第26話 モンスター・ベイビー
「おい、アレが見つけた街なのか?」
「間違いないけど……あれ? 言われてみると色々と可笑しい街だねあそこ」
「初見時では気付きませんでしたが大人と呼ぶべき人物が男女共にいません。子供だけの街と呼ぶべきでしょうか」
冷静状態になった二人も二度目の視認でようやくこの街に広がる違和感に気付く。
瑞々しい自然とは裏腹に生気の欠片もない世界は明らかに浮いており、マレン王国とは正反対と言えるだろう。
思わず唾を飲み込みながらもソウジは徐々に街へと近づいていく。
(何だここ……ほぼ廃墟じゃないか)
散乱している飲食物、
所々破損している出店や住宅街。
まるで盗賊にでも襲われたのかと思う惨状が街内には痛々しく広がっていた。
何事かと付近に落ちる食べかけの作物を適当に拾おうとしたその瞬間。
「あ……あの……ッ!」
鼓膜へと響く絶叫。
振り返った先には一つの小さな人影がこちらを睨むように凝視を行っていた。
だがそれは怒りでも殺意でもない、向けられる瞳には憎悪というものがまるでなく、寧ろ別の何かを秘めている。
まだあどけない金髪の少年の必死な形相は「こんな場所から今直ぐに逃げろ」とばかりに訴えているようにも見えた。
「君……どうかしたのか?」
「……だ、駄目」
「えっ?」
「来ちゃ駄目……ここ、ここにはッ!」
ソウジの言葉に被せるように酷く怯えた様子で警告を唱えていく少年。
明らかに正気じゃない様子に思わず眉を潜めつつも何か異変を感じ取り少年に駆け寄ろうとするが。
「はっ?」
彼が酷く怯え、錯乱する理由は探さずとも自らソウジ達の前へと現れた。
形容する言葉を挙げるのなら……赤ん坊と称するのが相応しいだろう。
セレモニードレスに身を包むが羽織物から浮かべるニタリと奇妙な笑みはは一目見ただけで異常と理解できる。
「ブブ……パパ……ママ」
「何だ……赤ん坊?」
奏でられる声色は何重にも重なった不気味を極めたものであり、四足歩行の存在は次第に自らの肉体を肥大化させていく。
一体だけでない、街からはソウジ達を取り囲むように複数の赤ん坊を核とした異型の怪物が次々に顕現。
大人を超える等身大まで到達した悪趣味の権現は瞳をギラつかせ、頬まで及ぶ牙を剥き出し、絶叫を木霊させた。
「ママァァァァァァァァァッ! パパァァァァァァァァァァァァァァァッ! ウギャギャギャギャギャギャギャギャァッ!」
「おわッ!?」
瞬間、見た目に油断していた彼の視界には迅速なる光線が襲いかかる。
反射的に躱すものの己の腕部は歪なる怪物が放つ一撃が掠め、盛大に尻餅をつく。
「おいおい何だよこいつらッ!?」
生命の基盤そのものを否定して罵倒する悍ましさ、先程から耳に届く言葉も不協和音でしかなく聞く度に吐き気を催すだろう。
死線を越え、ある程度耐性が生まれたソウジでも思わず目の前の存在には顔を青ざめ、不快感を前面に表す。
赤ん坊に見立てた怪物は奇天烈な絶叫と共にこちらへと殺意の微笑みを振り撒く。
「マスター、下がって」
「安全圏内に、我が主人」
喧しく騒がしかった空気は一変し、真面目モードへと即座に切り替えた戦乙女達はソウジを守るように臨戦態勢を整える。
絶望しかない状況だが沸き起こる焔とコイントスの音は恐怖を振り払う希望の光と化していた。
「赤ちゃん殴る趣味ないけど、まぁ拳で戦えんならなんでもいいけどさァッ!」
「全く、なんと悪趣味な敵でしょう」
彼女達は言葉通りに赤ちゃんの異形を容赦なく殲滅していく。
目元から放たれる光線のようなエネルギーと球体染みたフォルムからは想像できない肉眼で追いつくのがやっとな機敏な動き。
常人が相手にするのであればかなり厄介な相手であろう、あくまで対峙する相手が常人であるならの場合だが。
「ママァァァァァァッ! ギャァァァッハァァァァァァァァァッ!」
「私はママじゃねぇってのッ!」
手首を軽くスナップさせると身体を捻りながら後方へと跳躍。
宙に浮いた華奢な身体は迫りくる光線の嵐を巧みに躱していくと着地と同時にカウンターの業火を痛烈に放つ。
「ヘリオスフィア・チェイサーッ!」
空間へと顕現した拳状の弾丸達は精確無比に襲いかかる怪物へと着弾。
膨張した炎は大爆発を起こし、巨躯の怪物を瞬く間に形すら遺さず消し炭と化す。
「見えざる聖域はキリエを謳う」
入れ替わるように宙を舞うセラフの動きは一切乱れる事無く優雅であり華麗。
コインによる空間防壁の生成と同時に両手へと創造した高火力を表すデザートイーグルを模倣した大型拳銃は牙を剥く。
並の人物ならば一発で肩骨が外れるであろう反動も意に介さず狙いを定める。
全方位から休みなしに襲撃する光線をアクロバットを交えた最低限の動作で躱すと一発、二発、三発と射撃音は奏でられた。
着弾するたびに怪物は吹き飛び、連続して爆発を起こす。
戦闘アンドロイドの真骨頂、ノールックをも容易とする精密なバレエにも似た射撃が怪物達を次々に撃破していく。
「イグニス・ドライヴッ!」
間髪入れずセラフがまだ仕留めていない怪物へとフレイはカバーするように拳撃を一直線に放ち、隙のない戦闘を生み出す。
仲が良いのか悪いのか、先程まで啀み合いを続けていた二人なのだが戦闘のコンビネーションは実に抜群。
長年の戦友かのように錯覚する連携は見る者にとっては芸術とも呼べる美しさだろう。
戦闘の相性は高い彼女達の無双劇は止まらないが流石に不利と判断した数体の怪物はその場から消え去る。
「イヤ〜ダ……イヤ〜ダ……ナンデママノイウトオリニシナイノォォォォォッ!」
最後まで意味不明な言葉を吐きながら怪物達はまるで空気中に消失するかのように姿を眩ませていった。
逃がすまいとセラフは弾丸を放つが僅かに一歩遅く、無情にも空を切る結果となる。
つい舌打ちをかました熾天使は手元に有するデザートイーグルを消滅させた。
「クッソ〜! 逃げられちゃったか」
「そのようですね」
横に並ぶフレイとセラフ。
波長が合わずとも先程の揃ったコンビネーションは互いに思うところがあるようで賞賛を値する言葉を口にしていく。
「……結構やるじゃん、イカしてたよ」
「そちらこそ、下馬評に比べれば遥かに優れた拳撃でした」
非常に良い空気が二人の間へと緩やかに流れ始め、ソウジは蟠りが解消されるのかと安堵に包まれようとする。
ジュ__。
「「ジュ?」」
まぁそれは……儚い幻想であったが。
絆が育まれようとしていた雰囲気は何かが燃える音によって残酷にも遮断する。
悪寒が走ったセラフが自身の背中へと目をやると服装にあるリボンにはフレイが放った一撃の残り火がメラメラと灯っていた。
「ちょ、私のメイド服がッ!?」
「えっごめんごめんッ! 何でェッ!?」
「何をやってるんですかこの馬鹿! 少しでも認めようとした私が馬鹿みたいですよ、このドアホな駄犬ッ!」
「なっ、そこまで言わんでもよくない!? いや私が全部悪いけどさッ!」
「はぁ逆ギレですか、学がない人間はやはり終わっているのですね」
「はぁっ!?」
「あぁっ?」
何かの拍子にセラフの華麗なる衣服にフレイの炎が発火してしまったのだろう。
先程までの連携は何処へやら、悪意のない事故を火種として二人はまたも犬猿の仲へと逆戻りをしてしまう。
ここだけ見れば譲れない沽券と相応の実力を持つ戦士達とは思えない話だ。
(やっぱ……喧嘩しないって最初から奇書に書いときゃ良かった)
連携力が高いという事実は収穫と言うなら収穫ではあるが何故それで反りが合わないのかとソウジは頭を抱えるしかない。
猫の喧嘩を相変わらず繰り広げる彼女達を差し置いてソウジは目の前の戦闘にただ唖然としていた少年へとゆっくり駆け寄る。
「立てるか?」
「えっ……あっ……」
「大丈夫、俺達は君の敵じゃない」
尻餅をつく少年へと手を差し伸べるとソウジは優しく語りかける。
慣れないながらも精一杯の子供をあやす笑顔は功を奏し、数秒の熟考の末に彼は華奢な手で握り返すと立ち上がった。
「エ……エレンネ達は……?」
(エレンネ? あぁあの気味の悪い赤ん坊を模倣した怪物達の名前か)
「もう大丈夫、俺の仲間がボッコボコにしてやったからな。まぁ全滅したって訳じゃないけどここにはもういないはず」
瞬間、ソウジの言葉に溜まりに溜まった感情を吐き出すように少年は彼へと泣きじゃくりながら抱きついた。
よほど心に恐怖が刻まれていたのか小さな身体を震わせ、縋りつく手は離さないように強く握りしめる。
涙だけではなく鼻水まで出したくしゃくしゃの泣き顔にソウジは驚きつつも感情の爆発を咎めることは出来なかった。
「こ、怖かったッ! 怖かったよぉッ!」
彼の叫び声に同様の子供達も恐る恐る姿を現し始め、悪夢が振り払われた事実に熱狂的な歓喜に満たされ始める。
「エレンネを……やっつけたの?」
「や、やった……やったァァァァッ!」
「凄いあのエレンネの大群をッ!」
少年と同様に泣きじゃくる子供達は抱き合いながらソウジ達を一斉に取り囲む。
大人だけがいない逆ハーメルンの街には生気が取り戻し始める。
(全く……どうなってんだよこの街は)
歓喜に沸く周囲に喜ばしく思いつつも気味の悪いこれまでの出来事にソウジは少年の頭を擦りながら顔を歪める。
勝利という名の熱狂と幼児化という衝撃の余韻が終焉へと向かうと子供達から街内に存在する屋敷の応接間へと案内される。
勿論、大人はいない為、勝手に入室する形となりソウジは少々の罪悪感を感じつつも応接間の椅子へと腰を掛けた。
「まずはこの度は助けて下さりありがとうごさいます、僕はこのレーナスの街に住む商人の息子、ワルト・ウィレファです」
開幕早々ワルトという名を持つ少年はもう複数の同年代の者達と共に深々とませた挨拶で感謝を述べる。
汚れてはいるものの、身なりはシルク生地の上品な衣服で言葉遣いや品のある仕草から察するに良い家柄の子供なのだろう。
「ご丁寧にありがとう、俺はソウジ、まぁ旅人とでも思ってくれればいい。こっちはセラフで後ろで騒いでるのはフレイ」
ちなみに応対しているのはソウジとセラフだけであり、フレイはワルトよりも年の低い好奇心旺盛な子供達の遊び相手を自ら買って出ていた。
「はい! 五連続火の輪くぐりッ!」
「「「おぉぉぉぉぉぉっ!」」」
炎というどの世界線でも人気であろう要素を兼ね備える彼女は子供達をいい意味で巧みに翻弄させていく。
掌から次々と生み出された火の輪くぐり、一度も転けることなく宙返りをしながら着地すると拍手喝采が鳴り響いた。
この重苦しい空気に清涼剤を与えるフレイは瞬く間に人気を博している。
「子供人気はフレイ一強だな」
「はっ? なるほどそうですか、ならば私もあの駄犬を超える人気を今直ぐに」
「一々張り合うなッ!?」
またも対抗しようとするセラフを咎めるとソウジは戯れるフレイ達を差し置いて真剣な表情へと切り替える。
何故大人がいないのか、あの怪物は一体何者なのか、疑問を挙げればきりがない。
「失礼、それであのエレンネとかいう怪物は一体何者なんだ? 妙に不気味というか……赤ん坊を模倣した姿をしていたが」
スライム、オーク、亜人、獣人、ドワーフ、エルフ、そしてドラゴン。
ライトノベル、いやゲームなおいても上記の存在はメジャーというべき種族だろう。
だが自らが対峙したのはどれにも当てはまらない奇っ怪を極めた怪物。
幾ら異世界に対しての知識や慣れがある彼でも動揺せざるを得なかった。
「……ソウジさん、助けてもらってこんな事を言うのは何ですが……もう僕達にもエレンネにも関わらない方が良いと思います」
「えっ?」
「あれは……エレンネは僕達や周りの街に現れたどうしようもないパパとママを求める化け物なんです」
語られるのは絵本のように滑稽ながらも恐怖を煽るには十分過ぎる内容だった。
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