くねくね 其の1

数日後。


「さて、景君の独白から数日が経った訳だが」


あれからこのサークルに毎日のように顔を出している。

姉の手掛かり探しの為だけではない、単純に居心地のよさや二人の人柄なんかが気に入ってしまったのだろう。


「未だ手掛かりは見つかっていない、すまない」

「いえ、気にしないでください」

「何せ新しい情報というのが無いのだ、よって今ある情報を見直す以外に探す方法がない」


ウーンと頭を抱える。


「本日のお茶請けはカステラになります、ちなみにカステラの底のザラメは防腐剤としての役割があるそうです」

「ありがとうございます、千影さん」


甘いカステラを一口食べ、その後でお茶を啜る。

うん、間違いないやつだこれは。


「我々もきさらぎ駅については色々と調べた時期があった」

「そうなんですか?」

「最もただの興味本位だがね、その時に電車もあちこち乗ったものだが…」

「何もありませんでしたね」

「そう、けれど今は新しい手掛かりでもある景君の証言がある」


一拍置いて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた部長が言う。


「行くかね、景君の故郷に」




〜くねくね〜




そこからの行動は早かった、連休に合わせて予定を組み、俺の故郷でもある町に向かうことになったのだ。

バイトの店長には酷く渋られたが、いつぞや一人で働かされた恨みもある、知ったことではない。

詳しい場所は伏せるが、俺の故郷は九州の山奥、誰が見ても田舎だと思う程度には田舎である。


「ウノ!!!」


目の前ではしゃぐ部長、なぜかゲームはからっきしな千影さん。


「ふはは、手加減はしない性分でな!あがりだ!」

「そういう所ですよ、部長」

「何がかね!?千影君!」


プイと顔を背ける千影さん、珍しい光景だ。

電車に揺られながらのこんな時間を過ごしたのは本当にいつ振りになるだろうか。


「新幹線とかじゃなくてよかったんですか?」

「新幹線はきさらぎ駅には停車しないだろうさすがに!」

「道中もきさらぎ駅への停車条件を満たす可能性がありますからね」

「なるほど…」


でもこんな風にワイワイと過ごしていると、それこそあそこと似つかわしくない気がする。


「このへんは田んぼばっかりですねー…田舎と言えばそうなんですが、のどかで俺は嫌いじゃないなー」

「そうだね、私も田舎の風景は嫌いじゃない、寂れた神社、謎の神主、閉鎖的な村に奇妙な風習…」

「そういうやつですか…」


そんな話をしているとユルユルと電車の速度が落ちてくる。


「あれ?何かあったんでしょうか?」


駅に到着したわけでもないのに電車は完全に停車し、同時にアナウンス流れてくる。


『ご迷惑おかけしております、只今、人身事故の影響で運転を見合わせております、復旧の目処が立ち次第発車致しますので、暫くお待ち下さい…繰り返します…』


「人身事故ですって」

「ローカル線でもあるからねぇ…」


それから暫く待っていても電車が動き出す様子はない。

少なくはあるが、他の乗客もザワザワと心配している様だ。


「すいません」


通りかかった車掌さんであろう人に声をかけてみる。


「申し訳ございません、お待たせしております…まだ暫くかかりそうなので…」

「いえ、それは構わないのですが…」

「まだかなりかかるようなら降りた方が早いかね?」

「駅まではまだ距離がありますが…その可能性は十分にあります…なにせ事故車両でその…トラブルが発生しているらしく…」

「なら降りようか、こういった田舎道を歩くのも何か発見があるかもしれない」

「そうですね、まだまだ日も高いですし、千影さんは大丈夫ですか?」

「勿論です、少々ゲームにも飽きてきた所ですから」


よほど悔しかったのだろうか、今日は意外な一面を見る事ができた。

荷物をまとめて下車する。

乗っていた電車が人身事故を起こしたわけでは無いようだ、恐らく近くを走っていた他の車両なのだろう。

わざわざ見たい物でも無いのでそこは一安心だ。


「しかし、田んぼが多いのはともかく…えらく案山子(かかし)の多い地域だね」


部長の声に辺りを見回してみると…確かに田んぼのあちこちに案山子が立てられている。


「本当ですね、案山子って鳥除けの為ですよね?」

「元々は「嗅(か)がし」が語源と言われていますね、獣肉や髪の毛を焦がした物を串に巻き付けて、その臭いで獣を追い払おうとしたのが始まりだそうです」

「さすが千影君」

「にしては…多いですね…」

「それほど鳥害や獣害が多いのだろうか?」

「広島には住んでいる住民よりも多くの案山子がある町があるらしいですが…そこは町中に様々な格好、ポーズをした案山子がいます…ここのように全て田んぼに立てているというのは…聞いたことがありません」

「ここはまだ近畿地方でその町とも遠いしね、何か理由があるんだろうか…」

「これだけ多いと人間が混ざっていても分からないですね…」


身動きひとつしない多くの案山子を見ていると、何か薄ら寒いものを感じる。

かなり細かい作りで一つ一つの表情も違っている。


「せっかくだし誰かこのへんの人がいたら聞いてみようか」

「そうですね」


そう言って歩き出す。

何やら視線を感じるような気もするが、さすがに気のせいだと思いたい。


「変わってると言えば、ここらの案山子は皆、一様に手に農具を持っているね」

「確かに…鎌やクワ…危なくないんでしょうか?」

「銀には魔を払う力があるなんて言われているが、鉄はどうだったかな」

「鎌を魔除けとして置いてある地域は結構ありますね」

「ふむ、ならばそういった風習や言い伝えがあるのかもしれないね」


嬉しそうな部長のメガネがキラリと光る。

そのまま線路沿いを歩くこと数十分、ようやく人と出会う事が出来た。


「こんにちわ」

「あら、こんにちわ、見ない方、旅行かしら?」

「そうなんですよ、でも途中で電車が停まっちゃいまして…」


軽く事情を話しながら挨拶をする。

70歳くらいであろうか?少し腰の曲がった、しかし元気そうな女性である。


「ここらへんはのどかで良い所ですな」

「あら嬉しい」

「えらく案山子が多いのですが、何か意味があるのですかな?」

「え、あ、ええ、夜になるとね、田舎ですから、猿とか猪とかがね…」

「ふむ…」

「ですから夜になる前にはどこか泊まる所見つけるか、目的地に向かって出発した方がいいですよ?」

「これはこれはご親切に」

「駅の周りには民宿もありますし、夜はこのへんは街灯もあまりなくて危険ですから…出歩くのは控えたほうが…」

「ご忠告痛み入ります」


ペコリと皆で頭を下げ、また歩き出す。

チラリと振り返ると、女性は足を止めていつまでもこちらを窺(うかが)っていた。

俺達が見えなくなるまでずっと。


「どう思うかね」

「怪しかったですね」

「怪しかったです」

「どうも我々に長居はして欲しくないようだ」

「特に夜は何かありそうでした」

「どうだろう?目的地へ到着するのは少し遅れてしまうが…」

「俺は構いませんが」

「私も如何様(いかよう)にも」

「では決まりだ、都市伝説けんきゅうかいの活動を始めるとしよう」


俺達は駅周辺にあるという民宿に向かって歩を進める。

歩きながらふと考える。

俺の姉との記憶、それを二人は信じてくれた。

勿論、聡い二人の事だ、俺の妄想や、隔離性人格障害といった可能性にも思い当たっているだろう。

それは俺自身も未だに捨てきれない可能性だ。

だからもしも、一見俺の姉の件と関係無いような都市伝説や怪異があったとして、それの存在を証明できれば…

俺の姉の記憶も、実在したかもしれない可能性が増えるんじゃないだろうか…?


「さあ!急ぎますよ!」

「むむ!景君!燃えているな!」

「ふふ」

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