くねくね 其の4

夢を見た。

俺はまだ幼い子供で、母親を事故で亡くしてしまっている。

俺の不注意だった…赤信号に飛び出した俺を庇い、車に撥ねられたのだ。

俺の目の前でどんどん冷たくなる母親…


場面は変わって田舎の風景だ。

恐らく時間もずいぶん経ったのだろう。

塞ぎがちだった俺の気分転換も兼ねて父親が祖父母の所に連れて来てくれたのだ。

弟と一緒にいると遠くに何かくねくねとした物が見える…

何だろう、双眼鏡でそれを見てみると…


それはあの日、目の前で死んだはずの母親だった。


血の気の無い真っ白な肌の母親が口をパクパクさせながら身体をくねらせている。

「お前のせいだお前のせいだ!」その口はそう言っているのが分かった…分かってしまった…

俺は…俺のせいで…お母さんは…


「うわぁああああ!!!」


そこで俺は目を覚ます。


「お母さん…おか…違う…違う…俺は…」


少し混乱している…寝汗で身体中がビショビショになっているが、その不快感よりも先程の夢が夢であった安心感のほうが大きかった。

ちなみに俺の母親は今でも存命であるし、事故に合ったことすらない。

完全に俺の人生とは別の誰かの過去を体験したような気分だ。


「どうしました?」

「すいません、起こしてしまいましたか?」

「怖い夢でも?」

「はい、でも不思議な夢でした…」

「冷たいお茶をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


千影さんの入れてくれたお茶をグイッと飲み干すと、汗だくの身体に染み渡るようだった。


「まだ夜が明けたばかりです、もう少しお休みになっては?」

「そうですね…そうします…」


なんだか気になる夢だった…

くねくねの話をしたからあんな夢を見たのだろうか…?

再度、布団に潜り込みながら纏らない思考を続ける…

次第に俺は暗い眠りの世界に飲み込まれた。




眩しい光と、鳥の声。

あっという間に夜は明け、それに合わせ俺も徐々に覚醒する。

今度は悪夢は見なかった。


「おはようございます」

「おはよう、よく眠れたかね?」

「いやー…ボチボチですね」

「だろうね、あんな事の後ではな」

「千影さんは…?」

「朝風呂だそうだ、女性は風呂が好きだな!ふはは」


大きく伸びをして、腕をグルグルと回す。

うん、大丈夫、少し寝不足ではあるが疲れは残っていないように思う。


「ところで部長、色々と考えて気になった事があるんですが?」

「ふむ、なんだい?言ってみたまえ」

「見ただけで発狂する物って何ですかね?」

「うむ…くねくねの正体については謎でしかないな、色々と考察はあれど…考察の域は出ていないな」

「じゃあ…くねくねって生き物なんですかね?」

「その説が濃厚ではあるな、発狂した兄が田んぼに還され第二のくねくねに…というのを臭わせるオチもある」

「だとしたらですよ?」

「うむ?」

「死にますよね?」

「ん?」

「生き物である以上、いつかは死にますよね?」

「………まぁ……そうであろうな」

「繁殖するんですかね?」

「………ふむ」


部長も真剣な顔つきになる。


「他にも…例えばですよ?くねくねが何らかの事故や、獣に襲われて死んだとしますよね?」

「うむ、生き物であるならその可能性は普通に存在するだろう」

「くねくねの死骸が道ばたにあったとして、見た人間が全員発狂するんでしょうか?」

「それは…」

「だとすると今までどこかで異常な程に発狂者の出てる地域があってもおかしくないですよね?」

「そうだな…死骸があったとして、それを片付ける人間も発狂してしまうわけであるからな…」

「はい、しかも昨日のがくねくねだったとすれば、山奥ではなくすぐそこまで来る事もあるわけですよね…」

「そう思う、あの案山子もくねくね対策のものであろうからな…」

「俺が思うに、くねくねを見て発狂するという現象には…ある種の条件があるような気がします」

「条件…か、当然ありうるな…」

「そして、それさえクリアできればくねくねを退治する事も可能だと思っています」

「………………」


しかし部長は押し黙ってしまう。

恐らく俺の考えている事が分かるのだろう。


「私は、景君のお姉さんの話を聞いた時に、都市伝説に足を踏み入れる覚悟をした」

「はい」

「安全地帯でああだこうだ言うだけの人間に都市伝説が解明できるかね?」

「できませんね」

「いいだろう、くねくねの正体!暴いてやろうじゃないか!」

「危険ではありませんか?」


いつの間にか後ろにいた千影さんがそう言う。


「危険は覚悟の上だ!」

「危険を覚悟するのと無謀な突撃は大きく違います」

「ご尤(もっと)もです、ですからここからの作戦は俺と、部長で…」

「そういう事を言ってるんではありません」


ピシャリと千影さんは言い放つ。


「お二人が危険に身を晒すのが嫌なのです、このまま逃げ帰って何が悪いのでしょうか?」


よく見ると千影さんは震えていた。

それは都市伝説やくねくねに対する恐怖ではなく、部長や俺が傷付く事への恐怖なのだろう。


「もしくねくねが実在したとしたら…理不尽に傷付く俺の姉の様な人間が増えるかもしれません」

「………」

「人助けがしたい!なんて崇高な事思ってるわけではないんですが…そんな人が増えてほしくないのも事実です」

「………」

「それに…俺は複数人いたほうが発狂の可能性がグンと減ると思っています」

「それはなぜです?」

「人が見ただけで発狂する程のものってそう無いですよね?あったとしてもそれは俺と部長と千影さんでは別の物だと思います」

「そうであろうな」

「幼い少年が発狂する物を俺達が同じように見て発狂しますかね?」

「いや…どうだろうか」

「けれど見た人間は必ず発狂している…」

「なるほど、見るものによって瞳に映る姿が違うという事か」

「実際の姿形が変わるのか…何らか力が働いて脳に作用するのかはわかりませんがその可能性が高いかと」

「そうとは限りません、見た瞬間に発狂してしまうのかも…」

「いえ、それだとルールから外れます…くねくねのルールは姿を見て何かを理解した者が時間を置いて発狂するというものです」

「遠目で見るぶんには発狂すらしない…」


いかん、部長のなんだか回りくどい言い回しが感染(うつ)ってしまったかもしれない。


「俺は最初は狂うまでのその時間でくねくねを駆除すればいいんじゃないかとも思ったんですが…」

「随分と荒々しい作戦になるな、ふは」

「俺と、部長とで見るというのはむしろ安全策ですね、はは」

「私は…」

「千影さんほど信頼できる人間はいません」


断言する。

その言葉に千影さんが驚いた表情をするが、なかなか見たことのない表情なのでお得感があった。


「そうだな、完全に同意だ」

「ぶ…部長まで…」

「ですから俺と部長が狂いかけた場合は千影さんが連れ戻してください」

「そ…そんな」

「千影君に呼ばれたらすぐ我に返るであろうな」

「……………」


暫しの沈黙の後


「………はぁ………今回だけですよ」


お許しが出た。

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