第25話 新天地
「我が主人、これで良かったのですか?」
「いいんだよ、セインさん達を守る為にはこれくらしいか思いつかなかった」
砂色の埃を上げながら砂上の世界を一途に駆けていく四輪の駆動機械。
見惚れるほどの秀麗な彼女の横顔を持つセラフはソウジの決断に疑問を提示した。
彼の手には強大な魔力を有すると言われるレベロスの鍵が握られている。
「奴らの狙いはこの鍵、逆に言えば鍵さえなければマレンに兵を仕向ける必要性がない、今頃流した嘘とセインさん達の国家総出の名演技にハリエスは騙されてんだろうよ。セラフ、代用の鍵は大丈夫か?」
「勿論、構造は完全に模倣してあり、国家運営は今後も可能です」
セラフはセイン達へと渡した代用に用意された模倣品のレベロスの鍵をコインから顕現させ有用性をドヤ顔でアピールする。
何かしらの形でハリエスは鍵を回収しに来ると読んでいたソウジは予め矛先をこちらへ向ける布石を敷いていた。
自分達を悪者と見立て、全てを知るサーレを死亡扱いにし、セインを含めた王宮の者総出で国家規模のハッタリ演技を行う。
殺してはいないが非業の死を遂げたという嘘の為に血濡れた偽りの証拠を作ったのも信憑性を高める作戦の一つだ。
「動機なら十分にある、復讐だの報復だの聞かされれば奴らも必然的に俺が暴走した上での暴挙って結論づけるだろうよ、今頃討伐隊でも仕向け始めてるかもな」
「まぁ何が来ようと我が主人の弊害となるのなら無力化するまでですよ」
「いいのかお前は? 結構やばい立場だが無理に俺に付き合わなくなって」
「私は我が主人が与えた己の意思でここにいます。感覚的に動くのは好みではありませんが我が主人とハリエスの潔白さを天秤に掛けた上で、前者を選んだまでです」
ソウジの言葉にセラフは即答で同行の意思をキッパリと示していく。
比較的無表情故に冷淡にも見えるが人間の域に達したアンドロイドは熱い何かが彫刻のような瞳の中に宿っていた。
「……そうか」
フレイに続いての協力者の誕生にソウジは言い表し難い笑みをセラフへと向ける。
晴れて正式に二人目の仲間が増えた訳だがソウジは今更ながら自身が搭乗する駆動の乗り物へと疑問を抱き始めた。
「しかしセラフ、この乗り物は一体何なんだ? 車というかUFOというか」
この異世界、いや現代でも見ることはまずない異質な輸送機械を巧みに操るセラフ。
時折振り返る際に見える余りにも綺麗過ぎる秀麗な彼女の横顔を堪能しながらソウジは乗り心地抜群の機械に寛ぐ。
彼等が乗りこなす存在は車輪が地面をついていない所謂反重力と呼ばれる機能を持つ魔力を燃料にした車型の機械。
「軍事国家サラキアにて常用とされる反重力の駆動四輪車ですよ。不快感を抱かない無音性能に防熱防寒は抜群であり、最大時速三百キロを誇る高馬力の優れ物です」
「はっ? いやちょっと待て、軍事国家サラキアは俺が創生の奇書で設定しただけの架空の国と記憶ってだけであって」
「確かにそれは事実、しかしどうも不思議で私の記憶には奇書に表記されてないサラキアの世界観までもがインプットされているのです。故に我が主人でも知り得ない詳細を私だけが補完している」
(補完……なるほど容姿だけじゃなく過去を書けばそこもしっかり補完が行われる、故に俺は知り得ずセラフだけが知る記憶か)
新たに判明した創生の奇書が持つ効果。
ゼロからキャラクターを生み出す故に書ききれてない部分は奇書が独自の解釈で魂へと補完作業を行う。
ルイーナレクスの暴走も今思えば上記からなる過去の補完から創造主への忠誠ではなく殺戮になったのだとソウジは理解する。
(全く、本当に扱いが難しいな)
独自の現象にソウジはセラフが操作する車の窓から映る景色を視界に映す。
先行きが思いやられる己が持つ力についてため息を吐こうとした矢先だった。
「ねぇ君、マスターによってゼロから創造された存在だよね可愛い子ちゃん!」
冷淡な空気を殴り飛ばし、後部座席から身を乗り出すと運転を行うセラフの横顔を興味深く凝視していく。
ここまで怒涛の休みない展開故にソウジによって創造された少女二人はまだまともに会話さえ交わしていない。
故に本能的なフレイはセラフへの好奇心の抑制は既に限界を迎えており、居ても立ってもいられない状況に彼女はいた。
「そういう貴方も私と同類ですか、焔の人。先輩とでも称するべきですかね」
「先輩……先輩……く〜いいねソレッ! いい響きだよ! これから宜しくね、えっとセラフちゃん!」
熱く燃える闘志を秘めた手は十字架を刻む瞳を煌めかせるセラフへと差し出される。
業火の闘士と沈着の天使、正反対な二人の構図は壮観でキャラクター同士の絡み合いにソウジは興奮を浮かべた。
乙女達は力強い握手により、仲間としての懇意の誓いを「お断りします」
「はっ?」
「ん?」
する事はなかった。
「えっ、断った今ッ!?」
「はい、お断りをさせて頂きました先輩」
「いやいやいやいや普通こういうのって握手するパターンじゃない!? 同じ境遇なんだしここは一緒に仲良く」
「……おっぱい」
ハンドルを握り締める力を強めたセラフは食い下がるフレイへと小さくそう呟く。
「へっ?」
「貴方、その胸部はCカップですよね? まさに女性の理想、つまりはパーフェクト」
突如、呪言のように怨み節を呟いたかと思うとセラフは眉間にシワを寄せながらフレイへと激情を爆発させた。
「アンダーバストとトップバストの理想的な距離感、まさにパーフェクトな理想のCカップ……太腿はむっちりでやや肉付きがあるもののそれでも身長に見合ったトランジスタグラマーな体型……何故、何故私よりもパーフェクトなのですかッ!」
ヴェルドラを滅したあの姿は何処へやら。
コイン使いの熾天使は何処にもいなくそこには更に美乳コンプレックスを抱えたメイドがお怒りの様相で吠えている。
最早褒めてるのか貶してるのか分からない勢いのままセラフは彼女のパーフェクトさに妬みを捲し立てていく。
彼女の完璧主義設定が日進月歩の勢いでソウジの想定からズレていく様は「キャラクターが勝手に動く」と言うべきだろう。
「はぁ!? いや知らんけど!? 別にこの胸だって望んでこうなった訳じゃないし!」
「あぁ最悪……これは依怙贔屓という奴でしょうか? 後輩は先輩に逆らえないという暗喩なのでしょうかこれはッ!」
「いやいやいや! 別に君を蔑む意図とかないからッ!? そうだよね、マスター!」
「あっ、あぁ……そうだが」
砂漠の上でおっぱいの言い争いなど今後幾ら世界が変わろうと見れないはずだ。
しかも特上の美少女達が恥も外聞もなく論争しているとなれば尚更。
まさかの胸のサイズ設定による啀み合いは幾らソウジでも予想出来ず何でこうなると引きつった顔を浮かべた。
「というか別にいいじゃん貧乳で! 何事もありのままってやつを愛するのが最高に一番って思うのさ!」
「ありのままが一番……そんなものパーフェクトであるべき上昇志向を諦めた下らない負け犬の言い訳にしか過ぎませんよッ!」
「ま、負け犬!? 何だと堕天使がッ!」
「ちょ、身を乗り出さないでください操作が乱れるじゃないですかッ! この駄犬!」
「駄犬とは何だ、狂犬と言え!」
瞬く間に場はカオスへと包まれ、車内では麗しき乙女達が創造主を挟んでの取っ組み合いが繰り広げられた。
「おい馬鹿狭い車内で暴れんな!?」
危ないというのもあるが何より美少女二人に挟まれ神経がこれでもかも刺激される状況にソウジは顔を赤くするしかない。
堪らず咎めを口にするが両者が止まるはずもなく次々と美少女の胸部が迫る現状に諦めて身を委ねた。
(本当に……扱いが難しい能力だ)
制御が極めて難しい創生の奇書の力にソウジはため息を吐き、一行は死の地と呼ばれる砂漠地帯を駆けていく。
時に口論を含めつつもじ順調な旅路は続いていき、遂に砂色に染まる灼熱の世界は終わりを告げた。
車内の窓越しに見えるのは緑生い茂る森林地帯、奥にそびえ立つのは岩山。
「ッ! あれは?」
「ウィーレンス大樹林、セイン様から譲渡されたランドスケープを見るに死の地と呼ばれるを砂漠地帯の隣に位置する森林地帯です。つまり我々は死の地を突破致しました」
反重力車を停止させ、緑が広がる地へと降りたソウジは灼熱が過ぎ去り、生暖かい温暖の風を盛大に吸う。
道端には生命が芽吹き、樹齢千年を越える大樹が鎮座する森は自分達を歓迎するかの如く鳥達のさえずりが響き渡った。
「俺……生きてんだな、この世界に」
「えっどしたのマスター、ポエム?」
「ポエムじゃねぇよ!? こうやって自然を浴びると改めて俺はあの地獄みたいな遺跡から光を掴めたんだなって実感しただけさ」
「つまりポエム?」
「だからポエムじゃねぇよッ!?」
常に砂漠だったからこそ、生き生きと躍動する木や草、花を目にしてソウジは改めて自分が生きていると自覚する。
中々心から休めない極限の状況が続いていたからか、安堵感から無意識に己の手は小刻みに震えていた。
「まぁいい、取り敢えずここらでパラダイム・ロストの情報収集を行おう。あの砂漠地帯はマレン以外に人気がないらしいからな」
ソウジが死の地を抜け出した理由は主に二つ存在した。
一つ目は世界の根幹を揺るがす兵器、パラダイム・ロストの情報収集を行う為。
詳細が見えない以上、不用意に創生の奇書で干渉するのは危険であり、遠回りだが一番の安全な最善策は話を集めること。
故にマレン及び近郊の村々以外にまともに対話可能な生物のいないあの砂漠地帯では間違いなく停滞すると彼は考えていたのだ。
二つ目はパラダイム・ロスト本体と起動に繋がる鍵は近くにないと予想した為。
国家を激怒させ、開発者達自身も罪の意識に悩まされ封印へと至った悪魔の力。
あくまでソウジの主観だが、そのレベルの兵器と起動の鍵が付近にある訳がないと彼は考察している。
以上からソウジがあのまま死の地に滞在する必要性はほぼ皆無と化していたのだ。
「世界の根幹を揺るがす兵器……そいつがどんなものかは知らないがあの女王の手に渡るのは危険な予感がする。ユズ達だって何をされるか分からない」
身勝手な処刑、魔族の完全なる壊滅を目論む過激な思想、非倫理的な人造魔族、そしてマレン王国を滅ぼそうとした暗躍。
度重なる不信に繋がる行為はソウジへと強く警鐘を鳴らし、世界の実権を握らせるのは危険だと独善的に判断した。
「俺達の目的は誰よりも早くパラダイム・ロストを発見することだ。見つけた上でそいつを獲得する。闘いを止める抑止力には十分過ぎる代物だろ」
この目的が天地戦を更に激化させる悪手になることは否めない。
だが、人類と魔族、マレンでの出会いからどちらかを滅ぼすなどという選択肢を取ることは出来なかった。
子供が考える理想論と罵られようとソウジは取捨選択ではなく、絶滅をする前に手を取り合う未来を胸に抱いたのだった。
「俺が考えてることはまさに馬鹿、現実を見ない子供と罵られる事だ。だがそれでも俺は第三の選択肢を取りたい、改めて……お前達はついてきてくれるか?」
旅路は茨の道を極めることになる。
ハリエス王国だけでない、アレルを信仰する大国や部落、更には魔族とも対立する四面楚歌の可能性も極めて高い。
再度意志を確認するソウジだが返ってきたのはこれまでと変わりない即答だった。
「フッフッフッ……たかが山が一つ二つ増えた所で別に変わらないさ、私は本能に従って生きてる、そして本能はマスターについてくべきだって訴えているッ!」
「先程も述べた通り、合理的に考えても我が主人の選択肢を尊重しましょう。その鍵をあの国に渡すのはパーフェクトではなく抑止力が天地戦を止める十分な根拠にもなります」
返ってきたのは揺るがない強き言葉。
二人の姿勢は世界規模のプレッシャーという名の迷いがまだ若干存在したソウジの背中を完全に押すことになる。
自分の生み出した存在と共に戦うのは今でも人形遊びのような奇天烈感があるが自分の力になってくれる者達に変わりはない。
このままの勢いで行きたい所だが……どうもそうスムーズには行かないのが彼女達が人間ではない由縁だろう。
「じゃ! 今のマスターは情報が欲しい、だったら私が最初に村とかそういうの見つけて来てあげるよ!」
「いえ、こちらの本能的な駄犬さんよりも私の論理に従う捜索方法が効率においてパーフェクトかと」
「えぇ〜でも人間の本質は本能だし〜小難しく考えすぎてそのプログラムパンクしちゃうんじゃないの〜?」
「ご安心を、この程度の私に備わる索敵能力はお馬鹿な貴方が第一歩を踏み出す前に理論を構築可能なので」
「あん?」
「はっ?」
彼女達の背後に潜む獅子と大蛇。
二人の間に散る禍々しく散る火花。
あくまでこれはソウジが錯覚してそう見えるだけの幻だが、そう見えざるを得ないほどに悍ましい光景が広がっていた。
創造主を経由しなくなった途端、おっぱいのサイズという下らない理由から犬猿の仲の化した二人の争いは激化する。
どちらも「こいつに負けるか」とまるで引かない不退転な覚悟から互いにおでこを衝突させ、不敵な笑みを浮かべていく。
「じゃあこうしましょう、どちらが早く我が主人へと情報源となる存在を発見できるか」
「いいねぇ? こうなったら正々堂々全力の勝負と行こうじゃないか」
「お、おい二人共」
「それでは……レディ?」
「……ファイトッ!」
世界一不毛な争いの開幕が告げた途端、二人は視認できない速度で地を駆け、一瞬にして森の中へと消えていく。
ソウジの制止など耳に貸す暇もなく正反対の乙女達は影へと喪失し、彼は思わず付近の樹木へとため息と共に腰掛けた。
「はぁ……前途多難だな、設定の項目に喧嘩しないって書いときゃ良かった」
彼女達の頁欄に自ら後付けは出来ない以上、それは不可能なのだがまさかの事態にソウジは今更過ぎる後悔を抱く。
自己判断の意志を持たせたお陰で有益になった場面は多数あるが逆にこのように要らぬ弊害が今現在生まれている。
基本的に自分に忠実なのは良いが反りが合わない予期せぬ現象が生まれた二人の仲はどうにかしなくてはならない問題だろう。
(まっ、争いって言っても猫の小競り合いみたいに済んでるのはマシか。ここは二人に任せて少しだけ仮眠でも)
「マスター!」
「我が主人!」
「見つけたよ(ました)ッ!」
「早っ!?」
時間にして僅か数十秒。
仮眠を取ろうと横になりかけたソウジの左右からはほぼ同時に成果を上げた大声が痛烈に響き渡る。
余りに早すぎる結末に眠気に誘われていた思考も一気に目覚めてしまう。
「ちょっと! 私の方が見つけるの早かったっしょ!」
「いいえ、コンマ差で僅かに私の方が情報源の獲得に成功しています」
またも小競り合いを繰り広げる二人に呆れつつもソウジは立ち上がり、怒れる二人の激情の制止を行った。
「待てお前ら、喧嘩は後にして発見した場所へと案内してくれないか?」
彼の発言に睨み合いを繰り広げながらも一先ず最も大事な情報源の確保を完了させなければならない。
渋々と言った様子で二人は決着のつかない口論を止め、ソウジの両脇を固めると森の中へと案内を始める。
見たことない幻想的な蛍にも似た発光を見せる虫が周囲を漂う中、木々を掻き分け視界に映ったのは一つの大集落であった。
「これは……村、いや町か?」
どうやら双方が発見した箇所は同様の場所だったらしく二人は目先に広がる美しさに囲まれた光景を指差す。
青白い滝が流れる下方には水が流れ落ちる巨大な岩壁がそびえ立ち、その眼下に広がるのは果てしなく広大な大地。
赤土が連なる土壌には石造の建築物が立ち並ぶ姿は街と言うに相応しい。
実に壮観な光景、なのだがソウジは遠目から見ても分かるある違和感を抱く。
一見だけでは分からないが凝視すれば分かるこの街に潜む不気味な違和感。
「なんか……子供しかいなくね?」
街にいる若人たる者は全て子供、大人が一人も見当たらない。
更に言えば……その子供達は生気がなく、まるで人形のように虚な目をしている。
幻想のような美しい街に似つかわしくない無慈悲な静寂、背筋に走る薄ら寒い感覚を刺激する不気味な雰囲気が痛烈に漂っていた。
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