレニカへと直撃し、花火のように弾け飛んだ。


「ん……?」


 肉体が砕け散ることを勝手に想像していた彼女は斜め上を行く拍子抜けする展開に思わず疑問符を口に出す。

 だがその腑抜けた声が最後の言葉になるとは思いもしなかっただろう。


「ッ……ッ……ッッ……ッ!?」


 声が出ない、全く声が出ない。

 どれだけ声を発そうとしても無音にしかならずヘレニカは焦りに満たされる。

 学ばない自爆からさらなる足枷を食らった哀れなる魔導師へとセラフは蔑む。


「この銃は声帯機能を停止する効果を持つ。貴方の声はもう誰にも届くことはない、己の愚かな行為で業を増やすとは、どうやら貴方には地獄が足りなかったようですね」


 絶望に満たされる彼女へと更に追い打ちを掛けるべく入れ替わるように現れたフレイは拳へと焔を集約。

 先程と同じく狙い撃ちの構えを見せる彼女にヘレニカは声にならない悲鳴を挙げた。

  

「ッッ……! ッッッ! ッッッ!?」


「イグニス・ドライヴッ!」


 無慈悲に襲い掛かった業火の塊は既の位置に着弾し燃え盛る焔と衝撃波のダブルパンチがヘレニカを呑み込む。

 あくまで殺さず生かした上で地獄を味あわせる、ある意味容赦のない制裁の餌食となった彼女は己の愚行が生み出した最悪を超えるシナリオに絶望し、意識を手放した。

 

「罰はもっと慈悲なく与えるべきですね」


「何事も中途半端は良くないな」


 淡々と交わされた言葉を最後に邪魔者を退けたソウジ達は振り返るとその場へ倒れ伏せる騎士達へと視線を向ける。

 

「フレイ」


「大丈夫〜マスターの気持ちは分かってる、ちゃんと気絶程度に済ませてるからさ」


「そうか、まさかのハプニングだったがこれはいい情報源になる」

 

 勝利さえしてしまえば後は逆手に取ることが出来る千載一遇のチャンス。

 情報を背負ってやってきた鴨達は数分の末に闇底に沈んでいた意識を取り戻す。

 驚異的な拳撃を食らったリーダーの男は何本も歯が欠けており、理解が追いつかぬまま瞳をゆっくりと開いた。


「あれ……俺は……?」


「お目覚めかな?」


「ッ! 貴様はッ……!?」

 

 蹂躙を行ったフレイの顔を視認した途端、表情は一気に凍り付く。

 犬歯が欠けた唇は青白く震え、今更な絶望感と恐怖が身体を震わせていた。

 

「別に君を殴り殺すとかそういうのは考えてないよ、でも少しだけ君達に問いたい、いや案内して欲しい所があってね?」


「あ、案内……?」


「まっそれはマスターから」


 ソウジの肩を軽く叩いたフレイは後のやり取りを彼へと任せ、後方へ下がる。

 ガキと罵っていた下等生物も今では不気味にしかならず一つ息を吐いた後に彼は言葉を紡ぎ始めた。


「グランドシティ、聞き覚えはあるはずだ」


「なっ……何故その名をッ!?」


「アンタを利用していたヘレニカから全て聞いたよ、丁度俺達はそこに用があってな、どうせなら案内して欲しい」


「あのバカ女……何故人間の案内人なぞにこのパプレリス族がならなくてはならないッ! 我らは上等の種族なのだぞォォッ!」


 ソウジの背後から襲う戦乙女二人の鋭い眼光に怯みつつもまだ下等と蔑む姿勢を貫こうとする態度を取り続ける男。

 サレストへの恨み言を口にし、全く同意を示さない状況にどうしたものかと頭を悩ませているその瞬間だった。


「えっ……?」


 目の前で彼の首が宙を舞ったのは。

 チロチロと見える鮮血の曲線、虚空を見上げるように視線を上向きにし辞世の句を告げる暇もなく絶命を遂げる。

 予期せぬ目を背けたくなる展開はソウジの思考を真っ白に停止させた。

 

「全くギャーギャーと一族の面汚しが」


 唖然とする彼へと静かに響いたのはただ粛々と罵倒を紡ぐ若い男の声。

 手に待つ蒼碧の剣には鮮血が付着しており、ブロンドの長髪と青黒鉄の鎧が鮮明に瞳へと焼き付いていく。  

 瞬間、徐々に意識を取り戻していた騎士達は凶行を見せた存在を見るや否や顔を蒼白く染め上げる。    


「あ、蒼の騎士ッ!?」


「何故ここに貴方がッ!?」


「ヒィッ!?」


 蒼の騎士と呼ばれる多数の部下を引き連れる不穏な匂いが漂う存在は完敗した同族へ見向きもせず興味深くソウジ達を凝視した。


「我が王の命を受けやって来た訳だが……実に面白い、これは招き入れるに値する逸材、使えない同胞が失礼を働いたな」


 耳の形や言葉の節々を読み取るに間違いなく彼も同じパプレリス族の一角。

 瞳を細めた蒼の騎士は足元に転がる部下の首を足先で蹴りながら謝罪を繰り出す。

 だが言葉には不敵さしかなく、同族ながらまるで廃棄物のような扱いを見せる彼へとソウジは警戒心を抱く。


「誰だ……アンタは?」


「これはこれは失礼した、メルクレスの騎士団たる者、敬意を持って名乗りを果たすのは最低限の礼儀」

 

 手持ちの秀麗なる剣を鞘へと収めたの騎士は声高らかに口上を述べる。


「我が名はアヴァリス・ノレイユ、蒼の騎士の異名を持つメルクレス騎士部隊が誇る幹部の一人であり、グランドシティ支配者サーレスト妖精王直属の配下。この度は君達を我がグランドシティに招き入れたく参上させて貰った」


 メルクレス騎士部隊幹部。

 その風格はまさに蒼く透き通っている。

 野蛮であった彼らとは裏腹に上品に頭を垂れたアヴァリスを名乗る聡明なる騎士は一礼と共に予期せぬ言葉を口にするのだった。

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