第10話 対比

 俺とサクヤさんはあれから毎日のように会っていた。

 年末にデートをするという約束を果たす為に。その努力の甲斐あってか、俺の宿題は無事に終える事が出来た。

 そうして迎えた大晦日。俺とサクヤさんは地元にある商店街に来ていた。

 大晦日という事もあり、人通りは多く、年末セールが目白押し。

 宿題をしながら何をするのか、というのを二人で色々と話し合い、ゆったりと散歩でもしよう、という話になり、俺たちは商店街の入り口に立っている。


「しかし、本当に人が多いですね。これが大晦日パワーか」

「そうですね。本当に……」


 商店街の一本道を一望できるのだが、とにかく人の往来が激しい。

 普通に歩く分には問題ないのかもしれないが、万が一、逸れてしまう可能性だってある。

 俺はサクヤさんに手を差し伸べる。


「普通に歩くとはぐれそうなので、手でも繋いで行きますか?」

「……え?」

「あれ……あ、子供っぽかったですかね?」


 流石にこどもっぽすぎたか?

 俺たちも高校生。流石にはぐれるって事は無いとは思うけれど、万が一という事がある。

 も、勿論、サクヤさんと手を繋ぎたいという下心があるのは事実だが、理由ははぐれる可能性を少しでもなくす事だ。

 決してやましい気持ちは断じて無い。

 サクヤさんは一瞬戸惑った様子を見せるが、すぐにぎゅっと優しく俺の手を掴む。


「で、では……遠慮なく……あ、少し冷たいですね」

「あ~、て、手袋はあんまりしないので。あったかい方が良かったですか? 今すぐこう両手を擦り合わせて……」

「いえ、こうして繋いでいれば暖かくなりますよ」


 ニコっと黒縁眼鏡の奥にある瞳が優しげに笑う。

 その安心しきった顔に一瞬、俺の心臓がどくんと強く高鳴る。

 最近、サクヤさんが物凄く可愛く、そして、綺麗に見える事が多い。

 うっすらとお化粧をしている事もあるが、それ以上に何というか……綺麗になった気がする。

 だから、こうしてドキドキする事も増えて、俺はサクヤさんに魅了され続けている。


「そ、そうですね」

「あ、照れてますか?」

「て、照れてませんよ。サクヤさんこそ、顔が赤いですよ?」

「へ? ち、違います!! これはちょっと厚着しちゃっただけですから!!」

「本当ですか~。本当は手が繋げて嬉しい、みたいな風に思っちゃったりしてませんか?」

「し、ししし、してませんよ!!」


 顔を真っ赤にしてぷんぷん、といった可愛らしい様子で怒るサクヤさん。

 こうして怒る姿が可愛くて、いつもついついからかってしまう。

 サクヤさんは俺から手を決して離さずに、そっぽを向く。


「いじわるする人とはお話しません!! もう、先に行っちゃいます」

「手を繋いでたらいけませんよ?」

「あ、貴方を引きずってでも行くんです!! ていうか、早く歩いて下さい!!」

「分かりました」


 くいくい、っと引っ張るサクヤさんに導かれるままに足を進める。

 商店街の中は何処も年末セールをやっていて、物がとにかく安い。

 店先に出ている商品を見るだけでも結構楽しいぞ。


「お? このカバンは……結構、良いやつですね」

「そうなんですか? あまり中に物が入らないような……」


 俺が目を付けたのは女性ものの小さなカバン。

 確かにハンドサイズでそんなに物が入る訳ではない。しかし、これが良い物の理由は。

 俺はメーカーを見せる。


「これ、海外の有名ブランドなんですよ。お店の人の趣味なのかな? 値段もそれなりに張るなぁ、やっぱり」

「うわ……ゼロがいっぱいですね。こういうのをケントくんは買ってたんですか?」

「ええ、それはもう……」


 今になっては苦い思い出だ。

 デートに行く度に0がいっぱい並んでいるものを買って、今だってこういうのを勝手に目で追ってる自分が居るし。

 どうも、癖、というのはなかなか抜けないらしい。

 サクヤさんはそのカバンを見つめ、首を傾げる。


「こ、これで、この値段ですか……ブランド品というのは難しい世界ですね。私はどうしても実用性を重視してしまうので」

「俺もですよ。正直、ミナミがあんなにもブランド品に執着する理由が分からなかったし……人の価値? がブランドで決まる云々みたいな事を言ってましたけど」


 昔の事を少しだけ思い出す。

 そういえば、しきりに言っていたっけ。

 ブランドやお金がその人の価値を示す、だったか。

 確かにお金は大事だ。生活をする上では必要なものであるし。でも、それが全てだとは思わないのが俺の考えだ。

 サクヤさんも同じなのか、少しばかり眉をひそめる。


「なかなか難しい話をしますね。確かにお金は大事です。でも、それはあくまでも身の丈にあったもので、それ以上を望むと人は破滅します。お金はおっかねぇ、ですから」

「……え?」

「……はっ!? 聞かなかった事にして下さい!!」


 今、滅茶苦茶下らないシャレを言わなかったか?

 お金はおっかねぇ、みたいな……。

 俺がサクヤさんを見ると、サクヤさんは視線を逸らし、お店の中にある衣服やバッグを見ている。

 何かちょっと顔が赤いのは気のせいだろうか。

 俺はむくむくといたずら心が湧き上がってくる。

 お? バックとか良いかもしれない。


「ああ、このバックを見ていると、心臓がバックバックしてくるぜ~」

「……ふふっ」

「え?」

「……何でもありません」


 今一瞬、笑ったよな。

 もしかして、サクヤさんって滅茶苦茶下らないシャレとか好きなのか?

 これは良い情報なのかもしれない。今は一旦、聞かなかった事にしよう。

 俺は手に持っていたバックを棚に戻すと、サクヤさんは気持ちを切り替える為か一つ咳払いをする。


「おほんっ!!んんっ!! ふぅ……」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です、問題ありません。さあ、次の場所に行きましょう」


 サクヤさんに導かれるがままに足を進める。

 それからどれくらい歩いただろうか。特に何かを買う訳でもなく、ただただ手を繋ぎながら商店街を歩き、何気ない時間を過ごす。

 こんな幸せな時間があっても良いのだろうか。

 そんな時間をかみ締めている時、サクヤさんが怪訝な表情に変わる。


「ん……あれは……」

「どうかしましたか? あ……」


 サクヤさんが怪訝な表情をした先。それを見た瞬間、俺の心臓が急激に高鳴る。

 何故かは分からないけれど、冷や汗が流れ始める。

 俺の異変を感じ取ったのか、サクヤさんが俺の手を引っ張り、導く。


「ケントくん、こっちです。姿を隠しましょう」

「え? あ、ご、ごめん」

「いえ。動揺する気持ちは良く分かりますから」


 商店街にあった店先の看板の影に隠れ、俺とサクヤさんはさっき見たものの様子を伺う。

 そこにはミナミが居た。

 ミナミだけじゃない。ヒロカズも居る。二人は何やら商店街の品物を見ている様子。

 つまりはデート、か……。

 ミナミに関しては未だに連絡が通じていない。

 別れたい、という話をしたくても、連絡が出来ないのならどうしようもないし、電話をしたって繋がらない。だから、何かあったのかなと思っていたが……。

 未だにヒロカズと繋がっているとは。

 サクヤさんはその様子を見ながら、呟く。


「声も聞こえますね」

「うん、聞こえるね」


 周りはガヤガヤしているが、それでもミナミは元から声の通りが良いし、ヒロカズの声も僅かながらに聞こえてくる。

 ミナミは退屈そうにスマホを操作しながら言う。


『ねぇ、この辺りに良いお店があるって言うから、来たのに。全然無いじゃん』

『ちょっと待ってくれ、もうすぐだから……』

「何か揉めてそうですね」

「うん、揉めてるね」


 アレは不機嫌全開のミナミだ。

 何かヒロカズがミナミに対して不都合な事をしたのか? ミナミは根っからの我侭だからな。

 相手をするのは仏の心を持った人間にしか無理だ。

 因みに俺は『仏のケント』と自称しているので、大丈夫だ。


『大晦日だってのに、いきなり呼び出してさ。ブランド品買ってくれるってのに、さっきから全然つれてってくれないじゃん』

『うるさい、黙ってろ』

『黙ってろって、さっきからそればっか。何、焦ってんの?』

『焦ってなんかない!! 良いから、女は黙ってろ!!』

『はぁ~……つまんね』


 確かに。ヒロカズが滅茶苦茶焦ってるように見える。

 それはサクヤさんも感じているのか、首を捻る。


「何を焦ってるんでしょうか?」

「女の子に相手にされなくなった……とか?」

「あの動画で、ですか? まぁ、本性見たりって感じだとは思いますけど……」


 ヒロカズの言動を思い返すと、サクヤさんに対して『浮気をしていない』という事を言っていた。

 そう考えると、アイツに他の女が居る場合、同じ事を言っている可能性が高い。

 それでああやって、恋人同士が痴話喧嘩をしていて、しかも暴力まで振るうなんて動画が拡散されて、SNSを良くやっているイマドキの若い子達なら、何かしらの形で目に入ってしまうかもしれない。

 そうなると、本性見たり、という事で女の子たちが相手にしなくなる、という事だ。

 

 もしも、本当に俺の推察通りだとするのなら。


 ざまぁ、とまでは思わないけれど、何というか、悲しい人生だな、と思ってしまう。

 結局、そういう繋がりしか作れないんだなって。

 俺がそんな事を考えていると、サクヤさんが口を開いた。


「あ、ミナミさんが動きました」

「え?」

『お? 何々、新しい連絡来たじゃん!! うわ、会ってくれるってマジ!? 行きますぅ!!』

『あ、おい、ミナミ!! 待てって!!』

『あ? 悪いね、ヒロカズ。もう、アンタに用は無いんだ。それに、ネットに拡散されてるあの動画、クッソダサイからさ、もう近寄らないでね、ヘボキッカー☆』


 そんな捨て台詞を吐いてから、ミナミはルンルン気分で去っていく。

 あれ、完全に俺の事、忘れてるじゃん……。

 残されたヒロカズは苛立ちを隠さずに、髪を掻き毟る。


『何故だ、何故だ、何故だ!! 何でこんな事になってる!! おかしいだろ!! クソッ!!! 落ち着け、他に女はまだ居るんだ……あのバカ女はまだ中堅だ』

「……中堅って何ですか?」

「ランク分け、かな……」

「地獄に落ちればいいのに」

「同感です」

「気分を害しました。行きましょう」


 サクヤさんがぐいぐいと俺を引っ張って行く。

 汚物を見るかのような眼差しをヒロカズに向けているし、顔が大層、不機嫌に歪んでいる。

 これは元気にしてあげないと。元気に……元気……。


 俺はそこで思い付く。


 そうか。ここで、使うのか。こここそが、使うタイミングなんだな!!

 俺は一つ息を吐く。何か無いか。何か――。

 と、そこで俺は長椅子を見つける。椅子……椅子……。

 

「さ、サクヤさん!!」

「はい?」

「椅子に座っていいっすか?」

「……へ?」


 ぽかーん、とサクヤさんが目を丸くする。


「えっと、休憩しますか?」

「……すぅ~、あ、大丈夫です」


 どうやら伝わらなかったらしい。

 流石に分かりにくかったか? そう思ったら途端に恥ずかしくなってきた。

 顔が熱くなるのを感じていると、サクヤさんが足を止める。


「? 椅子に座っていいっすか……あ、あ~……ふふふっ」

「い、言わないで下さい」

「椅子に座っていいっすか。ふふふふ……ダジャレですか?」

「言わないで下さい!!」

「ふふふ、面白いですよ。私は好きです」

「やめて下さいよ!!」


 俺が恥ずかしくてたまらず叫ぶと、サクヤさんはずっとニコニコ嬉しそうに笑う。


「可愛いですね、ケントくんは」

「~~~っ!? もう、いいです」

「ふふ、はい、分かりました。もう、たまの仕返しです」

「くぅ……」


 絶対に仕返ししてやるからな!!

 俺はそう決意し、サクヤさんの笑顔をずっと見つめていた――。

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