第9話 絶望

 残酷と絶望が渦巻く冷たい空間。

 鉄格子が聳え立つ牢獄の中には蹲りながら憔悴する少女が一人。

 守るべき相手を救うことが出来なかった罪悪感に苛まれるユズは弱々しく「ソウジ」という言葉を漏らした。


「私が……私がもっとしっかりしていれば」


 悔やんでも悔やみきれないやるせなさに己への怒りにも似た物も湧き上がる。

 何故彼だけでなく彼女までもがこのような扱いを受けているのか。

 それはソウジが消え去った直後へと遡る。



「なっ……なっ……!」


 最後の言葉もまともに言えぬまま消えたソウジにユズはその場へとへたり込む。

 瞳に光がなくなる彼女とは裏腹に周囲の者は「魔神の子は滅ぼされた」と狂喜乱舞の渦に包まれていた。


「サラキス、結果を報告しなさい」


「無事レクリサンド跡地への転移を完了致しました。落下死、炎天下での死、仮にその二つを奇跡的に逃れても剛土竜ベルレイドがいる危険かつ灼熱の砂漠地帯であり、生きて帰ることは不可能です」


「創生の奇書については?」


「能力の真実には辿り着く前に死亡しているかと。万が一に気付いてもあの力を扱える者はいません。自滅するだけでしょう。魔神の子には相応しい死に場所です」


「そう、ご苦労さま、偉大なる大義の真っ当にはアレル様からのご加護が与えられるでしょう」


「この上ない喜びでごさいます」


 歓喜の渦に包まれ、サラキスは悪魔の断罪の成功に愉悦に歪んだ表情で跪く。

 

「……何が喜びよ」


 突如、冷淡な声がユズから放たれる。

 周囲が騒々しい中では微かにしか聞き取れなかったがその声には怒気が含まれているのは容易に分かった。


「人を殺しておいて何が喜びよッ! ソウジを殺しておいてッ! ソウジは……私が守るって言ったのに……!」


 何も出来ずに理不尽な末路を辿る、どれだけ妥協してもしきれない結末にユズは女王など関係なく怒りを爆発させる。

 歓喜に沸く周囲も段々と彼女の様子に気付き始めるが、サリアは鎮痛ながら冷酷な言葉を言い放つ。


「彼の身に起きた不幸に居た堪れない気持ちを抱くのはこちら側も同じ、しかし私達は決断をしなくてはならなかったのです。多くの命を守る大義の為の決断を」


「大義って何よッ!? 大義があれば誰かを殺めてもいいっての!? ただ偶然その力に選ばれてしまっただけのソウジをッ!」


 どんな言葉も今の彼女には詭弁にしか聞こえず被せるように反論を言い放つ。

 双方の言い分が共に暴論と決め付けることが出来ない状況に段々と空気は混乱に包まれようとした矢先。


「止めろユズッ! 女王の言うことは決して間違いじゃないッ!」


 生まれゆく亀裂に待ったを掛けたのはやはりこのクラスの中心である壮介だった。

 食い下がろうとするユズの前に立ちこれ以上の反抗を制止する。


「立場を考えてみろ、ソウジは世界を破壊しかねない力に選ばれてしまった。同じクラスメイトだろうとあいつが一つの過ちを犯さないとは限らない。なら……ソウジに罪を犯させる前に止めるのが俺達の役目だ」


「ふざけないでッ! 犯してもない罪で消されるなんて理不尽にも程があるわよ!」


「ならばもし奴が過ちを犯したらどうする! そのせいで俺達と同じ人間が死んだらお前はどう責任を取るッ!」


「ッ……!」


「俺達はこの世界を救うべくして呼ばれた英雄なんだよ、ならばその力を持たなきゃならない、決断する力を」


 高い適応力を見せる壮介は正義感からなる言葉で相手の怒りを鎮火させていく。

 勿論、ユズだけでなくクラスメイトを処罰して歓喜に沸く周囲へ良い印象を持たない者もおり、怒りを押し殺す者もいる。

 だがあの時に声を上げれなかったのはソウジを見殺しにしたも同然であり、罪への苛まれから壮介の言葉を借りて正当化を行おうとする雰囲気が蔓延していた。


「ハッ……ハハッ、そうだぜ、あいつは悪い神に選ばれたんだろ? なら早く潰すのが当然だろ、俺達の行いは正議なんだよォ!」


 率先してソウジを痛めつけた勇斗は自分に言い聞かせるように己の行いが正しかったのだという美辞麗句を高らかに放つ。

 死人に口なしと言わんばかりに正議を主張する態度にユズの怒りは再び湧き上がる。


「勇斗……貴方それでも同じクラスメイトだと言うのッ!?」


「ハッ! 知るかそんなこと、そもそも仮に魔神の力に選ばれなかったとしてもあの無能にはどんな力があろうと役立つずだろ、だったら恥かく前に死ねて良かったじゃないか」


「貴方いい加減にッ!」


「よせユズ! 勇斗も必要のない煽りを口に出すのは止めろッ! これ以上の失言はお前を殴ることになるぞ」


 一触即発の事態だが壮介が双方を窘めたことでどうにか場を収めていく。

 空気は悪くなる一途を辿る中、英雄達の争いを静観していたサリアは再度言葉を紡ぐ。


「我々は立場としてこの国の民を守る義務があります。例えアレル様が選べし存在だろうとそれが魔神の力であるなら私達は許容することは出来ないのです」


「……認めない、認めないわよそんなの! 私はあの決断を下した貴方を許さないッ!」


「そうですか……ならば仕方ありません」


 一拍置いて何かを決断したサリアは歯向かいを続けるユズへとある宣告を下す。


「貴方を反逆罪と見なし拘束を命じます。期間は無制限とし、魔力防壁によるメスト収容所への投獄を許可します」


「なっ……!?」


「ちょ、ちょっと待ってくれ女王陛下! 幾らなんでもユズにその宣告はッ!」


「貴方方が持つ力はアレル様がお与え下さった崇高なる物、故にこちらの管轄である以上は意向に従ってもらえない者には相応の対処を行わなくてはなりません。異論は?」 


 流石の壮介も立て続けのユズへの処罰に異論を唱えるが相手は聞く耳を持たない。

 サリアの冷徹な言葉に誰も反論することが出来ず従者達は全員が揃って肯定を意味する表情を浮かべる。

 即座にユズの元には二人の女性騎士が彼女を拘束し、憎悪の睨みを向けるユズを連れ去っていったのだった。

 


「ソウジ……お願い……どうか生きていて」


 サリアの命令により魔力防壁により力が封じられた牢獄へと収容されたユズは俯きながら彼の名を言葉として漏らす。

 幾ら反逆罪だろうと仮にもアレルム様が選んだ者である故の計らいから彼女の牢獄は豪華に完備されていた。

 目の前の鉄格子がなければ何処かのプライベートルー厶だと勘違いしてしまう程に。


「よぉ、元気してるか?」


「うわっ、超豪華じゃん。ウチらが住む部屋とあまり変わりないし」


 不意に左方から声が響き、顔を上げた先には蓮とハズキが牢屋越しにこちらへと歩み寄っていた。

 その少し後ろには食事と思わしきワゴンを運んでいる祭華と環奈の姿が見えていた。

 食事はベノワと呼ばれる牛にも似た食用動物の肉とサラダを中心に胃もたれのしないヘルシーなラインナップが揃っている。


「あまりそんな気分じゃないとは思うが腹に何かは入れておけ」


「そうですユズさん、貴方が体調を崩してしまってはソウジさんに見せる顔もありませんよ」


「うん……ありがとう」


 蓮と環奈の言葉に従いユズは少量ながら胃袋を満たすべく栄養を摂取していく。

 味覚が満たされた事により荒れんでいた彼女の心も少しばかり落ち着きを取り戻す。


「皆は……どうしてるの?」


「寝静まってる、負い目を感じながらな。だが壮介は早速あの騎士団長様に鍛錬をつけさせて貰っている」


「鍛錬?」


「ソウジの件もあって一段と責任感か正義感か知らないが世界を救う、奴の死を無駄にしないなんて張り切ってやがる。全く優等生はやる事が違うな」


「奴の死ってソウジはッ!」


「でも生きてる確証なんてある訳? 追放した相手はウチらよりも遥かに土地勘があるメンツ、幾らでも地獄は知ってる的な?」


 蓮の言葉に激昂したユズへと被せるようにハズキは自前のロールしたサイドテールを弄りながら正論を口にしていく。

 人を殺す術や場所は熟知しており既に死んでいると仮定するのが妥当だ。


「ッ……それでも」 


「ちょハズキさん!」   


 悪意なくともドストレートな言葉に咎めを行おうとした環奈だがハズキの睨みに思わず萎縮してしまう。


「よせハズキ、失礼した、こっちも色々ピリピリしていてな、そういえば壮介の懇願でお前への処罰は女王陛下の意向に従うのなら不問にしてやってもいいとなったみたいだ、自分の立場よく考えろよ」


「ユズさん……どうか判断を」


 忠告の言葉を最後に蓮達は牢獄から背を向けて去っていった。

 ユズも薄々と感じている、あの女を許すことは出来ないが処世術を身に着けなくてはこの先、自分が死ぬことになるかもしれない。

 例え不本意でもソウジの帰りを信じて今は従うべきだと理性が訴えている。


「大変だね〜君もソウジ君も、そして皆も」


「ッ! 祭華……?」


 全員が消えたと油断していたユズは気の抜けた声に思わず驚いてしまう。

 雨宮祭華、不思議っ子という言葉が似合うクラスのマスコットのような扱いを受ける独特な雰囲気を持つ可憐なる少女。 

 これまでの経緯に余裕がない生徒達とは違い普段の態度を崩さない彼女は鉄格子へと背中を寄りかからせた。


「皆あの一件で多かれ少なかれダメージ食らってる、冷静じゃないし精神的支柱の壮介君も鍛錬で現実逃避中って感じ? でもその罪悪感は勘違いかな〜」


「どういうこと?」


「何か分かんないけどさ〜生きてる気がするんだよね〜あの子、それに魔神とか言われた力も使いこなしてる気がする、直感だけど」


「えっ……?」


 周囲とはまるで正反対の希望的な意見に思わずユズは呆然としてしまう。

 何を考えているか分からない感受性豊かな存在だと評価していたがそれでもこの発言は余りにも予想外であった。


「な、何でそう思っているの?」


「別に? でも昔から直感は鋭い方って言われててね、あの子……気弱に見えて簡単にくたばる事はないと思ってさ、人って結構無自覚な嘘付きだから」


 祭華の表情は冗談にも取れ、だが真剣にも取れる絶妙に断言できないラインにいる。

 己に付与された召喚魔法を行うアーティファクトの腕輪を弄りながら彼女は蓮と同じく忠告を口にした。


「だからこんな場所で燻ってる必要ないと思うんだよね〜まぁそれはそれとしてここは王政、全てはあの女の言葉一つで決まる世界だからさ、じゃバイビー」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振りながら去っていく祭華。

 一人残されたユズは呆然とした表情でその背中を見送る。

 胸に宿る不安と希望、相反する二つの感情が彼女の心をかき乱し続けていた。

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