第30話 悪魔と天使のコンチェルト
「レールガンが……避けたッ!?」
避けられたと言うべきだろうか。
それとも電磁砲が避けたと言うべきか。
どちらにしろ、会心とも言える一撃は致命打を与えることは叶わず想定の崩れにソウジは動揺を隠せない。
彼女が位置する前はまるで幻覚でも見ているかのように歪んでいた。
「まさか、無属性系統の魔法?」
「無属性……?」
「ワルト様父の書物の一つ、魔力教本に記載されていました。その広く自在な無限の応用性を持つが極めて高度な技術を有する魔法」
目の前で引き起こされた現象を冷静に分析を行い、動転するソウジを宥めるセラフにヘレニカは大きく笑う。
まるで勝ち誇ったようにどうやっても無駄だと自らの手を明かしていく。
「察しがいいのねメイドの子供さん? 無属性魔法は無限の領域を誇る、高い魔力さえあれば愛しい赤ちゃんを作ることも、多少空間を歪ますことも容易ッ!」
無属性魔法、他の有属性とは対を成す存在の極めて高い自由度を誇る上位に位置しなければ行使できない魔法。
ハリエスの配下にいるユズ達は勿論この原理を認知しており、中には既に自らの物にしている者も存在する。
しかし大国の魔導師から直々に魔法構造を学んでいる彼女達とは違って追放されたソウジがそんな知識を有してるはずがない。
だからこそ、このイレギュラーの反撃は予期することが全く出来なかった。
「さぁ悪い子にはきついお仕置きと行きましょう、雷乱槍ッ!」
手を優雅に翳し始めた彼女は追撃と数多の魔法陣から雷槍を生成。
未だにバランスを崩したままのウイングユニットを残滅すべく一斉に射出を行う。
急上昇による緊急回避を行うが雷槍の嵐は容赦なく襲い掛かった。
その数は千、いや二千に届くかという膨大な物量は数の暴力として機体の翼へと次々に突き刺さっていく。
「ママァァァァァァッ!」
更にはダメ押しと火炎を纏うエレンネの特攻が次々と襲い掛かり、機体の損傷は悪化の一途を辿る。
最早崩壊寸前の中でフレイは咄嗟に二人の首根っこを掴み、地へと脱したとほぼ同時に機体は激しく爆炎に包まれた。
「ッ……あぶねぇ、あのママは化け物か?」
心身共に襲う疲労感。
特に幼児化故に大幅に弱体化してしまった身体の影響を特に受けているソウジは休まらない死闘に息を荒くしていた。
フレイ達も通常の火力を出すのに必要以上の消費を強いられているのが現状であり、いずれは燃料切れを引き起こすだろう。
「素晴らしいわ、やはり貴方達は有象無象な冒険者の子供達とは違う。でも残念、子供はママに躾けられるのよッ! 私の魔力が継続する限りお仕置きは終わらない」
追い打ちと絶望を与えるべくヘレニカは特攻を行ったエレンネ達に代わっ新たなエレンネ達を即座に生み出す。
可愛い子達と言いながら使い捨ての肉壁としか考えていない矛盾した母性は劣勢に立たされるソウジに憤りを覚えさせる。
だが、怒り狂えば剣が峰に立たされている状況を打破出来るという都合の良い話もある訳でもない。
(クソッ……どうする、どうすればあの無属性の難攻不落を攻略出来る)
パラダイム・ロストの破壊、そしてユズ達と共に現実世界へと帰るべく始まった旅路。
その末路が異常な愛を持つ魔導師に殺されるなどバッドエンドにも程がある。
全く綺麗でない終わり方が迫ろうとしている現状にソウジは必死に思案を巡らせている時だった。
「我が主人」
唐突に背後から掛けられた一言。
振り返った先には意を決した闘志を瞳に宿らせるセラフが佇む。
柔らかく幼い彼の耳へと囁かれた彼女の計略にソウジは大きく目を見開いた。
「お前まさか……ッ!」
「大丈夫です、柄にもない一か八かですがパーフェクトと称して良い案と考えます」
二人の前に立ったセラフはコインを生成すると再度重ね掛けによるウイングユニットを展開していく。
勇猛果敢な表情だが先程の二番煎じのデジャヴにヘレニカは蔑む心情を含め見下ろすが幼きアンドロイドは不敵な微笑を返す。
「同じことの繰り返しでママをどうにか出来るとでも?」
「ご安心を、きっと貴方も今度は楽しめる新たなプログラムですので、ママ様?」
「アッハハハッ! 口の減らない子供もママは嫌いじゃないわよッ!」
減らず口の生意気メイドにエレンネ達は全方位から終局へと導こうと一斉攻撃を行う。
先程よりも数が増した勢力にセラフは尻目にいるフレイへと一言だけ告げる。
「フレイ様、我が主人を頼みます」
瞬間、放たれた光線が触れる直前に機体へと飛び乗ると強襲を行おうと迫る連撃を躱し、天高く飛翔。
巧みな操作は全方位からの乱撃を何度もすり抜け縦横無尽に空を駆ける。
極限の集中力、戦闘においての効率性を高められたアンドロイドと設定された彼女だからこそ出来る芸当だ。
「見えざる聖域はキリエを謳う」
一途に元凶を捉えると彼女は手元へと同様の電磁砲を創造し肉体の頭身を有に超える銃口へと稲妻を溜め込む。
まさにデジャヴ、通用しなかった攻撃をまた行うのかヘレニカは呆れながらも何処か困惑した胸中を抱く。
(馬鹿な子供、何度同じ攻撃を繰り返したって結果は永劫変わらない、ずっとママはママあり、子供は子供である事と同じ、そうよ私は永遠のママなのよッ! ママこそが最高に尊い立場なのッ!)
しかし一瞬だけ過った不安を杞憂だと一蹴すると今後揺るぐことはなく、揺らぐことは許さないママの立場に喜びを昂らせた。
悲しい過去、それがあればまだ弁明の余地はあっただろうが残念、彼女の母性はただ自らの性癖に従う快楽的な行為。
ある外部的な目的を兼ねているがそれでも主体は歪んだ情慾と殺意に変わりはない。
「とっとと消えなさい、悪しき子供ッ! あの世でママに懺悔し魂に還りなさいッ!」
勝ち誇った絶叫が木霊し、急接近を行うセラフの背後からはエレンネ達の光線がさらなる退行を行おうと迫りくる。
正気を保つのも難しい混沌が場を包むが熾天使は眉一つ動かさず電磁砲をヘレニカへと構え大勝負へと動く。
「ハッ!」
突如、機体を蹴り飛ばす形で右方へと回避行動を取ったセラフ。
直線的なエレンネ達の光線は大きく位置をずらした彼女を捉えられず空を切り、銃口はヘレニカの胸部を狙っていた。
「何ッ……!?」
「パーフェクトな射程です」
一瞬だけ視界から消えたセラフを次に捉えた時には既に蓄電を終え、既に引き金に手を掛けていた。
荒れ狂う強大なる稲妻は勝利宣言にも近いセラフの言葉と共に動揺するヘレニカへと凶弾を差し向けている。
この不意を突く気の動転を狙ったのかと察した頃には遅く、既に超高速の電磁波は今か今かと放たれようとしていた。
まさに不覚、慢心していた余裕の心は瞬く間に焦燥感へと変貌を遂げる。
「これが終曲です」
終わろうとする決着、どちらが滅しても可笑しくない死闘だが……悪運の女神は既のところでヘレニカへと味方をした。
「ママノジャマヲスルナァァァァァァ!」
刹那、セラフの凶弾に割って入ったのは激怒を叫ぶエレンネ達の光線。
急旋回していた使役する怪物達の一撃は肉体へと直撃、引き金は引かれたものの衝撃から射線がずれ、僅かに発射が出遅れる。
彼女の幼き四肢や胴体が更に退行を始め、肉体は数秒もすれば赤ん坊と化し、機能不全に至る寸前までに陥っていた。
僅かなコンマ差のズレはヘレニカに冷静さを取り戻す時間を与えてしまい、即座に彼女は空間を歪ます無属性魔法を顕現。
「ハッ……アッハハハハッ! 神様もママが勝つべきと審判したようねッ!」
「セラフッ!」
響き渡るソウジの叫び。
幸運の女神が齎した絶望が塗り替えられた希望にヘレニカは激しく歓喜に嗤う。
勝った、遂に勝った、この忌まわしき反逆者の哀れな子供達をようやく葬り去れる。
結局はママこそが至高であり、子供なんぞが反逆など出来る訳がないと己の正しさに深く酔いしれていく。
「さぁ……絶望なさい、ママに逆らった罪へとォォォッ!」
ドシュン__。
「……はっ?」
歓喜に染まった彼女は妙な物音が響く。
何かが射抜かれ、骨が砕かれる音。
正気を捨てた笑みは罅割れていき、戸惑いが生じていく彼女の身体からは謎の稲妻が荒々しく迸っている。
「えっ……はっ……?」
あり得ない、そんなはずがない。
だが現実は非情なもので逃避へと走ろうとした彼女へ容赦なく襲い掛かる。
腹部にはポッカリと穴が空いたような感触が急速に神経を伝い、恐る恐る視線を下にした彼女は驚愕に満たされた。
「なっ……!? 馬鹿な、ガファ!?」
理解したと同時に激しく吐かれる鮮血。
無属性魔法によって回避したはずの電磁砲は彼女の腹部を貫いていた。
壮絶な威力に一瞬だろうと完全に意識が飛んだヘレニカはつい魔力を解除してしまい、エレンネ達は空間へと消滅する。
「やはり、貴方は無属性魔法を行使した」
それは即ち、全ての呪いを解除してしまった事を意味し、膝をつくヘレニカの視界には長身のフォルムが映り込む。
幼気は消え去り、冷徹な慈悲のない瞳で凝視する本来の肉体と力を取り戻したセラフは厳かにイカれた魔導師を見下ろしていた。
「どういうこと……何故、私は確実にあの電撃をズラしてッ!?」
「確かに馬鹿みたいに貴方を狙っていれば振り払えたでしょう。しかしこの麗しき戦闘メイドによって元からズレていた射線を戻してしまえば別ですが」
「ッ……! まさか……赤ちゃんの光線に直撃したのはわざとッ!?」
ようやく気付いたセラフが持つ真の戦法にヘレニカは驚愕に満たされるが今更理解しても既に後の祭り。
気の動転を誘う不意打ちはあくまで真意を語らせない為のフェイクに過ぎない。
熾天使は更に上を行き、一撃で全ての呪いを全消ししようと画策していたのだ。
「肉体が縮めば自然と射線もズレる。貴方は折角逸れた射線を自らの無属性魔法で腹部に直撃するように戻してしまった、一か八かのパーフェクトな賭けです」
「ッ! この……生意気がッ!」
怒り狂い殺意しかない形相で睨むヘレニカへとセラフは冷淡な表情ながらさらなる煽りをけしかけていく。
「貴方の呪いもエレンネも全て己の魔力が続く限り継続する、逆に言えば一瞬でも解除すれば呪いは消え去る。蔑む子供によって首を絞められるとは何と皮肉か」
「酷い……ママに何て言葉をッ!」
「貴方に母親を名乗る資格などない、ただのまやかしに酔ったパーフェクトの欠片もないクソ女です」
容赦なく一蹴の言葉を放ったセラフにヘレニカは完全に理性を失っていた。
しかし流石は上位種族、冷静さを欠きながらも即座に電磁砲による大ダメージを回復魔法による治癒をとっくに終え、臨戦態勢を既に整えている。
「折角……私の勝利がッ!」
剣を握りしめると一目散に全てを狂わしたセラフへと一気に襲い掛かる。
だが彼女は忘れている、もう一人、熾天使と同じく驚異的な存在を。
放たれようとした剣撃は即座に腕を掴まれた事で封じられ、派手に投げ飛ばされる。
「何ッ!?」
「マジックは終わりだよ、偽りのママ」
鬱憤が溜まっていたフレイは完全復活を遂げた肉体に喜びを覚えながら生き生きと破滅的な激しい業火を空間へと生み出す。
こうなれば勝負は一方的、慈愛を与える気など毛頭ない正反対の戦士達は無慈悲にトドメを刺しにかかった。
「クッ、我が赤ちゃん達ッ!」
指揮棒を振るうような動作で使役するエレンネを利用した超高速から行われる絶え間のない光線の嵐。
だが万全と化し、既に射線を見抜いている二人の身体能力は有に上回り、掻い潜りながら反撃を繰り出していく。
拳と銃が混じり合う視認も難しい速度からなる連撃は着実にダメージを与える。
「この、ちょこまかとッ! 氷烈弾ッ!」
堪らず自らも巨大なる氷塊を弾丸として放つ上位魔法を行使するもフレイの反射神経にとっては鼻で笑うレベルの速度。
「イグニス・ドライヴッ!」
「矮星に微笑むクォーツ第二楽章」
カウンターと射出された焔の拳、更には純白翼のウイングユニットを司るセラフの空中射撃は天と地から怒涛の攻撃を演出する。
降り注ぐ魔力の雨霰、再び最凶と元より極めた業火に圧され続けるヘレニカは劣勢を強いられ続けるしかない。
常に絶望を与え、弱者を蹂躙していたエレンネ達だろうと二人の前ではただ戦いの場を彩るだけの装置に過ぎなかった。
「風乱刃ッ! 雷牙波ッ!」
負けじと放った剣に纏わせた風刃は上下左右に高速乱舞し、放電という渦を生みながら稲妻の一撃は双極の戦士へ襲い掛かる。
彼女の身勝手な欲望が具現化した幼稚な広間には決して見合わない殺意だけに満たされた魔法が縦横無尽にに駆け巡りを行う。
「じゃ新技と行っちゃおうかな!」
恐れるどころか寧ろ更に不敵さが増したフレイは大きく身を屈め、足元へとイグニッションコアの焔を蓄えていく。
まるでクラウチングスタートを彷彿とさせる姿勢を万全に整えた彼女は地を蹴る。
「ソレイユ・アクセラレイト」
詠唱の瞬間、驚異的な爆発力となった焔はバックファイアーを引き起こし、ヘレニカの視界から完全に消失した。
彼女を囲うように炎の円が誕生し、放たれていた対抗の魔法は無情にも視認不可能な速度で疾駆するフレイの空を切るしかない。
まるで残像のように円には何人ものフレイが映し出され、混乱に満たされるヘレニカへと目掛けて右ストレートは叩き込まれる。
「グォァッ!?」
紅き炎はヘレニカを派手に殴り飛ばし、瓦礫が空間へと激しく飛び散る程に後方の壁へ衝突させた。
止まらないフレイは意趣返しの如くゼロ距離からの容赦ない速度の連撃を放ち、ヘレニカへのダメージを蓄積していく。
「感謝するよ、君の赤ちゃんで閃いた賜物なんだからッ!」
華麗に乱舞するフレイの新技。
応用を効かせた速度重視の必殺技の誕生に呼応するようにソウジが持つ創生の奇書は突如眩い光を放ち始めた。
該当箇所はまさしく今、鬼神の活躍を見せるフレイの頁であり、奇書は自ら彼女の欄に新技の記載を始めていた。
・ソレイユ・アクセラレイト
脚部へと炎を集約させる事で残像が生まれる程の超高速を生み出し、推進力を込めた高火力の拳撃を叩き込む。
(なるほど……こうやって独自の成長は勝手に奇書に記される訳か。何て成長力だ)
更に判明する創生の奇書が持つ原理。
フレイ、セラフ共に初期ステータスのさらなるパワーアップを記した設定。
万が一に備えてと自主的な成長を容認したソウジの心算は見事に的中し、彼の想像を超える早さでフレイは成長を遂げていた。
「馬鹿な……ママが劣勢などッ! 常にママは優位に立つべきなのよォォォォッ!」
狂乱の叫びが轟くと数多の魔法陣からは乱雑を極めた高火力の魔法陣が次々と顕現。
エレンネ達も含めトドメを刺すべく無造作の剣撃を交える魔法を乱射し始めた。
ヘレニカが最後の手段に出たとは誰が見ても周知の事実であり、応えるべく二人の戦乙女も呼吸を整えていく。
「エリス・ノヴァッ!」
混迷を極めた死闘の結末は実にシンプル。
空間へと真紅の焔を巨大なる拳へと集約させたフレイ最大の出力を持つ切り札。
見るからにパワーで押し切ると察せる特大の一撃はヘレニカに絶望を与えた。
「何なのよ……その拳はッ!?」
詠唱は壮大に広間へ木霊し、突撃を仕掛ける焔の拳は衝撃波を生み激突を始める。
周囲の地面は瓦礫として空間へ吹き飛び、激しく震え、亀裂が走り始めていく。
一歩も譲らない攻防、どちらも気にも留めずに決着へと向けた攻撃を続ける。
だが拮抗の鍔迫り合いもそう長く続く事はなく、やがては若き力の勢いに押されるように数多の魔法は押し負けていた。
「終わりだァァァァァァァァァッ!」
最後の後押しを意味するフレイの咆哮。
倍を超える質量で放たれた拳撃が鉄槌を捻じ伏せ、真正面から突き破る。
無属性魔法による空間のずらしも驚異的な攻撃範囲を誇る切り札の前ではまるで意味をなさない。
無情なる熾天使と業火の悪魔、神にも近しい可能性を秘める二人の全力は粉骨砕身の魔法だろうと敵うはずがないのだ。
上位種族という強者の立場は崩され、迫りくるどうしようもない絶望にサレストが許される行為はただ嘆くことだけだろう。
「私の……私はママなのよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ ォォォォォォォォォォッ!」
何とも滑稽で皮肉な断末魔。
全てを突き破った拳撃はヘレニカの肉体へと激しくめり込み、背後へと殴り飛ばす。
刹那、勝利を告げる炎舞う大爆発が空間を呑み込んでいく。
歪みに歪んだ母性に支配された地は熱波により風穴を空けられ、新たなる世界を創造するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます