第21話 パラダイム・ロスト
灼熱の太陽がギラつく砂漠地帯。
苦難を乗り越え珠栄祭によるマレン王国は未来永劫の繁栄を祈り、お祭り騒ぎに満たされていた。
誰もが酒池肉林に浸り、星が灯る夜空に包まれながら各々が宴を叶えていく。
そんな老若男女の様子を一人楽しくも何処か寂しく見つめる者がいた。
「女王陛下、祝辞の時間です」
「……分かりました」
この祭典に魔神の子と呼ばれ混迷を切り開いた存在は既にいない。
窓際に寄りかかるセインはカリムの言葉に重々しくゆっくりと振り返る。
苦渋なる表情、裏切り者が引き起こした反乱を凌いだとは思えない歯痒い顔に彼女は包まれていた。
「これで……良かったのでしょうか、彼らに私達の罪を背負ってしまって。私も共にあの人との旅路をッ!」
「女王陛下、私達はソウジ様に言われた通り役目を果たし、この平和を守るべく自分達の戦いを続けるだけです」
「ッ……しかし」
「彼らの決断に託ししましょう。きっとこの世界の混沌を止めてくれるはずです、私達は陰ながらあの英雄達を支えるだけです」
彼の助言にセインは罪悪に満たされる表情で果てしない夜空を見上げる。
せめて……せめて彼らの旅路に幸があらんと色白い両手を厳かに合わせた。
「ソウジ様……どうかご無事で」
何を経由して若き姫君と魔神の子は大団円に終わらず運命の別離を果たしたのか。
ソウジが背負った彼女が謳う罪とは一体何を意味しているのか。
時間は悪しき偽りの天使を討ち滅ぼした後日談に遡る事になる。
「……全てアレル様にある。アレル様こそが全てであり、アレル様の人類至上主義こそが世の為人の為、その犠牲は決して厭わない。人類の完全勝利の為に、新たな世界を創造する為に」
男はポツリと語り始める。
ボロボロになった肉体と雁字搦めに拘束された鎖に包まれる中で支配された女神への崇拝を意味する言葉を。
あれ程の捻じ伏せをさせられても尚、彼の心は未だに女神に支配されていた。
「命じられたのさ、レベロスの鍵を手に入れろとハリエス王国に、全てはアレル様の正義の実現を果たす兵器を呼び出せる……成功すれば女神の加護を与えてくださると。だから女王の失脚を狙った……貯水庫を破壊してスムーズに鍵を手に入れる為に」
その瞳に迷いはない。
誰もが馬鹿馬鹿しく思うことはまるで真理かのように饒舌に矢継ぎ早に吐かれていく。
「全て……全て俺が正しいんだよ、俺こそが真理、俺の崇拝する神こそ根幹、世に光を与える唯一の絶対神ッ! 破滅さ、アレル様に従わない貴様らなぞ何時かは絶望に満たされる地獄に落ちるのだ……ハッ……ハハッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァァッ!」
ある意味の精神崩壊。
何処か哀れにも感じる様はたった一秒見るだけでも不快感を心に募らす。
一種の被害者でもある彼の末路は目も当てられない程に残酷である。
もう二度と日の目を浴びることはないであろう現実にただ壊れたように心の髄まで染められた女神の名を叫び続けるのだった。
「……と、被疑者は供述しています。これ以上の尋問、いや拷問だろうと精神的な面から供述を引き出すのは私のパーフェクトな手段を用いても不可能でしょう」
「そうですか……でその……貴方は?」
マレン王国王宮謁見の間。
セインを中心とした王家の者々はパーフェクトと口にする謎の美少女へと当然と言える反応を示す。
それもそうだろう、事情を知らなければ何処の馬の骨かも知らない機械仕掛けのナルシストメイドが当然現れ、場をさも当たり前のように仕切っているのだから。
「失礼、私の名はセラフ・ロイヤル・A・セブンスソード、この地へと降り立った史上最高完璧究極超絶美麗のメイドかつパーフェクトなる戦闘アンドロイド、さぁ私の美麗なる素顔に見惚れ跪きなさい」
「な、何を言う貴様ッ!? 女王陛下に向けて使用人の衣服を着た分際がッ!」
「ただの使用人ではありません。私は全てを超越する進化を遂げた使用人熾天使、ひれ伏しなさい?」
強気なるマイダスでさえも彼女のペースに簡単に呑み込まれ言葉を詰まらす。
完全に範疇を超えている完璧主義を根本にしたナルシスト的な一面は創造主でも歯止めが効かないのが現状。
「ソ、ソウジ様あの方は?」
「えっと……俺の協力者と思ってくれれば。ちょっと癖強いですけど頼れる存在です」
セインの困惑した質問にソウジはただ苦笑いを浮かべながら答えるしかない。
ヴェルドラ討伐後、捕縛されたサーレの尋問を行っていたのはセラフだった。
半ば強引だが彼女の無頼な言動やサディスティックな美貌は王宮の者達、特に男性陣の心をいとも簡単に射止める。
中には踏まれたい、お仕置きされたいと新たな性癖を男達に開拓させていくセラフ、有効な供述は引き出せてる事からソウジも強く咎められることは出来なかった。
「ごほん……セラフ、話を進めてくれ」
「畏まりました、やはり根幹はアレルへの信仰で供述の大半は女神への崇拝でした、その中で唯一新たな情報となったのは……その鍵を兵器と発言した事でしょう」
元はアンドロイドとは思えない劇染みた挙動と共にセラフはセインが提げるレベロスの鍵を指差す。
「この鍵に……?」
「セイン様、何かレベロスの鍵に思い当たる節はあるでしょうか? 僅かでもいい、幼き頃の記憶でも、現実味のない伝承でも」
この裏切りの根幹、永久中立を滅しようとした国家が狙うレベロスの鍵。
ただの貯水庫に繋がる鍵、それだけの使用用途であるはずの代物にここまでの執着を見せるサーレを含むハリエス王国。
暫くの間、セインは思い詰めた様な表情を顔に映したまま口を閉ざす。
記憶の回廊を渡り歩く彼女は遂に己が持つ唯一の可能性に辿り着いた。
「まさか……いやでも、そんなはずが」
「心当たりがあるのですね? この世の絶対は存在しない、どれだけ馬鹿げた事だろうと思いのままの言葉を」
端的ながら背中を後押しする言葉にセインは覚悟を決めるように決意を固める。
まるで禁忌に触れるかのように若年ながら成熟した精神を持つ彼女の表情はあり得ないという不穏に包まれていた。
「……パライダム・ロスト」
「パラダイム・ロスト?」
ポツリと吐かれた言葉はソウジ達だけでなく王宮の大半の者達にも脳天に疑問符を浮かび上がらせる。
だが数名、マイダスやレハスなどの年長の人物達はセインに理解を示し、同じくあり得ないと表情に表す。
「そんな、アレはもう遥か前にッ!」
「待てマイダス宰相……しかし奴らが刺客を送り込んだと言う事は」
「馬鹿なッ!? 奴らは世界の全てを終わらせる気なのかッ!?」
不穏一色の掛け合い。
火の玉のような性格の二人が酷く取り乱す現状を差し置いてセインは重苦しく己が知る最悪の可能性を言葉に紡いだ。
「幼き頃……父から一度だけ聞かされた事があるのです。パラダイム・ロストと呼ばれる世界の根幹を破壊する兵器の魔力の一部がこの鍵には込められていると」
それはある禁忌とされる物語。
セインから語られるのは彼ら彼女らが生きるよりも遥かに古代、天地戦が開幕した約三百年前にまで遡る。
彼女の家系は最初から王族だった訳ではなく、先祖はある大国の技術研究員において名を馳せていた。
加速する魔族との対立、相次ぐ死者の増加によりセインの先祖達は国家直々による強力な魔導兵器の創造を命令されたと言う。
数年、いや数十年の歳月と犠牲の果てに誕生した人類を勝利に導く新兵器、その名はパラダイム・ロスト。
だが彼らが作りし物は戦況を一変させるという範疇を超えた世界そのものの根幹をも破滅させる威力を誇ってしまった。
明らかなるオーバースペックを有する兵器は国家を激怒させ、開発に携わった者達は追放と共に禁忌の烙印を押された兵器は闇の底へと眠ったとされる。
先祖を含む彼等は最後の贖罪として起動を行うに必要な特殊なる魔力をあらゆる形に分散させる事で厄災の発動を封じた。
今後未来永劫、己達が創造してしまった悪夢が永遠に闇に封じられることを願って。
「その後我が先祖は自らへの戒めからこの場所に天地戦を逃れた者が集まる砂上の楽園を創造した……一度だけ父から聞かされたのです。三百年弱も前であり、有り得ない創作話だと高を括っていましたが」
「しかしその伝説に従ってハリエス王国はサーレ元外務官を利用してレベロスの鍵を手に入れようとした……偽りとは言い切れない出来事が正に起きてしまった」
ソウジの言葉にセインは重苦しい表情で鍵を見つめながら首肯を行う。
マイダスやレハスも同様の話を数度聞かされていたが幾ら敬愛する陛下とは言えど流石に創作でしかない話だと軽く聞き流す程度にしか思わなかったようだ。
世界の根幹を揺るがす魔導兵器、パラダイム・ロスト、だがそれ以上にこの国への危機をカリムはいち早く察した。
「ち、ちょっと待ってください! 今回は脅威を凌いだとはいえ結果としてはレベロスの鍵の奪取が先延ばしになっただけ……とすればまたハリエスはこちらに刺客、いや全面的な宣戦布告を仕掛けることもッ!」
そう、問題は兵器そのものではない。
ハリエス王国がこちらの鍵を狙っているという事実、失敗を踏まえて全面的な戦争を仕掛けても何ら可笑しい話ではない。
カリムの危惧に周囲は阿鼻叫喚となり、中には絶望から泣き叫ぶ者も現れる。
(その話は恐らく間違いない……いや戦争とは行かずともサリアはあいつらを差し向けるはずだ、女神に選ばれし英雄達を)
彼の思考には同じく女神の力を授かったクラスメイトの姿が脳裏に浮かんだ。
大義名分を作り、適当に悪だと解いて壮介達という駒を使い、躊躇いなく刃を向ける。
魔族をも擁護する中立国家となれば幾らでも汚名を作ることは出来るだろう。
(クソッ! どうする……この国もあるがそんな兵器が発動すれば俺達だって生きて帰れるか……どうにかして止めなくては)
彼女達の為だけじゃない。
パラダイム・ロスト……実態はまるで読めないがあれ程の切り札を用意してまで欲する兵器となれば想像を絶する事は確実。
創生の奇書があろうと世界規模となれば対処出来る保証なぞない。
仮に出来たとしても世界の根幹に対抗するには相応の絶大と言える力を持つキャラクターが必要、それは壮絶なリスクとも言え制御出来なければ一巻の終わり。
「ッ……!」
刹那、ソウジの脳内にある選択肢が過る。
大リスク……だがこの進退窮まる状況を打破するには最も有効的な戦略。
僅かに息を呑むとソウジは表情を曇らすセインへと一つの提案を紡いだ。
「セインさん、俺に提案がある」
「提案……?」
「貴方の一族が背負い続けた罪、俺にも背負わせてくれないか?」
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