第22話 諸侯会議
「それで? パラダイム・ロストが手に入る可能性があるとは真の話なのですかな? サリア女王陛下殿」
「貴殿は女神アレルの加護の元、異界から英雄を呼び覚ましたという話だが」
ハリエス王国合議場。
同じく女神アレルを中心とした同盟国の長達は諸侯会議として招集を行った女王サリアを訝しげな視線を送った。
ヴァルセア帝国、ザルヴァニラ皇国、そしてエルセリオン連邦。
国家の垣根を越えて結成された合議体が設ける円卓に座するは四人の権力者達、内の一人である壮年の男性、ヴァルセア帝国天帝ライガ・クレスは代表して口を開いたのだ。
「では聞かせてもらおうか、貴様の言うパラダイム・ロストに関する報告というのをな」
天帝らしいその風貌は荘厳と言うべきか。
逆立つ銀髪と鋭い双眸は何処か他者を威圧させる威厳が籠っている。
煌びやかな白い装束の上から漆黒の羽織を肩にかけ、扇子を片手に汗一つ掻く様子もない雰囲気は不敵を纏っていた。
ハリエスと同等と呼べる女神アレルの意志を主軸にする一刻の長は同盟国ながら不穏な雰囲気でサリアを睨む。
「そんなに警戒しなくても構いません、我々は女神アレルの意志に基づいた同盟国、完全なる人類勝利の為に協力する誇り高き同志なのですから」
豪傑の視線にも物怖じせずサリアは凛とした態度で言葉を返す。
「ふむ……どうやら君の国はアレルの光を根源とした異界からの英雄召喚を成功したという話だが其の者達では力不足と?」
「馬鹿かお前、要はパラダイム・ロストに繋がる為の手駒、幾ら神の子だろうと世界の破滅と創造を司るって噂の禁止兵器を天秤にかければ後者の方が尊い、そんな事もお前は知らねぇのかよお坊ちゃん?」
「相変わらずの穢れた口調……やはり小国が集まった烏合の衆には品位がないのか」
「あっ? 舐めんなよ綺麗ぶりやがって若造のクソガキが」
悪寒を靡かせる言葉の応酬。
深紫の瞳が煌めき、整えられた金髪が目立つ若年ながら既に一級品の風格を持つザルヴァニラ皇国聖皇ラスト・マレーグ。
乱れる赤髪や髭の剃り残しがある絞られた筋肉質な肉体を持つ婆娑羅的なエルセリオン連邦神聖王メルガス・ヴァルフィ。
対照的な二人は同盟国ながら瞬く間に笑えない修羅の場を生み出す。
名だたる大国が出揃う現状だが必ずしもハリエスのように熱心な女神アレルの信仰を行っているとは限らない。
そもそも同盟へと至った根底の理由は全面戦争を繰り広げる魔王ヴァルベノクが率いる魔族の完全なる残滅。
人類が一体となる完全調和は必要不可欠であり、利用されたのは女神アレルの信仰。
アレルを絶対的存在に置き、魔族を災厄の根源とし、滅するべきという人類至上主義を掲げることで統一を図っている。
故にアレル教信仰の国々でもこのように熱量の差や各々の価値観による対立が全くないという訳ではないのだ。
「まぁ皆さん落ち着いて、ここは姉様の話を聞こうではありませんか」
殴り合いでも発展しかけた空気を即座にマルスは物腰柔らかい笑顔で場を制する。
好青年と威圧的の二面性を使い分ける存在は側近の部下だろうと畏怖を与える要素の一つであった。
咄嗟の彼の躍動もあり、再び騒乱の場は平静を取り戻す。
「口論はまた後に。今の主題は我々人類が絶対的な勝利を収める鍵という事です」
空気を再び己のペースへと取り戻したサリアは改めて議題の最重要性を説く。
纏う光は慈愛、正に女神と呼ぶに相応しい存在だがそれが偽りだと察知するソウジにしてみれば薄い笑みにしか見えない。
「何事も遠回しではなく結論から知りたいと思うのが人間の性でしょう。ハッキリと簡潔に述べさせてもらうのなら……パラダイム・ロストに繋がる鍵を発見、いやその一つは獲得したも同然という事です」
「何……?」
対した情報でもないと高を括り、小さく溜息を吐こうとしたライガは一切の迷いのない強気な発言に視線を動かす。
同時に二人も興味深そうにサリアの歓喜に包まれる様子を一途に凝視するのだった。
周囲の反応に何処か満悦の表情を浮かべるとマルスは透かさず円卓の場へと自らの頭身にも匹敵する地図を提示する。
「マルス」
「はい姉様、パラダイム・ロストは皆の周知に存在しているでしょう、約三百年前、今は無き帝国アーレアルにて開発されたとされる災厄の兵器。一説では悪しき魔族を一撃で根絶やしに出来る力を持つ」
アーレアル帝国。
軍事国家レクリサンドと並ぶ軍国主義を掲げていたかつての大国。
天地戦黎明期において最も活躍したと称していい破竹の勢いであったが非情なる栄枯盛衰は容赦なくアーレアルを襲い掛かった。
絶対的な皇帝の死後、正当なる後継者争いをキッカケとした国土全体の内戦が勃発し、更には魔族の巻き返しによる侵攻も相まって僅か二ヶ月にてアーレアルは壊滅。
パラダイム・ロストも同時に深い闇へと葬り去られたはずだった。
「詳細は語られずに闇に葬り去られ、またアーレアルも内戦により崩壊。全ては闇の中と思われましたが……我らの優秀な諜報員及び魔導師達により遂に発見したのです。これまでの悪夢を終わらせる決戦兵器の断片を」
彼が指差した部分は死の地と称される面積数百万平方キロメートルにも及ぶ砂漠地帯。
レクリサンド跡地を含めた身を焦がす灼熱と八割以上のエリアに魔族が蔓延る現状はまさしく死と称するに値する。
悪魔も泣く地だと知るサリアだからこそ、彼女はソウジの処刑をこの場に選んだのだ。
世界規模で見ても高い危険性を孕む地だが彼が筋肉質の指で叩いた箇所は若き姫君が統治を行うある小国。
「マレン王国……?」
予期していない、いや眼中にもなかった存在の出現にラストは首を傾げる。
当然だろう、己が指揮する国家に比べれば赤子同然の脆弱と言える存在なのだから。
「マレン王国、天地戦において人類側、魔族側共に参戦権の永久放棄を宣言し、中立主義を掲げるトゥラハ・セインが正統女王として君臨する多民族国家です」
「だから何だと? 聖なる闘争から逃げた傷を舐め合う集団の集まり、立地的な面から我が国の軍事前哨基地になる機能もなく、いようがいまいが戦線に影響を齎すことはない。態々兵を仕向けるのは実に無意味」
「ここ辺りは魔族の出現も少ない比較的安全地帯だ。しかしマレンは自国防衛に重きを置いた思想を持つ国、侵攻を行う兆しもなく、干渉する必要性などないが」
ラストとライガが放つ言葉と姿勢にはこれまでに何代も続いてマレンが中立国家として誇示し続けられた理由が込められている。
そう、この国は立地の問題から天地戦においては何ら役にも立たないのだ。
それどころか兵を差し向けなどすれば道中で死の地に巣食う強力な魔族に襲われ、不要な戦死者を出す可能性だって否めない。
また戦況を一変させる国としての影響力もなく、中立故に良くも悪くも無害な立場。
つまりはこの国に漬け込むのはメリットがなくデメリットはあるという非干渉でいるのが最も有効策となる国家なのだ。
「こんなまるで潰しがいのない仲良しこよしの陳腐な集まりに交わるだけ時間の無駄、だがそういう訳でもなくなった……ってか? 女王陛下さんよ」
しかしあくまでデメリットを補う程の有益なメリットがないからこそマレンの平和は保たれているのが現状。
もし多少の犠牲や代償があろうと喉から手が出る程に欲する物が存在するのであれば話は別となる。
メルガスの不敵な笑みから放たれる言葉に待ってましたと言わんばかりの同じく不敵なる破顔一笑をサリアは返した。
「お明かししましょう。こちらが仕込んだ諜報員及び魔導師の魔力照合の結果、レベロスの鍵なる代物がパラダイム・ロスト解放へと繋がる効果を持つ重要なアイテムという事が判明したのです。本来の使用用途は貯水庫の管理に使われているそうですが」
「諜報員だと? いつの間にマレンへとそのような人材を養成していたとはな」
「少しばかり……手懐けるのが容易だと判断した若き男を一人裏切り者に染め上げ、こちらの手の内に収めたまでです。この事は英雄達は騎士団長には告げていませんが」
魔導師において育成及び実力に関してはハリエスに勝る国は早々存在せず、信用に足りるだけの実績を有する。
裏付けるように諜報員に疑問を呈する者はいてもハリエスの魔導師による魔力照合へと懐疑の声を口にする者はいなかった。
「既に掌握への布石は敷かれている、仮に多少のイレギュラーがあろうとあの国の兵力ではどうする事も出来ません」
人造魔族、上級天使ヴェルドラ。
レクリサンドの技術流用による無害の魔族を母体とした細胞クラスにまで及ぶチューンアップにより誕生した人工魔族の一つ。
絶対的な忠誠心と破格のスペックを有する隠し玉は例え相手に勘付かれたとしても最終手段として武力による国家の破滅も可能。
抜け目がなく、既に勝負は決している状況だからこそサリアは異常とも言える強気かつ毅然な姿勢と取ることが出来たのだ。
「それで? 成果はあるのか」
「勿論、マルス」
「五日前、マレン王国トゥラハ・セイン女王陛下直々に鍵の譲渡を行いたいと申し入れがありました。諜報員による掌握が成功したのでしょう、現在選抜された勇者一行及びハレア騎士団長達の動向の元、マレンの諜報員との接触、レベロスの鍵の回収作業を行っています。もうまもなく帰投する手筈かと」
「……と、このように戦いは既に決しているのですよ」
抜け目のない用意周到。
疾風迅雷の速さで物事が動く現状に各国の王達も段々とボルテージは上昇していく。
早く見せろと言わんばかりに視線を注ぐ周囲を窘めようとしたその時だ。
「ご報告申し上げますッ!」
遥か後方からは脳神経までもを痛烈に震わす野太い声が全体へ響き渡る。
振り返った先にはハレア騎士団長を筆頭とした王国騎士団。
そして……アレルの導きの元、サリアが育て上げた崇高なる英雄達の姿があった。
「良くぞお戻りになられました我が誇り高き騎士と英雄達、これはまた予定よりも早い帰投ですね。早いに越した事はありませんが」
この場にて初めてサリアが用意した英雄達を目にした者は興味深そうに壮介達を足底から脳天までを見つめていく。
実際にアリシオン神話に登場した武具や衣装を身に纏う様相は非現実な神秘性を持つ。
しかし三人が抱いた評価を総じると実績の面からも雰囲気からも若年であり、まだまだ荒削り……と好印象ではなかった。
「ほぉ……彼等が巷で有名な英雄達と言うことかな? 随分と若いが」
「ハッ、んだよミルク臭いガキしかいねぇのか英雄様ってのはよ」
各々が第一印象を装飾のない実直な批評を行っていくが今の主題はそこではない。
同じく興味を示しつつも本筋の内容を忘れていないライガは帰還した彼等へと事の端末を問う言葉を口にした。
「して英雄殿……首尾の方は?」
求める物はレベロスの鍵ただ一つ。
サリアの自信から分かりきっている事ではあるが改めてライガは英雄達の報告を促す。
今か今かと彼等はパラダイム・ロストへと繋がる鍵の提示を求めた。
「……」
「どうした? 何故無言なのだ」
しかし返って来たのは歯痒い沈黙。
よく見ると全員の表情にはまるでフィルターが掛かったように重苦しい空気に包まれており、表情も硬く暗い。
不可解を極める光景に流石のサリアも居ても立ってもいられず返答を催促する言葉を投げ掛けた。
「どうしましたか? 早く報告をなさい」
「……それが、女王陛下」
代表として言葉を紡ぎ始めたハレアは度々詰まらせながら現状を告げていく。
それは彼女からすれば余りにも残酷で、一切の予期をしていない詳細だった。
「マレン王国への遠征の結果……譲渡の申し入れの通達後、レベロスの鍵は既にある者からの襲撃に合い、強奪されたと……マレン王国現正統女王陛下トゥラハ・セイン様より報告を受けました」
「はっ?」
「レベロスの鍵は……なかったのです」
告げられた真実は場へと最悪を極める空気を呼び込み、不気味さと困惑が混在する静寂が支配を始めたのだった。
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