第32話 新たな厄災

 時刻は夕刻へと差し掛かる。

 全方位からなる数多の書物を備えた一室にはソウジ達とフェリス、また話の動向に興味を持つ一部の冒険者達が鎮座していた。

 誰もが興味の視線を差し向ける中、眼鏡をかけ直すと彼は言葉を紡いでいく。

 

「すみません少し埃があって。あぁ改めて私は付近のアカデミーへの派遣教諭業及び考古学の研究を行っているフェリス・ウィレファと申します」


「教諭業?」


「主に大国においては近年魔法を筆頭とした若者に教養を備えるアカデミーの建設がされていまして、私もエルセリオン連邦参加のアカデミーへと派遣されているのです」


(日本で言う学校みたいなものか、この世界にもそういうのがあるんだな)


 異世界と学園はまさにライトノベルで言えば胸を躍らせる王道ジャンルの一つ。

 この世界にも似たようなものがあるのかと顔に出さずとも好奇心を高鳴らせるソウジを置いてフェリスは本題へと切り替える。


「ソウジさん……でしたか、パラダイム・ロストについては貴方は言わずとも認知しているでしょう」


「えぇ勿論、過去にその古代兵器を狙うハリエス王国の刺客に俺達は襲われましたから」


「ハリエス……きな臭い話は幾度も耳にしていましたがやはり……恐らくは同盟国であるここの自治国であるエルセリオン連邦も」


 傘下自治区ではあるが不信感を募らせていたフェリスはハリエスと深い関係のある母国も同様の姿勢だと捉えていく。

 事実として彼が抱いた考察は真実であり、思想は違えどパラダイム・ロストを狙っていることに変わりはないのだが。


「パラダイム・ロスト、一部の民衆や軍及び政府関係者には知られている幻とも言われている古代兵器、私も空想上に過ぎないと考えていたのですが」


「ハリエスやエルセリオンの動きに考えを訂正せざるを得なくなったと?」


「はい……アカデミーを経由してパラダイム・ロストの掌握を狙っているとの話が、こうもなれば私も黙ってはいられなくなり」


 話を続けながらフェリスは数多ある書物の中から迷わずに一つの調査本のような物を取り出しソウジ達へと提示した。

 様々な文献から切り取られているらしく頁には複数の紙が丁寧に貼られている。

 内容は言わずもがな、全てが世界の根幹を揺るがすと言われるパラダイム・ロストについての物であった。


「これは私がアカデミーを含めた書物から集めたパラダイム・ロストに繋がるであろう文献の数々の複製です。やはり背景として闇に葬られまた三百年という月日もあり、収集はかなりの苦労を強いられましたが」


 頁を捲りながら一部の文献を指差す。

 それは二百年以上前に存在したある天地戦初期にアーレアル帝国に所属していたとされる退役軍人が記した日記。

 当時の世界情勢が生々しく帰された貴重な代物にヒントは隠されていた。


 この闘争一年で終わる、そんな前評判は直ぐにも覆り、魔族と人類の長きに渡る争いは拮抗を極め長期戦へと到達した天地戦。

 正義など存在しないだろう、互いが世界の支配権を巡って殺し合い、和解という最良の決断を未だに下せていないのだから。

 そして……この血に塗れた啀み合いは終わりを告げようとしていると私は最後に見てしまったのだ。

 名はパラダイム・ロスト、アーレアル帝国が生み出した戦争を終局へと導く兵器。

 殺戮を生み出す、いやそれ以上に文字通り敵を抹消することが出来る力。

 もし行使されれば確かに戦争は終わる、だが私達も無事で済むかは分からない、待つのは世界の終焉だろう。

 それだけではない、噂によれば魔族側もこの話を耳にしており、奪取の為に総攻撃を仕掛けるのではという噂もある。

 この争いはいつ終わるのだろうか、私達はいつまで手を取り合わない不要な争いに巻き込まれられなくてはならないのか。

 私の命もそう長くはない、だがいつか、もしこの日記が誰かに発見された時、この悪夢が終わっていることを切に願う。

 そして未来に紡いでほしい、この世界は如何に愚かな事をしていた事をこれから先を生きる全ての者の為に。


「これは……」


 日記はそこで終わりを告げている。

 殴り書きされたような雑ながらも力強い文字はまるで魂が宿っているかのような気迫が随所に感じられた。  

 ソウジだけでなく全員が記された一文字一文字に食い入るように凝視していく。


「この日記の著者は半年後に亡くなっています。恐らく晩年期に記され所謂遺言のような物を残した形なのでしょう。あぁこれは内密にお願いします、政府に見つかれば没収されてしまいますので」


「それは構いませんが……殺戮を生み出すを超えた力?」


「やはりそこが気になると思います。大量殺戮兵器という言葉ですら形容することの出来ない完璧なる兵器、しかも行使されれば人類側も無事で済むかは分からない。実際この時は行使される事はありませんでしたが」


(セインさんの話と同じだ……世界の根幹を揺るがす決戦兵器、国家が禁忌と定める程に危険視された威力の力)


「それだけではありません、この文書にあるように内容にはしており、奪取を狙っているとの記載もあります」


「って……ちょ、まさかじゃああの変態魔導師が言ってた絶大なる力ってのも!?」


「嘘だろ、あのド変態エルフを使役してた奴はこの兵器を狙ってるのかッ!?」


 次々と挙がる変態と罵る声の数々。

 点と点が繋がった状況に堪らず数人の冒険者は立ち上がると驚愕と興奮を入り混ぜた感情でフェリスに迫る。

 胸倉を掴む勢いにフレイは理性を失いかける者達を抑え始める中、彼は重苦しくあの変態エルフの魂胆の考察を口にした。


「確信とは言えません、ですが過去に魔族がパラダイム・ロストを認知しているのなら昨今の大国の動きに合わせて対抗に出たとしても何ら可笑しくはない」


「それはつまり……世界を破壊しかねない兵器を巡り人類と魔族が争う互いに絶滅を狙う領域まで到達していると?」


 セラフの投げ掛けた疑問にフェリスは迷いなく首を縦に振る。

 SFや戦争ものも目に通しているソウジはどれだけ状況が逼迫しているのかを悟るのは容易であり、堪らず冷や汗を溢す。


「最初は興味本位でした、ですが調べていく内にこの世界は未曾有の状況に陥っていると捉え始めたのです。このまま進めば……私の家族だって」 


(チッ……最初から何処かきな臭いと思っていたがやはりこういうオチかよ。このままじゃユズ達も含めて現代へ帰る前に終わる可能性だって)


 現代に戻る為の旅路はどんどんと悪化の要素が垣間見える事になり、この世界の混迷に憤るしかない。

 平穏ならば異世界無双、異世界ハーレムと謳歌したいところだがそんな気には今のソウジはまるでなれなかった。

 ため息と共に髪を乱雑に掻く彼を置いてフェリスは更に話を進めていく。


「そしてここからが本題、ソウジさん達は天空都市について聞いたことがありますか?」


「えっ? いや一つも」


「天空都市グランドシティ、元は中立の領土を無断で侵略した形で支配権を得たヴェルゼ区域に位置する空中に位置する国家です。かつてはエルフの派閥による内乱が多発していましたがサーレスト妖精王の登場によりパプレリス族が統治を行っている、噂ではかなりの強権主義と」

 

「魔王にも助言できる程の立場にいる妖精を統べる者……か。そいつがあの変態を利用してこんな事を」


「パプレリス族は魔族でも特に高い技術力を持つ種族です。大量の新兵器を有しており、我々を捕らえたのも恐らくその一環、もしくはパラダイム・ロストに利用する為かと」


 高い技術力の裏付けはヘレニカが生み出していた赤ちゃんという名の使い棄て兵器の時点で十分過ぎるだろう。

 曲がりなりともこちらを追い詰めた技術を持つ存在の長、もし理念を叶えるのであればどの道衝突するのは回避できないだろう。


「まっ……行くしかないよな」


 不安は勿論ある、騒乱から逃れる方法があるのら楽な選択肢を取りたい。 

 しかしこの互いに絶滅を引き起こそうとする世界で世俗から離れたスローライフを送れるはずもなく何かしら第三の選択肢を模索せねば理不尽に命を失う可能性もある。

 またユズ達、マレン王国、そしてワルト達、自分らと同じ……いや寧ろ自分達よりも生き生きとしている尊い存在をこのまま見捨てればきっと何処かで後悔する。

 正義や打算など数多の動機が重なっている全てを失っているソウジにとってその程度の脅威で逃げ出す訳にも行かなかった。


「えっ? ほ、本気ですか!? 相手はあのサレストよりも驚異的、幾ら私達の恩人だろうと生きて帰れる保証はッ!」


「帰れる保証……貴方の息子さんにも似たような事を言われたな」


「ワ、ワルトが?」


「親子ですね、生きて帰れる保証のない死線は既に幾度も潜り抜けてきたつもりです。これくらいの事では止まる気などない。面倒事を終わらせて全員で帰るために」


「君は……君は一体?」


「ただの見捨てられた人間ですよ、どうしようもない女王様によって殺されかけた貴方達の味方です」


 正気の沙汰ではないも焦りを見せるフェリスへと乾いた自虐の笑みを見せ付けるソウジはそう呟くと腰を上げる。

 情報は得られた、次の目的地も決まっている、ならばやるべきことは一つ。

 一呼吸の末に彼はこの者達を守り、自分達は厄災へと近付ける最後の仕上げを行う。


「フェリスさん、助けてくれた見返りとしてこの周辺の区域が分かる書物の複製、また出来るなら貴方が研究するパラダイム・ロストの複製が欲しいです」


 なるべく横槍を入れられないよう、ソウジは間髪を入れずにフェリスへの要求を加速させていく。


「それがあれば自分達で行動することが出来てこれ以上巻き込まずに済むことが出来る。フェリスさん、貴方が抱いている世界への疑念、一度俺達に委ねてはくれませんか?」


「全てを……預ける……?」


「この話は危険だ、恐らくいずれはパラダイム・ロストを追ってアレル教の使いがやって来る可能性もある、だから家族の為にも一度こちらに委ねて欲しいのです。この厄災を止める第三の選択肢を取るために」


 理不尽に転移され四面楚歌から何度も死にかけることになって今に至る彼なりの強い眼光は誰かを揺れ動かすには十分であった。  


「そして俺達の事は今日で忘れてください。詳細には言えませんが一応大国から命を狙われる追われの身ですので」


 だが決まりかけた展開に待ったを掛けるように後方からは甲冑に身を包んだ金髪の美丈夫がソウジの前へと立つ。


「待て、ならば我々も同行するべきだ」

  

 これまで壮大な物語を耳にしていた冒険者達は彼の立ち上がりに緊迫感が走る。

 周りの様子を見れば彼がギルド長の類にいる大物だと言うことを察するのは容易だ。


「失礼、私はギルド団レクガス団長を務めるサルワ・キングスだ。君達が何者かは知らないが我々を助け相当の実力を有する者というのは理解している、だがたった三人であの領域に踏み込むのは危険だ、ここは我々も」


 エルセリオン連邦はアレル教の信仰を推奨しているとはいえ、余り強制を強いていることはなく中立的な思考の者も少なくない。

 故に彼の言葉は善意そのものから来るものであり、これまで何度も見てきた敵意や悪意はなく何処か安心感を抱く。

 だが、誰かの力を求めたいと思う心がないわけではないがソウジはグッと堪え、決別を意味する言葉を口にするのだった。


「お心遣いに感謝します、ですがこの話は危険そのものであり、これ以上俺達に関われば貴方達だって理不尽な目に陥る。望むのなら冒険の同行ではなく小さな平和を維持する為にこの街をこれからも守ってほしい」


「し、しかし君達はまだ若く」


「若くても……覚悟はあると思います」


「ッ……!」


 自分を保ちながらも前世の性格はこの世界の混迷に段々と薄れ始めているソウジの瞳は一種の狂気を迸る。

 直接言葉にはせず、またプライドを傷つける生意気な心情とは理解しつつも互いに足枷になるだけと彼は考えていた。

 現地の仲間を増やすよりも創生の奇書から仲間を生み出す方が有益であり、温情に流される程彼の心に余裕はない。

 

「そうか……君達は我々が手も足も出なかった相手を討ち滅ぼした、冒険者としての敬意で君達を尊重しよう、だがせめてこれは旅路の仲間にするのはどうだろうか」


 真意は知らずとも強い覚悟を目にしたサルワは思わず唾を飲み込むとこれ以上の食い下がりを愚行と判断し、せめてもとある銀色に煌めく代物を彼へと差し出す。


「これは?」


「ピーマラス、方向確認と魔力感知を両立できる常にイレギュラーと向き合う為の冒険者にとって必需品のコンパスだ。その反応を見るに君達は初見なのだろう」


 一瞬の静寂の末、有益になると判断したソウジは相手を尊重する笑みと共に自身の手に丁度収まる必需品を手にする。

 フレイやセラフという心強い存在がいるとはいえ、イレギュラーに対応できる要素が増えるに越したことはなかった。

  

「ありがとうございます、貴方のこの恩は忘れません」


「礼には及ばないよ。君達の旅路に女神と精霊の加護があらんことを」


「そちらこそ、未来に平穏があらんことを」


 それっぽい幸運を祈る不格好な台詞を口にし、予想外に転ぼうとしていた展開をどうにか軌道へと戻していく。

 全ての材料を得たソウジ達はワルトなどへと最後の挨拶を告げると足早にレーナスの街を去るのだった。

 まるで風のように現れ、風のように消えていく英雄達の後ろ姿にフェリスは何処か疑念を持つ瞳で見送ることしか出来ない。

 謎多き若き存在に同じ感情を抱くサルワは顎に手を当てる彼へと言葉を紡いでいく。


「アレは何だったのだろうな先、あの息を呑む独特の気迫どうも普通ではない、あの謎めきはまるで異界の者が現れたような」


「……その考察は間違いではないのかもしれせんよ、サルワ団長」


「何だと?」

 

「アカデミーから人伝に聞いたのです、エルセリオン連邦と同盟国であるハリエス王国にて国家魔導師達が異界から強大なアーティファクトを持つ者を召喚したと。あくまで噂ではありますがその者達は彼ほどの若年であるとも言われています」


「まさか……彼が該当者だと? しかし女王に見捨てられたと発していたが」


「まだ分かりません、ただ彼が持つアリシオン神話の邪神が有する創生の奇書にも酷似した禍々しい書物に彼に従っている強大な力を持つ少女達……ただ者ではないでしょう」


 数多の歴史を知識に有し、現在進行形で激動へと進んでいく歴史に身を置いている考古学者だからこそ抱いた本質的な勘。

 こちらが予想するよりも遥かに強大な力と運命を背負っているかもしれない彼に一種の畏怖を持ち、だが何処か希望を感じる微笑を口元へと浮かべた。


「何はともあれ……彼が私達を救済してくれた事実に変わりはない。もしかしたらこの亀裂を生み続けるを混迷を極める時代を終わらせられる可能性を持つ者と我々は対等に会話をしていたのかもしれません」


 何処か合理的で、何処か人間的で、何処か謎めいて、何処か未熟で、何処か熱いものを確かに秘めている存在。     

 完璧なる正義の味方とはお世辞にも言えないがそれでも不器用ながらこの世界に藻掻こうとする男は非常に興味を惹かれる。

 閃光のように目の前へと現れ過ぎ去っていたソウジはフェリスの記憶へと深く刻み込まれ武運を祈るべく、雲が晴れ始めた空を見上げるのだった。

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