第17話 ヒロカズの末路
「はぁ~……腹いっぱい……うぷっ……」
「ケントくん、ちょっと食べすぎですよ? 大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫……」
「もぅ……ほら、ちゃんと立って下さい」
「ごめんごめん」
俺は腹を抑えたままお店の外に出る。
デートの終わり、という事で俺はサクヤさんと一緒に夜ご飯を食べた。
それがまぁ、とても美味しくて、ついつい食べ過ぎてしまった。
お腹はパンパンに膨れ上がり、かなり苦しい……。
しかし、こういうのも良いものだ。
恋人と一日を一緒に過ごして、夜ご飯まで一緒に食べる、というのは。
俺はお腹を抑え、ほんの少し蹲っていたが、すぐに身体を上げる。
ふぅ。腹は少々重いけれど、まだまだ動く事は出来る、問題なし。
俺が顔を上げた時。目の前に一人の男が居た。
服装は薄汚れた上着にジーパン。ただ、本来は目を惹く金髪がボサボサで何処か汚らしいというか、何日かお風呂に入ってないなと思ってしまう男がこっちへと猛然と駆け寄ってくる。
ん? 何だ?
強烈な違和感と猛烈な殺気というか、嫌な予感を覚え、俺はすぐさまサクヤさんの前に立つ。
それから向かってくる存在を良く見た。
その整った顔立ちには見覚えが合った。後ろにいたサクヤさんも気付いたのか、声を搾り上げる。
「ひ、ヒロカズ……」
あまりにも変わり果てた姿だった。
前見た時はまだ好青年とも言える雰囲気を醸し出していたのに、今じゃそんなの見る影もない。いうなれば……ホームレス。
ヒロカズは歯を食いしばってから、大声を上げる。
「てめぇらのせいでぇ!!」
猛然と迫るヒロカズはすぐさま右拳を作り、振りかぶる。
おいおい、ちょっと待て!? 何がどうなってんだ!?
俺はその拳を素手で受け止め、ぐっと腕を抱きしめる。そのまま勢い良く足を掛け、ヒロカズを前のめりに倒れさせる。
「うっ!?」
「いきなり何だ!?」
俺はそのままヒロカズの右腕を後ろに拘束し、圧し掛かる。
パンチの一撃も抵抗も薄く、何一つとして力は感じなかった。
ただ、感じたのは彼の狂気ともいうべき気配だけ。
俺は上に乗ったまま声を掛ける。
「何だよ、もう、俺らとは関わりはないはずだぞ!!」
「てめぇらが……俺の人生、狂わせたんだろうがッ!!」
「はぁ!?」
彼が何を言いたいのか全然分からない。
確かに聞いている。
ヒロカズがあの後、どうなったのかについては。しかし、こんな事をするほどになっているなんて。
「全部、お前が撒いたモンだろ!?」
「ちげぇよ!! 俺は何も悪くねぇ!! 悪いはずがねぇんだ!! てめぇらがくだらねぇことをしたから!!」
もはや、会話にすらならない。
ヒロカズはただただ、俺とサクヤさんに向けて殺意のこもった眼差しを向けて声を張り上げるだけ。抵抗する力も何も感じない。
こう言ったらいけないのかもしれないが……自分が悪いと思っていない時点でもう救いようがない。
今回の一件。
全てはヒロカズに責任があるはずだ。
サクヤさんを捨てたのだって彼だし、今までの女遊びが原因なんだとしたら、それも彼の責任。
動画の流出に関してはその流出させた本人が悪かったのかもしれないが、あそこで暴力を振るったという事は間違いなく彼の責任だ。
つまり、どんな状況から考えたとしても、彼の撒いた種が全て花開いただけの事。
それも悪い方向に。
「……ふざけんじゃねぇ。てめぇらぜってー殺してやる!!」
「サクヤさん、警察に連絡して」
「え?」
「もう、話にならないと思う。多分、自分の信じたいようにしか信じられないだろうし、俺たちが何かを言った所でどうにかできるような問題でもない。素直に、大人の力を借りよう」
「……分かりました」
そう言ってから、サクヤさんはスマホで警察に連絡をする。
そんな事をしていても、ヒロカズはずっと同じ事を叫び続ける。
「お前らが俺の人生、滅茶苦茶にしたんだ!! お前らのせいだからな!! だから、さっさとその手を離して!! 俺にてめぇらを殺させろ!! もう、それしかねぇんだよ!!」
「…………」
ずっとそう叫び続けるヒロカズを拘束していると、十数分後。
警察の方々がやってきた。そこで俺はこれまでの経緯の全てを話すと、警察の方々はそうですか、とだけ言い、話を聞く事になった。
そうした結果、ヒロカズは警察に連行される事になり、俺とサクヤさんは事情聴取を受ける形になった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
良く憶えていないけれど。気付いた時には翌日になっていた――。
☆
「……ケントくん、生きてますか?」
「な、何とか……眠たいけど……」
俺は眠い目を擦りながら、図書室に居た。
昨日は結局寝る事なく、両親と一緒に事情聴取を受け、これまでの経緯の全てを話した。
その結果、とりあえず、ヒロカズは俺たちとの接触をする事を禁じられると同時に彼の両親に引き取られた。
その様子を見るに多分、この街から出て行く事になるんだろう。
全てが流出し、彼は全てを失った。
それは耐え難い苦痛かもしれないけれど、全ては彼の責任だ。
サクヤさんも眠い目を擦りながら、うつらうつらとしている。
「ふあ……昨日は本当に大変でしたね」
「そうだな。まさか、あんなに追い込まれてたなんてな……」
「はい。ずっと私たちの事を睨んで……私たちが悪かったんでしょうか?」
「何かそんな気分になるけど……そうじゃないと思う」
俺は首を横に振る。
「だってさ、結局撒いたのはあいつなんだろ? あいつが今までやってきた事の全部が表に出てきて、沢山の人に迷惑を掛けた。そのツケを払うに払えなくなって、自暴自棄になったんじゃないか? だから……俺たちは何も悪くないよ。ちゃんと、俺たちはケジメを付けたんだから」
そう、あの時。サクヤさんは確かにヒロカズに言った。
ケジメを付けるために、別れて欲しいって。それをヒロカズは承諾して、あの場を離れた。
その時点で恋愛関係でもなければ、友人関係でもなかった。
サクヤさんとヒロカズの関係は終わっているのだ。
そうなると、それまで自分自身がどういう人生を歩んできて、どういう結果になるかなんて、全部、自分自身の責任でしかない。
ただ、ヒロカズはその事実から目を背けて、自分の都合の良いように解釈しただけだと思う。
だから、最後まであいつは一切、自分が悪い、という言葉を発する事はなかった。
「警察の人たちも言ってたけど、痴情のもつれが一番怖いらしいからね。怪我がなくて良かったとも言われてたし、その辺りはまぁ、良かったんじゃない?」
「……そうですね。なかなか難しいお話ですね」
「そうかな?」
サクヤさんの言葉に俺は首を傾げる。
「だって、今回の事は最初からヒロカズが全うに生きていたら起きてないと思うよ。最初からサクヤさんと向き合ってたり、一人一人の女性を大事にしていればこんな事起きなかったと思う。
だからこそ、起きたのは自分の責任だって俺は思うけどね。まぁ、そう簡単に割り切れたら苦労しないけど」
一歩何か歯車が違えば、俺もそうなっていた可能性がある。
それは俺だけじゃない。サクヤさんだってそうだ。ミナミだって。
誰だってああなってしまう可能性を孕んでいる。
何かボタンを掛け間違えるように、順調に回っていた歯車が急に乱れてしまうように。
誰にでも起こってしまう過ちなんだと思う。だからこそ、だからこそ――。
やっぱり、世の中きちんと誠実に生きていくべきだと。
「……やっぱり、浮気とかはダメだな。うん。人生を簡単に破滅させちまう」
「ケントくんはそんな事しませんよね?」
「する訳ないでしょ? そういう事をしてどうなるかってのを目の前で見てきたんだからさ。とにかく、ヒロカズの事はもう忘れよう。人生の勉強として胸に留めとくってくらいがいいと思う」
「私もそうします。やっぱり、人は怖いですね」
「うん、怖いよ。怖いけど……ちゃんと話したりすれば分かり合えると思わない? 俺たちみたいに」
確かに人間関係というのは恐ろしい。
ヒロカズのように一歩間違えばとんでもない事にだってなる。
でも、それは表裏一体で悪い所もあれば良い所もある。
俺とサクヤさんが互いに分かり合えたように。きちんと互いに誠実に向き合う事が出来れば、人と人との繋がりを大事にすれば、それはとても素敵なものになるんだと俺は思う。
俺はそっとサクヤさんの手を握り、口を開く。
「だからさ、サクヤさん。俺はずっと君の傍に居る。絶対に離れたりしないからさ。サクヤさんも俺から決して離れないで下さい。ずっとずっと一緒に居て下さい」
「……勿論です。ケントくんも私の傍から絶対に離れないで下さいね、約束ですよ?」
「ええ、約束です。あ、指きりでもしますか?」
「しません」
「えー……まぁ、良いや」
俺はサクヤさんの手を離し、重い雰囲気を変える為に別の話題を振る。
「そういえば、サクヤさん。温泉旅行。ご両親の説得はどうですか?」
「ケントくんの事を話したら、許してくれました。それに温泉も割りと近場なのもあって、ケントくんは?」
「ん? ウチは全然大丈夫。割と放任主義だし」
既に両親には彼女と温泉旅行に行きたいんだけど、という話はしていて、両親から返ってきたのは『気を付けて行って来い』くらいなものだった。
割とウチの両親は子供のしたいようにはさせるのだが、父には少し厳しい事は言われた。
『お前、あんな事があったんだから、変な事に巻き込まれるなよ』と。
それは実際正しい。
高校生という子供が警察沙汰になるなんて親からしてみれば経験して欲しくないはずだ。
それに俺としてもこれ以上、変な事には巻き込まれたくない。
平穏無事にサクヤさんとイチャイチャライフを過ごしたい、というのが本音だ。
せっかくの初めての温泉旅行。全力で楽しみたい。
「だったら、この後、温泉旅行のパンフレットとか準備、一緒にやりませんか? 多分、商店街に行ったら色々あると思いますし」
「あ、良いですね。私も色々と用意したいものもありますし。じゃあ、授業後、一緒に行きましょう」
「はい!!」
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