第14話 取り返しの付かない事
学校が始まった。
色んな事があった冬休みが終わり、俺は今、廊下を少しばかり早足で進む。
既に始業式を終え、午前中だけの学校生活も終わった。
俺ははやる気持ちを抑えながら、廊下を進む。先生やこれから帰るであろう生徒たちとすれ違っていくが、俺は全く気にしない。
とにかく、今は会いたい人が居る。
俺は普段ほとんど行く事の無い図書室に到着し、静かに扉を開ける。
ガラガラっと扉を開き、最初に飛び込んできたのは――。
「本当にすいませんでした!!」
「え、えっと……リナちゃん、だ、大丈夫だから……」
「本当にッ!! すいませんでしたッ!!」
図書室の貸し出し口で手本となるような見事なまでの土下座をする見た事もない女子生徒。
ポニーテールにしていて、何だか活発そうな女の子だ。
そして、その前でオロオロしているサクヤさんの姿があった。
いや、どういう状況?
俺が首を傾げていると、サクヤさんが俺に気付く。
「あ、け、ケントくん。た、助けて……」
「え?」
「待って、サクヤ!! お願い、捨てないで!! 貴女に捨てられたら、私は生きて行けないの!! 本当に許して!!」
ガシっとサクヤさんの足元にしがみつき、涙を流す女子生徒。
一体全体どういう事だ? サクヤさんもその女子生徒を無碍には出来ないのか、足にしがみついた状態の女子生徒を見て困惑している。
対する女子生徒はぎゅーっとサクヤさんの足を離さず、抱きしめている。
もはや、恥も外聞も捨てた行為。俺は膝を折り、しがみ付く女子生徒に声を掛ける。
「あ、あの~……サクヤさんが困ってるんで離してもらっても良いですか? 後、ここは図書室なので……他の生徒たちに迷惑が掛かりますから……」
「ダメよ!! 離したら、サクヤが何処かに行ってしまう!! ああ、そうよ。きっと、私に愛想を尽かせて何処かに行ってしまうんだわ。私があんな最低な男を紹介してしまったばっかりに!! ごめん……ごめんね、サクヤぁ……」
さめざめと泣き始める女子生徒。
何というか……普通に良い子じゃないか? 色々と気付くのは遅いかもしれないけれど。
俺は女子生徒の肩に手を置く。
「とりあえず、サクヤさんの足を離そうか。ね。タイツが涙と鼻水でだらだらになるから、ね」
「……ぐすっ、はひ……」
「……リナちゃん、大丈夫だよ。そんなに謝らなくても……」
サクヤさんはスカートを巻きながら、膝を折り、リナと呼ばれる女子生徒と目線を合わせる。
「だって、リナちゃんは彼の友達で、その本性まで知らなかったんだから。全部、アイツが巧妙に隠してたのが悪いだけ。紹介した貴女は悪くないよ」
「うぅ……サクヤぁ……」
「それに、そのおかげで良い出会いもあったんだから。だから、ね? もう泣かないで。こんな事でリナちゃんの友達を辞めるなんて全然無いから」
「ホント?」
「本当。だから、部活に行って来ないと」
「……うん。分かった。ごめんなさい……」
ペコリ、と一つ頭を下げてからリナさんは図書室から出て行く。
何やら部活がある、という話らしいが。俺が首を傾げていると、サクヤさんが一つ息を吐いた。
「ごめんね、ケントくん。何か変な所見せちゃって」
「いえ、全然……でも、あの子は?」
「あの子はヒロカズの友達でね、私の友達なの。それでほら、前に話したでしょ? ヒロカズを紹介した友達。それがあの子」
サクヤさんは近くにあった椅子に腰掛ける。
それから俺はその隣に移動し、同じように椅子に座る。
それを見てからサクヤさんは言葉を続ける。
「ほら、あの出た動画をあの子も見たみたいで。この冬休みの間、ずっと悩んでたみたいなの。それで、私に謝るにも謝れずにズルズル来ちゃって、ついさっき、いきなり土下座をしてきたの」
「あー……なるほどね。大体、状況は分かってきたよ。あの動画でヒロカズの本性を知ったから、サクヤさんとは絶対に合わないって分かったんだ」
「うん、そうみたい。だから、ヒロカズって多分、相当巧妙に本性を隠してたんだと思う」
「サクヤさんの前であんなに分かりやすかったのに?」
サクヤさんの前のヒロカズは全然、そんな感じじゃなかったけど。
しかし、サクヤさんは首を横に振る。
「それは私が彼にとって都合が悪かったからだと思うよ。都合が良い女の子には良い顔をしてたんじゃないかな?」
「なるほどね……でも、ああやって真正面から謝れるってのは良いな」
「うん、あの二人を見た後だとね。リナちゃんは本質的には悪い子じゃないから」
「だと思う。何せ、サクヤさんの友達なんだから」
サクヤさんの友達が悪い人な訳が無い。
すると、サクヤさんもニコリと微笑む。
「うん。良い子だよ」
「……そういや、一つ。サクヤさんの耳に入れておこうと思った事があったんだ」
「あ、私もあるよ」
今日の朝、学校に来た時からずっとサクヤさんに伝えたい事があった。
勿論、この後にデートをするというのは確定事項ではあるのだが、それ以外にも一つだけ、どうしても伝えなくちゃならない事があった。
しかし、どうやらそれはサクヤさんも同じらしい。
「じゃあ、サクヤさんから話してよ」
「うん。あのね、ヒロカズが学校に来てないみたい」
「……こっちはミナミだ。学校に来てないらしい。しかも、連絡も取れないと来た。俺のダチがそう言ってて、ビビったよ」
そう、それは朝来た時、俺はクラスメイトに茶化された。
お前の彼女が学校に来ないのってクリスマスにヤったからなのか、って。
でも、そんな事あるはずが無いし、俺とミナミにもう関わりは無い、という話もした。
クラスメイトの奴らは当然驚いてはいたし、話を聞くに、ミナミとは一切の連絡が取れないという状況らしいのだ。
しかも、ご両親が連絡をしても、だ。
サクヤさんは顎に手を当て、呟く。
「そうですか……何か危ない事に巻き込まれて無ければ良いですが……」
「でも、もし、そうなら自業自得だ。俺は忠告したし、アイツが撒いた種だから」
「……そうですね。最初からそういう話でしたし」
「うん。だから、もしも、サクヤさんの方にも何か来ても突き返してね。手助けする必要はないから」
「分かってますよ。ここで手を貸したら、多分、あの人は同じ事を繰り返しますから」
そうだ。
こればかりは本当に一度痛い目に遭わないと多分治らない。
それがどういう結果になるにしろ、自分でやった事は自分でケツを持たなくちゃいけない。
ケジメっていうのは自分で付けるしかないんだから。
「それで? ヒロカズの方は?」
「動画が予想以上の広がりを見せていて、どうやら、学校までもが特定されていたみたいで。ヒロカズ、学校にまで呼び出されたそうですよ?」
「え!? マジで……」
「はい。しかも、ニュースにまで取り上げられて、青少年の暴行とか何とか……」
「マジか……全然、知らなかった……」
俺はあれからヒロカズの動向は正直見ていなかった。
あの動画がその後にどのくらいバズっているのかは分からなかったけれど、どうやら、全国区になるくらいは広まっているらしい。
そういえば、少し前にバカな事をして拡散されて人生が終わる、みたいな事も断続的に起きていたっけ。多分、あいつは今、その路線を進んでいるのかもしれない。
何ていうか、たった一つの軽率な行動でここまで転がり落ちていくものなんだな、と思ってしまう。
「……怖いな。俺たちの事は?」
「私たちの事は出ていないみたいです。やはり、殴った方が強くフューチャーされてるみたいで。ただ……」
「ただ?」
「ケントくんの体幹がかなり強いと話題にはなったそうです。スポーツ選手の可能性がある、と……」
「……バレなさそうだな」
だとしたら、一般人から絞るのはほぼ不可能じゃないか?
何せ、ヒロカズの方は顔まで出ているが、俺とサクヤさんは濃いモザイクをしてあるし。
多分、大丈夫だろう。
「けど、何かこうして学校に来ると色々な情報が入ってくるな」
「そうですね。ヒロカズに関しては噂ですけど、かなりの女性と関係を持っていた事が原因で……その、退学、という噂も……あるとか、無いとか……」
「え? た、退学って何でまだ……」
「その、関係を持った女性の数があまりに多すぎて、その不倫とかもあったみたいで……」
「……いよいよ救えねぇな」
「はい……裁判沙汰にもなってるとか何とか……」
「……詰んでないか?」
それはまずい。いや、本気でまずい。冗談抜きでまずい!!
多分、アレか? 裏垢か? そういや、あの時コメントで裏垢持ってるみたいな事書いてる奴いたよな。
あれで、あー、女性の関係も洗い出されたのか。
それで相手の旦那からみたいな……。
俺は背筋が凍る。怖すぎだろ……。
「ひえ……想像するのやめよ」
「はい、辞めた方がいいです。多分、今、彼は人生の瀬戸際に立ってますから……」
「……サクヤさん。俺、誠実に生きるよ。真面目にサクヤさんだけを愛して、生きていく。マジで」
「私もそういます。ケントくんだけを好きでいるようにします。ていうか、それが当たり前なんですけどね」
「確かに……」
そういう考えに至っているのがまだ毒されている証拠か。
俺はふぅっと一つ深呼吸をしてから、ぺちぺちと頬を叩く。
「あんまり考えないようにしよう。今日はせっかく、この後サクヤさんとデートなのに」
「……はい、そうですね。私、ずっと楽しみにしてました、制服デート」
そう、今日は学生の憧れ制服デートをする日だ。
因みにウチの学校はブレザーに無地のズボンというスタイル。
両方とも黒で、サクヤさんはそこにピッチリとした黒タイツまで履いているから、全身真っ黒だ。
しかし、だからこそ、制服だからこそ、サクヤさんの足のムッチリ感とブレザーでは隠しきれないおっぱいが見れるのは目の保養になる。
俺がじーっとサクヤさんのむっちり太ももを見ているのがバレたのか、サクヤさんが手で隠す。
「……何を見てたんですか?」
「何も見てません」
「……太もも見てましたよね?」
「見てません。タイツの網目を数えてました」
「見てるじゃないですか!! もー、えっちですよ、そういうのは」
「……ごめんなさい」
素直に謝罪すると、すすっとサクヤさんが近づき、耳元で囁く。
「そ、そういうのはここじゃなくて……も、もっと人目の無い所にして下さい……」
「…………」
それは反則じゃろうて。
俺の右耳をくすぐるように、囁かれたサクヤさんの美声。
そして、男を挑発するかのような声音と文言。それは俺の理性を刈り取るには充分すぎた。
しかして、こんな所で男の獣性を発揮する訳にはいかない。
俺、中田ケントは『紳士』として名が通っている。つまり、ここで俺のすべき選択はただ一つ。
「分かりました。じゃあ、行きましょう」
「え?」
「え?」
「あ、あの……ちょ、ちょっとしたじょ、冗談だったんですけど……」
は? は? は?
え? もしかして、サクヤさんって男の純情を弄ぶ悪魔なの?
「じょ、冗談!? 布団が吹っ飛んだくらい面白くないんですけど!?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!! 聞き捨てなりません、布団が吹っ飛んだは面白いじゃないですか!!」
「え、そっち!? くっそしょうもないですけど!?」
「しょ、しょうも無くないです!! ていうか、太もも触らせるわけないじゃないですか!! まだ!!」
「まだ、はい、今、言質頂きました。まだって事はいずれって事ですね。で、いつですか? 今日ですか? 今日ですか? 今日ですか?」
「ち、違います!! も、もっとこう仲良くなってから、です」
「えぇ!? これ以上仲良くってそれはもうセ――」
と、俺が言おうとした瞬間。
「ゴホンッ!!」
とてつもなく大きな咳払いが聞こえた。
俺とサクヤさんがその咳払いをした方向を見ると、そこには先生が居た。
先生は俺とサクヤさんを鬼の形相で睨み付けていた。
「二人とも、図書室ではお静かに!!」
『……はい』
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