第3話 アーティファクト
「現実……なんだよな。水が冷たいって感じるし」
謁見の間付近に位置するお手洗いにて顔を洗いながらソウジは独り言を呟いていた。
未だに心の片隅では夢ではないかと考えてしまっている現実逃避を払拭するように肌へと冷たい水を浴びせる。
(そりゃ異世界ハーレム物を堪能したいって何度も思ったことはあったが……まさか本当になるなんて思わないだろ!?)
異世界は傍観者としての娯楽だから楽しめたんだとソウジは痛感する。
魔法、剣、ドラゴンに美少女、異世界物には輝かしい要素が込められているが繰り広げられている大半は血肉を吹き出す戦い。
生死を賭けたやり取り、平和な日本に過ごす彼が実際に経験をしたことなど無い。
(殺し合い……するんだよな? 俺にそんな事が出来るのか? いやそもそも生きて帰れるのか俺達は?)
想像しただけで手の震えが止まらない。
残酷性の高いダークファンタジー物も読み漁り、自らでも執筆を行っていた彼だからこそ深刻さを誰よりも理解していた。
強大な力だろうと必ずしも痛みを伴わず生き残れるとは限らない。
「いや考えても意味ないだろ、落ち着け俺、やりようはあるはずだ」
どれだけ熟考しようと何かが変わる訳でもないとソウジは一息ついた後に再び謁見の間へと歩を進める。
「ソウジ、そろそろそのアレル様とかいう人の儀式が始まるみたいだよ」
戻ってきたソウジへとユズは歩み寄りらしからぬ不安な言葉を口にする。
「なんか……凄いことになっちゃったね。英雄とか言われてもよく分からない。皆、口車に乗せられてる気がするし」
「でもやるしかない、身勝手だとしてもそれが元の世界に帰れる道なら。確かにあの女王様は少し怪しいけどさ」
「そっ……か。やっぱり割り切らなきゃ駄目だよね。でも安心して! 何かあったら私が守ってあげるからッ!」
ソウジの言葉に切り替えたユズは自らの頬を両手で叩くといつもの調子を取り戻す。
勝ち気で姉御肌な一面が現れ「本当に凄い人だ」とソウジは内心で尊敬を抱く。
彼女との出会いはよくある隣同士の家という幼馴染の関係から始まった。
小中高とオタクだったソウジは周りに理解を示して貰えず常に浮いていた彼を受け入れ気にかけてくれたのが彼女。
誰からも理解されなかった趣味も初めてひけらかす事が出来たソウジの精神的支柱と呼んでも過言ではない。
まさに姉のような存在、彼にとって心の拠り所と言ってもいい人物だった。
そんな事を考えている間に場は騒がしさを極め、玉座付近には先程の紅のローブに身を包んだ者達が魔法陣を生成していた。
荘厳な儀式が行われようとしているのは異世界知識のない者でも何となくは察せる。
圧倒される状況に士気が上がっていた生徒達も流石に萎縮してしまう。
「あの者達は我が国が誇る上級魔術師、貴方方をこの地へ転移させたのも彼らの力があってこそ。これなら貴方方には神聖式に参加してもらいます」
「神聖式?」
「アレル様からのお恵み、つまり能力やアーティファクトを付与してくれるという事です。詳細は我々にも想定はつきませんが一人一人の個性に最も適した能力を与えてくださるでしょう」
玉座の背後にある神々しい球体のアレルに敷かれた魔法陣は現世の人間に干渉する為の装置だとサリアは説明する。
一人ずつ儀式は行われていき、その者が持つ素質を最も昇華させた武具や魔法などの力を付与するとのことだ。
しかし何が与えられるかまではサリアや上級魔術師を含むこの世界の住人でも想定がつかないらしい。
全てはアレル様の思いのままにというのが彼女達の方針、余っ程心酔しているのだなとソウジは内心呟く。
「では始めましょう、最初は誰からになさいますか?」
「だ、誰からって言われても」
「どうするの? 貴方行きなさいよ」
何事もトップバッターは避けたいもの。
ましてや世界の英雄になるという経験したことのない大き過ぎる儀式に全員が最初を名乗り出る事に対し抵抗感を見せる。
「おいエロ作家お前が行けよ、似たようなの書いてんだから慣れてるだろ?」
「えっ? いや俺は」
「いいから行けやッ! いつも役立たずなんだからこん時くらい少しは俺達の役に立てって言うんだよッ!」
「勇斗、貴方止めなさいよ!」
「うるせぇ、ならお前が行けよッ!」
生贄代わりに勇斗はソウジの腕を掴むと魔法陣へ引きずろうとする。
止める者や怪訝な表情を浮かべる者もいる中、完全に理性を失い、聞く耳を持たない勇斗だったが気高い「待て!」という言葉に全員が一斉に声の主へと振り返る。
「……俺が行く」
先頭を名乗り出たのは壮介だった。
冷や汗を拭いながら彼は魔法陣の中へと勇猛果敢に足を踏み入れた彼に場を取り仕切る二人が不敵な笑みを浮かべる。
一方は銀の鎧を身に纏う屈強な大男、もう一方は紺青の美しく絢爛なローブに身を包む中性的な美少年だった。
「先陣を切るとは良い心掛けだな。我が名はハレア・エクレクス。ハリエス王国騎士団長を務めこの場を取り仕切る者だ」
「同じくハリエス王国上級魔術師団長を務め取り仕切りを行うサラキス・レスタです。貴方によい未来が訪れることを祈ります」
「では始めるとしよう、女王陛下とアレル様の名の元に、神聖式を執り行う!」
「皆さん、準備を行いなさい」
サラキスの呼び掛けに上級魔術師達は一斉に詠唱を唱え始める。
魔法陣は眩い純銀の光を放ち、呼応するようにアレルの一部である球体は目を眩ませる光で壮介を囲っていく。
誰もが行く末を固唾を呑み見守る中、数十秒間の末に壮介は姿を表したがその様相は一変していた。
「な、なんだあの格好ッ!?」
生徒の一人が思わず声を上げる。
壮介の身に纏っていたのは黒と銀を基調とする鎧と彼の等身にも及ぶ長剣。
肩や胸などには金色に紅の装飾が施されている騎士というよりかは貴族のような高潔さを感じさせる風貌だ。
「エクレスの鎧と剣ッ!?」
「あの神話に伝わる武器使えるとは……やはり素晴らしいッ!」
「見た目だけじゃない……この魔力、神々しい程の力の波動は只者ではない」
周囲の者は壮介が装着する力に驚愕し畏怖を示していく。
「流石は選ばれし者、アリシオン神話にも登場する伝説の武具が与えられるとは」
「アリシオン神話……?」
「この世界に伝わるアレル様がお伝えしてくださった神々のお話のことです」
耳を疑ったソウジを含め疑問符を浮かべる者に聞かされたのはこの国、いや世界的に伝わる神話の物語。
霊神と呼ばれる三十の神々と異型の邪神との壮大な戦いを描いたこの世界の天地創造とされる伝説の神話だ。
アレルを崇拝する者にアリシオンの話を知らない者はおらず、壮介達が着用する神羅織も三十の神々が物語内で着用していたとされる衣服を元に模倣された代物。
そして壮介が与えられたのは霊神の一人が装備していた代物の一つでありアレルも三十人の神々の一人とされる。
(なるほど……このアレルって神様、影響ある神話と同じ武器を作り出して英雄感を高めているのか。意外に策士なのか?)
ソウジは現状を分析する。
神々しい物語に惑わされがちだが良くも悪くも神話の類には慣れている彼は本質的な物を自分なりに考察していた。
それが真意とは不明だがこのアレルという女神は自らが語る神話と同様の力を与えることで神格化を加速させている。
(そりゃ崇拝している者達からすれば影響力は莫大だろうな)
無神論者なラノベ作家の一面が幸いしてソウジは客観的に物事を考えられた。
しかし考えた所で何か変化する訳でもなく彼は神聖式を見守り、ただ自分の番が呼ばれることを待つことしか出来ない。
アレルの導きの元、クラスメイトは次々とアーティファクトを与えられていく。
「へぇ……こいつが俺の力ってか」
「うわっ何コレ、槍ってやつ?」
屈強な体を持つ向井蓮に与えられたのは数多の龍を討伐する龍殺斧バルレクス。
華奢かつ機敏な身体能力を持つ高峰ハズキには迅速の効果を与え、彼女の等身にも及ぶ長さを誇る麗羅槍レアリエル。
どれも神話に登場する伝説級の武器が見事に該当する者に当てはまる力をアレルは次々と与えていく。
「これは……本?」
「ほぉ? アルスナの魔導書とは、どうやらアレル様は貴方に魔法の素質を見出したそうですね」
続いてユズに付与されたのはアルスナと呼ばれる四大元素を司る神が使用していたどんな詞華でも見劣りする魔導書。
お似合いのアーティファクトだと言葉を紡いだサリアにソウジも賛同の心を抱く。
各々が強大な武具を手に入れる中、先へ先へと譲り続けていたソウジは何時の間にか最後の番に位置していた。
「最後の者、前へ!」
厳かなハレアの声に緊張感に包まれながらソウジは神聖式の魔法陣へと立つ。
全方位から奏でられる詠唱は彼の鼓膜を震わせ、一体何が自分の力になるのかと不安と希望が混じった感情を顔に表す。
(落ち着け……こいつは俺TUEEEという奴と同じだ、大丈夫、こんな俺にも、いや俺だからこそ輝ける力を与えてくれるはずッ!)
素人目から見ても驚異的と感じる力を十人十色で最も適した物が付与されていく状況に何処かソウジは希望を見出す。
劣等感と殺し合いという不安からは一度目を逸らし、享受されるであろうチートに彼は力強い眼差しで身構えた。
瞬間、視界は眩い煌々に包まれ、ソウジは反射的に目を瞑る。
「ん……?」
次に瞳を開いた時、ソウジは自らに与えられた力に理解が追い付かなかった。
「本と……ペン……?」
あらゆる物質を斬る剣、何処までも射抜く弓、全てを破壊する斧、属性を司る魔導書。
そのどれにも該当しない、与えられたのは戦闘にはまるで無意味にしか思えない白紙の本と漆黒に塗られた万年筆だった。
表紙は目にも似た深紫の刻印が打たれており、禍々しいフォルムは得体のしれない不気味さを醸し出す。
「何だコイツ……これが俺の力?」
まるで用途が分からない想定外の代物にソウジは首を傾げるが辺りは段々と騒然とした空気に包まれていく。
だが今までと違うのは畏怖や敬意とは別の恐怖と軽蔑という負の感情だった。
不敵さを醸し出していたサリア達もソウジが持つ本に唖然の顔を見せる。
「ば、馬鹿な創世の奇書だとッ!?」
「あの魔神ベネクスが使用していた災厄の代物が何故ここに!?」
「まさかあの男は悪魔なのかッ! アレル様がわざわざその力を与えたということは!」
ソウジが手にしていた本を目にした全員が理解に苦しむ声をあげる。
まるで禁忌に触れてしまったかのような反応、良からぬ事を引き起こしたと本能的に察知した彼は焦りに包まれる。
「ちょ……一体どういう」
理解が追いつく暇も取り繕う暇なく悪化する事態に陥るソウジにトドメを刺したのはサリアの一言であった。
「まさか神話における最悪の厄災にて滅びを導く創世の奇書が与えられるとは……アレル様は貴方を魔神だと下したようですね」
「はっ? いや俺は知らな」
「アレル様の名の元、女王サリアが命じます、貴方をレクリサンド跡地への追放による極刑に処します」
その宣告は極寒よりも冷酷に揺るぎない瞳を持つ存在から言い放たれるのだった。
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