第18話 因果応報
温泉旅行に向けて、俺とサクヤさんはショッピングを楽しんでいた。
これから先に起こる楽しい事を想像しながら、時折くだらない事を言い合いながら買い物を進めて行く。
そして、俺たちはテラスのある喫茶店で休んでいた。
俺の目の前にはミルクティーが置かれ、サクヤさんの目の前にはミルクティーとケーキがある。
俺はミルクティーを飲みながら、周りを見渡す。
既に夕方時。
学生たちも帰路に着き、人の往来が減ってきている。
これはさっきよりも多少なりとも歩きやすくなったかな。
さっきまではとにかく学生たちが多くて、少々歩きにくかった。
「んくっ……ケントくんはケーキを食べないんですか?」
「いや、俺は良いよ。別に」
サクヤさんに進められるが、俺はそれを拒否する。
別に今はケーキを食べたい気分でもないし、お腹も減っていない。
すると、サクヤさんはむーっとした表情をしながら、もそもそとケーキを食べる。
「……一緒に食べたかったです」
「あ? そ、そうだった? ご、ごめん」
「もう良いです。私が全部、食べちゃいますから!!」
そう言ってから、サクヤさんはひょいっと最後の一欠片を口に放り込む。
それからん~、と頬に手を添えて幸せそうに笑う。
俺はその顔が見れたら、それでお腹いっぱいだ。
さて、サクヤさんもケーキを食べた頃だし、そろそろ……。
「んっ、行きましょうか」
「うん。行こうか」
次の場所へと行こうとした時だった。
ちょうど、俺たちが座っているテラスの前を一人の女の子が茫然自失、といった様子で歩いていた。それはミナミだ。
俺は一旦座りなおし、首を傾げる。
「ミナミ?」
「あ……本当ですね。でも、何だろう……ヒロカズと同じ気配を感じる……」
「ちょ、怖い事言わないで下さいよ……」
ヒロカズの事は記憶に新しい。
いくら忘れようと思っても、あんな事があった以上、そう簡単に忘れる事は出来ない。
俺とサクヤさんが黙って茫然自失といった様子で歩くミナミを見ていると、ミナミと俺と視線が合う。
「あ……」
「……ケント? ああ、け、ケント!! ねぇ、ケント!!」
俺に気付くと、ミナミがやっと会えた、と言わんばかりに俺に駆け寄ってくる。
それから俺とサクヤさんがいる席にまでやってきて、すぐさま椅子に座った。
「ね、ねぇ、ケント!! お金かして!!」
「は?」
「はい?」
さも当たり前のように言うミナミに俺とサクヤさんは目を丸くしてしまう。
一体全体、どういう事だ?
何でいきなりお金の貸し借りの相談を受けなければならない。
物凄くバカらしくなってきた。俺はサクヤさんに声を掛ける。
「サクヤさん、行きましょう。話す事はありませんから」
「あ、わ、分かりました」
「ちょ、ちょっと待ってよ!! ケント!!」
「ちょっと待って欲しいのはこっちだ。お前、俺とはもう関わらないって言ったよな?」
少し前の事を思い出す。
こいつ、ミナミは俺と別れる時にもう二度と、俺とは関わらないという話をした。
そこできちんと約束だってした。
ミナミはもう二度と俺に関わる事はないし、サクヤさんにも関わらない、と。
だから、その時点で俺とミナミに何か特別な関係がある訳でも無いし、友情もあるはずが無い。
そもそも、あんな事をした上でお金を貸して、と開口一番言える段階で、厚顔無恥すぎる。
ミナミは大きく首を横に振る。
「あ、あれは、その場の冗談みたいなもんじゃん?」
「冗談って……俺は最初から冗談で言ったつもりなんかない。行こう、サクヤさん」
「ちょ、ちょっと待ってって!! ねぇ、何で!? あたしが困ってるのに、何で助けてくれないの? アンタ、前に言ったじゃん。あたしが困ってる時は助けてくれるって!!」
「……知らん」
確かに言った。
それは言ったんだ、お付き合いをしている時に。
でも、そのお付き合いを反故にしたのはそっちじゃないか。
俺は心を鬼にして、その場を去ろうとすると、ミナミが俺の腕を力いっぱい掴む。
「ほ、本当に待ってって!! ねぇ、助けてよ、ケント!! 前の事は謝るから!! ね? お願い!!」
「ケントくん……」
サクヤさんはチラリと俺の顔を見た。
それからミナミへと向き直り、毅然とした態度で口を開いた。
「ミナミさん、もう辞めて下さい」
「アンタには関係ない」
「関係あります。私は今、ケントくんと交際してますから」
「……ふぅん? だから何? あたしは今、ケントと話してるんだけど?」
「何を困ってるんですか? 先ほどからずっと貴女は困ってる、としか言いませんが、何を困ってるんですか? お金なら、貴女の持っているブランド品でも売ればいいでしょう?」
「……それはヤダ」
「話しになりませんね」
サクヤさんは嘆息する。
確かに、それは話にならないな。お金を貸して欲しいって事はお金で困っている、という話だ。
だったら、今までいくらでも買ってきたブランド品でも売れば良いじゃないか。
しかし、ミナミは首を横に振る。
「だって、アレはあたしの命だし……け、ケントは前助けてくれるって……」
「いい加減にしろよ!!」
俺は思わず声を荒げてしまう。それにビクっとミナミは肩を震わせた。
「お前が言ったんだろ!? 俺とはもう関わらないし、相談する事も無いって!! なのに、何でお前が困った時だけ俺を頼るんだ!? ふざけんじゃねぇよ!! 俺はお前の便利な道具でも何でもねぇ!!」
「は、はぁ!? 急にキレる事ないじゃん!! ねぇ、ケント……」
「……最後に言う。もう、知らん。お前の好きにしろ。分かったら、とっとと消えろ。俺はお前と話す事は何も無い。今、困ってる事は全部、お前がしでかした事だろ? だったら、てめぇがちゃんと責任持て」
「あ……ま、待って……ねぇ、ほ、本当に……ま、待ってよ……」
縋るような眼差しで俺を見つめるミナミ。
でも、俺はもう彼女を見る事はなく、サクヤさんの手を取り、お店を出て行く。
その時、黒いスーツを来た人、何人かとすれ違ったが、気にする事もないだろう。
俺はサクヤさんの手を取ったまま、お店の外に出て行く。
遠く離れた所まで進み、俺は一つ息を吐いた。
「はぁ……ったく。どんだけ都合が良いんだよ……」
「そうですね……アレはちょっと……」
「何か気分を害しちまったな。最近、何か呪われてるのか?」
何か最近、本当にとんでもない事ばかりが起きている気がする。
ヒロカズの事だったり、ミナミの事だったり。
でも、裏を返せば、これで大きな物事が終わりを迎える、という事でもある。
「……ねぇ、ケントくん。ミナミさんはどうしたんでしょうか」
「さあな。ある程度、想像は出来るけど、全部憶測だ。多分……色々とまずい奴らを相手にしちまったんじゃないかな……金を払ってもらってるつもりが、こっちが払う事になってた、みたいな……。それって、ああいう何も考えてないような人が狙われたりするだろ?」
「あー……そういう事ですか……」
「特にミナミの価値観ってのはどうも歪んでた。ブランド品ばかりを愛して、金が大好きだった。何より、あいつの夢は玉の輿って言うくらいだからな」
前からそうだった。
ブランド品ばかりに目がくらみ、人の事なんてあんまり詳しく見ていなかった気もする。
だからこそ、今回のような恐ろしい事になったんだが。
俺は一つ息を吐く。
「まぁ、結局、あいつもヒロカズと同じで自分のしでかした事を自分で責任を持つ事が出来なかったって事だろ? 心のどこかで俺が助けてくれるかもしれないって、勝手にチョロく思われてたのかもな」
「……難しいですね、本当に。何だか最近、凄く考えさせられます」
「だな。俺もそうだよ」
本当に呪われてるのかもしれない。
こうもおかしな事が立て続けに起こると。でも、これは一つの清算なのかもしれない。
過去に決着を付ける、という意味での清算。
「はあ……なんか難しいな、人間って。でも、これで一つ区切りは付いたんじゃないか?」
「あ……そうかもしれませんね」
「だからさ、後は心を切り替えて、温泉旅行を楽しもうぜ」
「……はい、そうですね。そうしましょう」
その後、俺は言伝で聞いたが、ミナミは高校を退学になったらしい。
それどころか、家ももぬけの殻になっていたという。
多分、この街から居なくなったんだと思う。
でも、俺はそれでも良いと思った。もう一度、あいつが過ちを正して正しい道を歩めるようになるのなら、それでも良い、そう思った――。
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