第23話 聖者の行進

「ったく……んだよここ、木の一本すら生えてねぇまっさらな地獄じゃねぇか」


「愚痴を吐くな勇斗、女王陛下から説明がされていたはずだ、ここの広大な砂漠地帯は死の地だとな」


 時間は僅かに遡り此処、魔族と灼熱のダブルパンチが随所に蔓延る死の地。

 耐性魔法を予め付与されても尚、暑さを凌ぎきれない現状に勇斗は己が持つ鞭で暇潰しに砂を割りながら愚痴を溢す。

 壮介と同じ先頭にて誘導を行うハレアは窘めの言葉を口にするも彼を含む騎士達もまた多少なりとも暑さにやられている。


「お前達、分かっているとは思うが今回は実戦も兼ねてのある小国への遠征任務だ。目的はあちらの外交官から渡されるレベロスの鍵なる物、女王陛下が求む最重要の代物だ」


「皆、前を向けッ! こんな所でへばってしまっては魔族の壊滅なぞ出来る訳がないぞ、俺達は突き進む、今回のレベロスの鍵はその為の重要な第一歩の任務だッ!」


 ハレアに負けじと大声により周囲を積極的に鼓舞していく壮介。

 二人のリーダー格の存在が何とか士気を昂ぶらせている。 


 合成獣ヴァルキリアから勝利をもぎ取った英雄達に与えられた最初の任務。

 死の地と呼ばれる砂漠地帯の極東に位置する永久中立国家マレン王国が持つレベロスの鍵と呼ばれる代物の回収。

 人間と魔族の双方を擁する非常に特異な体質を持つ小国であり、極秘の協定に沿って両者合意の上、鍵の譲渡が認められた。

 壮介達に説明された内容は以下の通りであり、特に彼等は疑いを抱いてる様子はない。

 英雄サイドからは多大なる活躍を見せた壮介、蓮、ユズ、ハズキ、勇斗、祭華、環奈の布陣で構成され、ハレア率いる騎士団の大部隊での編成が構築されていた。


「ハレアさん、何故天地戦のどちらにも属さない中立国家が俺達ハリエス王国と協定を結び、鍵の譲渡なんかを?」


「俺も詳しくは知らんがどうやらその鍵には強大なる力が眠っているらしい。それは魔族を魅了し、マレンは度重なる魔族の襲撃に困り果て、鍵の譲渡をハリエスへ申し入れたと聞かされている」


「魔族を魅了する鍵……つまりは魔族にとって有益になり得る代物だと?」


「さぁな? だが何はともあれ危険な代物って事に変わりはない。奴らの手に渡る前に俺達が確保及び保管を行う。決して気を抜くなよ壮介」


「言われなくても分かってますッ!」


 時折会話を交えながらも一行は砂埃が稀に舞う地の遠征を続けていく。

 道中、多少魔族に出逢おうとも幸運にも脅威とまでは行かないクラスの存在ばかりで比較的緩やかなムードが漂っている。

 たった一人、勇者サイドにいながら別の目的を同時に掲げている少女を除いてだが。


(ソウジ……貴方は何処にいるの)


 朝日ユズは緊迫感に包まれていた。

 その理由はこの地が魔族の巣食う灼熱の場所だかという訳ではない。

 遠征直前、彼女は書物庫で閲覧した地理系統の本にて知ったのだ、ここがソウジが追放された場所の付近であることを。

 レクリサンド遺跡……同じ死の地にあるかつて存在した軍国主義を掲げる大国の跡地。

 故にある希望をユズは抱いていた、もし生きているのなら何かしらのヒントがあるのではないかと。


「ユズさん、大丈夫ですか? やはりまだ下手に無理をしない方が」


「大丈夫だよ環奈、自分の事は自分が一番理解できてるつもりだから」


 無意識に表情が強張っていた彼女に環奈は心配の声を投げ掛ける。

 暗い形相と化していた己を戒め、普段通りの明るい笑顔を即座に振りまくものの、正義感の強い男の目からは逃れられなかった。


「ユズ……お前はまだ死者の亡霊に悩まされている。誰だって大切な人が死ねば辛い、だがそれでも皆、決死に前を向いているんだ。死んだ者の為にも希望を持って」


 こちらへと歩み寄り発破を意味する言葉を投げ掛けた壮介にも一理はある。

 だがあくまで死亡が確定している前提の言い回しは最適解と言える言葉ではない。

 ユズは反論を彼に述べようとしかけるが仲裁に入ったのは祭華だった。


「まぁまぁ〜そんな死んだの確定! みたいな言い方しなくてもいいじゃ〜ん!」


「あのな祭華……この状況下で生きている奴がいると思うのか? 神の力があっても俺達は毛の生えた程度の素人、鍛錬を全く積んでないソウジなど尚更だろう」

 

「ハッ! あんな奴、死んだに決まってるさ、生きてるとかありえねぇからッ!」


 追随するように勇斗も壮介の言葉に賛同を示すが根底の理由は自らへの保身だ。

 ソウジの追放に最も積極的に加担したのは自分自身、元から中に存在した身勝手な憎悪が肉体を動かし彼を痛めつけた。

 故にもし彼が生きていれば怒りの矛先を向けられるのは間違いなく自分。

 返り討ちにしてやると豪語する強気な精神の反面、復讐により殺されるのではないかという恐怖心が彼の心には混ざり合っていた。

 勇斗によってまたもやヒートアップしそうな空気だが壮介達が素早く横槍を入れたことで場は再び沈静化の一途を辿る。


「ねぇちょっと聞いてもいい?」


「祭華……?」


「ソウジ君と君ってどんな関係? いや幼馴染ってだけでも理由は十分だけどさ〜それにしては固執が強いなって」

  

 小声で問われるソウジとの関係。

 幼馴染という強い信頼が生まれやすい属性だがそれにしてはユズの感情は何処か重い。

 何が彼女の内に眠るのか、祭華だけでなく環奈や蓮、ハズキなども視線は向けずとも耳を傾け始める。


「……夢よ」


「夢?」


「私は諦めたの、夢ってやつを。私は漫画家に成りたくてね、でも段々となる事に固執して楽しめなくなっていたの」


 ユズが常に彼の趣味を肯定していた理由は彼女も似たような境遇であったからだ。

 幼き頃に見た少女漫画に心を打たれ、初めて明確な夢を持ったあの日からユズの人生は大きく揺れ動く事になる。

 漫画家とラノベ作家、形は違えど成すべきことは似ている二つの存在。

 ソウジとユズは似た者同士、だが唯一違ったのは楽しめていたか否かという事だろう。


「もう自分でも何してるのか分からなくなっちゃって、楽しむことすらも……でもソウジは楽しんでいた、常に楽しんで私の目指していた場所の夢も掴み取った。その優しくて直向きな姿には強く憧れたわ」

 

 ユズは忘れてしまっていたのだ、漫画家になる事に固執し、本来の漫画を描くという楽しさに関してを。

 楽しさを忘れ自らに化すプレッシャーは段々とストレスを蓄積していき、疲れ果てた遂に彼女は夢の放棄を選択した。

 

「私はもう踏ん切りをつけた。でも夢への憧れは名残りがあったのかもしれない、だから段々と彼の夢を応援するようになったの。ソウジは私のようにならず夢に向かって常に突き進んで欲しいって」


「それが君達の繋がりか、好きなの?」


「分からない、自分も分からないしソウジがどんな感情持ってるかも分からない、この思いを告げた事は一度もなかったから」


「ふ〜ん、色んな関係があるんだね〜」


 疑問が払拭されたのか、祭華は手を後ろに回すと前方に位置する今度はハズキ達の真隣へと談笑目的に歩み寄る。

 締め括られた二人が持つ過去を踏まえて再度マレンへと歩を進ませている時だった。

 

「ッ! 下がれッ!」


 叫び轟くハレアの声。

 瞬時に後方へと下がった面々が位置してきた場所には僅かの差で巨大な穴が顕現する。

 真砂は舞い上がり、奥に潜む存在はゆっくりと砂塵から姿を露わにした。


「うわっ何コイツキモッ!?」


 反射的に発せられたハズキの言葉。

 英雄の面々は内心シンクロ率百パーセントで同感した。

 一行が見た先に居たのは体から数本生えた鋭い棘に巨大な大口の中に亜麻色に輝く目を備えた手足のない魔物。

 全体が漆黒に染まる奴の風貌を一言で表すのなら幼虫が最適であろう。

 

「ボルスクラスタ成体……このエリアでの出没情報は稀なのだが……チッ、運が悪い、お前ら臨戦態勢を整えろッ!」


 ボルスクラスタ成体、剛土竜ベルレイドなどと同じ危険性レベル高に匹敵する魔蟲族に位置する魔族。

 幼体であるなら人間の等身の半分程のサイズであり、危険性も低く、また死亡率が高い故に成体になる事は稀である。

 だが一度成体となれば様相は一変、全長三十メートルを越す巨大な怪物へと化身し、凶暴性が飛躍的に上昇するのだ。


「クパァァァァァァァ!」


 形容し難い奇っ怪な咆哮を撒き散らすとボルスクラスタは棘へと深紫の稲妻が纏い、不規則な軌道により解き放たれる。

 着弾した箇所は爆発と共に砂塵が舞い、豪快な演出を発現した。


「ハレアさん、奴の弱点は?」


「口元に巨大な目だ、だが普段は口は閉められており、並大抵の攻撃では奴の装甲を貫くことは出来ないぞ」


「逆に言えば開ければ十分な勝機はある、お前らッ! 口元だ、胴体はどうでもいい、前衛は口元だけを限定的に攻撃! 後衛は奴の攻撃を防ぎつつ、俺達が捉えやすいようバランスを崩せッ!」


 壮介の指示に先陣を切る形で迅速使いのハズキは絶え間ない雷撃を巧みに躱すと全方位から刺突の連撃を仕掛ける。


「墜ちなよ、疾光突ッ!」

  

 麗羅槍レアリエルの効果により、加速する肉体と貫通性能を高めた痛烈な技をお見舞いするが肉体は彼女の攻撃を跳ね返す。

 並程度、いや上級クラスの魔族だろうと今の一瞬で死を理解する暇もなく貫かれ息絶える事だろう。

 だがそう簡単に完封させないのがボルスクラスタの強固な防御力であり、強敵と名だたる由縁を知らしめている。


「チッ、硬すぎでしょ……!」


「下がってろハズキッ!」


 後方へと退いた彼女と入れ替わるように今度は蓮が目の前へと飛び出し、龍殺斧バルレクスの刃をお見舞いした。

 衝撃波を生む昇り竜を彷彿とさせる豪傑の一振は破壊とはいかずともボルスクラスタを大きく仰け反らせる。


「クパァァッ!」


 反撃とばかりに怯みながらも至近距離にいる蓮へと雷撃を仕掛けるものの、連携が取れる神の子達には意味がない。


「光錬盾ッ!」


「護天結ッ!」


 二重掛けによる防御魔法。

 ユズと環奈が生み出す光の盾と純白の羽根は瞬時に雷鳴の勢いを遮断した。

 間髪入れず相殺により空中を舞う黒煙に身を潜めながら祭華は反撃の一手を顕現する。


「幻影召喚、メインテッド」


 龍も喰らう強靭な嘴と高い飛行能力を有する魔鳥族の上位クラス、メインテッド。

 祭華の合図に上下左右から囲むように六体もの大鷲が群れを成しながら突進、ボルスクラスタの口元へと嘴を絡ませた。

 

「クパァァァァッ!」


 本能的な危機感か。

 有効打を与えられず、寧ろ追い詰められている状況に絶叫を木霊させる。

 これを好機と判断した壮介達の一気に接近を行う姿に雷鳴の鉄槌を下そうとするも。


「破山剛ッ!」

  

 山をも粉砕する岩石を纏い、放たれる一撃は口元へと痛烈な打撃が叩き込まれる。

 右方へと大きく崩れた体勢へと目掛けて容赦なく壮介のエクレスの剣からなる刃は巨大へと牙を剥く。


「味わえ怪物……天雷斬ッ!」


 合わさる鍔迫り合いで高密度に圧縮された天雷とボルスクラスタの肉体による力比べは壮介へと軍配が挙がった。

 度重なる衝撃のダメージに遂には鉄壁かと思われていた弱点を秘める口が僅かに開き、心臓とも言える目が顕現する。

 しかし直ぐにも生命を死守しようと再び硬い装甲の口を閉じ始める。

 だが一人だけいる、間に合わないこの状況を覆せる疾速の使い手が。


「逃がすわけ……ないってのッ!」


 跳躍と共に真正面へと既に回り込んでいたハズキはレアリエルの先端を弱点へ捉える。

 驚異的なスピードを誇る彼女の投擲は瞳孔を捉え、勢いよく貫いた。


「迅雷走破ッ!」

    

「クパァァァァァァァァァッ!」


 超加速で放たれた槍は深部にまでボルスクラスタへと抉り込み、巨躯をも貫き通す。

 美しくも禍々しい瞳は崩壊の一途を辿り、破片となって周囲へと散らばる。

 最後の抗いとばかりに放たれた甲高い叫び声と共に怪物は砂上へと倒れ伏せた。


「よっとッ!」


 バランスを崩し落下するハズキの身軽な身体は地面に触れそうな既の所で蓮によってキャッチされた。


「ナイスキャッチ」


「ハズキ! 大丈夫か?」


「無事よ、筋肉質な王子様のおかげでね」


 壮介の言葉にも軽口を返したハズキは蓮の両腕から地面へと降り立つ。

 女神の力は伊達ではない、補正はあれど見るだけで血の気が引く相手すらもこのように連携され取れれば完封出来るのだから。

 勝利に沸きつつ己の成長に壮介はグッと拳を握りしめ噛みしめる。

 ちなみに勇斗は誰よりもボルスクラスタへの恐怖心から逃げ惑うだけの結果となり、付近の兵に冷ややかな目で見られたらしい。


「ハッ……いい成長速度だ、よくやった、このままの勢いでマレンまで急ぐぞ」


「「「はいッ!」」」


 若干の足並みのズレがありながらも段々と様になってきた状況に自信を抱く英雄一行はマレンへの進行を続ける。

 地獄を体現した死線を潜り抜け、誰一人と欠けずに辿り着いた場所はまさにオアシスと言える楽園であった。


「ッ……!」


 誰もが一度は足を止める。

 目の先にあるのは砂上に聳え立つ国。

 比較的安全地帯とはいえ、国と称する程の規模を誇り、立派な城壁に囲まれている。

 砂の都と形容するに相応しい光景に疲労のが僅かに見えていた壮介達の瞳は瞬く間に輝きを取り戻す。


「ここがマレン王国、永久中立を謳う砂上に存在する最大の楽園」

 

「凄い……これがマレン」


 小国と半ば侮っていたが実態は別格。

 ここまで灼熱の地獄を散々経験してきたからこそ、何処か勇猛さを醸し出すマレンの風格に英雄達は見惚れるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る