第5話 南の島

「ね……どういうことなの」

 高槻が困惑した声で言った。沈黙が垂れ込める。

「それってさ……」

 及川が口を開いた。

「なんでも出せるのかな」

「……どうなんだろう」

「パンケーキが欲しい」

 及川が呟いた。

「どう?」

 ごとり。窓の下の低い本棚の上に、パンケーキの乗った皿が現れた。

「うわ……」

「食糧問題が解決した……」

「ほんとに食えるのかな」

「水は飲めたぞ」

 及川が両手でパンケーキを掴んで、ぱくりと食す。

「……美味しい」

「どうなってんだ……」

「やったじゃん!」

 横峯が叫ぶ。

「帰りたいって言ったら帰れるんじゃね!」

「なるほど!」

「帰りたい」

 闇は動かない。横峯はがくっと落ち込んだ。

「なんでそれは聞いてくれねぇんだよ」

「与えてくれるのは物質だけなんじゃないかな」

 成瀬が眼鏡を押し上げながら言った。

「あー、そうかも」

「帰れないのか〜」

 横峯が椅子と椅子を連結させたところに力なく横たわった。

「しばらくはこのままなのかも」

「ねぇ!」

 及川がわくわくした表情で言った。

「遊ぼうよ!!」

「遊ぶ?」

「そう! なんでも手に入るんだよ! 欲しいもの頼まないと損じゃん!」

「……そうね」

 高槻がさらりと髪を掻きあげた。いちいちそういう仕草が様になる人だ。

「遊びましょう。そのうち、帰る方法が分かるかもしれないし」

「賛成」

 横峯が体を起こした。

「南の島が欲しい」

 さぁっと出入り口から光が流れた。遠くでウミネコの声が聴こえる。気がつくと、横峯は上半身裸で海に駆け出していった。近くに小島が浮かんでいた。浅瀬がドアの向こうに広がっていた。

「ひゃっほーう!」

 及川も走り出して、膝下を海に浸した。

「冷たい!」

 高槻は微笑んでその様子を見ると、おもむろに靴下を脱ぎだした。俺もここで指をくわえて見ているわけにはいかない。海は嫌いじゃない。靴と靴下を脱いで床に並べ、高槻の後に海へ繰り出した。途端に、適度に冷たい海水がくるぶしを包みこむ。気持ちいい。横峯が手を振っている。近づいていって水をかけると、ひゃひゃと声を上げて、かけ返された。

「お前から始めたんだからなー!」

「なんだよそれ〜」

 こちらが年甲斐もなくばしゃばしゃとかけ合っていると、及川が近づいてきて、何かを渡してきた。

「なんだ?」

「プレゼント」

 よく見ると小さいオレンジ色のヒトデである。

「あぎゃー」

 横峯にぶん投げると、両手でキャッチしていた。

「男子〜可愛そうじゃん〜」

 そうおどけた口調で言う。そしてそっと海に帰している。

「いい子だね、横峯」

「それやめろよ〜」

 口を尖らせている横峯。可愛い。

「クラゲいないですか〜?」

 成瀬がよたよたしながらこっちに来た。来た方向には、扉分の四角い薄暗闇が見えている。

「電気消してくれたんだね〜」

「暗い方が、戻りやすいと思いまして」

「さすが先読みするね〜」

 しばらくばしゃばしゃ遊んでから、島の方に歩いていくと、高槻と及川が砂の城を作っていた。

「クオリティ高っ」

「美術部舐めんじゃないわよ」

 高槻は真剣な表情で堀を作りながらそう言った。

「でもここ、どこなんだろうね」

「暗闇が作り出したんなら、どこか切り取られた空間なのかもしれないわね」

「しばらくここで暮らそうかな〜」

 そう横峯が言って、砂浜に寝転んだ。

「気持ちいいし、授業も宿題もない」

「腐りそうだよな。永遠に出れなかったらどうしよう」

「立花は真面目だな〜知ってる」

「でも、家族にも他の友達にも会えないんだぜ」

「それは確かに堪えるけどさ」

 青い海を映した、潤んだ瞳が俺を捉えた。

「立花がいるんだったら、いつまでもここにいられるよ」

「それは俺もだけどさ……」

 視線が熱くてちょっと顔を背けた。刺激が強すぎる。

「いいところだな、ここ」

 横峯はくしゃっと笑った。

「うん」

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