くねくね 其の6
朝、それも日の出と共に行動を開始する。
結局三人共、まんじりともせずに夜が明けてしまった。
寝不足どころか全く寝れていないのだが、今回は仕方ない。
早く決着をつけたい気持ちと、いつまでも後回しにしたい矛盾した気持ちが離れないのは俺だけではないようだ。
「さぁ…気を引き締めたまえよ…」
早朝から完全防備で外出する姿は異様そのものであるが、背に腹は代えられない。
山奥に消えていったくねくね…撃退と言う目的は果たしたのかもしれないがこのままではさすがに気持ちが悪い。
「あれって…生き物なんですかね…?」
「どうかな…神様的なモノかもしれないが…」
「大丈夫ですかね…神様に喧嘩売って…」
「ううむ…」
夜中にくねくねを見た地点が近付くにつれ、どうしても皆に不安が走る。
「ここから…西の方角ですね…」
「はい、あちらです」
「アレが出るのが夜だけとは限らないからな…気をつけたまえ…」
全員が極力別の方向を見ながら、かつ辺りを警戒しながら進む。
誰か一人が発見した場合、他の人間が殴ってでも我に返らせるという荒っぽい作戦だ。
「ここだ」
一目で分かった。
何やら蛍光色の液体がそこかしこに散らばっている。
「そういえば…部長のあの液体って何だったんですか?」
「特製のペイント液だ、コンビニの防犯用に置いてあるカラーボールのようなものだが…」
「だが?」
「激辛の唐辛子やハバネロといったものをブレンドしまくっているので催涙スプレーのようなダメージがあるはずだ」
「言われてみれば…なんか…空気がイガイガします」
「成分が残っているのだろうか…一晩も残るとは思えんが…」
そんな物をぶっかけられてはさすがのくねくねもたまらなかったのか、地面にはかなり暴れた跡があった。
そして何かを引きずったような跡と蛍光色の液体が所々、山の奥に向かって続いていた。
「田んぼの持ち主には申し訳無い事をしてしまったが…これで追跡も可能となった」
「器物破損罪ですね、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金もしくは科料」
「ち…千影君…これは害獣の対策というか…その…やむを得ず…」
「部長は都市伝説と対峙するといつも犯罪者になりますね」
「景君!!」
なんだかいつものやり取りが懐かしく感じる。
泣きそうな顔の部長を慰めながらの痕跡の追跡は、ハイキングにでも来たのかと一瞬錯覚してしまう。
「ほら部長しっかりして!…ここからは道がないですよ」
言葉通り、痕跡は草むらに向かって進んでおり、獣道と呼ぶにもおこがましい程度の跡が続いているだけであった。
「早朝だと言うのに…陽の光が届かん程の木々か」
追うこと数分、まるで夕方にでもなってしまったのかと思う程に薄暗い。
力強く育った木々は、鳥の声や羽ばたき…そして陽の光さえも遮断する天然のカーテンのようである。
警戒しながらの追跡はやはりスムーズには進まない…けれどゆっくりと確実に痕跡を追っていく。
「うわ!」
さらに進んだ所で唐突に痕跡に変化が現れる。
「う…こいつは…」
そこには枯れて折れてしまったであろう朽(く)ち木があった。
朽ち木からは一本枝が出ているのだが、それは途中で折れていて、鋭利に尖っている。
そしてその枝には…ベットリと大量の血液が付着していた。
「くねくねの物でしょうか…?」
「恐らくは…血液が落ちている方向に痕跡も続いているからね…」
「唐辛子の影響で目が開けられなくなっていて…刺さったのでしょうか?」
「人間だったら殺人罪ですかね…?」
「いえ、この場合は事故ですので焦点は催涙スプレーのような非殺傷武器の所持と使用についての罪に…」
「ちょ…ちょっと!私の罪について煮詰めるのはやめてくれないか!?」
冗談もそこそこに、追跡を再開する。
相手がかなりの深手を負っている事は、辺りの血の量で容易に想像することができた。
痕跡を見つけやすくなった事もあり、スムーズに進めるようになってくる。
ガサガサと草を掻き分けて進むこと十数分…少々拓(ひら)けた場所に到着した。
「こいつは…」
そこはこざっぱりとしていて、木々の切れ間から一点にだけ陽の光が注がれている。
そしてその光の中心にそいつはいた…
「蛇だ」
それは大きな、成人男性の3倍程もありそうな大きさの大蛇であった。
白く輝く身体には所々ペイント液が付着しており、腹部には枝が刺さったであろう大きな穴が空いている。
…これほど巨大な白蛇が陽の光に照らされ、息も絶え絶えに佇む姿は…どこか神々しささえ感じられた。
「こいつが…くねくねの正体ですか…?」
「というか…日本にこんな大きな蛇が…アオダイショウの変異でしょうか…」
「年経た生き物は妖怪になる…というのは有名な話であるが…まさかこんな…」
そう言えば、肉眼でこいつを見てもただの蛇にしか見えない。
試しにスマホのカメラを向けて見るも、一瞬ザザザとノイズは走るものの、その姿形は蛇のままである。
「瀕死だからかもしれんな」
横で見ていた部長が言う。
「写真…撮っておきますか?」
「…………いや………やめておこう、命を冒涜するつもりはない」
「そう言うと思ってました」
スマホをポケットにねじ込み、蛇の最後を見守る。
蛇にしてみれば迷惑この上ないかもしれないが…
「あ」
蛇が俺達の方に視線をやったのが分かる。
どうやら気付かれたらしい。
「気付いたようだ…」
ググ…と最後の力を振り絞りこちらに向かって身体を起こす。
その姿はまさに森の主としての矜持(きょうじ)を感じさせた。
「………」
誰も何も言葉を発する事はできない。
恐らく1分にも満たないその時間はとても長く感じ…
『カカッ』
短い笑い声のような、声帯のない蛇からはおよそ想像もつかない声を発し…
ドサリとその場に崩れ落ちた。
「これで…終わりでしょうか…」
暫くの沈黙の後、千影さんがそう切り出す。
「せめて亡骸は埋めてやろう」
「そう…ですね」
そこからタップリ1時間はかけて穴を掘る。
「最後がまさかこんな肉体労働とは思いませんでした」
「私もだ」
「蛇が人間を発狂させたのは…」
「目的、方法どちらも明確な答えは出ないだろうな…」
「………」
「けれどまぁ…身体から特殊な電波が出ていた…と考えるのが一番現実的な気がするな」
「それが一番現実的なんですか」
「人間の脳みそは電気信号でいとも簡単に騙されるからね、面白くもないのに笑わせる事だってできるし、その逆も然りだ」
「それは…そうですが」
「もっと言えば統合失調症と呼ばれる病気は…存在しない家族や、いもしない集団ストーカーに悩まされるケースが多々ある」
「らしいですね」
「あれも脳細胞の一部の異常により、電気信号の伝わりが遅くなった結果、認知障害が起きるようになる…という研究結果もあるそうだ」
「はぁーー」
「人間の負の感情を増幅させる電気信号…それを発するようになった異常個体…今回のくねくねをあくまで科学的に見るとすればそんな感じなのかもしれないな…」
「だとすると目的は…」
穴掘りには参加していなかった千影さんが、手に何かを持って近付いてくる。
「目的は…これじゃないですか?」
その手には卵がひとつ包まれていた。
「人間を縄張りに近付かせない為か…子を守る為ならば納得はできるな…」
「どうしますか…?」
「…産まれる個体はただの蛇である可能性のほうが高いとは思うのだが…」
「でなければもっとくねくねの目撃例が多くないとおかしいですからね…」
「ただこの付近の人達は被害に合ってる人も多いかもしれませんからね…」
あの少年の夢を思い出す。
「卵は1つだけでした」
「産卵時期も少々早いが…1つだけというのも珍しい」
「この付近の人に委ねますか?」
「ふむぅ…」
その日の午後、俺達は民宿を後にする。
「ありがとうございました」
「ようやく帰ったか、余所者は」
「こら!…でも確かに変な3人だったわね」
「夜中もギャーギャー騒いでたみたいだが、他の客がいたらつまみだしてる所だ」
「お父さん!」
「まぁ…こんなトコに泊まるのは年に数回のお祓い連中だけだがな…」
「……」
「町長はありがたがってるが、結局なんの成果もあがっちゃいねえ、今でもアイツは目撃はされてるってのによ」
「お客さんに何もなくてよかったわね…」
「女将さん!さっきのお客さんが!お手紙を!」
「え?」
この度は急な書き残しを失礼します。
さっそく本題で申し訳無いのですが、この周辺では昔から何かおかしな現象が起こっていないでしょうか?
具体的には妙な物を見たり、それを見た人が精神に異常を来たしてしまったりです。
もし誰も心当たりがない場合や、それを信仰している等の理由であえて放置しているのであればこの書き置きは読まずに処分していただいて構いません。
私達はその原因の正体を突き止め、今後、人里に降りてこないように対策をしました。
信じてもらえないかもしれませんが、今後の様子を見ていただければ結果として出ると思います。
無いとは思いますが万が一、また現れた場合の対策を書いておきますのでよろしければお役立てください。
1、一人でそれと対峙しない。もしも対峙する事になっても複数人で対峙する事。そして異常を感じたら殴ってでも正気に戻す事。
2、案山子はそれを目立たなくさせるという意味ではとても良いアイデアだと思います。ですが
それと併用して蛇用忌避剤を撒いていただけるとより効果が出ると思います。
最後になりましたが
田んぼを汚してしまい申し訳ございません。
食事も美味しく、とても雰囲気のよい宿でした。
奇妙な書き置きをお許しください。
「なんだこりゃあ…お前話したのか?」
「話すわけないじゃない…」
「これ…本当なんでしょうか…」
「この辺の人間しか知らない事なのに…」
「どうする?お父さん…」
「とにかく…確認だ…今日から夜中の見回りと…アイツが見当たらないようなら町長にも…」
「本当だったら…?」
「小せえ頃に狂って…死んじまった俺の兄貴も…ようやく成仏できるかもしれねえな…」
「お父さん…」
日が暮れる、いつもの唸り声はもう響くことはない。
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