第12話 砂上の決戦
「太陽の神様……灼熱の神様……砂漠の神様……どうかいるならこの暑さをどうにか出来ませんか……?」
ギラギラなる太陽に火照る肉体。
全方位が砂一面に包まれた身を焦がす辟易する世界に思わず神頼みをしてしまう。
額から出た汗が喉元へと零れ抜く中、ソウジは絶叫を木霊させた。
「暑すぎだァァァァァァァァァッ!」
レクリサンド跡地から始まった旅路から既に早数日。
全てを失った魔神の子の冒険はここからスタートを告げたのだが早速一つ目の前途多難に苦労を強いられていた。
(クソッ! まさか遺跡を脱した先にこんな砂漠が広がっていたとは)
レクリサンドを抜ければ何かはあると希望的観測を抱いていたソウジだが現実は非情。
何処を見ても砂漠、綺麗な砂漠、脱出した先に広がるのは目も眩む大砂漠だった。
度々出会う強力な魔族を蹴散らしつつソウジ達はこの地獄からの脱出を目論んでいる。
目視だが全方位が砂漠に包まれており、どの方角に進もうと変わりなく、鋭い光熱が更に身体へ染み込む。
「いやぁまさかあの遺跡の周りはこんな大きな砂漠に包まれていたとはね〜気持ちいいねマスター!」
「何が気持ちいいだ……消せるってなんなら今直ぐにこの砂漠を消してぇよ。早く水でも飲まねぇと本当に干からびる」
体質的にこの程度の暑さでは寧ろ心地よさを感じるフレイは上機嫌にスキップをしながら砂漠を渡り歩いていく。
創生の奇書を使う手もある、彼女が炎の支配者であるなら今度は正反対に位置する水の支配者の創造。
しかし思考が朦朧としている中でキャラクターを生成するのは設定ミスを犯す可能性が非常に高くソウジは行使するという決断を下せずにいた。
(とは言っても……このまま死んだら元も子もないか。フレイには水を生む力などない、仕方ないここは二人目のキャラクターを)
もう何十キロ歩いたかも分からなく精神の摩耗は徐々に限界へと迫っていく。
多少のリスクを犯してでも水の確保を行おうと奇書を開いたとほぼ同時だった。
彼の耳に怒号や悲鳴が交じる声の数々が鼓膜へと痛烈に響いたのは。
「……おい、今なんか聞こえなかったか?」
「奇遇だね、どうやら幻聴ではないみたいだよマスター」
フレイが指を差した先には複数の影が灼熱の砂漠を駆けていく。
陽炎により波立つように視界が歪む中、必死に凝視すると段々と全容が明らかとなる。
影の正体は複数の乗馬した人間だった、しかし穏やかな空気とは呼べず魔法を使用した蹴落とし合いが繰り広げられていた。
黒馬に乗る数十人も及ぶ大柄の男達はタンクのような鉄の物体を幾つもぶら下げている馬へと何度も強襲を仕掛けている。
対抗する者達は数的不利をどうにか卓越した連携によるカバーで補っているがそれでも苦境に立たされており、次々と引きずり降ろされ、砂は空中を激しく舞う。
「クッ、またザイファの襲撃かッ! 貴様らこんな事をして許されるとでもッ!」
「ハッ! 許しなんか知るか、そんな下らねえものより金の方が余っ程役に立つんだよ、風撃ッ!」
「ぐっ!?」
一方的な蹂躙。
欲望に駆られる者達は魔法による強力な風を纏った蹴撃を叩き込むとまた一人と砂上へ落としていく。
どうやら彼らはタンクを狙っているようで無人となった馬に備えられた代物を次々と黒ローブの男達は乱雑に略奪を行う。
目の前で行われる惨い争いにソウジが助けるという選択肢を取るのにそう時間を有することはなかった。
「フレイ」
「分かってる!」
全てを言わずとも彼の意図を汲み取ったフレイと共に落下を原因として身体を痛める様子を見せる存在へと近付く。
民族衣装らしき物に身を包む男は苦悶の表情に包まれていた。
「大丈夫ですか? お怪我は?」
「き……君達は?」
「今それはどうでもいい、それよりも貴方達を襲っていたアレは?」
「ッ! そうだ……ザイファを取り押さえなくては……あそこには皆の希望がッ!」
中身は知らなくとも男の悲痛な様子にソウジは只事ではない事態だと察する。
間違いなく盗賊の類、今直ぐにでも奴らを討伐しなくてはならない心は湧き上がるが一つの難点が彼を蝕む。
(クソッ、あの素早さで動く馬達はどうすればいい? フレイの能力は近、中距離に設定した、あの距離じゃ恐らく届かない)
己の肉体で戦うスタイル故に目処の能力を遠距離に適さない物にしてしまった故の弊害にソウジは頭を悩ます。
遠距離特化な新キャラクターを作ろうにもそんな悠長な時間などあるはずもない。
「ねぇマスター、馬乗れる?」
「馬か……えっ馬?」
「いや乗れなくても乗ってもらうしかないんだけどさッ!」
突如としてフレイはソウジの腕を強引に掴むと負傷した男が乗馬していた馬へと異を唱えさす前に無理矢理跨らせた。
理解が追いつかない彼だがフレイが浮かべる不敵な笑みに身の毛がよだつ感覚が全身に駆け巡る。
「ちょ何を!?」
「私の能力じゃあの距離は射程外、そもそも射程内でも距離が離れてればそれだけ攻撃が当たる可能性も威力も低くなる。だから出来る限り近付きたいんだよね」
「お前まさか……だから俺に馬を操って走れとか言わないよな?」
「正解! さぁ行くよッ!」
「バカッ待てッ!?」
不安を拭えずに必死に制止を口にするがその言葉は途中で遮られることとなる。
有無を言わさず尻臀を強く叩いたフレイによって白毛が目立つ馬は悠々しく前脚を上げると同時に加速を始めた。
「嘘だろォォォォォォッ!?」
「イヤッホォォォォォォイ!」
絡み合う正反対の絶叫。
振り落とされる寸前で手綱を握ることに成功したソウジだが馬乗の経験などない彼はただ身を委ねる事しか出来ない。
進んでいく事に身体へと襲いかかる衝撃が醉いと嘔吐感を煽っていく。
「いいねぇマスター乗れてるじゃん!」
「何処見てそう思ったんだよ!? こんなのやったことな……うぉっ!?」
少しばかり段差のある部分の飛び越えは大きな衝撃を搭乗者に与え、ソウジは思わず身体をぐらつかせる。
ロデオマシーンが優しく思える激しい揺れに耐え、必死の操作により標的である盗賊達との距離は徐々に狭まっていた。
射程圏内へと到達したフレイは馬上にて迎撃の姿勢を取り始める。
「流石だねマスター、この距離なら拳叩き込めるよ、拳をね」
気を引き締める吐息を漏らすと最後部を疾走する男の背中に射程に捉えていく。
腕部には焔が纏わりつき、渾身の右ストレートは超高速で一直線に放たれた。
「イグニス・ドライヴッ!」
光線の如く空間へと衝撃波を生む一撃は男の背中へと直撃し、まるで人形のように相手を軽く叩き飛ばす。
「グォァッ!?」
予期せぬ攻撃に情けない嗚咽を漏らした男は落馬と共に砂漠へと勢いよく崩れ落ちる。
槍の投擲にも似た速度の落ちない伸びる拳に周囲はようやく異常事態に陥っている状況に気付く。
「な、何だッ!?」
「おいどうなってる!?」
「あの女は一体!? マレンが用意した刺客なのか!?」
完全に勝ち逃げ状態に入っていた故にこの強襲は相当堪えたらしく盗賊らしからぬ美しかった隊列は乱れの一途を辿った。
混乱状態の空気を支配するのは彼女にとって非常に容易であり、次々と焔の拳撃は殺さない程度に相手を無力化を図る。
「アッハハハハハハハハァ! 逃げるなんてつまんない話だよねェッ! 我がバルミリオンの炎に包まれろッ!」
天真爛漫、純粋な犬のような性格が目立つが彼女の設定は何事も敵ならば拳で語ろうとする根っからの戦闘狂。
恐ろしさを全開に放つ姿はまさに悪魔そのものであるが比較的人間好きの一面が殺害ではなく無力化へとフレイを留まらせていた。
「ゴブァッ!?」
「グフェッ!」
至る所から盗賊達の嗚咽が漏れ、ガンマンの如く撃ち落としていく様は見てる分には痛烈な爽快感に溢れている。
圧倒的な数的有利は即座に覆され、魔法を使う隙もなく事態は劣勢に追い込まれた。
「あの服……まさか……!? チッ!」
黒ローブ集団のリーダー格らしき男。
手当たり次第に大暴れする彼女に舌打ちをすると慌てて仲間を見捨てると全速力でその場を去るように疾走する。
戦闘による高揚感から場が余り見えていなかったフレイは逃げる姿にようやく気付くも時は既に遅かった。
「あっ!? コラ待て卑怯者ッ!」
遁走を図る男へとフレイは焔を纒わすイグニス・ドライヴを咄嗟に射出する。
見事に左肩に命中し、生々しい苦悶の声が漏れるも馬の加速を止めることはなく男は一気に距離を離していく。
潔く戦えというフレイの言葉に相手が聞く耳など持つはずもなく砂が舞う世界へと吸い込まれ消え去った。
これ以上の追撃はソウジの状態を鑑みても不可能だと判断したフレイは不本意極まりない様子で下馬を行う。
「うぷっ……ヤバいマジで吐く」
強烈な揺れと不規則な動きによる三半規管への刺激からソウジはどうにか乗りこなしたものの、表情は酷く青ざめていた。
「クッソ〜取り逃がした! でもマスターの馬術のお陰で大体は倒せたねッ!」
「思ったんだが……お前の設定的に身体能力考えれば別に馬乗んなくてもあいつらに追いつけたよな……?」
「ん? あ〜……イヤ、ソンナコトナイヨ」
「片言じゃねぇか!? やっぱり馬に乗んなくても追いつけただろッ!」
「ま、まぁでもほら馬で駆けるの楽しかったじゃん? アトラクションみたいで!」
「あぁもういい……何も言わん」
気付かなかった自分も悪いとこれ以上の問い詰めをため息と共に切り上げるとソウジは気絶する盗賊達へと目をやる。
いや正確には彼らではなく、略奪を行おうとしたタンクへと向けられていた。
「こいつら、一体何を奪おうとしたんだ?
このタンクの中には一体」
持ち上げると相当な重量であり、つい油断してると体勢を崩してしまう。
何か宝石の類かと恐る恐る蓋を開くとソウジは驚きと同時に納得の表情を浮かべる。
「これは……水か」
タンクの中には透明に輝く透き通った美しい純水が並々と満たされていた。
一つの汚物すらもない真水は乾ききった喉元へと潤したいという飲欲を刺激する。
「うわっ綺麗! マスター飲んじゃう?」
「人様の物を勝手に飲んだら駄目だろ……きっとこの地帯じゃこういう水はどんな宝石よりも貴重だろうしな。お前も飲むなよ」
とは言いつつソウジも強烈な誘惑に負けそうになっていたが倫理観がギリギリで勝り、平常心を整えていく。
これ以上欲を刺激されない為に蓋を閉じると周囲に散乱するタンクの回収をフレイへと指示を行う。
(盗賊の狙いはこの水が入ったタンク達か、しかし酷い有様だな)
馬上の戦いに敗れた者達の様についソウジは酷い有様と放ってしまう。
白目を剥きながら泡を吹き、フレイに拳を叩き込まれた箇所は火傷と共に拳面の跡が残り、肉体を僅かに凹ませていた。
余り直視したくはない光景にソウジは顔を歪ませていると、回収を終えたフレイの声が後方から響く。
振り向いた先には彼女だけでなく盗賊団と激闘を繰り広げていた者達も集っていた。
多少の負傷はしているものの命に別状がある者はおらず、広がる光景に唖然の表情を浮かべる者も少なくない。
「これは……君達が?」
「えぇタンクも無事です。あぁ勿論一口も付けていないのでご安心を「そう! 私とマスターの共同作業だよ!」」
「被せんなッ!?」
一応主従関係ではあるがそうとはまるで思えない二人のやり取りにただ呆然と周りの者達は凝視する。
だが敵ではないと判断すると緊張が解かれ始め、柔和な雰囲気に包まれる中、先程救助へと向かった青年は礼の言葉を口にした。
「ありがとう……! 君達のお陰で希望を守ることが出来ましたッ! お名前は?」
「ソウジです、こっちはフレイ、フレイ・グランバースト。まぁ通りすがりの旅人だと思ってくれればいいです、それより希望ってのはこのタンクの水だと?」
「えぇ……そうだ紹介が遅れました。私の名はヴォルハ・カリム、マレン王国の親衛隊であり貯水配達の護衛人です」
礼儀の正しい好青年と歴戦の戦士を両立させた黒髪の存在は気品ある笑みを見せる。
年齢にそこまでの差はないのか、親衛隊という役職の割には彼は非常に若い。
「直にタンクの回収を、盗賊達は拘束し、収容所へと送ってくれ」
「「「はっ!」」」
だが部下達への的確な指示はベテランの風格が現れており、自分よりも遥かに大人びた雰囲気にソウジは関心を抱く。
「隊長、ちょっと」
と、内心で一人勝手に思っていると場は少しばかり騒がしさに包まれ始めた。
複数の部下がカリムへと耳打ちにより何かの提案を行うと酷く顔を驚かせる。
「なっ……いや待て、関係のない者をこの国の話に巻き込むというのはッ!」
「しかし幾度もの戦闘により護衛人は人員不足に陥っています。あの者達の力はとても優れおり、水に触れなかったのは信用に値する事でしょう。策になるものなら打たなければいずれこの国は機能不全になりますぞ!」
「くっ……だが……いや仕方ない」
穏便とは言えない口論の末にカリムは苦渋の決断と言わんばかりにソウジ達へと唐突に頭を下げ、こう発する。
「出会ったばかりの君達にこんな事をお願いするのは失礼承知だと理解しています……ですがどうか君達のその力で女王陛下を救って欲しいのですッ!」
「……はっ?」
ただの人助け、それで済まそうとしたソウジはまたも大規模な話に巻き込まれそうな事態に呆けた声を漏らしてしまうのであった。
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