第11話 英雄の使命
完全に光に包まれた直後、全員の視界に映ったのは争いとは無縁とも言える秀麗さを極める空中庭園であった。
美しい緑がこの白亜の建物群を彩り、木々や花々は色彩を鮮やかに映し出す。
庭園のあちこちには小川が流れ、澄んだ水が絶え間なくせせらぎを奏でていた。
まるで天国にいるかと錯覚するような美しさと退廃さがこの地には入り混じっている。
魔物の巣窟である洞窟、灼熱が常に迸る大火山、芯までも凍らす極寒の地。
勝手に仮説を立てていた者達は拍子抜けする場所に思わず肩透かしを食らう。
「ここが……実戦の場ですか?」
「そうだ、レルーラン空中庭園、かつてはハリエスが建設した貴族用の安息の地であったが既に用済みとなってな。今では魔物が住まい、いい実戦場と化している」
同じく転移したマルスはミュージカルのような誇張された動きと共に壮介達へとこの施設の実態を明かしていく。
とても戦闘の場とは思えない雰囲気に一種の混乱が場を包むが彼の言葉は直ぐ正しかった事だと理解せざるを得なくなる。
「キィァァァァ……!」
絶妙に耳に残る不快な金切り声。
地を揺るがす足音がゆっくりながら着実にこちらへと迫っており、身を震わす恐怖が本能的に全員へと伸し掛かる。
恐る恐る振り返った先にいたのはあらゆる生物を合致したような奇天烈な怪物、キメラと言うのが相応しいだろう。
「な、何だコイツはッ!?」
「気持ち悪っ!?」
「い……いやァァァァァァッ!」
鳥のような頭部に虫のような翼。
獅子の如く筋肉質な四足歩行と異常に尖っている漆喰の爪。
どの形容する言葉でも似合わない数多の生物が融合された魔族は恐怖に怯える周囲を嘲笑うかのように咆哮を轟かせた。
「合成獣ヴァルキリア、極南の地、ナーリバンドなどに住まう熱帯の気候を主に住処とする対話不能の危険性の高い変異型かつ上位クラスの魔族だ。どうやら最近この地を安息の楽園と勘違いしたらしくてな?」
阿鼻叫喚の面々とは裏腹にマルスは当たり前のように意気揚々と生態を明かす。
誰もが「何でそんな冷静なんだよ!?」と内心でツッコミを入れ、迫る死の感覚に思わず身震いしてしまう。
幾らサポートがあり、英雄と呼ばれる武装を持つとはいえ、己の命に対する絶対的な保証になることはない。
万が一の可能性に理性が蝕まれ、背中を向けながら逃げ惑う光景が始まる。
「……やってやる、英雄になる為には乗り越えなくてはならないッ!」
だが目の前の脅威に寧ろ闘争心を更に掻き立てられ迎え撃つ者達もいる。
背中を向け逃げる者、真正面から迎え挑もうとする者、対極的なその様子は英雄としての素質の差を明確に描写していた。
壮介を含む蓮、ハズキ、環奈、祭華、ユズなどの面々はモチベの差はあれど全員等しくヴァルキリアへと対峙の姿勢を見せる。
「ふむ、奴らは既に熟しが始まっているか」
護衛に守られながら様子を観察するマルスは不敵に笑い、まじまじと一挙一動を興味深そうに見守る。
「ユズ、環奈、祭華! 後方からの支援をお願いしたい、蓮、ハズキ、俺と共に奴へと切り込み息の根を止めるッ! お前も一緒に来い! 勇斗ッ!」
「へっ? お、俺!?」
戦う気など毛頭なかったが付近にいた事が災いして助力する羽目となった勇斗は情けない声を上げるが既に断れる空気ではない。
エクレスの剣を抜剣すると壮介を中心に面々はヴァルキリアへと宣戦を布告した。
「合体獣ヴァルキリア、女神アレルの力を授かったこの俺の名においてお前の首を貰い受けるッ!」
「キィァァァァァァァッ!」
言葉は認識できずとも本能で開戦の合図だと判断したヴァルキリアは先手必勝と迅速なる速度で空中へ天高く飛翔すると同時に落下による突撃を仕掛ける。
「避けろッ!」の絶叫に全員が回避行動を取った僅か数秒後にヴァルキリアからなる衝撃波が地面を盛大に粉砕した。
「
切り込みは壮介から始まる。
エクレスの剣は瞬く間に模倣の剣を無数に空間へと生み出し合図と共に一斉にヴァルキリアへと斬撃を直撃させる。
剣の雨と形容してもいい剣戟は絶大かつ絶え間ない攻撃性と持続を生み出し巨体を一気に怯ませていく。
「キァァァァッ!」
反撃とばかりにヴァルキリアの翼からは鎧をも切り裂く鋭利なる羽根の弾丸が放たれるが既にカバーの体制は整えられている。
「氷壁ッ!」
ユズから唱えられた氷河の分厚い壁。
全知全能とも言われる数多の魔法が記されているアルスナの魔導書。
記憶力のいいユズは決意後、急速に詠唱を脳内へと叩き込んでおりオールラウンダーとしての実力を十分に発揮する。
「
間髪入れず上位魔法に位置するドリル状に貫通性能を高めた焔の一撃のカウンターを痛烈に放つ。
見事に翼の一部へと命中、予期せぬ反撃にヴァルキリアが体勢を崩す中、次なる手は既に壮介の口から発せられていた。
「ハズキ! お前はスピードを活かして奴の翼を封じ込めろ、蓮、お前は俺と正面からの攻撃、勇斗は敵の目を惹きつけろッ! 魔導師派達は後方支援!」
元々リーダー気質かつ上に立つ拘りを見せていた壮介にとって矢継ぎ早に複数の指示を行うのは容易く、これまで仕込まれた訓練もあり、その技術はより先鋭化されていた。
「どうやら……私達のサポートは余り必要ないかもしれませんね。騎士団長」
「あぁ、奴の統率力は目に光るものがある。少しばかり不安要素もあったが杞憂と判断していいだろう、こいつは確かにあのアノニラス・ハイドの再来の名も過言じゃない」
予想以上に奮闘する彼らの姿にハレアとサラキスは安堵と畏怖を混じり合わせたような表情で互いに微笑を浮かべる。
まだまだ未熟者とはいえど、英雄としての素質は着実に開花しており、飛躍的な速度でこの世界への順応を果たす。
幾ら女神とはいえ、素人を英雄とするのには些かの疑問をハレアは感じていた、戦いを知らぬ者がこの世界で英雄になれるかと。
だが彼の疑念は誤りだったという事は目の前の現状が示しており、女神アレルの先見の明に畏怖を抱いた。
「キモい奴は嫌いだからさぁ、とっとと消えろってのッ! 迅雷走破ッ!」
麗羅槍レアリエル、全長はハズキの等身大を有に超えながらも軽量かつ速度に全てを割り振った神器。
ギャルな見た目に反してお家柄は固く薙刀などの武術を無理矢理身に着けさせられていたハズキにとってこの武器は好相性以外の何物でもなかった。
彼女の詠唱にハズキは肉眼で視認できない程に加速を始め、希少金属で創造された刃先が次々とヴァルキリアへと傷を刻み込む。
「ギァァァァァァッ!」
翼による戦略的撤退という選択肢は一瞬にして無効化され、禍々しい翼からは次々と斬撃により羽根が舞っていく。
全く捉えられないハズキに憤怒を覚え、蹴散らそうと地鳴らしによる衝撃波を放とうとした矢先だった。
「え、
へっぴり腰の勇斗から放たれた鞭の打撃。
無限の伸縮を持つパーミュラスの鞭、変幻自在の搦手を得意とする能力による影を纏わせた顔面への一打は相手を怯ませる。
後方支援の魔導師達よりも後方の安全圏から闇雲に攻撃した勇斗だが偶然にも隙を作る好機を与えた。
「貰ったぞ、化け物!」
龍をも一撃で潰す龍殺斧バルレクス。
豪快さと絶対なるパワーを兼ね備えた武器は体育家系の蓮に似合っており、動きが止まったヴァルキリアの懐へと潜り込むと。
「豪砕撃ッ!」
「いいぞ蓮! 後は俺がッ!」
持ち前の膂力から昇り竜のように振り上げられるエネルギーを纏うバルレクスの大技は片翼をいとも簡単に粉砕を行った。
皆で繋いだ戦術に終止符を打とうと壮介は駆け出すが相手も一筋縄では行かない。
「ギァァ……ギァァァァァァッ!」
「ぐっ!?」
瞳を禍々しい赤黒へと染めるとヴァルキリアの口部からは眩い光が集結する。
まるでレーザーのように射出された反撃に壮介は大きく吹き飛ばされる。
エクレスの鎧が持つ緩和の効果により大半のダメージは吸収されたものの、それでも脳を震わす衝撃が彼へと襲いかかった。
「させません、護天結! 癒光陣!」
瞬間、壮介の身体は生み出された純白の羽根によって受け止められ、優しく浮き上がると完全に衝撃の余波を緩和する。
回復及び防御系統に最も強みを有する環奈のアメラスの杖は壮介へと加護を与えると同時に疲労が蓄積される前衛の者達へと癒しの光を与えゆく。
「じゃ〜こっちも行かせてもらおうかな! 幻影召喚……マリア・クルス」
この世に現存する生物を意のままに召喚すると同時に強制使役の効果を持つ祭華が有するラビレイズの腕輪。
鋭利なる牙と四足の素早さを武器とする黒皮が目立つ魔狼族のマリア・クルス達は彼女の合図で一斉に全方位から飛びかかった。
怒涛の支援攻撃は反転攻勢へと回りかけた空気を再び戻す。
その他にも勢いづく状況に複数の生徒も後に続く形で戦線へと参加し、巨悪の怪物を着実に追い詰めゆく。
「皆ありがとう、次こそは決めるッ!」
「ギィァァァァァッ!」
死闘は遂に最終局面を迎える。
全員が繋いだヴァルキリアへの隙に壮介は再度エクレスの刃先を天へと掲げた。
「もう逃さない、迅速刺突、重加速ッ!」
「ッ! 重ね掛けか……面白い戦法だな」
魔法の重ね掛け、肉体への負担によるリスクはあるものの成功すれば本来の魔力効果へ絶大なる上乗せを起こす。
歴のある戦士だろうと下手すれば気を失う芸当を素人に毛が生えた程度の壮介が成功させた事実にハレアは興奮の笑みを見せた。
少しでも緩めば意識が飛ぶ中、壮介は超速へと覚醒した肉体による斬撃の嵐はヴァルキリアへと降りかかる。
「ユズッ!」
「氷獄炎舞ッ!」
既に勝負は決しているが壮介は更にダメ押しの連携技を繰り出す。
彼の真意を反射的に理解したユズはエクレスの剣へと氷河と烈火の波動を放ち、刃先へと双璧の魔術が纏わりつく。
相反する二つのエレメントが混じり合う光景は美しさを極めている。
「終わりだ、天烈刃ッ!」
煌めきを始める剣を片手に壮介は澄んだ青空へと一気に跳躍を行う。
全宇宙から選ばれし終わらない混迷の戦争を終焉に導かんとする英雄は正義の鉄槌を振りかざす。
切っ先は巨大化を遂げ、直線を描く輝く氷炎の斬撃は醜きヴァルキリアを真っ二つに切り裂いたのだった。
「ギァァァァァァッ!」
痛々しい空間を歪ます断末魔。
濁った深緑の鮮血は吹き出し、強固な肉体は融解を一途を辿る。
最後の抗いを意味する咆哮もやがては脆弱と化し、靡く風と共に去りゆく。
激闘を終えた余韻の沈黙が場を包み、目の前の真実を呆然と見つめた。
「今ここに……悪魔は討ち滅ぼされたッ!」
高らかなる勝鬨を上げる壮介の言葉は段々と周囲へと現実を実感させ、次第に湧き上がる歓喜の声はやがて一つの輪となる。
「た、倒したんだ俺達がッ!」
「勝った……勝ったァァァッ!」
相次いて沸く喜びの声々。
中にはまともに参加しなかった者も現在しているが熱狂の空気に誰もツッコミを入れることはなかった。
紆余曲折あれど、初陣の輝かしい勝利に壮介達中心メンバーは安堵の溜息を吐き、ハレアやサラキスは満足そうに笑みを零す。
「中々やるようですね、想定以上と言うべきでしょうか王弟陛下?」
「女神アレルが直々に選びし英雄の卵達だ、神の使いと考えるならこの程度の想定超えはやってもらわねば困るさ、これなら前線への配置もそう遠くない未来に行える」
「なるほど……これは実に良き結果ですね、マルス」
傍観者に徹していたマルスの背後からは彼も予期しない美麗なる声が突如響き渡る。
本来は招かねざるはずだった者の登場に全員は一斉に視線を向け、勝利の余韻には瞬く間に緊迫感が追加された。
「女王陛下ッ!?」
「サリア様ッ!?」
「何故この場所に!?」
ハリエス王国現女王サリア。
マルスと同じく権威を示すかの如く部下を引き連れる彼女は目の先に広がる光景に何かを察すると満足気な表情を浮かべる。
大慌てで王家の者達は即座に忠誠の跪きを行い、壮介達も礼儀の説法を行う。
「姉様、何故ここに?」
「何やら非常に面白い事をしていると人伝に聞きましてね、どうせなら始終を見たいものでしたが終わった物を強請っても仕方ない」
「すまない、言ってくれれば姉様にも勿論見せて上げたさ」
「良いのですよマルス、この結果が知れただけでも私は満足ですから」
彼の肩を優しく触れたと同時にサリアは勇猛果敢の活躍を遂げた壮介達へと優雅な足つきで歩み寄る。
(ッ……サリア……!)
仕方ない部分はあったとはいえ、ソウジを追いやった張本人である存在の顕現にユズの内心は決して穏やかなものではない。
ふつふつと憤怒は膨れ上がり、必死に隠そうと振る舞っているつもりだがサリアは不敵な瞳で跪くユズへと言葉を紡ぐ。
「この場にいるという事は我が女神アレルへの忠誠を誓いましたか、その割にはどうも形相に反抗にも似た物を感じますが」
「……私はまだ諦めていません、でもあの牢獄にいるのは何も変わらない、だからあくまで彼を見つける為に私は貴方に従います」
「まぁまぁ姉様、ここは寛容な精神で麗しき一輪の花の意志を認めてあげようじゃないか。従うって言ってるんだからさ」
享楽的な雰囲気を纏いながらマルスは実姉であるサリアの耳元へも顔を近づける。
誰にも聞こえない、二人の真意によるやり取りを行う為に。
「あぁいう盲信的な人間は扱いやすい。適当にあの死せた男の名を出しとけば手足のように働いてくれるタイプさ。駒はあればあるほど同盟国にもアピール出来るだろう?」
「見込みに間違いはありませんか?」
「ないさ、それと姉様が言っていた鍵の件だけど……もうそろそろ実行に移ると先程連絡が入ったよ。仕込みはバレてない」
「そうですか。女神アレルの名の下、この争いの終局は着実に迫っているのですね」
姉弟だけが理解するお互いの胸中。
マルスの助言と報告に固かったサリアの表情は僅かに緩んだ。
英雄と持て囃される壮介達にも語られていないある何かにほくそ笑むがサリアは次の瞬間、人が変わったように慈悲深い笑顔を彼らへ捧げる。
「素晴らしい活躍です、女神アレルに選ばれし崇高なる英雄達よ、貴方方が災厄を招く魔族達を淘汰し、人類の希望となる日は既に目前へと迫っています」
「勿体ないお言葉です、俺達はより一層人類の為にさらなる鍛錬と経験を積むだけです」
「流石はアノニラス・ハイドの再来、貴方には特に活躍を期待しています」
「皆、俺達はもう小屋の中で戦いごっこをするような状況じゃない、ここからは本当の戦いが俺達を待っている。確かに怖くて不安だろう、だが今回の事を思い出して欲しい、俺達は勝ったんだッ! あの怪物に勝てるほどの実力をもう既にこの手に所持している! だから燻る必要はない、俺達は与えられた力を使って世界を救うんだッ! 同じ人間の平和の為に魔族を討ち滅ぼすんだッ!」
「あぁ……そうだなッ! 俺達が……俺達がやってやるッ!」
「そうよ、私達の手にかかれば魔族なんて余裕のイチコロよ!」
「正義があるのは俺達の方だッ!」
壮介の言葉は勝利の美酒を浴び、有頂天だった生徒達の心を更に熱狂させる。
英雄達の絶対的な精神的支柱と化している彼の言葉を疑う者はいない。
熱の差はあれど大半の者は壮介の人類平和という意志に任せると判断したのだ。
たった一人の乙女を除いて……だが。
(本当に……それでいいと言うの?)
人の悪意を彼の隣で散々な程に痛烈に見てきたユズは笑顔の下に隠される真っ黒な何かに警戒心を抱く。
ソウジの件を抜きにしてもこの女を手放しに信用することをユズは出来ない。
誰もが希望に満ち溢れる未来に歓喜の渦に包まれゆく中、一人混沌の様子を見出した少女は不安げに空を見上げるのだった。
己が守ることが出来なかった少年の顔を切に思い浮かべながら。
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