第3話 エイプリルフールはまだ終わっていない?


 最後に気が乗らないリンが先輩たちの待つ場所へ到着すると、新入生を案内した先生が声を大きくして今からの流れを大まかに説教する。


「誰が誰を相手しても良い。誰と戦うかの選択権は新入生に与える。それと各自対戦相手が決まったら他の二組に邪魔にならないように距離を取って戦闘を開始しろ。これはデモンストレーションだがお互いの実力を知ると言う意味で本気で戦え。勝負が決したと思われるタイミングで必要に応じて私が止めに入る以上だ!」


 在校生の実力を知る良い機会として新入生たちの視線が演習会場へと集まる。

 アリスと麗華の二人は迷うことなくそれぞれが目の前にいる先輩を選びリンもそうせざるを得なくなった。そんなわけでリンは一番くじ運が悪く二年生の中でもかなりの実力者と対峙することとなってしまう。


「初めまして。私は白雪七草です。一応二年生最強とお世辞にも周りから言われていますが、私などまだまだちっぽけな存在。どうかお手柔らかに一戦よろしくお願いします」


 お嬢様雰囲気が特徴的で凛とした立ち振る舞いを見せる白雪。

 実際に彼女は魔術名門貴族のお嬢様でありその実力はあらゆる情報媒体を通してオーランド国内で何度も取り上げられた実績を持つことからわざわざ誰か聞かなくてもリンには今からどんな人と対峙しなければならないのかがわかっている。

 百年に一度の天才才女として幼くして高難易度魔術を会得し研鑽してきた努力家であり古代日本と呼ばれた国での和を体現したような美人な先輩は実力者。


「……はい。私は――」


 リンが続いて自己紹介をしようと口を開くと。


「――自己紹介は結構ですよ。魔術師名スカーレット・リンベル。噂は聞いております。その名に恥じぬウッドマン討伐を果たした実力、この眼で見せて頂きます」


 前者の部分は実際にそう呼ばれていたこともあり納得できたが、尾ひれの付いた後半部分は納得ができず訂正しようとするリンだったが白雪がそれよりも早く戦闘態勢に入ったことでタイミングを失ってしまった。

 他の二組も戦闘を始めたのか左からは巨大な暴風音が聞こえ右からは地響きが鳴り響いていた。状況的に戦闘は避けては通れないと判断したリンは渋々体内の魔力を循環させ戦闘態勢へと入った。


「タイミングはお任せします、スカーレット・リンベル」


 真っ直ぐとリンに向けらえれた視線と両手を身体の正面で合わせた礼儀正しい恰好の彼女は一見隙がありそうで全くない。

 一見戦闘には向いていない姿勢だが、白雪はこれでもかなり強いことをリンはメディアを通して知っている。白雪が得意とする反射魔術(リターン・マジック)。相手が強ければ強いほど比例して強くなる実力者ほど苦戦する魔術にリンは頭をフル回転させてどう攻めるを考える。


「わかりました。手加減はしません。こうなった以上全力で行かせて頂きます」


「はい。私もそのつもりでお相手させて頂きます」


 僅かな会話はリンが戦術を考えるに十分な時間だった。

 スカーレット・リンベルその名はリンの戦い方を見た誰かが口にしそれが世間に広まったのが始まりである。


「私の魔術が通用するわけがない……。そもそも魔術師としての格が違い過ぎる。だったら今の私にできることは……」


 言い訳と独り言はこれで終わり。

 覚悟を決めたリンの闘気が上昇する。


「エレン様……どうか弱虫な私にお力を貸してください」


 目を閉じて、意識を集中させる。

 無理なく、でも最速で今できる最高のパフォーマンスを意識して指を鳴らす。

 それを合図にリンの指から細い赤雷レッドが飛び出す。


「ふふっ。たしかリンベルの由来は指を鳴らす際、指に魔力を流し振動させることでその音がベル音に似ていることからの名でしたよね? 実に興味深いですが……それだけでは私に届きませんよ?」


 赤雷は白雪が魔力で構成する魔術結解に衝突するとリンの意志を無視して角度を変えて何処か遠くの方に飛んでいく。入射角と反射角の法則性を完全に無視したそれは魔術なしでは説明ができるものではなかった。


「彼女を中心として半径一メートルそれが向こうの防御範囲レンジ


「私の設定した攻撃防御範囲を既に見切った……?」


「攻撃を受けた瞬間私の魔術式を解析しハッキング。それにより新しく入力された方向に攻撃が飛んでいきました。それに要した時間は僅か一秒足らず。噂以上です……困りました」


 総合的な戦闘能力は劣っていても情報分析能力だけで見ればリンは新入生の中では断トツに優秀である。あの日命を落とさなかったのはこの分析力のおかげで勝つことを諦め体力を温存した状態ですぐに逃げに徹することができたからだ。だけどあの時とは違う。あの日助けてくれた救世主たるエレンはいない。今はこの状況をどう打破するか、それがリンと白雪の勝負の分かれ目となるだろう。


「逆を言えば私のハッキングが終わる前に結解を破壊すれば攻撃が届きますよ?」


 リンはため息をついた。

 それができないから苦労し困っているのだと。

 ただし白雪の魔術特性からその言葉は的を射抜いていることも事実だった。

 威力を向上させればそのぶんだけ結解を破壊できる確率はあがる。

 だが失敗した時のリスクはそれに比例し上昇する。

 正しいリスクリターン、そして結解の強度と正しいハッキング能力を見極めなければ反射魔術の格好の獲物となり大怪我を負うことになるとリンは正しく理解していた。


「そもそもさっきのが本気のハッキングかわからない以上まずは確かめる!」


 パチンッ!

 さっきより強く指を鳴らす。

 赤雷が出現して白雪を攻撃する。

 ただし今度は多方面による攻撃。

 反射された時に備えて最小限の威力に留めた五本の赤雷はそれぞれが速度を調整しながら一部迂回をしながら、白雪に対して正面、頭上、左右、後方からの同時攻撃を仕掛けた。


「これは罠ですね。複数処理能力マルチタスクの確認が目的。しかし赤雷には攻撃後の属性効果があることからここは反射がベストですね」


 白雪は先ほど同じく結解に触れた赤雷を同時に適当な方角に飛ばした。

 今の所一歩も動いていない白雪に対しリンは内心困り果てていた。

 軽い手合わせだけでも魔術の練度にも差があることを肌身に感じたからだ。

 現状として絶望的な状況下でリンは不敵に微笑み始める。

 心を安定化できないリンはスカーレットの異名が持つ本来の力『刻印』が今は使えない。制限がある中で彼女が選んだ道は――。


「魔力循環制御最適化完了、魔力回路良好、第一層クリア、第二層クリア、第三層までの連結疑似回路生成終了」


 リンの魔力が体内を駆け巡り、熱を帯びる。

 赤雷レッドの進化――紅雷スカーレット

 本来の形をでありながら赤雷を遥かに凌駕する魔術兵器としてリンに力を貸す。紅雷を扱うためのエネルギー源生成に成功したリンはここから勝負にでる。

 その微笑みを見た白雪の視線が鋭い物へと変わった。

 


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