第4話 サレた側とシた側

「うわあ……綺麗……」

「綺麗ですね……」


 俺と鷺ノ宮さんはあれからイルミネーションを見て周り、最後のクリスマスツリーの前に来ていた。

 周りを見ると、カップルばかりで、仲睦まじく写真を撮っている。

 あの公園でショックを受けて項垂れている時は直視する事が出来なかったけれど、今はもうこれでもか、と凝視する事が出来る。

 これもきっと、鷺ノ宮さんのおかげだ。

 その鷺ノ宮さんはクリスマスツリーを見上げ、ちょっと呆けた顔をしている。

 確かに大きい。

 この中央広場の中心に聳え立ち、色とりどり鮮やかに光り輝く。

 

「何か近くで見ると迫力満点ですね」

「そうだね……何か良かったな。これを見に来る事が出来て。ふふ、これも中田くんのおかげかな?」


 ニコっと楽しげに笑う鷺ノ宮さん。

 あのぬいぐるみショップでの出来事から少しだけ距離が縮まった気がする。

 あの前まではあんまり余裕も見せなくて、笑う事も少なかった鷺ノ宮さんもあの事が薄れているのか良く笑うようになった。


「だと嬉しいです。良いクリスマスになったのなら」

「なったよ。何ていうか、理想のデートが出来たって感じかな?」


 鷺ノ宮さんはクリスマスツリーを見上げたまま言葉を続ける。


「あの人とお付き合いをして、付き合うのって何か難しいし、あんまり楽しくないなって思ってたけど、中田くんと出会って、少し価値観が変わったかもしれない。一緒にただ見るだけのショッピングをして、イルミネーションを二人で見て、それだけでも楽しかったなんて。

 本当にあの人に爪の垢を煎じて飲んで欲しいくらい」

「はは、それはこっちもです。何か全然お金使わないデートって始めてかも……」


 俺はデート=お金を消費する場だと思っていて、あんまりデートはしたくなかった。

 毎回のように目減りしていくお金を見るのはなんとも耐えがたかったから。

 けど、今日のデートはたった一つ小さなぬいぐるみを買っただけ。

 何とリーズナブルな事か。


「逆に君は使いすぎだよ」

「ですよね……何か思い知りました。色々と間違ってたんだなって」

「私も。間違ってたね、二人とも」


 俺はクリスマスツリーを見上げる。

 二人でこのクリスマスツリーを見上げる事が出来る喜びが胸いっぱいに広がる。

 けれど、当たり前だが永遠という時間は無い。

 俺の隣に居る鷺ノ宮さんは腕時計を見た。


「そろそろ、かな」

「帰りは電車ですか?」

「うん。そろそろ、クリスマスも終わりだね。中田くんは?」

「俺はここから徒歩なので」

「そうですか……それじゃあ、ここでお別れかな?」


 そう言いながら、鷺ノ宮さんは俺に向き直り、一つ頭を下げる。


「中田くん、今日は本当にありがとう。誘ってくれて」

「い、いや、そんな改まって言われると……」

「彼氏があんな事になった時、クリスマスなんてって凄く思ったけど、君と過ごせたからマイナスどころかプラスになった。本当に楽しかった」

「…………」


 ニコっと嬉しそうにやわらかく笑う鷺ノ宮さん。

 ここで終わっていいものだろうか。

 勿論、この後にとかそういう話ではなく、この楽しかった時間は今日だけで良いのか。

 デート。俺はそれを今日、初めて本当のデートというのをした気がする。


 本当に楽しかった。


 何気ない鷺ノ宮さんとの会話も、互いにくだらない事で笑い合う事も、全部、まさしく自分が理想としていたもので楽しかった。

 俺はぎゅっと拳を強く握る。まだ、終わりたくない。


「あ、あの、鷺ノ宮さん……もし、良かったら、またデートしてくれませんか? 今度はちゃんと二人で話し合って、行きたい所とか言い合って、お金とかもあんまり使わずに楽しい時間を共有できるそんな……デート……」

「……勿論。私もしたいな、君となら」


 嬉しそうにはにかむ鷺ノ宮さんを見て、俺の心が一気に有頂天になる。


「ほ、本当に!?」

「うん。私も今日、凄く楽しかったから。あ、そうだ。じゃあ、連絡先、交換しますか?」

「する!! します!!」


 俺はポケットからスマホを取り出し、鷺ノ宮さんと連絡先を交換する。

 それから鷺ノ宮さんがニコっと微笑んだ。


「これで良し。じゃあ、次、誘って下さいね。絶対ですよ?」

「絶対、絶対に誘います!!」

「ふふ、それじゃあ。また」


 そう言ってから、鷺ノ宮さんは一つ頭を下げ、俺に背中を向ける。

 俺はその背中が見えなくなるまで見送り、スマホの画面を見た。

 そこには『鷺ノ宮 サクヤ』と書かれたトークアプリの文字。

 

「また……誘っていいんだ。ああ……生きてて良かったぁ……」


 今日、最悪のクリスマスになると思っていた。

 寝取られて、クソみたいな日になるんだって。でも、鷺ノ宮さんと出会えて本当に良かった。


「ああ、最高のクリスマスだあああああああッ!!」


 俺は人目も憚らずに叫んでしまう。

 それくらいに嬉しい。まともなデートが出来た事が、こんな幸せなデートを過ごせた事が。


 ガッハッハ!!


 あいつらに見せてやりたいぜ。こんな健全で楽しいデートを。

 どうせ、あいつらは乳繰り合って、アンアン言ってる汚らわしいデートでもしてんだろうなぁ!!

 寝取ったもん同士、男は身体目当て? 女は金?


 かーっ!! 俺が間違ってた!!


 そんな事しなくても、デートは楽しい。むしろ、これが正しいデートってやつだ。

 そして、鷺ノ宮さんは良い子、超良い子。

 

「……落ち着こう」


 ちょっと心がヒートアップしすぎたようだ。

 確かに鷺ノ宮さんとちょっと仲良く出来たが、それで喜ぶのは二流。

 ちゃんと次のデートの事だって考えないと。それと鷺ノ宮さんと話し合って……。


「ああ、青春してるなぁ、俺。嬉しいなぁ」


 ニヤニヤ、俺は口角が上がるのを抑えられずに自宅へと足を進めた――。








 ……不思議な子だったな。

 私は動く電車の中で、移り行く景色を見ながら思う。

 今日は最悪の日になると思った。

 友達に勧められて、何となく恋愛を経験したくて付き合って、馬が合わなくても裏切りたくなかったから、自分に好きって言い続けてきた人と付き合って、中田くんの彼女さんに寝取られて。

 私は今まで自分が何のために頑張ってきたのか分からなくなっていた。

 なのに、悲しんで。私は私が訳が分からなくなっていた。


 でも、中田くんと今日一日デートをして、気付いた。


「楽しかったな……」


 私はカバンの中からクマのぬいぐるみを取り出す。

 彼が買ってくれたプレゼント。今思うと、ヒロカズさんはこういうのくれなかったよね。

 私はそれをぎゅっと抱き寄せ、外を見る。


 ああいうのが理想のデートっていうのかな。

 

 まだ好意があるって訳ではないけれど、気にはなってる。

 ヒロカズさんと一緒に居る時とは全然違う感情が今、胸の中をめぐっているのを感じてる。

 それが何なのかはまだ分からないけれど。


 彼と過ごす事は全然嫌じゃなかった。むしろ、楽しくて、幸せだった。


「ふふ……次はどんなデートに行こうかな?」


 私はもう次のデートが楽しみになっていた。こんな最悪なクリスマスにこんな事を思えるなんて。

 彼がきっと魔法を掛けてくれたんだろうね。

 最悪だったクリスマスを、最高のクリスマスに。


 ふふ、そんな訳ないか。中田くんが魔法使いな訳ないしね。


「……楽しみだな」


 私はそんな事を思いながら、ずっと窓の外の景色を眺めていた――。






 とあるホテルの前。

 俺は目の前に居るバカ女を見つめ、口を開いた。


「今日は最高の日だったぜ、ミナミちゃん」

「あたしもサイコーだった。ちょー気持ち良かったし」


 こいつは今日、クリスマスの前だっていうんで、適当にナンパした女だ。

 ナンパしたのは簡単な話、どうせ、今日もあの堅物女 鷺ノ宮サクヤとデキないからだ。

 あの女は身持ちが固すぎる。

 俺がどれだけの事をしたとしても、あいつはぜってー、ホテルに来なかった。

 だからって、無理やりヤろうとすると、あいつはぜってー面倒くさい事をする。


 ホント、身体だけの良い堅物でちょっと遊んでやろうと思っただけで付きあってんのに、クソほど面白くねぇ。

 だから、目の前にいるちょっと可愛い難波ミナミって奴をナンパしたが、まぁ、暇つぶし程度。

 キープだな。


 そんな事も知らずにミナミは笑ってる。


「ねぇ、また誘ってよ? 連絡先、教えっからさ」

「おう。頼むな」


 俺とミナミは連絡先を交換する。

 はい、セフレゲット~。

 まぁ、こういうバカ女にはちょうど良い身分だろ。

 俺はスマホを見つめ、次の女を探す。お? 連絡来てる。


「んじゃ、俺はもう行くわ。また、デートしようぜ」

「うん。またね」


 ミナミはふりふりと可愛らしく手を振り、俺と別れる。

 かー、利用されてるとも知らずにバカな女だな。

 所詮、女は男の道具。身体だけの関係が一番楽なんだよ、気持ちいいしな。

 俺は電話を掛ける。


「お? 出た出た」

『ねぇ、ヒロくん。まだ~? ずっと皆で待ってるんだけど?』

「悪い悪い。ちょっと色々あってな。すぐに行くから待ってろ、な」


 はぁ~、モテる男は辛いわ~。







「キモイな、あいつ。別にえっちも気持ち良くねーし。ヘタだし」


 あたしはスマホを片手に呟く。

 あたしはさっきまでナンパされた男と一緒に居た。

 確か、名前はヒロカズだったか? まぁ、誰でも良いけど。

 あたしが興味あるのはブランド品とお金だけ。


「あいつ、金づるになるんか~?」


 あたしは手に持ったオキニのブランドバッグの中から鏡を取り出す。

 それから髪を整えながら思う。

 最近はあのあたしに告白して来た男、名前はえっと……そう。中田ケントだっけ? あいつと付き合ってた。

 あいつは良い。

 ちょっとあたしが欲しいって言えば、何でも買ってくれるし。

 良い金づるが手に入ったと思ってたんだけど……。


「最近、羽振り悪いんだよな~。だから、あいつに乗り換えようと思ったけど……ま、それはそれでいっか。人の価値を決めるのはブランド品、金だしね。

 あ~あ、どっかにあたしを見つけてくれるお金持ちの王子様とかいないかな~」


 まぁ、良いや。

 今はあのヒロカズって奴を身体利用して、金を使わせれば。

 それで良い服買って、ブランド品も買ってもらって、あたしの格をあげる。

 

 ふふ、さっすが、あたし、あったまい~。

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