第31話 ある支配者の末路
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
酷く荒れている息遣い。
普通ならば休憩するべき程の疲労が蓄積されているが今はそんな小さな己の健康を考える余裕などなかった。
金髪を激しく揺らし、ワルトを含め悪しき魔導師に支配されていた子供達はある場所へと一目散に駆けていく。
理由は言わずもがなだろう、セラフによって伝えられた終焉を意味する言葉に居ても立ってもいられず彼等は脚を進ませていた。
「パパ……ママ……?」
「ワルト……ワルトかッ!?」
言わずとも死闘が繰り広げられていた事を意味する瓦礫だらけの場所。
埃臭さが蔓延しているがそんな些細な事など今の彼等にはどうでも良いだろう。
監獄からの解放と呪いが解かれ佇む二人の存在にワルトの瞳は潤いに満たされていく。
「パパ……ママ……!」
心の底から願っていた再会に涙ぐみながら駆ける彼は同じく涙腺が崩壊した二人に激しく抱き着いた。
「良かったぁ……良かったよぉ!」
彼だけでなく孤独と恐怖に苛まれていた子供達は次々と親御の元へと駆け寄り、念願の再会に涙を流していく。
至る所から涙が流れるが悲壮感はなく、寧ろ歓喜と温かみに包まれていた。
同時にヘレニカに敗れ去っていたと思わしき冒険者達も解放された事実を段々と実感していき、歓喜に沸き始める。
「……終わったな」
「みたいだね〜何事も笑顔が一番だ」
何処か夢見心地だったソウジは目の前の光景とフレイの言葉にようやく決戦は終わりを告げたのだと深い安堵感を抱く。
彼等を縛り付ける呪縛は最早ない、誰一人として犠牲になる事はなくなったのだから。
「ソウジさん、フレイさん、セラフさん、ありがとう……ありがとうございますッ!」
有言実行を成し遂げた一行に感謝しきることはなく、ワルトは深々と頭を下げた。
一頻り感動の再会を終えた者達は解放の喜びに包まれながらも眼前で驚異の魔導師達を撃破したソウジ達へと興味の矛先を向ける。
特に冒険者達はその実力に惚れ込み、即座に勧誘を仕掛けている中、ワルトの父はゆっくりと人混みを掻き分け歩み寄った。
「本当にありがとう……! まだこんなに若いのに皆を救ってくれて。私はワルトの父のフェリス・ウィレファです」
「同じく母のミレル・ウィレファです。息子を守ってくださり感謝しきれません」
眼鏡を掛ける考古学者らしい黒髪の姿は何処か弱々しくも芯の強さを醸し出しており、ワルトとは至る所が酷似している。
対する母親も赤髪が目立つ慈愛に満ちた姿をしており、非常に良い環境で育っていると察するのは容易だろう。
双方ともにソウジの手を握り、まるで神様を讃える視線を送るが倒したのはフレイ達である故に彼は苦笑いを浮かべるしかない。
「どう感謝すればいいか……お礼なら幾らだって!」
「大丈夫ですよ、ただ礼をしたいと言うのなら一つだけ、フェリスさん、貴方が調べている事について聞きたいことがあります」
「私の調べていること……?」
「それは」
と、言葉を紡ごうとした矢先、後方からはボコボコに蹂躙された哀れなる魔導師の声が鼓膜へと鳴り響く。
「あの〜……これそろそろ外してくれないかしら? ママの身体にはとても苦しいわ」
セラフによって生成された魔力遮断効果を持つ鎖に雁字搦めにされたヘレニカは媚びた目つきでこちらを見上げる。
どうしようもない状況に歯向かう素振りはないものの反省する気など毛頭ないのか腹立つ笑顔を投げ掛けていた。
横槍を入れられたことにソウジは溜息を吐きつつ蔑んだ視線で彼女を睨む。
「誰が外すかよ、お前みたいなサイコパスの要望に応える訳がないだろ」
「いやぁね〜? 嬲り殺さずにこうやって生かしてるのは少しでも私に慈愛の気持ちがあるという事でしょう? 反省してるしちょっと楽な姿勢にしてくれた方が」
「ある訳ないだろ、アンタにもまだ聞きたいことがあるからこうしているだけだ」
「いやぁそんなツンデレしちゃって! 素直じゃない子も嫌いじゃないわよ?」
「黙ってろ気持ち悪いなッ!?」
悪びれる様子などないヘレニカにソウジは困惑混じりの怒りを爆発させ、一喝。
彼の言葉に誰も反論を唱える者などいるはずもなく尚もふざけようとする元凶に至る所から憤怒が湧き上がる。
後に回そうと考えていたがずっとこの喧しい声を聞くのは拷問だと順々をずらし、振り返ると彼女へ質問を投げ掛けた。
「それより教えろ、アンタがこの人達を供物にしようとしていたあの方ってのは誰なんだ? 誰に依頼されてこんな事をした」
「えぇ? 何でわざわざ教えなきゃいけないというの? 可愛い子でも無理な話ね、あの方の加護で私は好きにやってたんだから」
「言う気はないのか?」
「ありません、望みが欲しいならせめてこの鎖を解き、私の開放を約束して深く頭を下げてお願いして欲しいわね」
ヘレニカが度々発していたあの方という彼女に狂気を依頼していた黒幕。
この化け物を使役する存在の名を問いただそうとするが彼女は口を割る様子はない。
寧ろこちらの秘密を欲している事実を好機と見たのか自らに有利な提案をする始末。
余りにも傲慢不遜な態度に怒りが抑えられない一部の者は手を出そうとするが即座にソウジは咎めに入る。
「そうか、セラフ」
「畏まりました」
ただの拘束用の魔力封じの鎖、そうヘレニカは高を括っていた。
しかし彼女は己が抱いていた考えが大きく甘くセラフという天使を舐めていたことを身を持って体感することになる。
瞬間、手を翳した彼女が鎖へと目掛けてゆっくりと拳を握るとヘレニカに纏う鎖は呼応するように悪魔を絞め上げていく。
「えっ……? あ、あだだだだだだだだだだだだだだだだだだだァァァッ!?」
豊満な肉体は容赦なくセラフの鎖に絞め上げられ続け、全身から引き起こる死なない程度の激痛に悶絶を解き放つ。
「伸縮性を込めた魔力防止の鎖です、あぁご安心を、殺さない程度に細工してありますので。死ぬより辛いかもしれませんが」
「このガキふざけ……あだだだだだだァァァァァァァァァァァッ!?」
「軍事国家サラキアはこういう拷問器具も沢山ありましたので、一人を追い詰めるくらいは聡明なるこの私には容易というもの」
(あくまでそういう設定だけどな)
彼女の言う軍事国家サラキアはあくまでソウジがキャラの深みを増させる為に設定した空想の概念に過ぎない。
彼女の拷問に慣れてる要素もソウジの設定を元に奇書が勝手な解釈で付与した事だがこの場面では利用できる要素と割り切り、彼女の拷問に暫しの間黙って見守る。
「如何なさいますか? フリータイムをご所望であるなら私も未来永劫貴方の奏でる苦悶の声を聞く覚悟がありますが」
「い、い、言います言いますッ! サ、サーレストです、サーレスト妖精王が……あだだだだだだだだァッ!」
「サーレスト妖精王……?」
瞬間、彼女の言葉に冒険者達は緊張感に包まれていきフェリスを含む一部の街の大人達も動揺を隠せない。
遂に吐かれた根底の真相にセラフはさらなる供述を引き出そうと鎖への力を強める。
「何処の何方かお教えなさい、無為に拷問を続けたくありませんので」
「よ……妖精王ッ! 私と同じパプレリス族の天空都市グランドシティの統治者! 数多のエルフを束ねる選ばれし強者! 魔王ヴァルベノクにも助言できる力を持つ魔族の重鎮であり要の一つッ!」
(ッ! 魔王ヴァルベノク……だと)
久々に耳にしたこの天地戦を指揮する魔族の最高統治者魔王ヴェルベノク。
サリア率いるハリエス王国などと人類側と全面対立を繰り返す存在の名にソウジは考えるよりも先に身体が反応する。
「い、言われたのよ、人類の魔力を生贄に捧げるならこの地一帯をお前の庭として好きにして良いってッ! ある絶大なる力を見つける為の素材を差し出せるのならッ!」
「まさかパラダイム・ロストか?」
「はぁ何それ? ハッ、いいカモが沢山いて最高の地よここはッ! 簡単な仕事をこなせばここで理想のママ楽園を作れてッ!」
(絶大な力……聞き捨てならない言葉を)
間違いなく何か、パラダイム・ロストも絡んでいるかもしれない言葉の数々にソウジは緊張感に包まれる。
更に問いただしたいところではあるが彼が紡いだ兵器の名に対しては心の底から知らないような形相を見せるヘレニカにこれ以上の追求を諦めた。
「も、もういいでしょう? 分かったならこの美しいママを早く解放して!」
「セラフ、後始末を頼んだ」
「畏まりました」
「えっ? あ、後始末って……?」
洗いざらい明かした事で恩赦でどうにか開放を狙っていたヘレニカ。
だが全く慈悲を与えないソウジの言葉が被さるように希望を引き裂き、新たな手段を行使しようとするセラフに顔を青ざめる。
見せびらかすようなコイントスの末に生み出されたのは一行がここまで無事に辿り着いた要因である弱体化の珍妙な光りをする銃。
「貴方のお望み通り開放はさせて上げましょう。まぁしかし……少しばかり細工をさせてもらった上ですが」
「何なのよ……そのダサい武器は?」
「ご安心ください、このダサい銃よりも遥かに貴方がダサくなりますから」
身の毛のよだつ微笑を浮かべたセラフは迷いなくヘレニカへと銃弾を放つ。
拘束された彼女に避ける術などあるはずもなく為すすべなく餌食となった肉体は急速に縮小を始めていった。
幼児なんてものを遥かに超え、最早アリにも負けるレベルにまで肉体が縮んだサレストは目の前の巨人に驚愕の言葉を吐く。
「な、何コレはッ!? 身体が!?」
「言わずもがな、肉体を縮ませる銃であり、魔力、身体能力共に全てのステータスを大幅に下げる代物、あぁ私が解かない限りは一生その身体のままなのでご了承くたざい」
「ふ、ふざけッ!? こんな仕打ちをママにして許されるとでもッ!」
「散々好きに愚行を繰り返して己に返された時は憤る、罷り通りませんね」
支配者となるべき魔法もまともに使えず肉体で抗うことも今後一生許されない。
惨殺されるよりも遥かに酷い皮肉な因果応報にヘレニカは激情をこれでもかと露わにしていくが意味をなすことはない。
甲高い声で聞くに耐えない罵声を浴びせ続ける彼女を指で拾い上げるとセラフはデコピンの姿勢を取り始めた。
「ヒッ!? や、止め……止めてください止めてくださいお願いしますッ!」
「一生、その身体で弱者の気持ちを味わいながら生きなさい」
バチン__!
「イヤァァァァァァァァァァァッ!」
情け容赦ない熾天使の制裁によって弾かれたヘレニカは滑稽な断末魔と共に地面へと打ち付けられる。
埃と瓦礫が蔓延する場所へと叩きつけられた彼女は己に与えられた一生消えぬ呪いに絶望を抱きながら意識を手放すのだった。
「制裁完了、敢えて生き地獄を与えるとはパーフェクトな仕打ちですね、我が主人」
「こういうタイプは生き地獄味あわせた方が心に来るんだよ、俺のライトノベルだって主人公は外道をそうやって裁いた」
「ライトノベル?」
「あぁ……いや何でもない、独り言だ」
ライトノベルという概念を知らず首を傾げる彼女を尻目に後始末を終えたソウジは再びフェリスの元へと歩み寄る。
サーレスト妖精王、パラダイム・ロスト、天空都市グランドシティ、次々と明かされた背後の実態に彼は顔を引きつらせていた。
「その顔は知っている……ということですよね? パラダイム・ロストを含めてあの女が話した言葉の数々を」
「あっいや……これは」
「教えてもらえませんか、俺達はある事情でパラダイム・ロストを追っている、それに繋がる物であるならどんな些細な事だろうと聞いておきたいのです」
ソウジの丁寧ながら真っ直ぐな言葉に激しく迷いを錯綜させる。
余程驚異的な話なのか、幾ら相手が自分達を救った救世主だろうと二つ返事で了承する事はなかった。
しかし放たれる彼からの熱量にフェリスは数分の末、言葉を開き始める。
「分かりました……ここでは何ですし場所を変えてお話しましょう」
意を決したフェリスはイレギュラーを極めた第三の道を模索する謎多き存在達へと案内を始めたのだった。
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