第15話 バカップル
「ケントくん、見て下さい」
「ん? あれは……」
激怒された図書室を後にし、俺とサクヤさんは商店街に来ていた。
街でもブラブラ散歩でもしよう、という話になり、やってきたのだが、何やら祭り? のようなものが開催されているらしい。
手を繋いだまま俺とサクヤさんが商店街の入り口へと向かうと、商店街を取り仕切っている人であろう男性の声音が鼓膜を震わせる。
「今日はこの商店街が出来て50年の特別セールだよ!! 抽選会もやってるから是非、参加してね!!」
「抽選会……ですか……」
「うん。商店街で500円以上の買い物で一枚配布だって。しかも、一等が温泉旅行のペアチケット。へぇ、滅茶苦茶面白そうじゃん」
これはタイミングが良かったかもしれない。
こんなイベントがあるのなら、商店街に来たのは正解だ。
何よりこうしたイベント事は楽しまなくちゃ損。
「サクヤさん、せっかくですし、参加してみませんか?」
「そうですね。こういうのも楽しみですし。それで? 何を買いに行きましょうか」
「ん~……そうだな~」
俺とサクヤさんは商店街の中を進んでいく。
やはり、イベント中という事もあり、人通りも多い。俺はしっかりとサクヤさんの手を握ったまま、足を進める。
何か目ぼしい店は無いだろうか。
お? そこで一つ面白そうなお店を見つける。それは本屋だった。
「サクヤさん、あそこに行きませんか?」
「本屋さんですね」
「サクヤさんの読みたい本とかあるかもしれませんし、買いますよ?」
「……自分で買うから良いです。ケントくんはあっちのお店の方が良いんじゃないですか?」
そう言いながら、サクヤさんが指差した先にあるのはスポーツ用品店。
トレーニングシューズや器具のセールを同時にやっているらしく、俺からすれば確かに寄りたい所ではある。
しかし、俺としてはサクヤさんの行きたい所を優先したい。
「いやいや、俺は良いですよ。サクヤさんの行きたい所で」
「じゃあ、私はこっちで良いですよ?」
「遠慮してませんか?」
「遠慮なんかしてませんよ。私はケントくんと一緒なら、その……何処でも良いので……」
てれてれ、と顔をほんのり紅くしたまま言うサクヤさん。
はい、可愛い。俺の彼女が可愛すぎて辛い。
もじもじとするその小動物的な可愛らしさとチラチラとこちらを伺いながらも、その瞳の奥には確かに感じる好意の眼差し。
かーっ!! たまらん!!
「もー、本当に俺の彼女は可愛いな」
「や、やめて下さい、そんな大きな声で……は、恥ずかしいですから……」
「恥ずかしがる必要なんて無いですよ。むしろ、見せ付けていきましょう」
この幸福を誰かにおすそ分けしてもバチは当たらないはずだ。
リア充爆発しろ? 知らんわ、そんなもん。
俺はサクヤさんの手を引き、スポーツ用品店の中へと足を進める。
サクヤさんはピッタリと俺から離れる事なく、店内を見ていく。
「ダンベル……1kg……」
「サクヤさん、持ってみますか?」
「え?」
「サクヤさん、本当に力も体力も無いですから。少しは付けたほうが良いですよ?」
「あー……」
俺は少し心配な事がある。
サクヤさんの体力がとてつもなく低い事と運動神経が無さ過ぎる事。
基本的にインドアなのは知っているが、それを踏まえたとしても、一般的な女子高校生よりも極めて低い。
この運動能力ではいずれ、困る事があるんじゃないか、と俺自身思ってしまう。
「や、やっぱり、そう思いますか?」
「ええ、いざって時とかもありますし」
「……け、ケントくんが守ってくれたりしないんですか?」
「…………」
サクヤさんの甘く蕩けるような甘える声に俺の心は撃沈する。
そういう事を言われたら、男として見せなくちゃいけなくなる。
俺はクールなキメ顔をする。
「当たり前じゃないですか。サクヤさんに近寄る危険は全て、俺が排除します」
「じゃあ、鍛えなくても大丈夫ですね」
「……あれ?」
「だって、ケントくんが守ってくれるんですよね?」
「え? うん……」
あれ? ハメられた?
あー、これは完全にやられたわ。
サクヤさん、俺がそう言ったら絶対にそうするって分かってたやったわ。うわ、悪い子~。
と、心の中では思うものの実際はそうなので、別に構わない。
何よりこういう事は本人がやる気になっていないと意味が無い。
やる気がないのにやったって辛いだけ。だったら、サクヤさんに近寄る悪しき存在を全て俺が排除すればそれでいい。
サクヤさんは何処か安心しきった笑顔を見せ、口を開く。
「ふふ、だったら、私はケントくんの傍にずっと一緒に居ないといけませんね」
「そうですよ。絶対に離れたらダメです」
「……はい」
サクヤさんとの距離が一気に近くなり、ぎゅっと腕にしがみつく。
ほんのり感じるサクヤさんの体温が非常に心地よい。
何か周りからは怨嗟の眼差しを感じるけれど、気にしない。
はっ!! 俺の彼女は世界で一番可愛いんだぞ!! うらやましいだろ!!
そんな事を心の中で思いながらサクヤさんと共に店内を物色し、俺の必要なものを購入する。
「こちら抽選券です」
因みに購入した金額は520円。
抽選券は一枚ゲットした。
そして、俺とサクヤさんが次に向かった場所。それは本屋さんだ。
俺の次はサクヤさんの欲しい物を見て回る事になり、サクヤさんは本棚に並べられた本を見ながら呟く。
「そういえば、ケントくんは勉強が苦手でしたね。どうですか? これを機にお勉強をしてみる、というのは」
「え? いや、良いですよ。俺の脳みそは筋肉で出来てるので」
「それ、自分で言いますか? でも、私個人としては彼氏があまり頭が良くないというのも良くないと思っていて……ケントくん、どうですか?」
チラッチラ、と俺の様子を伺いながら参考書を棚から出したり引っ込めたりしながらチラ見せしてくるサクヤさん。
その動作はとても可愛らしいんだけど、内容が全くもって可愛くない。
むしろ、それは俺にとっての拷問に等しい。
俺は勉強が嫌いだ。大嫌いだ、やりたくない。それはつまり筋トレ等と同じ。
やりたくないのにやったってしょうがないのだ。
俺はそっぽを向く。
「嫌です。やりたくない」
「……楽しいですよ? 新たな発見があったり、分かる喜びというのは、アドレナリンが出ますし。それに一つ分かれば連鎖的に分かっていくので、そういう楽しみもあると思いますけど……」
「確かに。サクヤさんの言う通りかもしれません。けれど、サクヤさん、考えてみて下さい」
「はい?」
何とかして勉強をさせてこようとしているサクヤさんに俺は一つ咳払いをした。
「俺はバカです。頭が悪い。しかし、これは良い面もあるんです」
「良い面ですか?」
「はい。放課後、一緒に勉強が出来ます。つまり、テスト前等に俺に勉強を教える事が出来るんです。でも、俺が勉強を得意になってしまったら、それが出来ない。だって、教えてもらう必要がなくなってしまうから。分かりますか? サクヤさん」
「……そうですね。でも、私と勉強をしないという選択が消える訳ではありません」
「……あれ? だまされないぞ?」
さっきサクヤさんが使った手法と似たものなのに、何故!?
ここはそれは良いですね、とか言いながら、勉強を許してもらえる流れじゃないのか?
「騙されませんよ。それに私はケントくんと一緒に勉強するのも、教えるのも大好きなので、どっちでも構いません。言ったじゃないですか、一緒に居たら楽しいって」
「…………」
俺はこの瞬間、全てを理解した。
俺は多分、一生この子に勝てない。
サクヤさんに尻に敷かれるとかそういう話ではなく、純粋に俺がサクヤさんに弱すぎる。
もう何か、サクヤさんが俺を褒めるだけで嬉しくなって、無為な万能感にあふれてしまう。
それだけじゃなく、俺自身も正直サクヤさんが傍に居たらそれで良いとまで思っている。
これはもはや、バカップルの域だ。
俺がサクヤさんを好きすぎるし、多分、サクヤさんも俺が好きすぎる。
「もー、俺の彼女が彼氏の事、好きすぎ!!」
「なっ!? い、良いじゃないですか……だ、だって、大好きなんですから……ケントくんの、事……」
「……お、俺も大好きですから。お、お互い様、ですね」
「……ふふ、そうですね。それで良いと思います」
本当に俺の彼女が可愛すぎる。
誰か助けて欲しい、マジで。今だって滅茶苦茶嬉しそうに腕にしがみついて、離そうともしない。俺とふと目が合うと柔らかく微笑みかけてくるし、俺はもしかして、今、人生の最高幸福点に到達しているのか、もしや、クリスマスの日に負け組街道まっしぐらだったのに、今、とてつもない勝ち組になっているのか?
俺は考える。
勝ち組……。
つまり、今なら狙えるのかもしれない。
「サクヤさん、本は買いますか?」
「ん~……色々見ましたけど、あんまり欲しいのは無かったですね」
「だったら、今から抽選しに行きませんか?」
「抽選ですか?」
「はい。今、この幸福を持つ状態なら行ける気がするんです!!」
俺は抽選券をサクヤさんに見せながら言うと、小さく頷く。
「分かりました。ケントくんが言うならやってみましょう」
「ありがとうございます!! では!!」
そうして、俺とサクヤさんは商店街の入り口にあった抽選会場へと足を運ぶ。
抽選のタイプはガラガラ鳴って回るタイプ。
俺は抽選会場を取り仕切るおじさんに抽選券を渡す。
「これ、一回やらせて下さい」
「お? 高校生のカップルかい? そんなにピッタリくっついてラブラブだねぇ」
「あ、あはは……ラブラブなので」
「ちょ、ちょっと……」
俺の言葉にサクヤさんは恥ずかしがるが、おじさんはにこやかに笑う。
「そんな二人の愛に幸福がありますようにってな。ほれ、回してみな」
「サクヤさん、二人で回そう」
「え? わ、分かりました」
サクヤさんがまずガラガラの取っ手を握り、その上から俺が優しくサクヤさんの手を握る。
それから優しくガラガラを回す。
ガラガラ、ガラガラ、と小気味良い音が流れ、カタン、と金色に輝く玉が落ちてくる。
ん? 金?
俺とサクヤさんがその金色の玉を見ていると、おじさんが高らかに鈴を鳴らす。
「アッハッハッハ!! すげぇな、兄ちゃんたち!! マジで一等、大当たりって奴だ!!」
「え!? マジで!!」
「ほ、本当ですか!?」
「おう。マジよ、マジ!! かーっ!! 若いってやっぱすばらしいねぇ。お二人とも、これからも末永くお幸せにな。ほら、これチケットだ」
そう言いながら、俺はおじさんから細長い白い封筒を頂き、その場を離れる。
恐らくこの中に温泉旅行のチケットが入っているんだろう。
ま、まさか、本当に当たるなんて……。
俺が困惑していると、サクヤさんも首を傾げる。
「ほ、本当に当たるなんて……ど、どうしますか?」
「どうって……使うしかないけど……」
中を確認する。確か景品だとペアチケットだったはず。
そうだ、やっぱり、ペアチケットだ。それも一泊二日。なら……。
「サクヤさん、一緒に行きませんか? これ……せっかく二人で当てたんですし……」
「……はい、私は行きたいです。ケントくんと温泉旅行!!
「はは、じゃあ、行きましょう!!」
こうして、俺とサクヤさんは後日、温泉旅行に行く約束をした――。
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