第16話 ヒロカズのイマ

 俺は何処で間違えたんだ?

 日も沈み、街灯が照らされる街の中を俺はただ、呆然としながら進む。

 ふらふらと、ふらふらと、足取りもおぼつかないままで。

 おかしい。俺は今、何をしている? 何をしているんだ?

 自分で自分が分からなくなりはじめてる。完全に頭の中は冷静じゃなくて、俺は自分の体を本当に自分で動かしているのか?


 これは本当に現実で起きている事なのか。


 俺の脳がそれを拒絶する。


 こんな事、現実な訳が無い。

 たった、たった一度のくだらないミスでこんな事が起こるはずなんて無い。

 俺はただ、茫然自失のまま公園にあるベンチに座る。

 ただ、呆然と目の前を見るだけで、何も考えられない。

 いや、考えられるんだ。でも、それは思考の螺旋、ずっと同じ事だけが巡りめぐっている。


 全ての始まりはクリスマスの日だ。


 俺はあの日、サクヤを捨てた。

 あいつはいつも堅物で、本ばかり読んでいる陰鬱で真面目すぎて、堅物すぎる女だ。

 でも、友人であるリナから紹介され、俺はあいつの体に惚れ込んだ。

 あの身体のラインを隠すような服をしていたにも関わらず、隠しきれていなかった身体付き。それだけがあいつの存在価値で、俺はそれを楽しむが為だけにあいつと付き合った。

 それしかあいつには興味がなかった。

 

 なのに、あいつは俺のそれを拒否した。

 俺は女には困らなかった。

 裏垢で女と連絡を取り、バカな女を釣っては食いまくっていた。それはそれはバカな女ばかりが釣れた。

 メンヘラ地雷女に、不倫を望む不貞な妻、そして、学校にいるちょっと背伸びした馬鹿な女ども。

 まぁ、俺は顔は良かったし、それでなびくバカもいたから、俺は女には困らなかった。

 しかし、あいつは俺を拒絶し続けた。

 どんな手を使ってホテルに連れ込もうとしても、あいつは決して首を縦に振らなかった。

 そんな事を繰り返していたら、あいつにはもう興味すら失っていた。


 だから、少なくともバカな恋人たちが特別視しているクリスマスにでも捨てようと思った。

 あいつが俺を好きになろうと、少しでも恋人らしくあろうとしていたから。

 バカな女を出来るだけ苦しめる為に、俺はサクヤを捨てた。


 あの時は本当に最高だった。


 それにミナミとかいう女も抱けたし、最高の時間だった。

 あいつがショックを受けた顔を見るのも悪くなかったしな。因果応報だ。


 でも……それが多分、悪夢の始まりだった。

 それからも俺は数多くの女と過ごしてきた。サクヤの事なんてもうどうでも良かったし、相手にするつもりもない。

 何処でも好きな事でもやってろ、とまで思っていた。

 

 そうしたら、あいつも男を作っていた。それが無性に腹立たしかった。

 サクヤはまだ、俺の恋人のはずだ、という意味の分からない思考が俺の頭を過ぎって、俺はサクヤを取り返そうとした。

 だって、サクヤの身体は俺のモンだからな、まだ、その関係は続いている。

 他の男が好き勝手やる前に俺がやるのは何も間違いじゃない。


 けれど、それをあの男が邪魔してきやがった。

 いよいよ、我慢の限界だったサクヤを分からせようとしたとき、あいつが割り込んできた。

 俺の腕を抑え、あいつは邪魔をした。だから、俺は排除しようとしたんだ。


 俺とサクヤの間から、あの男を。俺の邪魔をするあの男を!!!


 でも、それが大失敗だった。


 あの時、俺はあの男を何度も何度も蹴った。執拗に蹴り続けた。

 なのに、あの男は全く動じず、俺に脅しを掛けてきた。俺もそんな事にはなりたくなかった。

 

 だって、メンドくせぇから。


 そんな事になったら絶対にメンドくせぇ事になるって思ったから。


 でも、そのメンドくせぇ事になった――。


『ヒロカズ、何、この女!! 私が一番って言ってくれたじゃない!!』

『おい、てめぇ、ウチの女に何、手ぇ出してるんだ!!』

『君、高校生? そっか、高校生がウチの女にね……これは大変な事になったねぇ』


 その暴行をした動画が拡散され、俺の全てが特定された。

 名前も、家も、住所も、アカウントも、全部だ、全部!!

 全部、流出して、俺に対して始まったのは今までの女からの復讐だった。

 

 数多の女に手を出してきたツケなのか。

 全ての女から浮気の賠償請求をされるわ、相手の旦那からブチギレられるわ、それだけじゃない。裏社会に通じていた女までいて、そいつらにまで金品をせがまれた……。


 それら全て学校にすらバレて、俺は学校にすら行く事が出来なくなったし、家も……毎日のようにいたずらされている。


『……ヒロカズ、お前は何て事を!!』

『ねぇ、ヒロカス、答えて!! 何でこんな事をしたの!!』


 ウチの両親にも影響が及んだ。

 会社はクビになり、親戚中からも総すかんを食らった。

 たった一度の俺の行動の過ちによって。俺はもう家にも居られなくなり、ただただ、こうして街の中をさまよい、公園で暮らす事しか出来ない。

 時々、警察が来てもどうする事も出来ず、ただただ逃げ回るだけ。

 全員が敵に見える……。

 


 そう、俺は――全部、失ったんだ。


 

 もう誰とも連絡も通じない。

 もう誰とも会う事も許されない。

 俺の顔も何もかもが割れていて、今も周りから俺を嘲笑する声が聞こえてくる。

 俺はたった一度の過ちで、世界から孤立した。


「何で……何でだ……何で、こんな事になったんだ……」


 俺は自分の顔を覆い、俯く。

 どうして、こんな事になったんだ?

 どうして、こんな事が起きたんだ?

 何でか全然分からない。

 俺は何か間違った事をしたのか? 間違った事なんて一つもないはずだ。

 なのに、どうして!! 


 どうして!!


 どうして!!



 俺は心の中で叫び続ける。

 ぐぅ……っと腹の音が鳴る。もう何日もまともなモノは食べていない。

 お金も無いし、家にも帰られない。帰ったって、どうせ、追い返されるだけだ。


「意味が分からない。悪いのはあの男とサクヤだろう……」


 全てはあの動画を流通させた奴とあの男とサクヤだ。

 だって、あの男は動画で恐喝をし、サクヤは俺を裏切った。

 俺の恋人にも関わらず、俺を裏切り、あの男と一緒に居やがった。

 あいつらだけじゃない。動画を流出させた奴だって、何であの男とサクヤを擁護するような真似をする!?

 世間の奴らだってそうだ!!

 俺の顔が出たせいで、全てが特定され、人生のどん底に落ちたにも関わらず、どうして、あの二人はのうのうと生きている!?

 特定もされる事なく、ネットでも賞賛ばかりされていて!!


 意味が分からない!!


 俺のしている事なんて男なら誰だってやっている事じゃないか!!


 俺の何が間違ってると言うんだ!! 教えて欲しい!!


「……ふー……ふー……」


 内の秘められた怒りは全く収まる気配すらない。

 そうだ、全てはあの二人だ。あの二人さえいなければ、こんな事にはならなかった。

 今頃だって、良い女を抱いて、俺はより優秀な男として存在する事が出来たはずなんだ。

 そうだ。そうに決まってる。


 俺は悪くない。


 俺は何も悪くないんだ。


 こんな状況にした世間とあいつ等が悪い。そうに決まってる。

 俺は立ち上がる。


「あいつ等を探そう。そうだ、あいつ等さえ居なければ……俺はまともな人生を歩めてたはずなんだ……そうだよ……」


 俺は公園のベンチから立ち上がり、ふらふらと辺りを散策する。

 居るはずだ。どうせ、二人で一緒に居るんだろ? お前らが居るから、俺が不幸せになったんだ。

 その責任くらい、お前らが取れよ。


 そう思いながら俺はふらふらと道を進んで行く。

 周りの視線が俺に突き刺さる。

 けれど、何も関係ない。俺にはどうでも良い。今はあの二人を見つけないといけない。

 俺の人生を変えやがったあいつ等にそのツケを払わせなくちゃいけない。


 だって、俺の人生を変えたのはあいつらのせいなんだから。


「ハハ……ハハハ……そうだ、そうに決まってる……あいつ等を地獄に落さないと……俺も地獄に落ちれねぇよ……」


 ふらふら、ふらふら。

 空腹のせいか、真っ直ぐまともに歩く事も出来ない。

 それでも俺は探す。必ず居るはずなんだ、あいつ等はこの何処かに。

 どん、と俺の肩と誰かの肩がぶつかった。


「ご、ごめ――ひっ!?」

「あ……」


 ぶつかってきたのは女だ。スーツを来た女……。

 こいつを利用出来ないか? いや、ムリか。ていうか、こんなブサイクな女に出来る事なんて何も無い。まるで、バケモノを見るような目をしやがって……。

 俺はこんなにもかっこいいのに。

 女どもからはイケメンと言われてたのによ……何か腹立ってきたな。


「おい、何ぶつかってんだよ」

「ひっ、ご、ごめんなさい!!」

「おい、逃げてんじゃねぇよ!!」


 俺が腕を掴むが、女はすぐさま振りほどいて、逃げていく。

 チッ!! 腹が減って力も出ない。

 何だよ、せっかく少しくらい遊んでやろうと思ったのによ。

 俺はふと周りの奴らも見た。周りの奴らは俺を見る目がとてつもなく冷たい。

 何だよ、てめぇら……気にいらねぇな。


「……………」


 俺は逃げていく女の背中を見送ってから、正面に向き直る。

 ああ、全部、気に入らない。

 世界が気に入らない、今、自由に生きてる奴らが気に入らない。

 何で、こんな事になってんだ? 俺は何一つ悪くないってのによ。

 周りからはバケモノのような目で見られて、普通の生活は無くなってよぉ……。

 意味が分からない。

 俺が歩き出そうとしたその時、声が聞こえた。


「はぁ~……腹いっぱい……うぷっ……」

「ケントくん、ちょっと食べすぎですよ? 大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫……」

「もぅ……ほら、ちゃんと立って下さい」

「ごめんごめん」


 何、笑い合ってるんだ? てめぇら……。

 聞き覚えのある声であると同時に今、一番聞きたい声だった。

 聞きたくて、聞きたくて、聞きたくてしょうがなかった。

 俺の人生を滅茶苦茶にして、俺の人生を狂わせた張本人共。

 そうだ、あいつだ。いや、あいつ等だ。

 あいつが俺の人生を滅茶苦茶にしやがったんだ……。

 あいつとサクヤが……。

 俺の……人生を……滅茶苦茶に……。

 俺はすぐに走り出した。あいつ等だ、あいつ等を亡き者にする為に。


 俺の人生を取り戻す為に。


 だって、俺は何も悪くないんだから――。

 

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