第8話 世界の旅立ち
「……い……ーい」
薄れている感覚に聞こえる清らかな声。
後頭部には柔らかい物が当たっており撫でられる感触が神経に伝わる。
疲労感から手放していた意識だがソウジは薄っすらと瞳を開いていく。
「おーい大丈夫? マスター」
「ッ!」
巨乳を目にしながら軽く額を突かれたソウジは勢いよく上体を起こす。
目を覚ました場所は比較的涼しい遺跡内の日陰に位置する場所であった。
振り返った先には片手にフレイが首をコテンと傾げながら覗き込んでいる。
「ここは?」
「遺跡の日陰、マスター皺々に干からびる寸前そうだったからさ」
まだ完全には覚醒していないソウジは目を擦ると軽く伸びをして立ち上がる。
自分が寝ている間に彼女によって様々な処置がされていた事に彼は段々と気付く。
日陰もそうだが負傷した左腕も焼灼止血法により綺麗に塞がれていた。
「そ、そうか……悪いな心配させて」
「いいのいいの! マスターの健康が何よりってやつだし〜てか私の膝枕柔らかくなかった? 結構自信あるんだよね〜!」
フレイは屈託のない笑みを見せる。
設定へ人間好きかつ創造主には基本従うという記載が有効打となり、ルイーナレクスのように反抗する様子はない。
それだけでもソウジの心は安心感に包まれるには十分な事実だった。
「って、あれ? 創世の奇書は?」
「あぁ〜これのことかな?」
「なっ、お前勝手にッ!?」
「ニシシ〜! マスターも不用心だな〜従者だからって見られないと思った?」
少しばかり意地悪な表情を浮かべながらフレイは自身の詳細が書かれた頁をソウジの前へと突き出す。
思わずソウジは酷く顔を青ざめさせるが当の本人は予想以上に冷静……いや寧ろ何処か興味深そうに創世の奇書を見つめていた。
「ふ〜ん、マスターはこんな感じで私のこと書いたんだ、面白いね! 無性に肉が食いたいのもこれが原因か、てかこの大きなおっぱいってマスターの趣味? イカしてんね〜」
「お前……何とも思わないのか? 記憶も肉体も能力も全て俺に作り出された存在ってことに」
「別に? そもそもマスターに生み出されたってのは薄々理解してたからね〜」
「はっ?」
フレイの口から語られたのは所持者であるソウジですら離開していなかった新事実。
創生の奇書には頁一枚一枚に創造の器になる魂が付与されている。
僅かに自我を持つ程度の虚無な魂だが創造主が彩りを加えることで魂は形を成して一つの概念として誕生を果たす。
「魂への付与……そういう仕組みだったのかこいつは、ルイーナ・レクスはそれが分かった上で俺を襲ったと」
「そっ、だから本能的に私は誰かに作り出された存在なんだって分かってたわけ、この炎もマスターが私に付与してくれた」
彼女は上品な細長い指をピッとソウジのオデコに目掛けて差す。
「そして、私が抱いているこの好きな気持ちはマスターが作った設定とは違うと思う、心からこうビビって来てるからさッ!」
瞳は嘘偽りのない純粋な輝きを放っており己の好意を恥ずかしげもなく真っ直ぐな言葉で投げ掛けていく。
「ビビッと?」
「そうビビッと! 所謂一目惚れ? だってコレ使えば私をマスターの言いなり人形にも出来たのにさ〜私に意志をくれた時点で愛を感じるってやつ」
ソウジが彼女を己の言いなりな強力な兵士にしなかった理由。
それはこちらに全ての判断を委ねて動く存在は非常に危険性の高いということ。
聖人な性格ではないと自らを評してるソウジは何かの拍子に取り返しのつかない命令を下しかねないと考えていた。
(自分への戒めとそう作った訳だが……予想以上に効果的だったみたいだな)
何処か賭けでもあった行為だが上手く作用した万々歳の事実に胸を撫で下ろす。
「いやぁ本当にマスターの元に生まれて良かったよ〜!」
「ちょ馬鹿!? 抱きつくなって!?」
創世の奇書を懐へとしまい込んだソウジの胸元へとフレイは飛びつき頬擦りをする。
彼女の豊満で柔らかな感触に耐えられず引き剥がそうとするも力では敵わず相変わらず為されるがままだった。
犬みたいな性格と魅力的な身体の双璧は破壊力抜群であり、ソウジは必死に理性と格闘するしかない。
「って、そういえばここ何処?」
もう少しで思考が蒸発しかけた間際にフレイは身体を離すと辺りを見渡し、今更ながらこの荒廃した土地に疑問を抱く。
「さぁな……レクリサンド跡地って名前の非常に危険な場所ってことしか分からん、強制的にここに飛ばされた身だからな」
理不尽と言ってもいいこれまでの経緯を聞いたフレイは酷く唖然とした様子で怒りの感情を露わにした。
「えぇ酷くない!? そうだ、そんな奴ら拳でタコ殴りにして解決しようかッ!」
「止めろって!? もう起きちまった事だし何時までも引きずるつもりはない、今はそれよりもここが何処かを知らないと」
一息の後に立ち上がったソウジは何か手掛かりはないのかと周囲を見渡す。
先程の大規模な連戦により遺跡の一部は壊滅的な状況と化しているが全てが崩壊した訳では無い。
小さな紙切れでもいい、この遺跡が何なのか、サリアが支配する国から自分は何処まで離されているのか、少しでも情報を仕入れたいと捜索を始めた時だった。
「ねぇねぇマスター、あそこ怪しくない?」
フレイはとある方向を指差す。
言われるがままに視界を向けた先には瓦礫の山、だが積み重なる瓦礫を掻き分けると小さな空洞がポツンと出来ていた。
地下へと続く空洞は階段のような構造をしており、周囲の環境から隔絶された場所に繋がっている。
「地下通路……よく気付いたな」
「どうやら私は直感が鋭くてね、マスターが作った賜物さ」
恐る恐る一歩ずつ暗闇に支配されている空間に足を踏み入れていくと少しばかり広がった空間が現れる。
蔓延する埃を振り払いらフレイの炎を松明代わりに辺りを見渡すとソウジの視界には希望とも言える光景が映った。
「図書館……? いや書物庫か?」
お世辞にも豪華絢爛とは言えない荒廃した書物庫と思わしき場所。
肝心の書物も今にも壊れそうな木製の本棚に数冊ある程度で殆どが空に等しい。
「おぉ本じゃん本じゃん! マスターこれ読んじゃってもいいかな!? いいよね!」
「勢い余って焼くんじゃないぞ」
本を手に取り大はしゃぎなフレイを後目にソウジはヒントになり得る数少ない書物を読み漁っていく。
腐食が進みそもそもまるで読めない物が大半という現状が続くが、僅かに数冊だけ読める書物を彼は発見する。
「レクリサンド帝国……?」
その内の一冊、この遺跡と同じ名称の国がタイトルに刻まれている書物が目に映る。
中身はレクリサンドの歴史……発展過程を記した代物はソウジの予想を超える驚愕に値する内容であった。
レクリサンドは今から百年前、軍事を中心とした新興国家として名を馳せていた。
武力による支配と体制は魔族を圧倒するだけでなく同じ人類であるはずの敵対国家までもを屈服させることに成功する。
どうやらソウジ達をこの世へ導いた女王サリアが率いるハリエス王国とは協力関係にあったとされる表記も刻まれていた。
国王を絶対とした政治体制は瞬く間に影響を広めるが、ある時レクリサンドは後の崩壊に繋がる禁忌を犯す。
(魔族の調教及び改造……だと)
更なる武力の増強を目指した国王は魔族の洗脳と改造計画を立案、強力な兵器の開発の実態が生々しく記載されている。
読むだけでも緊張感に包まれる本の文末には「レクリサンドはさらなる繁栄へと突き進む」という言葉で締めくくられていた。
全てが語られていた訳では無いがソウジはある程度この国が辿った末路を察する。
(なるほど、魔族の改造による兵力強化を図ったが何らかの形で失敗、国は滅び今じゃ魔族の巣窟……こいつは人間サイドもきな臭い雰囲気を感じるな)
皮肉にも程がある末路を迎えたであろうレクリサンドに憐れみを向けながらソウジはもう片方の解読可能な本に目を通す。
どうやら生物学に値する書物であり、この世界の魔族らしき詳細が記され自身を襲ったあの土龍の記載もあった。
(剛土龍ベルレイド、危険性レベル高の土龍族の一匹……か。あの女王、そんな奴がいる場所に俺を放り込んだのか)
サリアの徹底ぶりに心底畏怖を抱きながら本を閉じたと同事に飽き飽きとした様子のフレイが背後から被さる。
「ねぇねぇマスターここの本汚くて全部読めないんだけど!? つまんな〜い!」
「だいぶ年季入ってるからな、読めるだけでも奇跡ってとこだ。あと抱きつくな」
これ以上の情報収集は不可能だと判断したソウジはため息と共に立ち上がる。
「マスター、これからどうするの? どうせならいっぱい拳を使いたいけど!」
「どうにかして元の世界に帰る、同じく転移した者も含めてな、あの国はどうもきな臭くて怪しい……だからこそこの世界の真理を見極めたいと思う、何が正しいのかを」
これまでの一方的な扱いやこのレクリサンドの実態も含め、ソウジは彼女達に味方する気などとっくに消え失せていた。
本能的な勘が彼に激しく警鐘を鳴らし、全てを捨てた旅路を行えと命令している。
「クラスメイトも? でもマスターを裏切ったすごく悪い子達じゃないの?」
「全員がそうじゃない、そりゃ腹立つクソ野郎もいるが……奴だってこの世界に巻き込まれた被害者の一人だ、一発ぶん殴れればそれだけでいい、後は全員で帰るだけだ」
彼の思考回路には幼馴染かつ最大の精神的支柱であるユズの存在が大きい。
彼女の「やり返す時は潔く一発で」という信念が見捨ててやるという選択肢をソウジの思考から除外していた。
「取り敢えず歩いてヒントを更に集めていくしかない、お前はどうする? 創造主がこう言ったからって何も従う必要はない、自由に生きたいなら止めはしない」
「はぁ〜……マスターって話聞かない人? 言ったでしょ、マスターの事が私は心から好きなんだって、君といるとなんかビビッときて面白そうだと思うのさッ!」
無理強いをさせないと発したソウジの言葉に呆れながら被せるとフレイは再び真っ直ぐな言葉で己が抱く愛を爆発させた。
「君の旅路に同行させてよ、絶対に楽しい事になりそうだからッ!」
「……そうか」
拳を突き出した彼女へと何処か待ち望んでいた微笑を口元に浮かべる。
フレイと視線を交錯させた後にこれからの行く末を祝福するような澄んだ青空へとソウジは顔を上げるのだった。
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