第9話 縮まる距離

 ん~……俺はベッドの上に寝転がり、スマホを眺めている。

 場所はSNS。

 昨日はあれからすぐに鷺ノ宮さんとは別れた。

 その間、ずっと鷺ノ宮さんからはお礼を言われて、とてもむず痒かったのを思いだす。

 けれど、今は正直、それどころではなかった。


 昨日、ヒロカズという男が鷺ノ宮さんとの関係を迫り、庇った俺に暴力を振るった。

 とは言っても、腕を掴んでいたのを振り払う為に、俺の脚を執拗に蹴り続けていた事。

 その様子は動画で撮影され、昨日、あれからすぐに全世界に拡散されていた。


 それは良くないが、良いとしよう。


 今はそれは些事、つまりは細かい事だ。

 俺はベッドから身体を起こし、首を傾げる。


「ん~……これは、ば、バズってるという奴では?」


 昨日、ツイートされた動画。俺が鷺ノ宮さんを庇い、足を蹴られている動画。

 俺と鷺ノ宮さんの顔にはかなり濃いモザイクが入れられ、ヒロカズの顔だけが思い切り出ている。

 しかも、ツイートの文面も――。


『彼女をチャラ男から守る彼氏の鑑』。


 そんな聞こえの良い事が書かれていると同時に、俺のあまりにも動じない肉体への賞賛の声も上がっている。


『彼女を守る為に蹴りにも動じなすぎてワロタ』

『チャラ男の蹴り、弱すぎて草』

『俺、これ見てたけど、女の子側はガチで嫌そうだったから、100%チャラ男が悪い』

『あ、こいつ、俺知ってる。裏垢で女漁ってるぞ』

『切り抜いてみた。素材でどうぞ』


 もはや、無法地帯である。

 切り抜かれたgif動画を見て、俺は一瞬、吹き出しそうになる。

 確かに、これはちょっと面白い。

 ヒロカズが必死に俺の足を蹴ってるのに、俺はビクともしていない。

 その必死さが何か滅茶苦茶シュールで面白い。


「ふふっ……いや、笑ってる場合じゃねぇな」


 俺は一旦冷静になる。

 拡散されてしまったのはしょうがない。モザイクが貫通され、俺自身が特定されるリスクもあるのは事実だ。

 だからこそ、絶対に守らなければならない子が一人居る。

 俺はトークアプリで鷺ノ宮さんのチャットルームを開く。


『鷺ノ宮さん、SNSってやってますか?』


 俺がそれを送った瞬間、既読になった。


『やってます。細々とですが』

『じゃあ、今すぐSNSを消す事って出来ますか? 昨日の様子がどうやら拡散されているみたいで、変なバズり方をしそうなんです。一応、モザイクで隠れていますが、特定される危険性があるので。自衛、出来ますか』


 女の子がいざ特定されてしまうと、何をされるのか分からない。

 もしかしたら、犯罪等の危険な事に巻き込まれてしまうかもしれない。それを自衛するのもまた大切だ。

 チャットはすぐに既読になり、返事が送られてくる。


『分かりました。後、昨日のあの辺りには近づかないようにします。中田くんも気を付けて下さい』

『ありがとう。俺も気を付けるよ』


 俺は既にSNSを削除し、出来るだけ特定されるリスクを軽減させる。

 本当に何処で何が起きるのか分からないのがインターネットの怖さだ。

 下手をすれば、人間関係だって崩れてしまうし、最悪、外を出歩けなくなってしまい、社会から孤立してしまう。

 そんな事になれば、人生終了のお知らせだ。

 ちゃんと守れる所は守らないとな。


 俺はスマホの画面を落とし、一眠りでもしようかと思った時だった。

 鷺ノ宮さんからのチャットが飛んできた。

 俺はスマホの画面を確認し、飛び上がる。


『中田くん、今日はお時間ありますか? 良かったら、この前の宿題の続きやりませんか?』


 な、何……だと……。

 鷺ノ宮さんからのお誘い!? これは受けるしかない。


『すぐ行きます!! 図書館ですね!!』

『はい』


 俺はすぐさま返事を入力し、立ち上がる。

 こんなの誘われて行かない訳が無い。

 俺は前に宿題を入れたままにしているリュックを背負い、部屋を出て階段を駆け下りて行く。

 俺はすぐさま自分のクロスバイクの鍵を外し、一気に漕ぎ出す。


 それから前に鷺ノ宮さんと出会った図書館へと向かい、到着する。

 はやる気持ちを抑えながらも、図書館の中を進んで行き、あの時、宿題をやったカフェテリアに到着する。

 カフェテリアには既に鷺ノ宮さんが居た。

 前に見たときと変わらないスタイルで。


「鷺ノ宮さん!!」

「あ、中田くん。声が大きいですよ」

「ご、ごめんなさい」


 俺は店員さんに待ち合わせです、と説明してから鷺ノ宮さんの向かいに腰を落ち着かせる。


「鷺ノ宮さん、早いですね。俺もかっ飛ばして来たんですけど」

「えっと……私はここにずっと居たので……」

「あ、そうなんですか?」


 とは言いながらも、思いだす。

 そういえば、鷺ノ宮さんって基本的に図書館で本を読んでるか、動物園で動物たちと戯れているかのどっちか何だっけ。

 だとすると、昨日は動物園を堪能したから、今日は図書館か。

 すると、鷺ノ宮さんはちらちらと本で顔を隠しながら、俺の様子を伺う。

 

 ん? どうしたんだろう。


「何かありましたか? 鷺ノ宮さん」

「あ、いえ……その……あ、足、足は大丈夫ですか?」

「足? ええ、問題ありませんよ。大丈夫です!! 鍛えてますから」

「鍛えてる……でも、あんなにバカスカ蹴られて、全く動じてませんでしたよね? 普通の人でもああはならないと思うんですが……」


 確かに。

 どんなに鍛えている人でも外部からの衝撃に対しては何かしらのリアクションは起こすだろう。

 しかし、俺は違う。俺はちょっと得意げに胸を張る。


「俺は日々、頑強に鍛えてるんです。両親からも男は女を守らなきゃならんのだから、ちゃんと鍛えろって言われてて。色々と適当な武術も習わされたんですよね。その名残なのか、ああいう衝撃にはめっぽう強いんです。体幹が強いのかな? 多分、そんな感じです」

「なるほど……それで……」


 何処か納得した様子を見せる鷺ノ宮さん。

 俺の両親、というよりも父は結構厳しい人だ。

 ただ厳しいといっても、こう厳格という感じではなく、男としての在り方、みたいなのは厳しい人だ。

 女性には優しくしろ、手を上げるな、人に手を上げる奴は己の品位が下がるものと思え。

 他にも色々と人間として大事な事を教わったのだ。


 そのせいで、割とこう頑固というか、俺の中でも凝り固まった考えが出来てしまったのだけど。


「だから、気にしなくても大丈夫です。必ず、俺が鷺ノ宮さんを守りますから」

「……そ、そう、ですか……」


 鷺ノ宮さんが顔の半分を本で隠し、ほんのり頬を紅く染める。

 かなり照れてる様子だ。


「……嬉しいです。中田くんに守ってもらえるのは」

「ふふ、大船に乗ったつもりでいいですからね。さて、そろそろ始めましょうか」

「あ、は、はい。あ、あの……」


 俺はリュックの中から参考書とノートを取り出していると、鷺ノ宮さんが声を掛けてくる。

 俺が首を傾げると、鷺ノ宮さんは本で顔を隠したまま、口を開く。


「あ、あの……お隣に、行ってもいいですか?」

「隣? 良いですよ」


 いつも、俺は隣に荷物を置いていたが、今日は真正面の椅子に荷物を置く。

 すると、鷺ノ宮さんがすす、と静かに歩き、俺の隣に座ったのだが、俺はそこで違和感を覚える。



 ん、何か近くない?



 隣に座ると言っても、こう拳二つ分くらい? は離れると思うのだが、今、俺と鷺ノ宮さんは肩がふれあいそうなほどに近い。

 しかも、鷺ノ宮さんも特に気付いた様子もなく、俺の開いた参考書を眺めている。

 こ、これは言うべきなのか? 近いですよって。

 いや、でも、この近しい距離でも感じる鷺ノ宮さんの温もりを自ら手放すのは何か勿体無い気がする。

 という事は。俺は自分の中で答えを出す。


「良し。じゃあ、やりましょう」

「はい、横で見てますね」


 俺はこれを堪能するぞ!!

 と、俺は宿題と向き合い、れなりに時間が経ったと思わしき時。

 違和感を感じる。それは近さではない。視線だ。

 めちゃめちゃ鷺ノ宮さんが俺を見てる。もうそれはもう、穴が開くんじゃないかってくらい見ている。しかも、顔があの時。そう、レッサーパンダを見ていた時と同じくらい何か蕩けてる。

 どうした? 今日の鷺ノ宮さん、何か変だぞ?


「…………」

「さ、鷺ノ宮さん?」

「……へ? あ、ご、ごめんなさい!!」

「俺の顔、面白いですか?」

「へ? あ、お、面白いとかではなくて、その、か……」


 もごもごしていて、何を言っているのか全然分からない。

 ただ、鷺ノ宮さんは恥ずかしそうに顔を紅くしながらも、俺をチラチラと見ている。

 ほ、本当にどうしたんだ?

 昨日、いや、その前はずっと本に集中していたじゃないか。

 その本を見る事なく、ずっと俺の顔を見ている。そこから導き出される答えは。


「もしかして、俺の顔に見蕩れてました?」

「へ!? ち、ちがっ、違います!! い、いや、違わないですけど……えっと……その……」


 あー、もう、可愛いなぁ。

 ワタワタと慌てながら顔を真っ赤にする鷺ノ宮さん。

 本当に可愛い。いつも本を読んでる凛々しい鷺ノ宮さんも良いけれど、こうして年相応に慌ててる姿も可愛らしい。


「ははは、冗談ですよ。、冗談」

「……い、いじわるです!! もう……いっつもそう。中田くんはいじわるです」

「可愛い子にはいじわるしたくなるんですよ」

「小学生ですか、全く……」

「それで? 何で見てたんですか?」


 俺が何気なしに聞くと、鷺ノ宮さんがポコポコと俺の腕を叩く。

 全く痛くないし、ただただ鷺ノ宮さんが可愛いだけ。


「もー、聞かないで下さい」

「分かりましたから……ごめんなさい」


 俺は素直に謝り、宿題に向き直る。

 流石に遊んでばかりもいられない。しっかりと宿題をやらないと……。

 俺が集中し始めてどれくらいの時間が経っただろうか。

 

 宿題も一段落し、俺はシャープペンをノートの上に投げ捨てる。


「はぁ……疲れた……」

「お疲れ様です。でも、もう少しですね」

「はい……後少し……そういえば、鷺ノ宮さんは年末はどう過ごすんですか?」


 ふと気になり、鷺ノ宮さんに尋ねる。

 すると、鷺ノ宮さんはぱたん、と本を閉じてから、一つ咳払いをした。


「え、えっと、ですね……な、中田くん」

「はい?」

「そ、その、な、中田くんが良かったらなんですけど……い、一緒に年末を過ごしませんか?」

「……え? 良いんですか?」


 年末を一緒に過ごす?

 それはつまり、大晦日等を一緒に過ごしたい、というデートのお誘いか?

 そんなのこっちからお願いしたい事だ。

 鷺ノ宮さんはこくん、と小さく頷く。


「そのき、昨日のお礼もありますし……それに私は中田くんと一緒に過ごしたいなって……思って……い、嫌でしたか?」

「嫌なんてとんでもない!! むしろこっちが良いんですかって感じです!!」


 年末に鷺ノ宮さんと過ごせるのなら、終わり良ければ全て良しで全部の事が許せてしまう。

 鷺ノ宮さんはほっと一息吐き、ふにゃっとした笑顔を浮かべる。


「良かった……断られたらどうしようかと思ったので」

「あ、じゃあ、もし良かったらなんですけど。年末までに宿題、終わらせませんか? そうすれば、年末も何も気にせずに楽しめると思いませんか?」

「良いですね。そうしましょう。私も時間はありますから」


 良し。

 これが合法的に年末までずっと鷺ノ宮さんと一緒に過ごせる。

 俺がうんうん、と頷いていると、鷺ノ宮さんも嬉しそうに笑う。


「ふふ、年末までずっと中田くんと一緒ですね。嬉しいです」

「……こっちも嬉しいですよ。だから、これからも宜しくお願いしますね、鷺ノ宮さん」

「サクヤ……って呼んで下さい。もう、苗字で呼び合うのはその……距離が遠い気がするので」


 もぞもぞと恥ずかしそうに提案する鷺ノ宮さん。

 くぅ……そのいじらしい姿が俺の心をくすぐってくる。俺は大きく頷いた。


「分かりました、サクヤさん。これからも宜しくお願いしますね」

「はい!! ケントくん!!」


 俺とサクヤさんの距離は何だか一気に縮まった気がした――。

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