自己紹介

「すいませーん」


あの口裂け女のトラブルから数日後、俺は例の部室に来ていた。

本当はすぐにでもお礼に来なければならなかったのだが、バイトや課題の都合で数日来れなかったのだ。

「都市伝説けんきゅうかい」と書かれた扉をガラリと開けると、変わらぬ二人がそこにはいた。

俺の姿を見て、男性の顔がパアアアと笑顔になるのが分かる。


「や、やぁやぁ!よく来たね、やはり我々は再会する運命(さだめ)のようだ」

「部長は翌日にでも来られると思っていたので、今の今までしょげていたんです」

「ち!千影君!!」


そのやり取りを見て俺も笑顔になってしまう。


「お礼が遅れてしまってすいません、ちょっと都合がつかなくて…先日はありがとうございました」


手土産に持参したクッキーの箱を渡すと、千影さんが手際良くお茶の用意をしてくれる。


「いやいや、大事に至らなくてよかった、まぁ我々としては少々残念ではあったが」

「残念…ですか?」

「大事に至らなかった事がではないぞ、口裂け女が偽物だった事さ」

「ああ…でも以前は実在しないものだと言っていたじゃないですか」

「あー…そういえばそれで君の気分を害してしまったな、申し訳ない」

「え!?あ!いや!そんなこと!」

「いやいや、ただあれは茶化したり、君の言葉を信用してなかったわけではないのだ」

「どうぞ」


コトリと目の前に紅茶とクッキーが出される。

湯気と共に紅茶の良い香りが漂う。


「一般論としては、と言いたかったのだよ」

「一般論として…」

「そう、一般的には都市伝説はあくまでも伝説、噂の噂のそのまた噂だ」

「まぁ…そうですね」

「「友達から聞いたんだけど」や「これは知り合いの話なんだけど」これが枕詞になった摩訶不思議な逸話、誰も実際にそれを体験した者はいない…」

「……」

「だから情報化社会となった現代では、都市伝説はただの創作話という位置取りになってしまった」

「そりゃまぁ…そうなりますね」

「非常に残念で嘆かわしい話だ、とは言え、私は高い確率で対処法は有効だと思っているが…」


男性はクッキーを頬張りながら続ける。


「すまない脱線したね、つまり何が言いたかったかと言うとだ、私は都市伝説の口裂け女の話しかしていなかったわけだ…」

「………」

「一般的な都市伝説の話、決して君が遭遇した現実の話ではなかった…」


目の前の彼のメガネがキラリと光る。


「けれど君は気分を害した、これはなぜか…?」


彼の勿体ぶった…回りくどい話し方はこちらの思考を麻痺させるような不思議な力があるかのようだった。


「更に言えば、なぜ君はそんな危険人物と遭遇したにも関わらず警察に行かず、あまつさえこんな胡散臭いサークルに相談に来たのか…」

「それは…具体的に何かされたわけじゃなかったんで…」

「確かに警察は事が起こらないと動いてくれないという嫌いがあるな、それも理由の一つではあるのだろう…」

「……」

「けれど、いくら口裂け女と酷似していると言っても普通なら「頭のおかしい人間の対処法」を考えるはずだ」

「それは……」

「「都市伝説の口裂け女の対処法」を聞きに来たり、ましてや都市伝説を否定されて気分を害するなんて…」


反射して、見ることは叶わないが、メガネの奥の視線は厳しいものなのだろう。


「思うに、君はーー今回の口裂け女が都市伝説で語られる口裂け女であるという確証めいたものがあったんじゃないかな?」


ドクンと心臓が跳ねる。


「結果としてあれは人間の扮装だったわけだが…君はあれをオカルトだと信じていた…だから二度目の遭遇時もポマードとベッコウ飴で対処しようとした」

「すみません、あの時の貴方の行動は隠れながら見させて頂きました」


千影さんがわざわざペコリと頭を下げてくれる。


「だとすると…それはなぜか…?」


今はまだ昼を少し過ぎた程度の時間だ。

学内もまだまだ人で溢れている。

けれどここだけはその喧騒が届かないかのようだった。


「……サッパリわからん」


一気に空気が弛緩し、辺りの喧騒も戻ってくる。

両手を上げ、お手上げのポーズをしながら続ける。


「なぜ君が都市伝説の存在が実在すると確信を持っているか…こればっかりはいくら考えてもサッパリだ」

「本当にサッパリですか?」

「想像の範疇を出ないが…例えば君が都市伝説に出てくる存在そのものであるとか…過去に都市伝説を実際に体験したとか…」

「ふはは、敵わないな…全然サッパリじゃないじゃないですか」

「当たっていたかね」


可笑しくなってきてしまう。

この人はあれだけの会話でここまで見抜いてしまったのだ。


「おっとすまない、話したくないなら無理にとは言わない、ただ我々の活動が何か君の力になれるかもしれないと思ってね」

「部長さん…」

「そういえば自己紹介がまだだったね、私は西(にし) 東吾(とうご)!どっちなんだと突っ込みたくなる名だろう?そして後ろの美女が…」

「我王(がおう) 千影(ちかげ)と申します、以後お見知り置きを」

「彼女は自分の苗字があまり好きではないらしいので下の名で呼んであげてくれ」

「宜しくお願いします西さん、千影さん、俺は更科(さらしな) 景(けい)と言います」

「景君か!宜しく頼む!じゃあこれにサインを…」


スッと手渡された紙には「入部届」と書かれていた。


「部長に人望が無く存続が危ぶまれているので是非お願いします」

「千影君!!」


これが俺と都市伝説けんきゅうかいの二人との出会いである。

誰にも話すことのなかった俺の過去、誰にも信じて貰えないと思い封印した記憶。

この人達になら話してもいいと思えたのだ。


「俺は、幼い頃に姉を亡くしました」


そう切り出した。

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