第4話 突き落とされる地獄
「はっ……はいッ!?」
詳細を言われずとも分かる。
己に放たれたのは死にも値する物だと。
神の子から一転、手のひらを返すように邪神として除け者にされている状況にソウジは訳が分からず立ち竦む事しか出来ない。
「い、いやいや!? ちょっと待ってくれ、いきなり魔神だの言われてもッ!」
「その本は創世の奇書……神話にて三十の神々と対立した魔神ベネクスが使用した創造と滅亡を司る武器、全ての死と闇を統べる者として敵味方関係なく無差別に災厄をもたらすと言われています」
「何だよソレ……仮にこれがそうだったとしても選ばれただけで極刑って!」
「黙りなさい、貴方に反論する資格はない」
食い下がろうとするソウジだったがサリアの眼光に言葉を詰まらせてしまう。
余りにも馬鹿馬鹿しい、神話にてて厄災を導く代物というだけで極刑に処されるなど。
だがこの世界ではそれが正議なのだ、悪気のない態度に心から神話に基づいて判断しているのだとソウジは痛感する。
「まさか……最後の最後にこんな最悪のサプライズがあるとはな」
「貴方にだけは幸福を祈れませんね」
追随するようにハレアとサラキスも軽蔑の言葉を口にし、現地の者達も「失せろ魔神の子がッ!」と罵詈雑言を投げ掛ける。
瞬く間に四面楚歌の惨状が完成し、まともな反論も返せず彼の身体は無意識に気押される形で後退りをしていた。
「ち、ちょっと待ちなさいッ!」
だがこの状況でも救いの女神は空気に流されず果敢に反論の言葉を口にした。
「ソウジが魔神の子っていい加減にしなさいよッ! そんな訳ないじゃない、好き放題に罵倒なんかして!」
「ユズ……!」
「ソウジは誰よりも優しい、他人の事を考えて行動できる人よ! ほらっ皆も」
反抗の空気が兆し始め、ユズはソウジへの擁護の声を求める。
だがその期待は予想外に軽く裏切られる結果となった。
「……皆?」
沈黙、余りに居心地の悪い沈黙。
大半の者は同意を求めるユズから視線を逸らし救いの手を差し伸べようとしない。
助けたくも場の空気に逆らえない者、妥協を抱く者、端から助けようとしない者、種類は違えど合理性を捨ててまで自ら火中の栗を拾おうとする者はいなかった。
「何してるの、貴方達ソウジを皆殺しにする気だと「ユズッ!」」
「……ソウジは世界を滅ぼしかねない魔神の力を得た。奴の決断一つでこの世界を滅ぼすのなら俺達がやれるのは助けるではなく止めることじゃないのか?」
「何を言ってるの壮介ッ!? だからって命を犠牲にするなど!」
「俺達は英雄に選ばれたッ! ならば……大義の為の犠牲は必要なんじゃないか、辛いのは俺も同じだ、だが奴が魔神に選ばれたと言うことはその素質が」
「いい加減にして! そんなの屁理屈じゃない!」
加速する壮介とユズの対立。
激しい言い合いが繰り広げられるがクラスが味方したのは壮介側であった。
「フンッ、いっつもあんなキモい作品を書いてる奴のことだ。頭も色々とヤバいだろうし妥当だろ、ウハハハハハハッ!」
「なっ……!? ふ、ふざけッ!」
「オラッ!」
「ぐあっ!?」
壮介の意見を後押しする勇斗の侮辱な言葉へ流石に怒りが湧き上がったソウジは駆け出すも軽々と弾き飛ばされる。
彼の手には靭やかに畝りながら伸縮する翡翠色の鞭が握られていた。
パーミュラスの鞭と呼ばれる神話にも登場するアーティファクトは無限の伸縮性と高い打撃性能を誇る。
「へぇ……こいつはスゲェや、これが選ばれし者の力ってやつか」
「勇斗……くん……!」
激しく転倒したソウジは口元から赤黒い鮮血を流し、凶行に走った勇斗を力強く睨む。
周囲の「魔神の子を殺せ」という勢いも相まって最早一人や二人の反抗ではどうしようもない状況。
壮介の決断によりクラスの大半も壮介の意見に同意の姿勢を見せていく。
「待ってよ……待ちなさいって! ソウジは魔神の子じゃない! それでもやると言うのなら私も!」
「止めてくれユズッ!」
己を自己犠牲にしようとする彼女を見てソウジは反射的に声を荒げる。
どう足掻いても覆ることなく、余計な犠牲者を増やしかねない恐れから彼は一拍置いた末にある決断を下す。
「……俺が魔神の子って言うなら好きにすればいい、だから彼女は不問にしてくれ、ユズは何も関係ない」
「ソ、ソウジ?」
ダメージを負った身体を持ち上げながらソウジはサリアへと懇願を口にする。
彼の決意への返答は実に冷酷であり、間髪を入れず女王は美しい手を翳した。
彼女の合図を皮切りにサラキスを筆頭とした魔術師達は一斉に魔法陣を向ける。
「魔神の子よ、最後の慈悲です。せめて安らかに眠りなさい」
「ちょっと止めてよ……止めてッ!」
「よせユズッ!」
迫りくる処刑にユズは身を乗り出そうとするも壮介達によって取り押さえられる。
恐怖に支配されながらも恩人が巻き込まれない事に安堵を覚えたソウジは小さく笑みが口元から溢れた。
「魔神の子よ……滅びなさい、刑執行」
「瞬空翔天ッ!」
魔術師が一斉に呪文を唱えると同時にソウジの身体はあらゆる魔法陣に包まれ、肉体は浮遊を始める。
指揮をするようにサラキスは華奢な指を動かすと強烈な風圧が吹き荒れていく。
「ソウジッ!」
「ユズ……ありが」
瞬間……全てを言い切る暇もなくソウジの肉体は光に包まれ、視界は瞬く間に生い茂った緑と青空に包まれる。
同時に襲い掛かるのは強烈な浮遊感と地へと落下するという異質な感覚。
下部には遺跡にも似た何かが存在し、段々と重力により引き寄せられていた。
「マジか……嘘だろッ!?」
間違いなく即死する高さからの急降下。
襲いかかる死の感覚に覚悟を決めていたソウジも恐怖が襲いかかり、生きたいという渇望が急速に湧き上がる。
強烈な熱風を全身に浴びながら間違いなく地面へと近づいていく中で必死に思考を巡らせていた。
(どうする……どうする!? 何か、何か衝撃を和らげれる物を、この創世の奇書は……いや駄目だ、使い方分からねぇよッ!?)
魔神と罵られた創世の奇書の力もまるで使い道が見えない以上、頼れるのは己の思考と肉体だけしかない。
自分でも驚く素早さで周囲を見渡すとソウジは一つの木の幹が目に止まった。
樹木と呼ぶにはあまりにも弱々しい枯れた木だが地面に直撃するよりは遥かにマシ、ソウジは抱きつくように身体を捻り始める。
(頼む、持ち堪えてくれッ!)
樹木へと突っ込んだソウジは生い茂る葉の後押しもあり勢いが減少していく。
だがそれでもまだ落下の衝撃を殺し切ることは出来ず、大きく手を伸ばすと直感で最も頑丈そうな太い木の枝へと掴みかかる。
「ぐあっっ!?」
木の枝から響く軋む音、軋んだのはソウジの肉体も同様であり片腕から血が滴る。
痛みに歯を食いしばりながらも執念で木の枝を掴んだソウジは大きく和らいだ衝撃のまま地面へと肉体をつける。
激痛が走るが折れている様子はなく、打撲程度で済んだのはまさに奇跡だった。
「はぁ……はぁ……あっぶねぇ」
ギンギンに照らす太陽が肉体を照らす。
大の字に横たわるソウジには汗も蒸発しそうな暑さが襲い、心身を安らげる時間を与えてくれない。
最初は生き残ったという喜びに満たされていたが段々と彼の中には残酷な事実からなる不倶戴天の感情が増幅していく。
「チクショウ……あいつ、進んで俺を殺そうとしやがって……ふざけんなよッ!」
魔神の子を殺せという場の緊迫した空気に逆らえられなかった者や大義の為だと決断した壮介達を非難するつもりはない。
だが自ら進んで罵倒し、あまつさえ楽しそうに殺そうとした勇斗に対してはソウジは抑えきれない怒りと恨みを露わにする。
世を渡る為に罵倒にも耐えてきた末路がこれだと思うと余りにもやるせないのだ。
(いや……怒るのは後だ。今は生きる、生きてりゃ詰んではいない、これは異世界追放ものだぞソウジ)
精神が蝕まれないよう、これは異世界追放ものなんだという彼なりの暗示を己に掛けつつ疲れ果てる肉体を起こす。
肩で息をしながらソウジは自らを包むこの灼熱の世界を見渡した。
(ここが……女王が言っていたレクリサンド跡地か、にしても地獄みたいな暑さ)
灼熱である日本の夏を経験していた彼でさえ蒸し暑く感じる気温。
死にかけの木々と宮殿の跡地のような遺跡だけがあるまさに地獄を体現したような場所だがソウジはある疑問を抱いた。
(おかしい……確かに人を殺せる気温だが別にやろうと思えば生き残れる。魔神の子を殺すには色々と甘すぎないか?)
空中からの急速落下に蒸し暑い気温。
もしただの罪人を処罰するのであればこれでも十分と言えるだろう。
だが自らに課せられたのは世界を滅ぼす魔神の子という余りにも大き過ぎる罪。
これでは罪に対しての罰が甘いのではないかという一種の警戒心を胸に抱いた。
(嫌な予感がする、早く脱出を)
襲いかかる不安に身体を動かし始めたソウジだが目の前の出来事に思わず足を止める。
地鳴らしのような轟音が鼓膜を震わせ、ボコリと何かが地面が盛り上げた。
刹那、鋭い爪を持った巨大な土龍のような生物が遺跡の一部を破壊し、顕現する。
「おいおい……嘘……だよな」
鮮血のような四つ目を持つ存在は飢えに満たされている血走った瞳で獲物を見定める。
ソウジが抱いた危惧は最悪の形で実現を果たしてしまう。
「フォォォォォォォォォォォンッ!」
「嘘だろォッ!?」
恐怖に満たされるソウジを凝視する土龍は弱々しい生き物を前に悪辣な笑みを浮かべると雲一つない空へ咆哮を木霊させた。
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