第11話 同じ気持ち

「うぅ~……寒いっすね~」

「そうですね。お店の中が暖かかったからですかね」


 俺とサクヤさんはさっきまでファミレスの中に居た。

 今日は大晦日。これから初詣まで一緒に過ごす為、ファミレスで時間を潰していた。

 ずっと俺とサクヤさんの身の上話や他愛の無い話をしながら過ごした。

 その部屋の暖と暖かい話をしていたせいか、心はポカポカしていたが、どうも外はまだまだ寒い。

 俺が身体を震わせ、ポケットの中に手を入れていると、サクヤさんが手を差し伸べる。


「繋ぎますか?」

「良いんですか?」

「はい。はぐれてしまうかもしれませんから、ケントくんが」

「俺ははぐれませんよ。何言ってるんですか」


 と、言いつつも俺はサクヤさんと優しく手を繋ぐ。

 手にはじんわりとしたサクヤさんの温もりを感じる。改めて思うけれど、俺に比べて小さな手。

 細く、優しく、繊細で。けれど、心に届くくらいにまで暖かい。

 俺は一度ぎゅっと強く握ると、サクヤさんがえ、という驚いた顔をする。


「ケントくん?」

「サクヤさんの手ってあったかいですよね。体温高いんですか?」

「……そ、そうですか? けど、ケントくんの手もその、あったかいですよ?」

「そ、そうですか? あはは……」


 何だかそう言われると照れてしまう。

 それはサクヤさんも同じなのか、ほんのり頬を赤らめている。

 そういえば、今日はずっと手を繋いでいるけれど、手を繋ぐって恋人同士でやるものな気はしている。勿論、嫌という訳では無い。

 ただ、サクヤさんが拒否しないって事はもしかして、そういう事、何だろうか。


 勿論、俺はサクヤさんの事は好きになり始めている。

 本を読んでいる時はとても穏やかで深窓の令嬢のような雰囲気を纏い、でも、動物たちを前にすれば子供っぽく喜んで、そして、怒るべき時には強く怒る事が出来る。

 穏やかかと思えば、毅然とした態度を取っていて、時々、おっかない時もあるけれど、本質的には優しい人。

 俺は確かに、鷺ノ宮サクヤさんに惹かれている。


 俺はサクヤさんの手を引いて歩き始める。


「そろそろ、動きましょうか」

「そうですね」


 ニコっと優しく笑うサクヤさん。

 その笑顔を見るだけの俺の心はきゅん、となる。

 本当に可愛らしい。一瞬、見蕩れてしまいそうになるくらいには。

 俺は一つ咳払いをする。


「どうしましたか?」

「いえ、何でも無いです。そういえば、サクヤさんは今年一年、どんな一年でしたか?」

「どんな一年……そうですねぇ……」


 しばし考えた様子を見せてから、にこりとサクヤさんは笑う。


「今年は色々な事がありましたね。初めて、恋愛というものを知った一年だと思います。今年の位置文字を現すのなら『恋』ですね。何だかんだ、この『恋』に振り回された人生でしたから」

「恋に振り回された……あー、クリスマスの事とかもですか?」

「そうです。それも含めて。中学生から高校生になる時に、自分の中で恋愛小説が物凄くブームになって、こんな恋がしてみたいな、なんて思うようになって」


 思い出すように語るサクヤさん。


「付き合ってみた人がとんでもない人で、クリスマスで普通に浮気されて、ケントくんと出会った。何だか12月に密集してますね」

「でも、こういうのって後半にあるのが印象に残りますよね。俺もそうですもん」


 俺は一年間を思い返しながら口にする。


「ミナミにずっと振り回されて、今じゃ、もう彼氏なのかどうなのかも分からない。別れ話も出来てないですし。ケジメも付けられて無い。出来れば、年内に付けたかったですけど……」

「じゃあ、あの時、話しておくべきでしたね……」


 サクヤさんはほんの少し後悔を顔に覗かせて言うけれど、俺は首を横に振る。


「いや、あの時は難しかったと思いますよ。何かミナミは他の男に夢中だったし……」

「それですよ。私はそれが少し信じられません。ケントくんを放っておいて、他の男の人と当たり前のように浮気をするなんて。ケントくんは嫌だと思わないんですか?」

「えっと、正直、もう嫌とかそういう感情もないですね」

「え? そうなんですか?」


 俺の言葉にサクヤさんが首を傾げる。

 俺はその真意をサクヤさんに話す。


「正直な話、もう俺の中にミナミへの気持ちはもうありません。言ったらいけないかもしれませんけど、もう気持ちなんてありません。それに浮気で傷つくのってその人の事をまだ大事に思ってるからだと思います。でも、俺にもうそんな気持ちが湧き上がる程の気持ちはありませんから。

 でも、ケジメは付けるべきです。きちんと、関係の終わりは迎えないと」

「……それで良いと思います。ケジメを付けないとだって、次にいけませんもんね」


 そう。サクヤさんの言う通りだ。

 俺はまだミナミと恋愛関係は続いている。彼氏彼女という関係は未だに継続しているんだ。

 これが残ったまま、俺がもしも、サクヤさんと関係を持ってしまったら、それはあいつらと同じ事をしている事になる。

 それじゃあ、俺はヒロカズやミナミと同じ穴の狢になってしまう。

 そんな事、出来るはずがない。

 俺はアイツ等とは違う。ちゃんとケジメを付けるべきだ。それが人間として最低限の礼儀。


「うん。次にいけないから」

「私はそういうちゃんとしてる所、好きですよ。ヒロカズさんの時だって、ケントくんは私が言うのを待っていたんですよね?」

「あ……わ、分かってたんですか?」


 え? 意図が伝わっていた事が何だか恥ずかしくなると、サクヤさんはクスクスと笑う。


「勿論ですよ。ちゃんと私が言うべき事は言わせようとしてましたよね? それは何となくですけど、伝わってました。だって、あの問題は私の問題ですから。それに他の人が介入してしまったら、大変な事になっちゃいますからね」

「そういう事です、何か嬉しいです。気持ちが通じ合ってるみたいで」

「そうですね。私もそう思います」


 二人でそんな話をしながら、俺とサクヤさんは商店街を抜け、地元の神社を目指す。

 地元の神社へと進む道は初詣目的の人だかりが多く出来ている。

 かなりの数だ。歩くのもままならない。境内に進むのも一苦労だ。

 俺はそっとサクヤさんを抱き寄せる。


「サクヤさん、あんまり離れないで下さいね」

「へ? あ、は、はい……」


 俺は出来るだけ他の人たちから離れないように、サクヤさんを抱きしめる。

 それに一瞬、サクヤさんの身体が強張ったような気がした。


「大丈夫ですか?」

「……え? あ、その……だ、だい、じょうぶです……」

 

 少しばかり恥ずかしいが、サクヤさんとはぐれない為に必要な事だ。


「け、ケントくんの胸板……け、ケントくんに抱きしめられてる……?」

「サクヤさん? 何か言いましたか?」

「い、いえ!? な、何でもないですよ!?」

「そうですか……ちょっ!?」


 俺が歩き出そうとした瞬間、いきなり腹部に妙な感覚を覚える。

 上着の上からツーっと優しく撫でられるような感覚。

 俺が目を丸くすると、サクヤさんが人差し指で俺の腹を撫でていた。

 ぞわぞわして、何だかくすぐったいし、サクヤさんは怪訝な顔をしている。


「……わ、私と全然違う」

「あの、サクヤさん? ちょっとくすぐったいんですが……」

「へ!? あ、ご、ごめんなさい!? つ、つい……触りたくなっちゃって……」

「アレですか? 硬くてビックリしました?」

「はい。何というか、こうしてると、凄く安心して……包み込まれてるっていうか……い、良いですね」

「良いですか……」


 何処か嬉しそうにはにかむサクヤさん。

 抱きしめられるのが嬉しいってそういう事で良いのか?

 俺は疑問が頭の中に思い浮かぶが、すぐに消し去る。まぁ、くすぐったさは別に我慢すれば良いし、この人ごみを抜ければ、いつも通り手を繋いで歩けば良い。

 俺は出来るだけサクヤさんをぎゅっと抱き寄せたまま、歩き続ける。

 賽銭箱の前には既に多くの人だかりが出来ていた。これでは、賽銭を投げる事は出来なさそう。


「どうしますか? サクヤさん。これだと賽銭投げるの結構遅くなりそうですけど」

「待ちましょうか。せっかく来たんですから」

「分かりました。じゃあ、待ちましょう」


 サクヤさんの言う通り、俺はサクヤさんと共に0時になるのを待つ。

 すると、サクヤさんが唐突に口を開いた。


「ケントくんは来年、どんな年にしたいですか?」

「来年ですか? そうですね……」


 俺は考える。来年、どういう年にしたいのか。

 その時、俺はふとサクヤさんの顔を見てしまう。

 我ながら、俺の思考は今、サクヤさん一色に染まっている。

 そうなると、俺の考えはただ一つだ。


「サクヤさんと一緒に楽しい時間を過ごす年、ですかね。今年は色々辛い事が後半にいっぱいありましたから、来年はサクヤさんと一緒に過ごして、楽しい時間を過ごしたいです」

「……ふふ、私と同じです。私もケントくんと楽しい時間が過ごしたいです。ケントくんと一緒に……その……恋愛、出来たらなって……」


 サクヤさんの言葉を聞いて、俺は察する。

 これはつまり、そういう事だろうな、と。俺は大きく頷く。


「そうですね。俺もそれが良いです。サクヤさんと恋愛したいですけど、ちゃんとケジメを付けないと。そうじゃなくちゃ、サクヤさんに嫌われちゃいますし、何より、アイツ等と同じになってしまいますから。ですから……待っててくれますか?」

「……勿論です。いつまでも待っていますよ、ケントくんが言ってくれるのを」


 何というか、安堵感が物凄く強い。

 良かった、サクヤさんも俺を好きでいてくれて、という。

 でも、この気持ちをまだ互いに伝える訳にはいかない。

 伝える前に、俺にはやらないといけない事があるんだから。

 俺はスマホを見つめる。もうすぐだ。


「もうすぐですか?」

「はい。もうすぐです」


 俺はサクヤさんにスマホを見せる。

 そのスマホを二人で眺め、0時になったのを見つめ、俺とサクヤさんは手を合わせ、目を閉じる。

 そして、二人とも思う。


『来年は互いにとって良い年でありますように』


 と。

 二人がしばし神への祈りを捧げてから、俺は軽く顔を上げる。


「サクヤさん、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」

「はい、ケントくんもあけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたしますね」


 そうして、俺たちは新しい年を迎えた――。

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