第33話 気高きエルフは殺意に溢れて

 緑が生い茂る森林地帯はやがて終わりを告げることとなり、やがて広大な平原が広がりを始めていく。

 心地の良いそよ風が落ち葉を舞い上げている光景が広がる中、黒鉄に身を包む反重力の機械は地を優雅に疾駆していた。

 エンジン音すらも聞こえない快適を極めている性能を誇るが車内には正反対の爆音が現在進行形で鳴り響く。

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉ……あぁもうマスター止めてよ〜そんなに食えないって〜グヘヘヘへへへへ……!」


「こいつは一体何の夢を見てんだ……?」


 後部座席に横になって仮眠を取っているセラフは食い物に塗れた夢を見ているのか涎を垂らしながら光悦を浮かべている。

 寝返りを打つ度に豊満な肉体は揺れるが色香も涎と寝言で全て台無しだ。

 よく食べ、よく寝て、よく動く、まさに健康体を表したようなフレイは度重なる戦闘の疲労を癒そうと深い眠りにつく。


「セラフ、お前は大丈夫なのか?」


「心配は御無用です。高貴かつ聡明なる美女の私は高次元生命維持プログラム、ゼルアシステムによって肉体のクールダウンは自動的に行われています」


 セラフは彼女なりの心臓に当たるプログラムが施された胸部をトントンと人間そのものな色白の人差し指で叩く。

 ゼルアシステム、ソウジが設定した永久的な生命活動を可能とする一種のご都合主義な熾天使に搭載された便利な機能だ。

 レーナスの街を去ってから既に一日が経とうとしているがセラフは睡眠を一切取ることはなく反重力車を走らせている。

 外見は人間と変わりないが節々に垣間見える人外的な特異部分は彼女がアンドロイドと改めてソウジに認識させていく。 


「しかしこれは実に便利ですね、魔力探知と方向確認のお陰でスムーズに移動することが出来る、このパーフェクトなる思考回路を持つ私でもこの発想はありませんでした、私もまだラーニング不足のようです」


 フェリスやセインから譲渡された地図や区域図を利用して新たなパラダイム・ロストの情報を求めグランドシティを目指す一行。  

 しかし主に魔族側が支配権を有しているヴェルゼ区域付近故に道中で不用意な鉢合わせをする可能性は急増。

 そこで実に役立っていたのはサルワから譲渡されたピーマラスと名を有する冒険者必需品のコンパスだ。


 未知数な代物故に何処か不安もあったがいざ行使すると魔力探知からなる魔族位置の特定により、見事に不用意なエンカウントをこれまで回避を可能としていた。

 高性能ぶりはナルシストのセラフも思わず舌を鳴らす程で珍しく手放しに称賛の言葉を流れるように言葉として紡いでいく。


「これは重宝致しましょう、無駄な戦闘を行わないのは効率性の面においてこの上ない事です。後ろで眠りに包まれている戦闘バカは不本意でしょうが」

 

「馬鹿にならないなこの世界の技術力も、お陰でグランドシティへの道筋も楽になる」


「エルフが支配する天空の理想郷……それだけ聞けば是非有意義な視察でもしたいところですがそうもいきません……って我が主人は一体何をして?」


「えっ? あぁ三枚ほど頁をな、万が一でこいつが紛失したり取られたりしても大丈夫なようにな」


 奇書を破くという光景に疑問符を浮かべるセラフへとソウジは魂胆を明かしていく。

 この私がいるのにそんな事をする必要があるのかと苦言を呈しそうになったがまぁ良いかと喉元に迫る言葉を抑えた。


「それより、あの変態魔導師のクライアントがそこの王であり、魔王の側近とされる高い技術力を有する一族の長。一筋縄じゃないのは確実だろうな」


 身を持って体感しているかこそ薄々と察せれる相手の驚異、ソウジは窓越しに見える景色を瞳に映しながら一つ息を吐く。

 束の間ではあるが初めて心からの安らげる状況は彼の精神を整えていった。

 だが同時にこの世界に順応する為に見向きをしていなかった内に眠る健全な不安が脳へと激しく掻き立てを始める。


「なぁセラフ」


「長ったらしい愚痴は聞きませんよ」


「何で分かったんだよ!? てか仮にも創造主の要望即拒否するかッ!?」

  

 顔に出ていたのか予め彼の言葉を察知していたセラフはバッサリと拒絶を口にする。

 図星を突かれたかつ即答の拒否にソウジは唖然に包まれるが次に吐かれた言葉は彼女なりの不器用な姿勢を表していた。


「愚痴話はコミュニケーションにおいて最も難易度の高い要素です。未だに十分なラーニングへと到達していない私にしても貴方に失言を投げるだけですよ」


「……じゃ、独り言だと思って聞いてくれ、答えるのは自由でいい、ただの下らない戯れ言だって切ってもいいさ」


「その方がこちらもやりやすいです」


 ナルシストながら思いの外傲慢ではない意外な謙遜の側面を見せるセラフへとソウジは一拍おいてから口を開く。


「元いた世界に無事に帰るために俺はここまで進んでいる、だが偶に過るんだ、これが正しい選択肢なのかって。人間にも魔族にも属さないこの道が良いのかって」


 人間、魔族、互いに尊く思いつつも同時に反吐が出る悪意を理解しているソウジ。

 皆で元の世界に帰るという自己的な理由とこれまで世話になった者達の見捨てられないという双璧が行動原理となっている。

 だが三百年も終わらないこの地獄の理を拒絶する第三の道を取るのは高校生であった彼にとっては余りにもプレッシャーだろう。

 レクリサンド跡地からハイの状態でここまで来たが本質は普通の少年であって平穏な今だからこそその一面は顕著に現れていた。


「一度決めた道だ、これ以外の選択肢は今は考えられないし覚悟もある。だがそれでも俺はただのガキだな……旅を始めてからずっと片隅には不安の過ぎりが止まらないんだよ。全部捨てれるなら直ぐにでも捨てたい」

 

 ユズにも吐かなかった己が持つ弱音。

 常に悪目立ちしたくないと極力自分を抑えていたからこそ、幼馴染でも自分自身の愚痴を吐く手段を見失っていたソウジ。

 しかし何もかもを失い吹っ切れ、また自分が創造した存在が相手だからこそ遠慮なしに胸中を吐露することが出来た。

 消え去るように紡いでいくソウジの心情を静聴し続けていたが熾天使はやがて透き通る声色で言葉を返す。


「私の崇高さ以外に絶対などという言葉は誰だろうと使用できません。例えそれが神だとしても正義と悪を選定することは出来ない。可能ならばこんな下らない闘いはとっくに終わっていますから」


 至極当然の言葉を言われ、ソウジは目線を自ずとセラフの方へと向ける。

 機械的な美貌に微笑を浮かべながら発せられる彼女の言葉は芯の通った正しい内容だ。


「勝てば官軍負ければ賊軍、正邪善悪を定めたパーフェクトな言葉です。幾ら道理があろうと敗北すれば愚論となる。逆に勝てばどんな思想でも真理となる」


「勝ちゃ何とでもなるってか」


「だからこそ私達が出来るのは考えるのではなく自分の道を突き進むだけですよ。例え誰かを踏み台にしても己の信念に賭けて」


 淡白な口調ながら自分なりの鼓舞で奮い立たせようとするセラフは徐ろに透き通る指で銃の形を作り始めると。


「そして我々にも自分の信念がある。今は貴方に賛同し、忠誠を誓いますが私達は従者であって奴隷ではない、例え創造主の我が主人でも私の義に反する道に突き進んでいると判断した場合は」


 人差し指をソウジの額へと向けながら冷徹にセラフはこう続けるのだった。



「ッ……!」


 冗談ではない本気の口調にソウジは緊張感が走るが数秒もするとセラフは悪戯な微笑と共に指を下ろす。


「まぁそれは最終手段です。つまり貴方が例え道を外れようと迷わず止められる存在が側にいることをご理解し、安心してください。私はイエスマンではありませんから」


「ふ〜ん、君と同意見なのはなんか腹立つけど結構似てるね〜」


「ッ! フレイ起きてたのか?」


 いつの間にか目を覚ましていたフレイはセラフの意志へ不敵に笑いながら身を起こす。

 健康的な肉体からなる眠気覚ましの背伸びを披露すると熱気の籠もった口を開いた。


「マスターの事は大好きさ、でも私だって迷わず殴り飛ばす覚悟はある。フェアな関係にしたのはマスターでしょ? それなら一人で抱え込むなって! 私は私の意思でマスターを止められるし殺せるよ、勿論、今は君の考えが最高に面白いと思ってるけどさッ!」 


「……ハッ、殺すと言われて安心する瞬間が来るなんて思ってなかったよ」


 端から見れば殺し殺されるようなやり取りだが両者間に広がるのは確かな信頼関係。

 止めてくれる、異論を唱えてくれる、それでも駄目なら殺してもくれる。

 己が設定した自己の意思を持つ要素は最高の形でソウジに安心感を与え、抱え込もうとしていた不安は徐々に解き放たれていく。


「悪いな二人共、お陰で色々と改めて吹っ切れる事が出来たかもしれない」


「礼には及ばんさ〜じゃ私はまだお昼寝タイムだからこれにて失礼」


 再び横になると数秒も経たずに深い眠りへと落ちていくフレイ。

 奔放な彼女に苦笑しながらセラフの方へ振り向くと、彼女は同様に微笑を見せる。 

 来たるべき脅威を前に混迷に陥りかけていた心を整えたその時だった。


「ッ!」


「ぐおぇ!?」


 前触れなんてものはなしにセラフは反重力車へと突如急ブレーキを掛ける。

 予期せぬ衝撃にフレイは常人ならば鼻骨が折れる勢いで座席へと顔面を直撃させた。

 らしくない奇行にソウジは目を丸くしてセラフを凝視するが彼女の表情は敵と遭遇したかの如く緊迫に包まれている。

 

「ちょっと!? 何なのさ急に止まっ」

  

 案の定苦言を呈そうと身を乗り出したフレイだが何かを察したのか口を閉ざす。

 騒がしかった空間は静寂に包まれ、風を切る音だけが車内を響き渡らせる。


「貴方も気付きましたか、バカ闘士」


「奇遇だね、私の第六感が激しくビンビンと警告してるよ。先陣は任せな」


「えっちょ、どういうこと?」


 まるで理解できていないソウジを放置してフレイは車内から誰もいないはずの草原へと勇ましく降り立つと彼も追随する。

 セラフに保護されながら彼女の一挙一動を固唾を呑んで見守る中、緑が広がる平野で紅の少女は仁王立ちで周囲を見渡す。

 ポニーテールの髪先に存在する焔は呼応するように迸り、彼女の脚は地割れが如き音で地を力強く踏み締めた。


「へぇ見えない敵か。凄いね〜でもさ、私からしてみれば小手先かな」    


 右拳へと爆炎を纏うと腰を屈め、狙い撃ちの姿勢を整えていく。

 息を止めるような緊迫、彼女の猛々しくも鮮烈なオーラが周囲を支配する。

 本能である純粋なる闘争心に身を任せた戦闘狂は微笑は開戦を告げる合図と化した。


「イグニス・ドライヴッ!」


 何もないはずの空間へと一直線に放たれた紅蓮を纏った音速を超える拳撃。

 血迷った攻撃かと誰もが思うが次の瞬間、確かな打撃音が鳴り響く。

 

「グォァッ!」


 同時に奏でられる苦悶の声。

 浮かび上がった衝撃波と共に一つの何かが地面へと叩きつけられ土埃が飛び散る。 

 何事かと凝視した先にはまるでカメレオンかの如く背景へと同化している羽織物がはだけた耳の長い存在が現れていた。


「あれは……?」


の類です、あのマントに同様の魔法技術を投入していたのでしょう。ピーマラスにも反応がないことから魔力探知を遮断する効果も有しているようで」


「光学迷彩!? おい待て、てことは」


「えぇ我が主人の予想通りでしょう」


 異世界モノというより寧ろSF。

 この世界で聞くとは考えてなかった光学迷彩の単語に驚きつつもソウジは長い耳のフォルムも相まって一つの考察に辿り着く。

 非常に高い技術力、敵の容姿、疑念はやがては確信へと変貌を遂げた。


「グブッ……!? 馬鹿な気づいただと」


 超火力の一撃を食らった男は蹌踉めきながらゆっくりとその身を立ち上がらせる。

 肉体には鉄製の荘厳な紅の鎧を纏い、腰部に備えた剣を持つ姿は正に気高き騎士。

 小手先だと罵られたことに殺意に塗れる形相をフレイへ向ける怨念の視線。

 彼の合図と共に次々と取り囲むように次々と同様の姿をした敵が次々と顕現した。


「こいつら……パプレリス族かッ!」


 真実へと到達したソウジの叫び。

 あの変態騎士ヘレニカと同じ種族に位置するエルフ系統のパプレリス族。

 彼の吐かれた言葉へと答え合わせのようにリーダー格と思われる白髪が靡く騎士の男は不敵に笑みを捧げる。

 

「ほぅ? 既に素性を察知するとはやはり聞いていた通りの存在だな。我ら誇り高きメルクレス騎士団に比べればまだまだ下らない未熟なガキの匂いはするが」


 開口一番に出てきた挑発的な言葉を火蓋にメルクレスと名乗る騎士達は抜剣と共に刃先へと魔力を収束させていく。

 どれだけ平和に溺れている阿呆でもこの場面に遭遇すれば殺意を向けられているのは否が応でも理解できるだろう。

 

「まぁいい、小手先は通用しないのであれば真っ向からその命を頂くだけだ。我らパプレリス族の永劫なる繁栄を阻む者はな」


(クソッ……何故だ、何でそこまで奴らは知っているんだ……? 先手を取られる事なんて一つだってした覚えは)


 既に相手はこちらを脅威の存在と理解している状況に焦燥感に満たされつつもソウジは必死に思考を巡らせていく。

 何故出し抜かれたのか、最大と言えるスピード感でここまで来たつもりが相手には既にソウジという情報が共有されている。

 何処でミスを犯したのかと脳をフル回転させる中、彼が結論へと辿り着く前に真相は自ら姿を現すのだった。


「フフフッ……フハハハハハハッ! 本当に馬鹿な子ね、貴方はッ! そしてやはり私は神に愛されているッ!」


「ッ……まさかッ!」


 鼓膜へと響き渡る馴染みある不快な声色。

 よく凝視すればリーダー格の男の肩にはまるで妖精のように小さく、だが傲慢に鎮座する存在が醜悪な笑みを浮かべる。

 深く考えなくてもそいつが一体誰なのかをソウジは瞬時に理解した。


「お前はヘレニカッ!?」


 脆弱なる弱小の姿になろうと常軌を逸した傲慢と憎悪が垣間見えている形相。

 歪みに歪んだ幼児への愛情と性癖を持つ存在は心身共に痛めつけられた過去の屈辱に因果応報を与えるべく瞳孔を開く。 


「久しいわね……私の全てを踏み躙った悪しき子供達ィィィィィィィィィィッ!」


 その姿に慈愛なんてものは存在しない。

 あるのはただ、暗黒なる応酬のみ。

 青髪を靡かせる美魔女は狂喜の表情、そして純粋なる鮮明な復讐に塗れた怨嗟の声を天へと轟かせた。




「陛下、これを」


 同時刻、荘厳なる謁見の間では王座へと坐する存在へと跪く者達は水晶を提示する。

 白水に煌めく代物には殺意と混沌が渦巻くエルフ達の光景が映し出されていた。

 金色の王冠が煌めくキレた瞳をする陛下と称される王は興味深そうに若き戦士の一挙一動を凝視していく。


「何者だ?」


「はっ……現在、ヘレニカによる供物回収として参上していた派遣部隊と対峙している区域境界線に位置する者、容姿を見るに人間として間違いはないでしょう」


「人間……珍しいものだな、この聖域に入り込む勇敢なる無謀者が存在するとは」


「如何なされますか? お望みとならば三騎士へと出動要請も」


「結論を早まるな」


 直ぐにも手段の行使へと踏み切りたい部下とは裏腹にこの場を支配する者は品定めをするようにソウジを見つめる。

 沈黙、歯痒く緊迫した沈黙、誰しもが息をする事も忘れそうになる中、王冠を有する存在は数分の末に「あの服……まさか」と囁くように言葉を放つ。

 何かを本能的に感じ取ったのか、僅かに微笑を浮かべると何処か興奮した様子で玉座に鎮座する者は命令を紡いだ。


「蒼の騎士へ出動命令を出せ、どんな手を使っても殺害ではなく招き入れろとな」


「招き入れる……何故ですか? 彼らは我らとは住む世界が違う劣等種族であって」


「感じるのだよ、そこらにいる下らない蛆とは違う可能性を」


「可能性……ですか?」


「これはいい収穫となる。我らパプレリス族が覇権を手にするさらなる近道として」


 周囲に響き渡るのは不穏なる声色。

 純白の雲よりも高い天空の理想郷を支配する者は若き迷える英雄達を凝視する。

 歪な興味を醸し出すその形相は周囲へとこれから起こる壮絶なる展開を予感させ、まだ何も知らないソウジ達へと不敵に笑い、来たるべき存在を待ち受けるのだった__。 

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