出会い 其の3
騒動の後、彼女が大学に来なくなる事も危惧していたが、それは杞憂に終わった。
「部長、紅茶で宜しいですか?」
「あ、ああ、すまないね」
「お茶請けはどうされますか?」
「いや、あれはあの場から離れる為の言い訳であってだね…」
「ふふ、分かっています」
「もう大丈夫なのかね?」
「ええ」
「無理にサークルにも顔を出さなくていいんだが…」
「無理なんかしていません」
「ふむ…」
一見、変化の無い彼女に少々戸惑ってしまう。
「それと…警察に通報してしまってすまない」
「………」
「事情は聞かないが…大丈夫だったかね…?」
少しの間。
「…私の実家が地元ではかなりの名士でして…トラブル等を起こす事を嫌っているんです…」
「ふむ…」
「私が一人暮らしする事もずっと反対され続けていたので…警察沙汰になれば、実家へ戻れと言われる事は目に見えていました」
「なるほど…」
「案の定連絡がありましたよ、罵倒と共にすぐ実家に戻れと」
「………」
「ただ、今回の事は小野田さんが一方的に起こした事件という事でなんとか見逃してもらいました…」
「………」
「それでも大学を卒業したらすぐに帰ってこいの一点張りでしたけど…」
「それは…すまない事を…」
「やめてください、あそこに部長がいてくれなければ卒業どころか、ここにこうして立っていられたかすら分かりません」
「………」
「ですから部長、卒業までは私を目一杯楽しませてくれませんか?ここオカ研で」
「私にできる事なら何でもしようじゃないか!」
満足気に彼女が頷く。
「あと、私は自分の家族があまり好きではありません…よければ…千影と…その…名前で呼んでいただけると…」
「そうだね、我王は君のように可憐な人には少々重厚すぎる気がするな」
「可憐…」
「なら…ゴホン!改めてよろしく頼む!千影君!」
「…はい!」
これが私と我王…ではなく千影君が知り合い、共に行動するようになった出来事だ。
「とまぁ…このような事があったわけだ」
「凄い話ですね…というか…都市伝説のベッドの下の男と同じじゃないですか」
それは有名な都市伝説の一つ。
ある日、女友達を家に泊める事になった女性。
二人は仲も良く、こうして泊まる事は珍しくなかった。
その日もいつものように友達がやってきて、家で楽しく過ごしていたが…急に友達が変な事を言い出す。
「コンビニに行きたい!どうしても!」このあとは寝るだけなのにどうしてもと言って聞かない友達にそのまま強引に連れ出される。
「なんなのよ!?」そう尋ねる女性をよそにその友達は警察に電話をかけ出すのだ。
「あんたのベッドの下に斧を持った男が隠れていたのよ!!」
「ってやつ…」
「うむ、私もそれを知っていたから、千影君を強引に連れ出したのだ」
「それから都市伝説について色々調べたのですが、小野田さんとの関連は全く見つけられませんでした」
「その事件があまりにも都市伝説と合致しているのが気になってね、二人で都市伝説を中心に調べるようになったのだ」
「小野田さんの言っていた『何かに操られていた気分だ』と言うのも気になりましたし…」
「小野田が都市伝説を知っていて模倣したのか…それともただの偶然か…今でも何も分かっていないがね…オカルト研究部から今の都市伝説けんきゅうかいに名前を変えたのもそれがきっかけだ」
「なるほど…」
「我々は今回のくねくね騒動で都市伝説の実在を確信したと言ってもいい」
「はい」
「景君のお姉さんの事も小野田の件も…きっちりケリをつけよう!どんな不可解な結論だったとしても!」
「はい!」
「ちなみに、ベッドの下の男では男が斧を持っていると言われがちだが」
「そうですね」
「これはこの都市伝説の発祥地がアメリカだからかもしれないね、文化や生活の違いが現れているのだろう」
「なるほど、日本では凶器に斧ってなかなか聞かないですからね」
「『小野田』だけに『斧だ』とはいかなかったね!」
「……」
「……」
「ちょ…待ちたまえ君たち…私がおかしな事を言ってるみたいじゃないか…」
「みたいも何も…」
「部長がまさしくおかしな事を言っているんですよ」
「……」
ガタンゴトンと電車は揺れる。
二人の出会いを知り、俺はもっとこの二人を知りたいと思えた。
ガタンゴトン
ガタンゴトン
電車が大学の最寄り駅に到着し、その場で解散となった。
「気をつけたまえよ」
「お疲れ様です、部長もですよ」
「また明日、お待ちしております」
一言二言かわし家路につく。
その道中で見知った顔を見かける。
病院帰りだろうか、車椅子に乗った母親を押しているのはいつかの口裂け女さんだった。
名前までは聞いていないので申し訳無いがこう呼ばせてもらおう。
「こんにちは」
「え!?あ!!こ、こんにちわ!」
口裂け女さんに声をかけられこちらのほうがびっくりしてしまう。
車椅子の母親もペコリと挨拶をしてくれる。
「知り合いかい?」
「ええ、以前少し相談に乗ってもらって」
「それはそれは、娘がありがとうございます」
「いえ、何もしていないですよ」
本当に何もしていない、精々狼狽えながら「ポマードポマード」と叫んだくらいだ。
「母も順調に良くなっているんです」
そう言ってニコリと微笑む彼女はあの時の面影が嘘だと思うほどに美しかった。
むしろこんな女性があそこまで変貌するとは…ストレスとはかくも恐ろしいものだと実感する。
「なんだか憑き物が落ちたようで、本当にありがとうございました」
「いえ、本当に何もしてませんから、でも無理はしないでください、何かあればまたあの変なのを連れてきますよ」
ふふふと笑い合う。
会釈を交わして歩き出すと、あの日の夜を思い出す。
なんだかいい気分だ。
都市伝説は実在すると思う。
お姉ちゃん…もう少しだけ待っていて欲しい…必ず迎えに行くから。
俺達の奇妙な休日は、こうして幕を閉じた。
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