解答さん 其の1

「いや景君…そういうのは…ちょっと困るな」

「それはホラーじゃないですか…」

「いやいや!そういうサークルでしょ!?都市伝説じゃないですか!死体洗いのアルバイト!!」


なぜかドン引きの二人に対して俺はそう叫ぶ。


「いや…確かに都市伝説にある話だけれども…景君のはもはやただの恐怖体験じゃないか…」

「本当に怖いんで…それもしまってください…」


千影さんが嫌そうに指差した物は、昨日俺が病院からバイト代として貰った10万円だ。

ただし、封筒は赤茶けてボロボロになっており、中のお金も赤黒いシミが幾つもつき、クシャクシャに折れ曲がっていた。

勿論、昨日受け取った時には普通の封筒に綺麗なお金が入っていたのを確認済みである。


「まぁ1日で10万も貰えたんだからよかったじゃないか…」

「たとえ汚くても紙幣価値は変わりませんから…」

「じゃあ千影さん、このお金両替してください」

「断固お断りします!」

「………」


ピシャリと即答されてしまう。

早く銀行で両替して貰うか、使ってしまわないと二人から距離を置かれてしまいそうだ…


「足はもう大丈夫なのかね?」

「痛みとかはないですが…まだ残ってますよ」


ズボンを捲って跡のついている足を見せる。

昨日程ではないが今もそこには手形のようなものが赤く残っていた。


「……ぅわ……」

「千影さん!汚い物を見るような目で見ないでください!」

「確かに…手形のようにも見えるね…これは」

「どう思います?」

「無理矢理にでも現実的に考えるならば…君はそのボロボロの10万円を道で拾い、そのお金を着服する都合の良い白昼夢を見て、現実と混同してしまった…といった所か」

「遺失物横領罪ですね、1年以下の懲役または10万円以下の罰金、もしくは科料」

「やめてください!!」


あっという間に犯罪者にされそうになってしまった。


「ふむ…とは言え…」


一転、トーンダウンした部長が続ける。


「我々の周りだけなのか…それとも各地で同じように起こっているのかは不明だが…あまりにも不可解な現象が増えている気がするね…」

「くねくねの件だけでも一生に一度でも遭遇したら奇跡というレベルですもんね…」


チラリと部室にある蛇の卵を見る。

爬虫類用の水槽にヒーター、床材等を置いて、孵化の準備は万全である。


「そういえば…」


千影さんが何かを思い出したかのように口にする。


「どうしたのかね?」

「不可解な現象の増加で思い出したのですが…」

「ふむ」

「同じ講義の友達が言っていたのですが」

「友達…」

「部長、友達って言葉に過敏反応しないでください」

「していない!」

「どうもこの辺りで今流行ってる事があるらしいんです」

「ほう」

「『解答さん』と呼ばれるものなんですが…」

「解答さん…」

「とある通話アプリで条件を満たした番号に通話した時、一定確率でどんな質問にでも答えてくれる『解答さん』が現れるそうです」

「何やら聞き覚えのある話だね…」

「ただし、その後に『解答さん』から出される質問に答えられなかった場合、非常に恐ろしいペナルティがあるとか…」

「怪人アンサーと酷似しているね」

「はい」

「何ですか?怪人アンサーって」

「景君は知らないかい?」

「はい」




〜解答さん〜




怪人アンサー、それは携帯電話を使って行われる儀式で呼び出すことのできる怪人だ。

10人の人間が円になって並び、そして同時に全ての人間が自分の隣の人間の電話に電話をかける。

本来ならば全員が通話中になるはずである、しかし、その中でたった一人だけ異なる存在に電話が繋がる。

その相手が怪人アンサー、彼はどんな質問にも答えてくれる。

けれど通話の最後、逆に彼から質問をされる。

そしてそれに答える事ができなければ…

彼に身体の一部を奪われてしまうのだ…!



「というものだね」

「本当にそっくりですね…でも大学生にもなってこんなの信じる人いますかね?」

「いやいや景君!大学生なんて人種はだね!いかに暇を潰すかを考えているような連中であるよ!やれバーベキューだ!やれ合コンだ!やれ肝試しだと面白そうな事があれば何にでも食い付くんだよ!」

「部長、大いに偏見に満ち溢れています」

「しかも友達のいない人の妬みが多分に感じられるんですが…」

「はがぐっ!!」


ダメージが大きかったのか、部長がバタリと机に突っ伏してしまう。

肩がフルフルと震えているのは泣いているからだろうか?


「……まぁともかくだ」


お、立ち直った。


「こうして見ると都市伝説も時代に合わせて変貌を遂げている事が分かるね」

「変貌ですか?」

「まず、そもそもの怪人アンサーであるが、これも携帯電話が普及した事で子供達も気軽に携帯電話というツールを使いこなすようになったわけだ」

「はい」

「そしてその事がきっかけになり、携帯電話で起こりうる都市伝説というものが発生した…」

「そうですね…固定電話だけの時代なら怪人アンサーは物理的に難しいでしょうから…」

「そういう事だ、そして今回の噂話ではアプリというツールまで登場している」

「確かに、身の回りの変化に伴い都市伝説や噂話も変化しているって事ですね」

「うむ、そのうちVR世界にしか存在しない都市伝説なんていうのも現れるかもしれないね」


部長がスチャっと格好つけながらスマホを取り出す。


「では噂話の真相解明といこうか!千影君!そのアプリと条件というのはどんなものなんだい?」

「…知りません」

「………」

「………」

「友達も噂話程度の知識しかなかったようですので…すみません」

「それは仕方無し!なら聞き込み調査といこうかね!手分けして何か情報が無いか探してみようじゃないか!」

「じゃあ俺も友達に色々聞いてみます」

「私も再度友達に」

「友達…私は…うん…じゃあ…うん…どうしようかな…」

「部長…」

「私達がいるじゃないですか…」

「泣いていいかね?」


馬鹿なやりとりをしながら噂話の聞き込みに向かう。




「さて」


ここから先は私、西 東吾がお送りしよう。

自虐したい訳ではないが、友達のいな…もとい、少ない私は大学の外での調査に向かうとする。

ガタンゴトンと電車に揺られる事3駅、改札を出てプラプラと歩き出す。

キョロキョロと見回しながら歩くと、いつから撤去されていないのか古い小さな看板が目につく。


『伊賀医院 次の角を右に100m』


こんなものもあったのか、と思いながら目的の場所に到着する。


「ここが景君の言っていた…伊賀医院」


目の前には広大な更地。

敷地内に入れないよう鉄のフェンスで覆われている。

周り全てにフェンスがあり、出入りする場所にもバカでかい南京錠がぶら下がっている。


「景君が手の込んだ小道具を用意してまで嘘をつくとも思えんしな…」


南京錠をガシャガシャと揺らしていると…


「おい、何してんだ」

「おっふ!」


不意に声をかけられ大袈裟にビクリと反応してしまう。


「私有地、立入禁止」


そう書かれた看板を指でコンコンと叩きながら警備員の男性が読み上げる。

年の頃は40代程であろうか、少々偉そうな物言いが気になる。


「いやいや、侵入しようとしたわけではなくてですな」

「あーそうなの?」

「ここは昔は病院だったと思うのですが?」

「あー、伊賀医院ねー」

「それなりに大きな病院だった記憶が」

「そうだねー、俺も昔警備してた事もあったんだけどねー、医療ミスだなんだで潰れたって事になってるねー」

「と言いますと?」

「いやー噂だよ?噂ではかなり悪どい事をやってたって話だよー?」

「そうなのですか!いやーよく知っておられるんですな!」

「ははは、いや俺も働いてた看護師のお姉ちゃんとは仲良くしてたからねー!噂は色々聞こえてくるのよー!」

「それはそれは!色男ですな!」

「いやいや!そんな事ないんだけども!ははは!」

「悪どい事というのは例えば?」

「まぁ噂の粋は出ないけどな、臓器売買だとか、安楽死だとか、色々耳にしたもんだよー」

「そうなのですか」

「悪い噂が耐えなかったのは間違いないねー」

「貴重なお話、感謝します」

「なーに」


ペコリとお辞儀をしてその場を離れる。

隣のコンビニでペットボトルの水を購入し、イートインスペースで一息つく。


「噂が現実になったのか、それとも過去にあった出来事を景君が追体験したのか…」


ふむ、と頬杖をついて暫し考える。

実際にあるかもしれないと思う人間が多ければ多い程に都市伝説が実像を持つならば…

噂の絶えない伊賀医院は都市伝説に飲み込まれてしまったのだろうか…


「突拍子もない話だ」


水を一口飲むと乾いた喉に染み渡るのが分かる。

甘い飲み物にすればよかったな、なんて考えているとそれは不意に聞こえてきた。



「聞いた?解答さんの話!?」



女子高生だろうか、制服姿の女子が数人、騒ぎながらコンビニに入ってくるのが見えた。

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