第4話 エイプリルフールが起こした奇跡の先に


 体内に疑似回路を生成し最大出力を高めたことで、リンの肉体が熱くなっていく。

 魔力とは神秘の力。

 代償も制限もなしで好き放題に使うことなどできない。

 それを疑似回路にも流すことで強引に魔力の循環量を上げたリンの魔力操作は遠目に観戦していた教師陣の目に止まる。


「凄いな……あの年で疑似回路まで作れるのか」


「川の水を魔力とするなら回路は水路と言った所。それを魔力を使い疑似生成……ウッドマンを倒した噂は本当なのか?」


 だけど、教師陣も白雪もこの程度では驚きはしても焦ることはない。

 なぜなら――。


「……哀れだな」


 それは――軽蔑ではない。


「だが実に面白い」


 それは――歓声。


「疑似回路生成。今回は二層もあれば足りるでしょう」


 白雪も疑似回路を生成し最大防御力、対処できる力の幅、ハッキング能力を向上させた。

 だけど――新入生は在校生代表に意地を見せる。

 負けて当然の実力差が元からあるのなら、エイプリルフールの日のように諦めてしまえばいいだけ。勝ちを捨て可能性に賭ける。リスクリターンで考えれば賭博と変わらないぐらいのハイリスクだがそこに希望があるのならリンはそこに賭けるしか勝機がないと判断した。


「やっぱり先輩も使ってきましたか。ですが複雑な魔術式ほどハッキングに時間が掛かります」


「これは警告です。下手をすれば幾ら貴女でも大怪我で終わらないかもしれませんよ?」


 警告に反旗を翻す音を鳴らす。

 リンの選択は単純。

 ハッキングされる前に魔術結解を破壊して白雪を倒すことだ。

 紅雷がバチバチと音を鳴らし、大蛇オロチがのたうち回るように紅色の雷がリンの周辺で暴れ始める。


「スカーレット・リンベルの一撃必殺。紅雷の魔弾スカーレット・バレット。噂とは少々違うようですがどうやら賭けに出たみたいですね」


 眼を焦がす紅雷は白雪へと向けられる。


「どうする止めるか?」


「いやもう少しだけ様子を見よう」


 既に教師陣は三名態勢で動く準備を各々が始めていた。

 白雪を前に追い詰められた者は大抵今のリンのような大技に頼りそれを反射され敗北する。去年だけでも何百人の生徒がその身で経験し生と死の境を彷徨ったことを教師陣は把握している。

 当然白雪も同じだ。

 なにより、リンもその事実を知っている。

 それでもリンは気合いを入れて勝負に出た。


「はああああああ!!!」


 ウッドマン相手には通用しなかった技の劣化版が白雪に通用するとは思っていないリンは魔術を組み上げながら別の魔術式をその中に組み込んでいく。魔術式の改変は中学生で習う応用魔術学で既に学ぶ。大したことはしていない。ただし魔術式の改変は規則正しく組み込まなければプログラムと同じく正しく起動しなくなるリスクがある。だからこそ慎重に。だけど素早く。オリジナルの魔術式を構築し起動していく。既存の魔術は既にこの世に知れ渡っている。その裏を書いたリンの一手は魔術式の大幅な改変による奇襲。


「見たところ洗練されておらず、粗が目立つことから見た目ほどの威力とはならないでしょう。ですが……」


「だと私も思います。ですが初見殺しという言葉がこの世にあるように誰もが経験したことがない魔術式なら通用するかもしれません」


「なるほど。いいでしょう、スカーレット・リンベルの覚悟受け取りました」


 その言葉をもって白雪は受けて立つことを表明した。

 既に残りの二組の戦いは在校生の勝利で終わっている。

 力の差が単純な勝敗を分けたことは誰が見ても明白だった。

 だが先輩相手に正面から戦ったアリスと麗華には賞賛の拍手が送られていた。

 果たしてリンも二人と同じく他者から実力が認められるかはこの一撃にかかっている。だけどそうじゃない、とリンは他者の評価より今は戦いに集中することを最優先とした。尾ひれが付いた噂など、どうでも良いと自分に言い聞かせる。


「あの出力では到底ウッドマンを倒すことは不可能だ。奴は年を重ねるごとに堅い皮でその身を覆う。あれではウッドマンにしろ白雪相手にしろ見るからに火力不足――」


 だけどリンの闘志は燃え上がっていた。


(エレン様……)


 案内役の先生は「どうやら期待外れだったか」と結論付け静かに歩み始めた。

 それはこの戦いの最後が近づいていることを意味する。

 しかしリンはその様子に気づいていながら攻撃の手を止めない。

 リンには違う未来が見えていたから。

 渋々負け試合を強要されたあげく一矢報いず負けるのだけはなぜか嫌だった。

 彼女の性格だけではない、あの日見たエレンの姿を思い出す度に憧れてしまうからだ。私もあんな風になりたい、と。


「紅雷の一撃発射!」


 魔力を媒体に作られた紅色の雷が圧縮され放たれる。

 軌道は直進。

 真っ向勝負に出たリンの攻撃を白雪は一歩も動かずその場で受け止める。


 ――。


 ――はずだった。


「――これは!?」


 紅雷の一撃が魔術結解に衝突する寸前。

 白雪の視界の先で突如飛散し拡散した。

 拡散した紅雷の一撃は巨大な一撃を持つ攻撃から数による小さな攻撃に形態を変えて飛沫となって白雪に襲い掛かる。


「……ッ!! ハッキングが間に合わないッ!」


 飛沫ほど小さく存在を長く保てない力相手ではハッキングする前に結解にダメージを与えて消滅してしまう。

 魔術結解の弱点を突いた攻撃に白雪だけでなく教師陣そして観客の生徒たちが驚きの声をあげた。


「紅雷の一撃は嘘です。正式名称は紅雷の飛沫スカーレット・スプラッシュ。私の固有魔術です」


 ハッタリを掴まされた白雪は舌打ちをした。

 ハッキングに必要なコンマ六秒が作れないからだ。

 飛沫となった紅雷は長くてコンマ五秒で消える。

 つまり白雪のハッキング能力ではその力を奪うことができないわけだ。


「まだです! 複製!」


 リンが叫び、指を鳴らす。

 それを合図に飛沫となった紅雷が複製され、白雪に追い打ちを仕掛ける。

 油断したとは言え白雪の魔術結解の強度を考えれば破れるか破れないかのギリギリの攻防である。

 教師陣は各々の歩みを止めた。

 力で劣るならと頭脳戦を仕掛けたリンの評価を「噂の真実はこれで分からなくなったが大した奴だな」と正当な評価へと認識を改めた。


 結果は――。

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