第5話 絶・体・絶・命
猛き咆哮と食らい付く牙を持つ白きフォルムの強者は獲物を追い詰める。
想像出来ても体感したことのない怪物を前にソウジは悲鳴にも近しい叫び声を上げた。
「無理無理、無理に決まってんだろッ!?」
生存本能が肉体を掻き立て、堪らず殺意の形相を向ける存在から逃げ惑う。
間違いなく死ぬ、どうやっても勝てる訳がない絶望感を察した心は警告を鳴らし、逃げろ逃げろとソウジの身体に鞭を打つ。
背を向け逃走を図るソウジへと土龍は背部に備える巨大な翼からは鋭利な土の弾丸が一直線上に激烈な速度で放たれた。
「なんちゅう威力だよ……!」
咄嗟に身を翻し回避するものの、クリーンヒットした遺跡の壁は木っ端微塵に粉砕され砂埃が舞っていく。
今の一撃だけで対峙する相手がどれだけの強力な攻撃を有しているのかを痛感する事になり恐怖は増大の一途を辿る。
幸いにも入り組まれた場所のお陰で直線に放たれる土龍の弾丸は比較的回避が容易であるソウジは物陰へと身を潜めた。
(チッ、まだ何かあるとは思ってたが……あんなのがいきなり来るなんて思わねぇよッ! どうすりゃいい、真正面から戦っても勝てる訳がない相手だぞあの怪物は)
ライトノベルなはらここで起死回生の一手を考え、凄まじい力で無双するなんて輝かしい展開になるのだろう。
だが今のソウジにはどちらのパターンも行えないほぼ詰みかけの状況に陥っていた。
(何とかしねぇと……やっぱりこいつを使うしかないのか? いやだがどう使えば……この魔神と称される力を)
今の彼にある唯一の打開策。
創世の奇書、魔神ベネクスが司る創世の名を持ちながら破滅を齎すと恐れられていた神話に登場する呪いの武器。
元を辿ればこいつが顕現した事がこの悪夢の始まりであり諸悪の根源。
だが皮肉にもこの絶望を打破できる候補は創世の奇書以外に存在しなかった。
「フォォォォォンッ!」
「ッ! 不味いッ!」
どう扱えばいいのか、この本と万年筆は一体何を意味しているのか。
思考をフル回転させるものの、時間は彼に有意義な熟考を与えてはくれず再度獲物を発見した土龍は雄叫びを鳴らす。
またもやあの弾丸を放つのか、そう身構えたソウジだが土龍の取った行動は予測を超えるものだった。
「何ッ!?」
ソウジのいる位置から数十メートル離れた地点に土龍は巨大な翼を羽ばたかせ、砂埃を巻き起こす。
引き上げられていく砂埃はやがては巨大な竜巻状へと変貌し、周囲を吹き飛ばしながら急速に強襲を仕掛けた。
咄嗟に逃げようとするが突風に抗える強靭な肉体があるはずもなく空中へと身を投げだされると付近の遺跡へと叩きつけられる。
「カハッ!?」
助骨が折れたような痛々しい音が鳴り響きソウジは瓦礫と共に地面へと倒れ伏せる。
視界の先には戦闘不能に近付いている弱者を喰らおうと土龍が涎を垂らし、恐怖を煽るようにゆっくりと近付いていく。
度重なる衝撃と体力の消費にソウジの意識は朦朧とし、今にも手放す寸前だった。
(死ねるか……汚名を着せられて裏切られて挙げ句の果てには獣に食われる? こんな終わり方認めるかよ……!)
精神はギリギリ正常を保ち、闘争心を昂らせていくが劣勢に変わりはない。
奴がここに到達すれば今度こそ血肉を喰らいつくされ死へと追いやられる。
生きるか死ぬかと別れ道はここが最後だとソウジは理解し、謎に包まれている創世の奇書へと目をやった。
(創世の奇書、お前は何を秘めている、俺に何を望んでいる、俺に何をしろと言う? どうしてお前は俺の元に現れた?)
三十の神々ではなく災厄を招くと言われる魔神側の武器に選ばれたという事実。
それ程までに自らと相性が良い能力は何かとソウジは解明を急ぐ。
(俺に見合う能力……俺の個性、俺の力、俺を作っているもの……待て、創世の奇書?)
強烈な閃きが脳裏を過る。
自らを作る個性と創世の奇書、たった一つだけあるのだ、二つを繋ぐ要素が。
本だけでなくペンまでも付与された事実に彼の考察は真実へと辿り着く。
「これが……こいつの能力であるならッ!」
ソウジは唯一の取り柄を行使する。
白紙の頁を開くと純黒の万年筆にて対抗するようにある怪物を執筆していく。
この世に存在しない、彼がゼロから生み出す創作上の怪物、己が持つ発想を駆使して設定を次々に構築する。
【名前】
刃王龍ルイーナレクス
【概要】
破滅の光という名を持つ伝説上の巨龍。
古代の戦神が生み出した怪物とされ、高い凶暴性と収まらない飢えが特徴。
岩霊山を住処にし、数多の生息する龍を全て死滅させた伝承を持つ。
【外見】
その鱗は鋭い刃のように輝き、まるで大地そのものを切り裂くかのような六枚の羽根は絶対的強者の風格を持つ。
全身は純白に覆われ数多の紅のラインが血流のように駆け巡っている。
体長は百メートルに及び翼は飛翔するたびに空気を切り裂く音が響き渡り、尾は長く、終端は剣のように尖っている。
【能力】
・破滅の閃光
口から放たれる光のビームは、あらゆる物質を切断する力を持ち、直撃したものを一瞬で消滅させる。
・刃鎧の結界
鱗から発せられる鋭利なエネルギーで周囲を防御し、攻撃を弾く。
・戦神の怒り
激怒した時、全身の鱗が真紅に染まり、攻撃力が極限まで高まる。周囲の空間が震え、近づくもの全てを切り裂く暴風が発生する。
「こう言う事なんだろ、創世の奇書ッ!」
ソウジは最後の一筆を白紙の頁に書き込むと創世の奇書は眩い光を放つ。
土龍は突然の出来事に思わず本能的に動きを止め、立っているのも難しい突風が強烈に吹き荒れる。
思わず瞼を閉じたソウジは恐る恐る瞳を開き目の前の光景を視界に映した。
「ッ!」
彼が創作した怪物は思い描く伝説通りに聳え立っていた。
巨大な翼を携え、血流のように駆け巡る紅きラインが全身を覆う。
鋭利な牙に爪は大地を抉り取り、その肉体から放たれる威圧感は生物としての格の違いを思い知らせる。
刃王龍ルイーナレクス、土龍を上回る巨体を持つ強者は殺意の形相を浮かべた。
「グァァァァァァァッ!」
(刃王龍ルイーナレクス……やはりこいつの能力は書かれた概念を創造する力……!)
破滅を司る刃王龍の全身から発せられる威圧感と殺気に土龍は圧倒されたように硬直すると後ずさりをする。
刹那の内にルイーナレクスが動きを見せた瞬間、その巨体からは想像も出来ない速度で大地を駆け抜けていた。
知覚する暇すら与えずにルイーナレクスの長い尾が土龍の胴体を薙ぎ払い地面へと叩きつける。
「フォァッ!」
情け容赦のない一撃を受けた土龍は鮮血を流しながら呻き声を漏らす。
大物同士の死闘は壮観であり、己の肉体を駆使した生存競争が引き起こされる。
土龍は猛攻を仕掛けるがソウジがルイーナレクスに与えた能力、刃鎧の結界が攻撃を次々と相殺していく。
泥臭くとも美しい闘争は互角の戦いを繰り広げるがルイーナレクスの猛攻は段々と土龍を追い詰めていく。
「ハッ……ハハッ、こいつはヤバいな」
自らで生み出した怪物ではあるが予想を遥かに超えた猛威に笑うしかない。
あれ程弱者を嬲っていた存在は一分も経たずに変貌した立場に恐れ慄く。
巨体から想像できぬ高速移動により次々と打撃を与えるルイーナレクスは遂に土龍の片翼を噛み千切った。
「フォォォォォンッ!」
完全に錯乱した土龍は砂上の弾丸を生み出すと最後の抗いとばかりに血を鳴らしながら勇猛果敢な突進による強襲を行う。
待ち構えるルイーナレクスは一度顔を天空へと上げると口元にはエネルギーを蓄える。
ソウジは直感的に自分が設定した破滅の閃光を構えてると確信を抱く。
「グゥルアァァァァァァァァァァァッ!」
風穴を抉るような光は地面を真っ二つに砕きながら崖が創成される程の衝撃。
直線的に射出された極太の光線は土龍の巨体を弾丸ごと口元からは貫く。
断末魔を上げる猶予もなく、頭部から浴びた破滅の閃光は全身が崩壊させ、塵すら残さずに爆発四散を引き起こした。
ただただソウジが己の手で創造した怪物の無双っぷりに開いた口が塞がらない。
「これが創世の奇書……なのか。こいつは確かにえげつないな……こんな化け物もやりようじゃ簡単に生み出せるなんて」
ルイーナレクスの後ろ姿を見つめながらソウジは魔神が司る力を思い知る。
しかし彼はまだ分かっていない、何故創世の奇書が厄災と呼ばれ、あそこまで恐れ慄かれる代物であるのかという事を。
「ん……? どうしたルイーナレクス」
唐突にルイーナレクスは未だに殺意に満たされる形相でソウジの方へと振り向く。
奴が浮かべる表情は創造主を歓迎しているとは思えず、寧ろ破滅の対象としか見ていないような不穏に包まれる様子だった。
この怪物を制御出来ていないという事実は否が応でも認めるしかない。
「まさか……嘘だろ!?」
「グォォォォォァァァァァァァァァッ!」
絶体絶命を救った怪物は創造主をも喰らおうとする制御不能の悪魔へと変貌する。
新たな絶望を告げる咆哮は天空へと高らかに鳴り響いたのだった。
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