死体洗いのアルバイト 其の1
6月某日
梅雨に入り、ジメジメとした日が続く。
この季節が終われば夏がやって来るとはいえ、こう湿気が多いといい加減うんざりしてくる。
今日もパラパラと小雨が降る中、部室に集合する。
「バイトをクビになりまして」
俺はそう切り出した。
「…それは災難だったね」
「いやー…元々店長とはソリが合わなかったんですが…この前休んだ日がえらく忙しかったらしくて、腹いせにクビを言い渡されましたよ…」
「それは十分に不当解雇に当たります、慰謝料も取れる案件ですよ?」
「いやいや、いいんですよ、どの道バイトを変えようと思ってましたから」
「ふむ」
「情報誌とかも見てるんですが…何かいいバイト無いですかね?」
「景君は元気だから引越し屋なんか良いんじゃないかね?」
「なるほど」
「一風変わったものでしたら、遺跡の発掘調査、彼氏や友達代行、他にもSNSの監視なんていうのもあるそうです」
「簡単に稼げそうなのってありますかね?」
「そんな都合のいい仕事はないだろう…」
「そうですね…楽な仕事…」
「あります?」
「治験はどうでしょう?開発中の医療薬の臨床試験ですね」
「あ!いいですね!治験!」
「景君は怖いもの知らずであるな…」
「いやいや、姉の捜索にもお金はかかりますしね、何をするにも先立つ物は必要かなと」
「死亡例もありますよ?」
「大丈夫です!頑丈ですから!」
「………」
「………」
「なんですかそのアホの子を見る目は」
「いや」
「いえ」
〜死体洗いのアルバイト〜
それから数日後。
俺は病院の寝間着を着てなんだかよく分からない薬を渡されている。
この薬を飲んで、身体に何か変化、異常が起こらないかを報告するのが今回のバイト内容らしい。
抗精神病薬の副作用がどうたらこうたら言っていたが難しすぎてあまり話についていけなかった事は否めない。
よく分かっていない薬を飲むのはやはり抵抗がある…何よりこの薬のビジュアルがさらに飲む気を失わせてくれる。
紫色の錠剤に、市販の物では考えられないブツブツした突起のような物がついている。
そしてとにかく1錠がでかいのだ…ゴクッと飲み込むのも一苦労しそうな…例えるならビー玉くらいのサイズをしていた。
「プラシーボ効果、所謂(いわゆる)、偽薬効果と言うやつです…つまりは見た目が精神にどんな影響を与えるかですね、それの影響も見たいので敢えてこのような悪い見た目にしています」
とのことなのだが…いかんせん悪すぎる見た目に俺の他の被験者達も躊躇していた。
と言うか、プラシーボ効果を狙うならそれの説明をしてしまっては駄目なのでは…?
「飲み込んだふりはやめてくださいね、血液検査もしますからすぐ分かるので」
釘を刺される。
その言葉をきっかけに何人かが決意を決めて薬を飲み込む。
「うげ」とか「おえ」なんて声があがっている。
「どうしてもと言う方は辞退してもらっても構いませんよ、男性の方なら他の仕事を紹介する事も可能です」
「え!?」
「力仕事になりますし、治験よりはバイト代は下がりますけれど」
「あの、俺それでもいいですかね」
「他の方はよろしいですか?」
力仕事でもこんな怪しげな薬を飲むよりはマシだろう。
ただ辞退するだけというのもなんだか申し訳無いし…
他にも男は数人いたが、力仕事とやらに切り替えるのはどうやら俺だけらしい。
「でしたら、貴方はこちらへ」
案内してくれる医者に付いていくと、どんどん人気(ひとけ)の無い場所へ向かう。
施錠された扉を開け、何の為にあるのかわからない長い廊下を進む。
その先には地下へと続く階段があり、薄暗い灯りだけを頼りにどんどん降りていく。
「あの…」
長い階段を降りるにつれ不安だけが膨らむ。
「大丈夫ですよ、もうすぐですから」
その言葉通り、階段は終わりまたしても廊下が見える。
そしてその先、突き当りに小さな扉があるのが分かった。
かなり巨大な建物なのだろうか…ここに来たときはそう思わなかったのだが…
「入ってください」
ガチャと扉を開かれ、先を促される。
「俺だけですか?」
「入ってください」
有無を言わさぬ雰囲気に仕方なく足を踏み出す。
その部屋も薄暗い灯りだけに照らされた、こぢんまりとした部屋だった。
力仕事と聞いていたので、倉庫か何かと思っていたのだが、そこは荷物らしい荷物もなさそうな小さな部屋でしかなかった。
ただ、異質な物があるとすれば部屋の隅に置かれた2つの物体。
1つは俺の腰ほどの高さの金属製の台、机というには無機質すぎるその台は人一人が寝そべれる程度の大きさしかない。
壁の真横に設置されており、横の壁にはスライド式になっているのであろうか一見壁にも見える蓋(ふた)がされている。
そしてもう1つはその横、床に直接置かれている大きめの水槽である。
水が溢れてもいいようにだろうか?床にはきちんと排水口もついている。
「…なんなんですか?ここ…」
「就労時間は平均6時間になっています、好きに休憩してもらって構いませんが本日のノルマが終わるまでは帰る事ができません」
噛み合わない回答にゾッとする。
「いや…」
「時給は1万円です、食事等は御自身で御負担下さい」
「ちょっと…」
「怪我等する事はないでしょうが、万が一された場合はすぐにそちらのボタンでお知らせください」
見ると、入ってきた扉の横にボタンとスピーカーが設置されている。
エレベーターに閉じ込められてしまった時に使用するものとよく似ている。
「ただし自傷行為についてはこちらでは補償しかねますのでお願いします」
「自傷行為…!?」
「仕事中は必ずこのマスク着用でお願いします、外した場合の身体の不調に関しましては当方は一切関与しないものとします」
マスクを渡される。
マスクと言っても普通の不織布マスクではない。
いかにも毒ガスから身を守りますよ!と主張しているようなゴツいガスマスクというやつだ。
「なんですかこれ…」
「仕事内容は清掃になります」
「いや、どんどん進めないでくださいよ」
「そちらのテーブルに運ばれてきた物を綺麗に掃除してください、用具はテーブルの下の引き出しに入っています」
「何をですか!?」
「掃除が完了した物については、横の水槽に投入して下さい、その際、液体には直接触れないように注意してください」
「おい!」
「質問があれば随時スピーカーにてお願いします」
「いや!今答えてくださいよ!」
「それでは只今より就労開始となります、再度言いますがマスクの着用は厳守してください」
「ちょっと!ちょっと待っ…!!」
バタンと扉を閉められる。
すぐにドアノブを捻るが扉はビクともしなかった。
横のスピーカーのボタン押しながら叫ぶも、返答はない。
「おい!こんなの犯罪だぞ!」
唐突にバシャバシャと水の音がする。
バッと振り返ると壁から水槽に液体が注がれている。
「なんなんだよ…」
ツンと刺激の強い臭いが漂う。
アンモニアを嗅いだ時のような不快感だ。
「やばい!この為のマスクか!」
液体の正体は分からないが、非常に危険な物だという事だけは分かる。
慌ててマスクをかぶると呼吸は普通にできるようになった。
「ふざけるなよ…こんなの監禁だろ…千影さんがいたら詳しい罪状まで言ってくれるのに…」
キョロキョロ辺りを見回すも他に変化はない。
「何が目的なんだ…?俺を殺すつもりならマスクは置いていかないだろうし…本当に掃除を終わらせたら出してくれるのか…それとも他に思惑があるのか…」
ガガガガと鉄の擦れる音に思考が中断される。
見るとテーブルの横の蓋がスライドして開いていく。
そして奥から何やら大きな物がこちらに運ばれてきた。
ドサリと音を立ててテーブルに乗ったそれは…
「嘘だろ……………おえ…ぐええ!!」
実物を見たことがない俺でも見間違えるワケがない…
それは作り物でも何でもない、本物の人間の死体であった。
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