くねくね 其の2
民宿に到着した時、あれだけ高かった日は傾きつつあった。
「思った以上に遠かったですね…」
「フヒィ…フヒィ…」
「部長…みっともないですよ」
「ち…千影君…優しくしてくれたまえ…ヒィ…」
停まっていた電車も動き出したらしく、俺達の横を颯爽と走り去っていった。
それを横目で見送った時の部長の悲しげな瞳は忘れられない。
「すいませーん」
「はーい、いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」
「予約とかはしてないんですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、こんな何もない所までご苦労様です」
「失礼ですが、観光地とかって事でもないですよね?こんな場所に民宿があってビックリしてたんですよ」
「え、ええ、お得意様がいらっしゃるので、細々とやらせて戴いてます」
「そうでしたか、すいません失礼な事を」
「いえ、お部屋は二階の突き当たりになります」
「ありがとうございます」
「あと…この辺りは夜行性の獣が多いので…夜間は外に出ないようお願いします…」
「………猪とかですか?」
「ええ」
当たり障りの無い?会話をしながら部屋に案内してもらう。
よくある普通の和室、というのが第一印象だ。
広さは12畳(じょう)程の3人にしては大きめの部屋である。
綺麗に掃除されており窓際にはあの謎の空間もある。
旅館等泊まった事がある人なら分かってくれるだろう、窓際にある椅子とテーブル、冷蔵庫なんかも置いてあるスペースだ。
「俺、ここ好きなんですよ」
窓際の椅子に腰掛けながらそう言うと、テーブル越しの向かいにポンと腰掛けた千影さんがいつものように説明してくれる。
「広縁(ひろえん)ですね、文字通り広い縁側です、元々は客室同士を繋ぐ廊下だったものが区切られてこんな形になったそうですよ?」
「そうなんですか」
「他にも畳等を直射日光による日焼けから守る為とか、畳に座れない外国の方の為とか言われていますね」
「なるほど、ちゃんと意味があるんですねここ」
「どうぞ」
「あ!ありがとうございます!」
千影さんが温かいお茶を入れてくれる。
部屋について早々大の字になっていた部長がムクリと身体を起こす。
「しかし、奇妙な所だなここは」
「そうですねー」
「農具を持った大量の案山子に、観光地でもないのに民宿がある…そして夜間の外出禁止」
「何か古いしきたりの様なものがあるんでしょうか?」
「ぜひ知りたい所だが…」
「俺は構いませんよ」
「いいんですか?部長の我儘よりもお姉さんを優先すべきでは?」
「ち、千影君…」
「いえ…考えたんですが…姉が俺の妄想や記憶違いでない事を証明する為にも…都市伝説や怪異が実在するという事を皆で証明したいんです」
「…ふむ」
「遠回りになるかもしれませんが…大切な事だと思うんです…」
パン!と膝を叩いて、部長が立ち上がる。
「責任重大だな」
「そうですね」
「先程道すがら会った人にしても、民宿の女将にしても…何かを隠しているのは間違いない」
「はい…態度もおかしかったように思います」
「へたすればここらの住民全員が一致団結して隠している事があるのかもしれん」
「かもしれませんね」
「となれば、聞き込みはアテにできないわけだ」
ゴソゴソと荷物から懐中電灯を取り出す。
「ならば行くしかあるまい、自(おの)ずから」
完全に日が落ちるまではせっかくなので楽しむ事にする。
山の幸をタップリ使った夕食は文句無しに美味しかったが、小鍋の中の肉を見て部長が呟く。
「猪が多く出る割に牡丹鍋ではないのだな」
「本当ですね」
勿論、単純にメニューが違うだけなのかもしれないが、疑ってかかると何でも怪しく見えてしまうものだ。
皆で過ごす時間は楽しくはあるが、部室とはまた違う楽しさで、時間はあっという間に過ぎていった。
そして夜が訪れる。
「せっかく風呂にも入ったんですけどね…」
「怪しまれない為にも仕方無い」
湯上がりだというのに、汚れてもいい格好に着替える。
千影さんからフワフワといい匂いがするのがとても心臓に良くない。
「どうかね!?」
「とてもよくお似合いですよ」
部長は何とも思っていないのか、サバイバルゲームのような迷彩柄の格好を千影さんに披露してご満悦だ。
実際になぜかやたらと似合っているような気がする。
「では行こうか…玄関は施錠されていたが…出入りできそうな場所に目星はつけてある」
「さすが部長ですね」
泥棒みたいだと思ったがそれは言わないでおこう。
「泥棒目線ですね」
「千影君!!」
せっかく我慢したのに千影さんがアッサリ言ってしまった。
一応、三人分の布団の中に荷物を詰めて誰かが寝ているような膨らみ作る。
さすがにそこまでしなくてもとは思ったが、念には念を入れておくに越したことはないだろう。
カラカラカラ
一階のトイレに続く廊下の端っこの窓を開ける。
確かにここならば出入りしても目立たないし、トイレに行っていたという言い訳も使える。
とはいえ窓から出入りしてる所を見られてしまうとアウトだが。
「ふむ…やはり空気はあちらとは比較にならないくらい澄んでいるな」
外に出た部長が大きく深呼吸をしながら空を見上げ、そう言う。
満天の星空を見て、俺も千影さんも思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「では出発だ!と言っても目的地のようなものはないのでな、付近の探索になるが…」
虫の音、カエルの鳴き声、そして時折、風の音。
星は瞬き、風に揺られた稲穂がまた新たな音を奏でる。
都市伝説の探索だなんて事を忘れてしまいそうになるくらいだ。
「美しいですね…」
千影さんの呟きには全面的に同意だ。
自然を満喫しながらただ歩く。
本当に人っ子一人いないのは不思議な感覚だ。
暫く歩くと…見えてきたのは大量の案山子である。
自然の美しさで忘れかけていたが…やはり少々不気味な雰囲気である事は否めない。
「やっぱり…ちょっと不気味ですね…」
「夜だと尚更ですね…」
夜中に見ると、可愛い人形でも怖く感じる時があるが…それが人間サイズの案山子となると更に怖さが増すようだった。
「ーーーーーぉーーー」
「ん?何か言いました?」
「いや?何も言ってないが?」
「……………お二人共………お静かに………」
ヒューヒューと風の吹く音、ガサガサと草木の揺れる音、それらに混ざってかすかに何かが聞こえる。
「ーーーーーぉぉぉーーーーーぉーー」
「聞こえましたか?」
「聞こえた…」
「人の…声?」
それは人間の声のように聞こえたが、何かを話していると言うよりは、唸り声と言ったほうがしっくりくるようなものだった。
俺達は足を止め、道の脇により、身を屈め、出来るだけ目立たないようにする。
ヒソヒソと声を潜め…
「近付いてますか…?」
「いや…遠いままだ…」
「方角は…」
「ふむ…正面右のほうから聞こえたような気がするが…」
「右ですか………」
部長の言葉を受け、右正面の方向に目を凝らす。
「…………あ、あれですか…ね?」
距離はどれくらいだろうか、100m?200m?夜中なのでよくわからないが、確かにかなり遠くにではあるが何か動くものが確認できる。
周りの案山子と同じ程度のサイズなので人間くらいのサイズなのだろう、それがくねくねと奇妙な動きをしているのだけが分かる。
人間だとするとこんな時間に田んぼであんな動きをする意味が分からないし、不気味すぎる。
「なんですかね…なんかくねくねしてますけど…」
「!?」
「部長…!」
俺の言葉に部長と千影さんが反応する。
「景君、見るな、撤退だ!」
「早く!帰りますよ!」
「え?え?」
「いいから、戦略的撤退だ!説明は後でする!」
部長と千影さんの只ならぬ雰囲気に押され、否応なく民宿まで連れ戻される事になる。
背後をずっと気にしたまま早足で道を引き返す。
謎の唸り声はまだ微かに聞こえており、生温い風がザァと俺達を撫でていた…
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