第6話 最悪の寝返り
「こいつ言う事を聞かないッ!?」
飼い犬に襲われるという何とも滑稽で鼻で笑われるような状況。
咆哮に呼応するかのように周囲の熱風は更に暑さを増していく。
難を逃れた仮初の幸福は瞬く間に新たな危機に晒された悪夢へと切り替わる。
「グォァッ!」
「危ねッ!?」
歪な形をした凶器は土竜の物とは違う、巨大な鋭利な爪。
ザシュッという音とともにソウジの肉体を僅かに掠めると勢いそのままに遺跡の壁や地面を抉り取る。
間一髪避けたものの、掠めるだけでも服が破け赤黒い鮮血が噴き出す。
直ぐ様、翻すとルイーナレクスは反撃に移るべく尾をしならせ薙ぎ払いを仕掛けた。
勝てないのは誰よりも理解している。
自らで創造した存在なのだから。
直撃しないのが奇跡な状況下で必死にルイーナレクスの猛攻を回避しながら入り組んだ遺跡内へと身を隠す。
(クソッ! どうなってんだよこれは!? 何で言う事を聞かな……いや待て、まさか)
ソウジの思考に過るのは災厄だと恐れ慄いていたサリア達の姿。
何故、創世の奇書というゼロから概念を生み出す代物へ強い拒絶感を見せたのか。
ただの創造できる優れ物なだけなら幾ら魔神の武具だろうとあそこまで拒否反応を示す事はないだろう。
(そうか……こいつは創造を行うだけの力。使い方を間違えれば創造主すらも支配できない暴走する怪物を生み出すことになるのか。あの時、俺は設定に創造主への忠誠を記載していなかった)
書き方一つ間違えるだけで世界を滅ぼしかねない強大な怪物を誰も操れない事態に陥ることも十分にあり得る。
ようやくソウジはサリア達が恐れていた真意を理解し、己が持つ創世の奇書が秘める危険性を自覚した。
(クッ、追加で記載しても変化がない、一度生み出した存在の修正は不可能なのか)
咄嗟に創造主に従うと設定を追加するもルイーナレクスの暴走が収まる気配はない。
創生の奇書の前では一度犯した過ちをやり直すことは許されなかった。
「不味った……チッ、どうする、どうすればこの悪夢を終わらせられる?」
「グォァァァァァァァァッ!」
「もう来たのかよ……!」
だが今更後悔した所で目の前の怪物が止まるはずもない。
血の匂いを嗅ぎつけピンポイントで壁を突き破りソウジへ迫るルイーナレクスは牙を剥き出す悪辣な笑みを見せた。
先程までは頼もしかった風格も今では絶望以外の何者でもない。
思わず目を背けたくなるこの現実が嫌でも突きつけられていく。
繰り広げられるは命懸けの鬼ごっこ。
巨体故に精密性の低い弱点を見抜いたソウジはすばしっこく動き回り、奴の集中力を乱し続けていく。
だがせめてもの抗いはただの延命措置に過ぎず蒸し暑い気温もあり、段々と体力は奪われ逃げる身体も動きが鈍くなる。
「グォァッ!」
「しまっ……!」
遂には怪物に捉えられ、真正面から鋭利な爪を生やした一撃が痛烈に襲いかかる。
完全に詰んだかと思われたが後方に位置していた遺跡内に存在する穴へと悪運強くバランスを崩し、落下したことで難を逃れた。
「はぁ……ッ……はぁ……クッソ……タレ」
息は荒くなりまともな運動もしていない彼の体力は既に限界を迎えていた。
火事場の馬鹿力による奇跡的な回避の連続もそう長くは続かず次に見つかれば最早どうしようもない。
暑さによる脱水も重なり、意識の朦朧は加速しており付近の壁に寄りかかりながら息を整えることにソウジは必死だ。
(ここも直ぐに見つかる……もう逃げる手段も体力もない)
満身創痍の極地。
掠めた左腕に滲む血や整い切らない息が彼の命が風前の灯に近いことを物語る。
死の匂いは徐々に迫っており、連続して起こる生と死のせめぎ合いは情緒を崩壊寸前までに追い込む。
ここまで必死に生きることにしがみついていたが流石に限界かという諦めの心がソウジに蔓延していく。
(辛い……何で俺はいつもこうなる、死んだ方が楽になるのか?)
感覚を含めた全てが麻痺し、疲労が溜まっていく彼に過るのは死んだ方が楽になるのではという根拠のない希望。
生きるという意志は少しずつ削られ、死という救済に塗りたくられていく。
いつ襲いかかってくるか分からない極限の緊張感の中、ソウジの理性は蝕まれる。
救いのない全く笑えない状況に大きく諦めのため息を吐く……だが彼の視界に映った創世の奇書が再びソウジを生へと執着させた。
(いや違う……これでいいのか俺? 自分のミスで創作した怪物に殺される最期で)
身勝手を極めているサリア達。
大義の為に見限った壮介達。
裏切りと蹂躙を行った勇斗。
あらゆるこれまでの出来事が記憶にこべりついているが何より彼が一番屈辱を抱いているのは己の創作力についてだった。
(まともに考察出来ずに先走って設定ミスってそいつに食われる? ふざけんな……そんなのどれだけ死んでも死にきれない)
腐っても彼はライトノベル作家。
どれだけ貶されようと、馬鹿にされようと自分を作り出す唯一の個性であり自分で自賛できる唯一の取り柄。
にも関わらず呆気ない設定ミスを犯し、自分のやらかしから生まれた怪物に殺されるなどプライドが許さなかった。
「終われるか……最後のキャラクターがこんなんで終われる訳がないだろッ!」
生き残るか、それとも死ぬか、今その結果は彼にとってどうでもいい。
どちらに転ぼうとも最後は満足の行くキャラクターを創造したい。
何処か歪んだ意志だけがソウジの肉体を奮い立たせる原動力だった。
「作ってやる……もう一度、俺が満足できるキャラクターをッ!」
いつ来るかも分からない中、ソウジは創世の奇書へと一心不乱に筆を執っていく。
まともな思考回路ではないことは薄々と自覚はしている、だがそれ以上に彼の内に存在する創作意欲が身体を支配していた。
「性別は女……いや美少女がいいな、属性は炎で己の拳が何よりの武器、ポニーテールの先端には灯火がある、性格は天真爛漫で何処か純粋な不気味さを秘めた戦闘狂、服は肩や太ももを露出して豊満な肉体」
書く、書き続ける。
思いついて書いて思いついてまた書く。
虚無に塗れる白紙は迅速なる早さで彼なりの肉付けがされていく。
白紙の頁へと書き込むと同事にまるで呪言のように呟きながらアイデアを絶え間なく生み出し、付与する。
これまでのソウジの人生に培った全てを注ぎ込んで創り上げていくと白紙の頁はやがて埋まり始めた。
「情熱に身を焦がし炎の如く輝く紅い髪と闘魂に溢れた拳を持つ美少女……!」
【名前】
フレイ・グランバースト
【概要】
古の神、炎闘神バルミリオンの魂の一部から誕生した焔を司る美少女。
かつて炎の創造主とされ、地へと自らの知恵を与えたバルミリオンが死の間際に自らが愛した人間を見守る為に複数の肉片へと自らの魂を付与したことが経緯とされる。
イグニッションコアと呼ばれる左胸部に位置する核が力の根源であり心臓代わりに生命維持装置の役割を果たす。
肉体の大半は人間と同様の構造をしているがイグニッションコアを含め一部器官は高熱の炎に適応するべくバルミリオン自らが細工が施している。
【性格】
一人称は「私」で快活明朗なバルミリオンに似て裏表がない純粋な性格。
彼の意志の元に人間を好んではいるが好き嫌いがはっきりとしており苦手な相手に対しては迷わずに意志表示をする一面を持つ。
何事も拳で解決がモットーであり、少し迷えば取り敢えず拳で語り合おうとする程には熱血かつ豪快な戦闘狂。
勉学や知識などの小難しい話に対しては苦手意識を持つが地頭は良い。
食欲を含めた欲求が非常に強く、強い香辛料を掛けた肉串を好物としており甘い物を苦手としている。
【外見】
燃え盛るような朱色と橙が混ざったポニーテールに炎を表すような赤い瞳が特徴。
髪の先端には小さな炎が灯っており、戦闘時は肥大化し彼女の感情に呼応する。
肩や腿などを露出した可憐と身軽さを両立させる深紅色を基調とする服装を身に纏い、手足には戦闘用の防具、スティラブレイクが装着されている。
身体内部に炎を溜めている故に体温は常人よりも少しばかり高い。
【スペック】
常人のスペックを遥かに超えており、純粋なフィジカルでも並大抵の相手なら完封することが可能。
手足や関節部の神経に付与されたグランドチャージャーという物質により滑らかかつパワーを最大限に活用する力を持つ。
瞳の内部に位置するマテリオンブーストには瞬間記憶の能力が付与され、一度見た相手の動きを瞬時に見抜くことが出来る。
バルミリオンの炎を利用した拳を使う戦法を得意としており、小細工が少ない分、純粋な戦闘力が非常に高い。
【必殺技】
・イグニス・ドライヴ
手足に高熱度の炎の集約を行い、直線上へと放出することで驚異的な威力と迅速を両立する一撃を放つ。
・ヘリオスフィア・チェイサー
乱打性能を高めた応用技であり、高熱に包まれる拳状のエネルギー弾を生み出し亜音速の連撃を行う。
・フィラメント・サングレーザー
五つの巨大な炎を一斉に射出することで楕円状を描く不規則な軌道からなる中距離専門の射出攻撃。
・エリス・ノヴァ
自らが持つイグニッションコアが備えるエネルギーを最大限集約させ半径五十メートルに及ぶ超新星の威力を誇る拳弾を放つ。
・備考
尚、能力に関しては完成形ではなく成長の余地を残す。
また創造主に対しての忠誠心を持つが自らでも意志を示す自立性を有している。
「完成した……これが」
「グォァァァァァァァァァァッ!」
完成と同事にルイーナレクスの咆哮が轟き、飢えを満たす獲物をようやく見つけた怪物は瞳孔を大きく広げる。
壁を突き破り、逃げ場のないソウジを食らおうと獣の如く疾駆すると、牙に塗れる大口を開いた。
危急存亡の極地にて二つの生命は激しく魂を削り合っていく。
「食らいやがれ怪物……こいつ俺のキャラクターだァァァァァァッ!」
今際で木霊する魂の叫び。
瞬間、満身創痍の肉体から放たれる絶叫と共に激しい焔が周囲を纏っていく。
創世の奇書からは灼熱が飛び出し何かが急速にルイーナレクスへと接近する。
「グォァッ!?」
それは一つの拳。
焔を纏い、力強く握りしめながら放たれた殴打は情けない声を怪物から上げさせ衝撃によりルイーナレクスは後方へ吹き飛ぶ。
鮮やかに燃え盛る残焔が舞いながら生き生きとした紅の髪は激しく靡く。
希望を体現する存在は勇ましく仁王立ちを繰り出していた。
「私をここへ呼んだのは君かな? い〜や、君だって私の魂が叫んでるッ!」
救いの手を差し伸べた美少女は燃える闘志を宿す灼眼でソウジへ笑みを浮かべる。
「やぁ、私の名はフレイ・グランバースト、君に会えて光栄だよマスターッ!」
現実離れした唯一無二の雰囲気、ソウジが作り出した闘争の戦士は今此処に顕現した。
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