解答さん 其の6


「はぁ…はぁ…」


路地裏に入り一息つく。

遠くから自分を追う男達の声が聞こえる。


『いたか?』

『いやあっちにいったと思う!』


あれだけでかい声で自分達の位置をバラしてくれているのだ、奴等の目を掻い潜って逃げるのはそう難しい事ではなかった。


「ははっ…デカい図体の奴は脳みそが小せえってな…」


逃げ切れる、今日は少々ドジを踏んでしまったが、場所を変えれば同じ手口が使えるはず…

そんな事を考えながら呟いたその時だった。


「いやいや、そうとも限らないと思うが」


暗闇から1人の男が現れた。


「お前が…」

「そうであるな、君の悪事を看破した男とでも」

「悪事も何も…俺が何かをしたのか?あれだけ大勢に囲まれりゃ何もしてない俺でも怖くて逃げるぜ」

「本来であればこんな強引な手段は取りたくなかったのであるが…事情が事情だけに強行手段を取らせて貰った」

「事情ね…」

「なんせうちにはすぐ身内を犯罪者にしようとする仲間がいるものでね…この行為も暴行罪が適応される可能性があるとかどうとか…」

「?」

「おっとすまないこっちの話である」

「で?俺が一体何を…」

「か弱い婦女子に乱暴をするのはそんなに楽しい事かね?」

「………」

「私には全く理解できない世界であるからね」

「………」

「沈黙は肯定と捉えても?」

「………」

「都市伝説と呼ばれるには…些(いささ)かお粗末すぎましたな」

「何を…」

「通話アプリに連携した個人情報…電話帳、位置情報、SNSアカウント…」

「………」

「それらから住所、家族構成、生活スタイルを割り出し、最も都合のいい女性を物色…例えばそうであるな…占いやスピリチュアルが好きな大人しそうな女性であるかな?」

「………」

「アプリ制作者であれば通話の盗聴も通話中の参加もお手の物なのでしょうな」


男の眼鏡が光る。


「そして都市伝説の噂をターゲットの周りで流す…これは地域限定の掲示板等であろうか…全国的になれば自らのリスクも高まりますからな…」

「………」

「しかしトロッコ問題で不正解というのは…さすがにズルすぎではないですかな?」

「ふん…」

「不幸が訪れるという言い回しも上手いですな…殺されてしまうという噂を聞いている人間は最悪の状況、つまりは自分が死んでしまう事を想像します」


ジャリ…

男が一歩近づく。


「そんな時に乱暴されてしまった場合…人間というのは不思議なもので『殺されるよりはマシ』という心理が働くそうですな…勿論自分が壊れない為の防衛本能なのですが…」


ジャリ…


「実際、乱暴された女性の6割以上が通報せず泣き寝入りしてしまっているというデータもありますな…何とも由々しき問題である…」


ジャリ…


「被害を話せば社会的地位が無くなる、婚約者がいなくなってしまう等の理由もあるそうだが…その後PTSD…トラウマというやつですな…それを患ってしまったり、男性不信になったりと…被害者だけが苦しむ現状はどうにか変えねばなりませんな…」


ジャリ…


「さて…もう一度訪ねますが…」


眼前に迫った男の目には激しい怒りが込められていた。


「か弱い婦女子に乱暴するのはそんなに楽しいのですかな?」


ガツンッ!という鈍い音と共に、俺の拳が眼鏡の男の顔面に叩き込まれる。


「う、うるさいんだよ!!お前に何が分かる!」


続けざまに何発も拳を叩き込む。


「チャラチャラ遊んでるだけの女に!俺をずっと馬鹿にしてきた女にやり返しただけだろうが!」

「分かりませんなぁ!」

「ああいう女は誰かが痛い目を見せた方がいいんだよ!!」

「分かりませんなぁ!!!」

「今まで俺が苦しんだんだ!次は他のやつが苦しむ番だろうが!!」

「全く!!」


何発殴っても男は怯むことなく俺を睨み続ける。


「分かりませんな…」

「……………クソが!!」


もう一度拳を振り上げた時。


「傷害罪は現行犯です…会話も録音しているのでそれも警察に提出させてもらいます…その後は然るべき対応を…」


眼鏡の男の後ろから女の声が聞こえた。


「俺が悪いのか?」

「紛うことなく」

「…女どもに虐げられた過去があってもか?」

「被害者は無関係の女性であろう」

「なら俺はどうすりゃよかったんだ」

「あれほどのアプリを自作できるなら…その能力でもっと社会的地位を…」

「んなもんは綺麗事だし興味もねぇ…」

「なら…私を恨めば良い」

「は?」

「君の計画を頓挫させたのは私だ」

「お前…」

「だから私を」

「クソが、吐き気がする」

「そうか?」

「偽善もいいとこだ」

「いや、理路整然とだな…」

「もういい、どうせもうあのデカい奴らも来てんだろ」

「…であるな」

「だから…もういい」


ムカつく奴だ。


「お前…ムカつく奴だな」

「ふはは…よく言われる…」


全くムカつく奴だ。


「クソが、逃げねえよ、触んな!」


デカい奴らに囲まれて警察に向かう。


「クソが」


俺の呟きは夜の闇に消えていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る