くねくね 其の5
「ならこいつの出番であるな!」
部長が何やらゴソゴソと取り出した物は組み立て式のドローンであった。
「色々持ってますねぇ…」
「ふむ、備えあれば憂いなしというやつだ」
そのドローンにカメラらしき物を取り付ける。
「これで私と景君が同時に姿を確認できる、カメラなら安全だと言えたらいいんだが、そうもいかんだろう」
「そうですね、双眼鏡でも狂ってしまうわけですから…」
「光の屈折も関係あるのだろうか?」
「だとするとカメラ映像の画面には俺にも部長にも同じ物が見えるって事ですかね?」
「カメラから見る角度は一箇所であるからな…物理的にはそうなるはずだが」
部長がカチャカチャとカメラの他にも何かを取り付けていた。
「何ですか?」
「ふふふ、備えあればだよ…」
「ところで部長、仮にくねくねの正体が判明したとして…それからどうするおつもりですか?」
千影さんが当然の疑問を口にする。
「正体次第…といった所かな」
「と言いますと?」
「悪戯や脅しの為に人間がくねくね騒動を起こしているのであれば厳重注意…お灸を据える程度になるだろう」
「都市伝説であった場合は?」
「捕まえてもみたいし、意思の疎通も図ってみたいが…それよりも人里に近付かないようにはせねばなるまい」
果たしてそんな事が可能なのだろうか?
正体すら分かっていない相手と戦う事の難しさを改めて感じる。
「さて、決戦は夜だ、昨夜の時間帯にここからドローンを飛ばす…必要とあらば現地まで出向く事にもなるだろう」
「夜でもカメラは大丈夫なんですか?」
「ふっは、無論!暗視カメラだよ!」
「さすがですね」
準備が完了したようで、部長が部屋の中でドローンの操作を練習している。
その傍(かたわ)らで俺は他の都市伝説についても調べてみる事にした。
スマホ片手に『都市伝説』で検索すると出るわ出るわ…
「赤マント、人面犬、てけてけ…そう言えば部長、都市伝説と怪談は別物なんですか?」
「いい質問だ、昨日くねくねの対処法の話の時に少し言ったかもしれないが…対処法があるというのが一つの違いではあるな」
「対処法…」
「なぜなら都市伝説というのは人から人へと語り継がれる物、噂の噂、というのが本質である為に、一番最初は「生存した人間の体験」という物が必要になるわけだ」
「なるほど、だから対処法」
「うむ、それに比べ怪談はとにかく怖ければいいので生存者の無い話でも問題がない」
「あー…皆死んでるのに何でこれが分かるんだよ、みたいな話ですね」
「そう、つまり話にリアリティがあり、これは本当にあったかもしれない…と思わせる話が都市伝説に分類されるな」
「リアリティがあれば対処法がなくてもいいんですか?」
「人面犬なんかはその最たる例ではないかな、対処法も何もそもそも害すら無いのだから」
「あー…なるほど」
「対処法が存在しないと言えば、昨今では陰謀説なんかが流行っているが、そういったものやUFO、宇宙人なんかもジャンル分けするならば都市伝説であるな」
「そうなんですか?」
「対処する必要がない話や、国絡みで対処もクソもあったもんじゃない話…けれどどこかリアルで信じてしまいそうになる話…これらを総称して都市伝説と呼んでいるわけだ」
「なるほどなー…」
誇らしげな顔つきの部長が更に続ける。
「怖い話をすると霊が寄ってくるなんて話があるがご存知かい?」
「ええ、よく言われますね、百物語の最後には本物の霊が現れるとか」
「ここからはオカルトな話になってしまうのだが…都市伝説もそうではないのだろうか?」
「…といいますと?」
「事実かもしれない、実在するかもしれない、そう思う者が多ければ多い程、都市伝説に魂が宿り実体化する…」
「人の思いがですか」
「言霊(ことだま)という言葉があるように、言葉には魂が宿ると言われている…人の思念も、何千、何万もの思いが重なると魂が宿るのかもしれないな」
「………」
話はここまでと言う代わりにパンと音を鳴らしながら手を合わせる。
「さぁ!腹が減ってはなんとやらだ、食事といこうではないか」
「賛成です」
「俺も」
出される食事に舌鼓を打つ。
くねくねの件がなければここにも来ていなかったかもしれない。
発狂の恐怖は未だ拭えていないが、それでも闘志…と言うほど大袈裟なものではないかもしれないが…心は萎えてはいなかった。
午後は少しの不安を打ち消すかのように、皆でまたカードゲームに興じる。
部長の中学時代の話なんかを聞いて千影さんと俺は声を出して笑ってしまった。
そうこうしているうちに日は陰り…夜が訪れる。
「充電は万全である、それでも連続使用で30分が良い所だろう、早期決着が好ましいな」
「接続に問題はありません」
千影さんがタブレットに映るカメラの映像を見ながらそう応える。
夜中に部屋でヒソヒソとカメラ映像を見る姿は非常に…なんというか…犯罪者的であったが…
「よし!ならば行こう!飛び立て隼丸(はやぶさまる)!」
「なんです?それ?ドローンの名前ですか?」
「すみません、部長は厨二病を留年しているので未だにそういう所があるんです」
「千影君!!」
思った以上に静かにドローンが飛び立つ。
これならばくねくねにも気付かれないんじゃないだろうか…
後は充電が切れる前に見つけなければ…
固唾を呑んでタブレットの映像を見守る。
「昨日の目撃ポイントには…いないな…」
「操縦うまいですね」
「ふふ、今は問題無いが今後ドローンの操縦には免許が必要になるらしいからな」
「え!?そうなんですか!?」
「そうらしいが、実際はどうなるだろうな」
なぜか緊張感の無い話になってしまう。
ドローンを旋回させ、辺りをくまなく探す…映像はかなり鮮明で、上空からでも野良猫の存在が確認できる程だ。
「…………いた……いました」
千影さんの言葉に一気に緊張が走る。
西の方角、まだかなりの距離がある為、それが何かは分からない。
けれど白っぽく、くねくねとした動きのそれは間違いなく昨日見た物だった。
「千影君、君が映像を見るのはここまでだ、我々がおかしくなった時は頼むぞ!」
「…駄目ですからね」
「ふはは、よし景君!覚悟はいいな?寄るぞ!」
「……………行きましょう!」
ドローンを真っ直ぐにそいつに向かわせる。
嫌な汗が背中を伝うが、気にはしていられない。
ドローンが近付き、カメラの角度を調整すると…そいつはいた。
「お姉ちゃん………」
有り得ない。
そこに映っていたのはきさらぎ駅に消えたはずの姉であった。
ここにいるはずがないのは頭では分かっている、けれどどうしてもそれを否定できない自分がいるのも事実であった。
姉の口がパクパクと動いている…
映像から音声は聞こえて来ないがそれは確かに、間違いなくこう言っている………
「お前のせいだ」
そうだ、俺のせいだ…
俺がお姉ちゃんの手を離したから…
「うぁ…ああ……」
叫び出しそうになるその瞬間、大きな声が聞こえた。
「景君!!君には何が見えている!?お姉さんか!?私を見ろ!!」
部長だ!真横にいるはずの部長の声はなぜか遠くから聞こえた。
けれど確かに俺をこちらに引き戻した。
「は…かは…ゲホっゴホっ…姉です!なぜか姉がいます!」
「だろうな!私にはミーちゃんが見える!」
「ミーちゃん!?誰です!?」
「人ではない!!飼っていたが病気で亡くなってしまった猫だ!!」
「そんな馬鹿な!あのサイズの猫がいるわけ…」
「そうだな!今なら私もそう思うし、なんなら昨日見た物は君のお姉さんの大きさでもない!」
「じゃあ…なんなんですあいつ!」
「わからんが常識を超えた何かが映っているのは間違いないな…!」
「まだ姉が写っています…部長はミーちゃんですか?」
「ああ、ミーちゃんだ、私に恨み言を吐いている…病気になったのは私のせいだとな…」
同じだ。
俺の見ている姉、部長の見ている猫、そして夢で見た、少年の見ている母親…
「こいつは…人間の罪悪感や後悔を巧みに刺激し狂わせるのか………!!」
「備えは無駄にならなかったな!発射!!」
部長の声と共にドローンから何かがバシャっと発射される。
それを浴びた姉……もといくねくねは苦悶の表情を浮かべ、そこから逃げ出す。
ガサガサと物凄い速度で山奥に消えていくそいつは、ドローンで追うことも困難であった。
「はぁ…ふぅ…千影君がいなければ私も危なかった!頭ではありえないと分かっていても拒絶できなかったのだ…」
見ると涙目の千影さんが部長の太ももを力いっぱい抓(つね)っていた。
「千影君…もう平気だから…痛いから…いで…いでで…」
「これ人間の仕業なんかじゃないですよ…明らかに…」
「そうだな…我々三人では初めての怪異との遭遇と言っていいだろう…」
バタンとその場に倒れ込みながら噛みしめる。
「一人だったら本当に発狂していただろうな」
「ええ、ゾッとします」
「追跡したいところだが…」
「駄目です、危険すぎます」
「命の恩人の千影君がこう言っている…」
「じゃあ…朝を待ちましょうか…」
正直、俺も脳みそが追いついていなかったので、朝まで休めるほうが助かった。
「都市伝説…実在しましたね…」
千影さんのその一言はいつまでも俺達の心を揺らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます