出会い 其の2

「何でわざわざああいう人達に注意しにいくんですか?」


唐突に疑問を投げかけられ返答に困る。


「なぜって…なぜだろうね…?」

「普通なら誰も関わろうとしない事にまで行きますよね?」

「そうかな?」

「そうです」


なぜかたまに部室に顔を出すようになった彼女が私を詰める。

ちなみにオカ研に彼女が入部したわけではない。


「昔から理不尽がどうも許せない性分でね…ふはは」

「理不尽…」

「私はこういう見た目に性格だろう?あまり人から好かれる方ではないからね、あっと誤解しないでくれたまえよ!私を好いてくれている人間だって一人や二人…!」

「分かっています」

「うむ…ならいいんだが…幼い頃も理由なく苛められたりしたものだよ…」

「………」

「だから分かるのだよ、理不尽に、納得できないまま強い力に押さえ込まれる弱者の気持ちが」

「………」

「昔…幼い子供達が毎日空き地で遊んでいたんだ、勿論、土地の所有者はそれを知っていたし、いい子達だとお菓子をくれたりもしていた」

「はい」

「子供達も所有者を慕っていたんだ…けれどそこで怪我をした子供がいてね、その子の親が土地の所有者を相手に慰謝料だー裁判だーと詰め寄ったわけだ」

「…はい」

「所有者は善意しかなかったわけだがね、そりゃあ法律的に見れば所有者にも責任があるのは知っているが……結局空き地は立入禁止にされて、怪我をした子供もそれからは見なくなってしまったよ」

「………」

「私はね…怪我をした子供を救いたいんだ」

「怪我をした子供を…」

「怪我をしただけで遊び場も、友も、所有者からの信用も無くしてしまった子供…自分にはどうすることもできないまま大きな力に翻弄されてしまうだけの弱い者…」


何もできなかった幼き頃を思い出す。


「私は今でもあの怪我をした子供を救おうとしてるだけなのかもしれないね…」

「西さんがその子供なのですか?」

「私かい?私はその土地の所有者の息子さ、ちなみに怒り狂った親父に八つ当たりで殴られた理不尽も忘れちゃあいない」

「…オチをつけないでください…せっかくいい話なのに」

「ふはは」


彼女は我王 千影君と名乗った。

わざわざこんな部室に来るのは、チャラついた男の勧誘から助けた礼なのだろう。

律儀な人である。


「我王君はオカルトに興味が?」

「そうですね、嫌いではないですが…ここではどんな活動をされているのですか?」

「………特には……」

「え!?」

「ダラダラと…時間を潰したり…オカルト雑誌を読んだり…くらいであるか…」

「それでいいんですか?」

「いや、先輩が卒業してしまい部員も私一人になってしまったのでね!こう何をするにも難しいというか…」

「私入りましょうか?」

「え!?」

「オカルト研究部、興味ありますし…」

「その…我王君…私に恩義を感じてくれているのであれば、それは必要の無い事だ」

「………」

「私は私が嫌な気持ちだったから君を助けた、それだけの事だからね」

「迷惑ですか?」

「まさか!そういう事ではない!断じて!」

「なら大丈夫です、私が入ってみたいだけなの

で」

「ふうむ………無理はしていないのだね?」

「当然です」

「ならば歓迎しよう、オカ研へようこそ!」

「よろしくおねがいします」



そんな私と彼女出会いから更に数日が経過したある日、それは起こった。

ここからは彼女から聞いた話なので私も完全に把握しているわけではないのだが…


「結局あんな変なサークル入ったんだ?」


彼女に声をかけてきたのはあの日サークル勧誘をしてきたチャラついた男だった。

男の名は小野田、短めの茶髪に日焼けした肌、指には若気の至りでやったであろう梵字(ぼんじ)のタトゥーが見て取れた。


「俺が誘った時はサークルには入る気ないって言ってなかったっけ?」

「やめてください」

「やめろ?何もしてないだろ?話をしてるだけだ」

「気が変わっただけです」

「はーー、まさかあんなブタが好きな変人だったとはなー」

「そういった事ではありません、やめてください」

「じゃあ今からでも俺んとこ来たらいいじゃねぇの」

「人を呼びますよ」

「………ちっ…」


小野田は彼女を諦めきれていなかった。

その日はアッサリと帰ったが、それから何度も彼女は小野田に絡まれる事になる。

その行動は次第にエスカレートしていき…


「一人暮らしなんだ?」

「なんで…」

「実家は大阪だったっけ?それじゃあ通うのは厳しいよな」

「なんで私の家まで…」

「いやいや偶然だよ!たまたま通りかかったから勧誘でもしとこうかなって!どうかな?サークル?」


小野田は彼女の住むマンション付近にまで現れるようになったのだ。

自分は拒絶され、見下していた私のような人間を許容した彼女が許せなかったのか、小野田の行動は明らかにおかしくなっていた。


「今日はこんな手紙が…」


彼女の手に握られていた手紙には赤い文字で大きく一言『待ってる』とだけ書かれている。

住所の記載や消印が無い事からも直接ポストに投函された物であることは明白だった。


「なぜもっと早くに相談しなかったのかね!」

「すみません…ご迷惑かと…」

「それを言うならこうなったのは私のせいだ!」

「それは違います!」

「…………なんにせよ…彼の今の精神状態は非常に危険だ、まずは警察に…」

「警察は…駄目なんです…」

「………ふむ…」

「すみません…」

「理由は聞かないでおこう、君が犯罪者だとも思えんしな」

「………」

「ならば尚更もっと早くに相談して欲しかったが、仕方あるまい」


それから私は彼女の騎士(ナイト)さながら、大学への送り迎え、構内でのガードと極力彼女のそばを離れないようにした。

ただし、私のような変人と一緒にいるのは彼女の名誉にも関わる事なので、一定の距離を置いてではあるが。

私の存在が抑止力になったのか、小野田が直接彼女前に現れる事は無くなった。

けれど手紙は相変わらず投函され、その内容は日増しに過激な物へと変わっていった。


『糞女』

『裏切り者』

『お前もブタも殺す』

『許しを請え』


さすがに危険だと判断し、小野田にこちらから接触しようとするも、奴は大学にも更には自宅にも帰っていないようで居場所が分からず断念せざるを得なかった。


「参ったな」

「すみません…」

「君のせいではあるまい、しかし打つ手が無いのがな…」


大学の帰り道、彼女を送りながらそう切り出す。

こうして並んで歩くのは彼女のマンション付近だけだが。


「いつもすみません」

「何、私が好きでしている事だ、君が恐縮する必要はないよ」

「でも…」

「役に立っているかどうかは甚だ疑問だが、ふはは」

「そういえば、良い茶葉を頂いたのですが、よければ飲んでいかれませんか?」

「いや…一人暮らしの婦女子の部屋に上がり込むのは…」

「何もお礼できていませんから…それに部長が送り狼になるなんて思っていませんよ」

「ふむ…」


どうかとも思ったのだが、彼女の気持ちを無碍(むげ)にするのも悪いと思い直す。


「なら一杯だけご馳走になろうかな」


パアと彼女の顔に笑顔が浮かんだのが印象的であった。



部屋に上がると、女性特有のと言えばいいのか、私の男むさい安アパートとは全く違う世界に来たような感覚に陥る。

なんだか全体的に良い匂いがするし、部屋も綺麗に整頓されていて、彼女の性格が出ているようだった。


「散らかっているのであまり見ないでください」

「どこがだい!?」


何が散らかっているのかすら理解できなかった。


「あれ…ここに置いたと思ったのに…」

「どうしたかね?」

「いえ勘違いでしたティーカップが見当たらなくて」

「ふむ」


隣の部屋で待つ私の元に、紅茶の良い香り、コポコポと熱湯を注ぐ温かみのある音が届く。

最近の張り詰めていた緊張が緩んでいくのが実感された。


「お待たせしました」


カチャリと茶器を私の前に置いてくれる。

部屋が紅茶の香りに包まれる。


「我王君」

「はい?」


けれど私がそれに口をつける事はなかった。


「お茶請けに何か欲しいんだが…」

「あ、それは気が利かずに…」

「いやいや、せっかくだから近くにいい店があるのだよ」

「でも…お茶が冷めて…」

「我王君…私はこの通り変人でね…こだわりを捨てられないのだ!」


そのまま彼女の手を取って外に向かう。


「部長!?」

「ぜひ一緒に美味しいお茶請けを買おう!すぐ戻れば大丈夫であろう!」


強引に外に連れ出し、人通りの多い場所まで彼女を連れて行く。


「部長…一体どうしたんですか?」

「小野田だ」

「え」

「君の部屋のベッドの下に刃物を持った小野田の姿があった」

「何を…仰って…」

「さすがにただの嫌がらせの域を越えた行いだ…通報するがいいな?」

「……はい、お願いします」


そこからは早かった、我々の帰りを待っていた小野田は一緒に来た警察に取り押さえられ、御用となった。

執行猶予はついたものの、大学は除籍処分、接近禁止命令が出た事と周りの噂に耐えかねて彼と、彼の家族は引っ越していった。

彼は警察の取り調べでこう言ったそうだ…『何かに操られていた気分だ』と。


「ベッドの下の男…か」


周りも小野田の噂をしなくなった頃…

私は部室でそう呟いた。


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