第3話 傷の舐めあいデート

「えっと、この辺りのイルミネーションというと確か……」


 鷺ノ宮さんはそう言いながらカバンの中からスマホを取り出し、軽快に操作していく。

 デートを始めると言ってから、鷺ノ宮さんはずっと俺の前を歩いている。

 これは何だか不思議な経験だった。

 俺はミナミとデートをする時、いつもミナミの行きたい場所に連れて行く事が大半だった。

 だから、こうしてリードされるのは新鮮なのだが……。

 俺は膝に手を付く。


「あ、あの……鷺ノ宮さん……」

「どうしましたか……って、あ……ご、ごめんなさい、いつもの癖で……」

「え? 癖?」


 俺は呼吸を整えながら顔を上げる。

 

「癖ってどういう事ですか?」

「えっと……とても言い難いんですが……私はヒロカズさんとデートをする時、必ず私が誰よりも先にと目的地を決めていたんです。本来はそれが間違っていると分かっているんですが……ごめんなさい。その癖が……」

「え……なんでそんな癖が? だって、デートの場所って互いに話し合えば……」


 俺だって始めての彼女でデートをするとなった際にリサーチはたくさんした。

 様々な意見があって、男性がエスコートをするべきや彼女の行きたい所を密かにリサーチする等の意見を見た。

 しかし、そうした情報の中でも俺が良いと思ったのは二人で相談して決める事。

 それこそが理想のカップルであり、互いに行きたい所を話し合ったりするのもまた恋人同士の楽しみじゃないかとわくわくしたのも遠い記憶だ。

 俺は出来なかったけど……。

 鷺ノ宮さんは言い難そうに顔を歪めてから、スマホをカバンの中に仕舞う。


「その……ヒロカズさんはデートと言ったらすぐにホテルに連れて行こうとするので……身を守る為にも自分で行く場所を決めて、そこに直進するんです……そうすれば……逃げられますから……」

「え? えぇ……嘘でしょ?」


 それ、最初から身体目当てですって言ってるようなもんじゃん。

 最低すぎないか? その彼氏……。

 確かに鷺ノ宮さんは顔も綺麗だし、この冬空の下厚着をしているにも関わらず、その胸は大きいんだろうな、と見て分かるほど。

 俺だって男だ。そう思う気持ちもある。けれど、それは違う気がする。


「それ、最低な彼氏ですね……あんまり言いたくないですけど……鷺ノ宮さんは間違ってないと思います。自衛するのも大事ですからね」

「そうだよね、やっぱりそうだよね。彼が間違ってるよね……」

「ええ、間違ってます。あ、先に言っておきますが、俺にそういう気持ちはありません!!」


 一応、俺は意思表示をしておく。

 彼氏であろうとも、そんな怖い思いをしている鷺ノ宮さんをホテルに誘うなんておろかな事、俺には出来ない。

 すると、鷺ノ宮さんは安堵の息を漏らす。


「良かった……中田くんは信じて良いんですよね?」

「勿論です。俺はそんな最低な奴とは違いますので。じゃあ、鷺ノ宮さん。ちょっとショッピングでもしませんか? 店のものを見るだけでも楽しめると思いますし」

「は、はい。分かりました」


 俺は今歩いている道の近くにあったお店の中に入る。

 どうやら、ここはぬいぐるみや女性用の小物が多く陳列されているショップだ。

 こういうお店は良くミナミを連れて来ていたっけ。あいつ、手当たり次第に欲しがるからな。

 そんな思考が一瞬脳裏を過ぎるが、すぐさま頭を振り、消し去る。

 今は鷺ノ宮さんと来ているんだ。だったら、それを全力で楽しまないと。


「あ、これ、可愛い……このクマのぬいぐるみ……」

「本当ですね。じゃあ、買いましょう」

「え?」

「え?」


 あれ? 俺、何か間違えた?

 俺の言葉に鷺ノ宮さんが目を丸くしている。


「えっと……欲しいんですよね? 買いますよ?」

「い、今のはそういうのじゃないですよ? ただ、可愛いという感想だけで……」

「あ、なるほど。そうでしたか、これは失礼、失礼」


 どうやら買って欲しいという訳ではないらしい。

 俺は別のぬいぐるみを眺めていると、今度はヒツジのぬいぐるみを手に取り、鷺ノ宮さんはほんわかした穏やかな笑顔を浮かべる。


「これも可愛らしいですね……」

「あ、じゃあ、これ、買いますね」

「ん?」

「え?」


 またしても、鷺ノ宮さんが俺を怪訝な目で見つめてくる。

 あっれぇ……また間違えた?

 俺が困惑していると、鷺ノ宮さんが一つ息を吐く。


「中田くん? 私はただ可愛いと言っただけで欲しいとは一言も言ってませんよ?」

「え? あ、だ、だって、可愛いって事は欲しいって事じゃないんですか? ミナミはそれで買わないと不機嫌になるから……」

「えっと……」


 俺の言葉を聞いて、鷺ノ宮さんが頭を抱えている。

 それから鷺ノ宮さんは一つ咳払いをした。


「こほん、良いですか? 中田くん」

「はい」

「女性が可愛いというのは一種の口癖のようなものですし、それに欲しいものは自分で買います。こう言ったらダメかもしれませんが、中田くんは今まで貢いでいた、という可能性があります」

「み、貢ぐ……」

「はい。ただ彼女が気に入ったものを買い続けていたら、中田くんの財布が大変な事になってしまいます。あの……つかぬ事をお聞きしますが、借金とかないですよね?」

「な、無いよ。大丈夫!!」

「なら、良いんですけど……覚えて下さい、中田くん。女性にむやみやたらに物を買ってあげるのは良くない事です。ちゃんと欲しい、と言ったものを買って下さい」


 人差し指を立てて、真剣に言う鷺ノ宮さん。

 どうやら、俺の行動は相当間違っていた事だったらしい。

 確かに当初は疑問に思っていたけれど、彼氏が彼女の為にする事なら当たり前だと思っていて、全然気付かなかった。

 因みにお金の方は大丈夫である。借金とかも特にはしていない。


「わ、分かりました」

「何だか私たち、似たもの同士ですね」

「何かね……もしかして、俺たちって間違った恋愛をしてたのか?」

「そうかもしれませんね……」


 俺と鷺ノ宮さんは互いに顔を見合わせ、笑い合う。

 何というか、変な連帯感が生まれている。

 互いの恋人に難があった、という点で。すると、鷺ノ宮さんが口を開いた。


「うちの彼氏は良くそうやってホテルに連れ込もうと色々画策してくるんです。それを毎回看破するのが大変で……」

「それ、良く守れてましたね……何か執着が怖い気がするんですけど……」

「実際、凄かったですよ、執着は。もうあの手、この手で何とかしてホテルに連れ込もうとしてくるので……私はその……そういう事はちゃんと互いの事を良く知ってからだと思っていたので……」


 ほんのり頬を紅くしながら言う鷺ノ宮さんに俺は同意する。


「そうですね……ん~、でも、その話を聞く限りだと、何かセフレとか居そう……」

「や、やっぱり、そう思いますよね?」


 俺は名探偵のように顎に手を当て、うなずく。


「ええ。だって、それ、十中八九女性好きですよ?」


 今の所、鷺ノ宮さんの話を統括すると、ヒロカズという男は女をヤるための道具にしか見えてない、頭チ○ポ野郎にしか思えない。

 大体、頭チ○ポ野郎というのは女性好きだ、俺調べで。

 鷺ノ宮さんはぬいぐるみを手に取りながらうなずく。


「そうだよね……やっぱり、別れよ。うん……もともと、あんまり馬が合わなかったし……」

「鷺ノ宮さんはこういうの好きなんですか?」

「可愛いものは好きですよ。こういうぬいぐるみとか……」

「そうなんですか……あ、じゃあ、買いますよ?」

「中田くん?」


 俺が買う、と言った瞬間、鷺ノ宮さんが目をぎらつかせる。


「それはやめましょうって言いましたよね?」

「違う違う!! 貢ぐとかじゃなくて、善意!! 善意だから!!」


 今回は違う。

 言われたから買うとかではなく、ただただ今日という日を記念して鷺ノ宮さんに買いたかっただけ。鷺ノ宮さんは湿った眼差しで俺を睨む。

 何だろう、手に持っているヒツジのぬいぐるみも同じように睨んでいるように見える。

 二人縦に並んでいてちょっと可愛らしい。


「本当ですか? もう染み付いちゃってるんじゃないですか?」

「染み……それはあるかも……」

「本当に毎回のように買ってたんですか?」

「はい……毎回です……」

「良く破産しませんでしたね……」

「お金は何とかバイトで……」


 一応、彼女の為に身を粉にして頑張っていた。

 親からも借金だけはするな、と強く言われているし。

 

「そうですか……でも、本当にダメですからね。そういうので破滅しちゃう人だって居るんですから。私は中田くんのそういう所、凄く心配です」

「だ、大丈夫です!! 俺も別れるつもりですから!! 流石に別の男と一緒に居るような奴と恋人では居られませんから」

「そうですよね……」


 寝取られてまで付き合える程俺は聖人ではない。

 今更、ミナミが何を言ってきても、俺は別れるだろう。

 鷺ノ宮さんの話を聞いていると、俺が物凄く間違っていた気がするし。


「やっぱり、最初の恋人っていうのは上手くいかないですね」

「あ、私もです。私も初めてでした……」

「何か俺たちって変な共通点がいっぱいですね」


 俺と鷺ノ宮さんは共通点が多い。

 互いの恋人が寝取られて、初めての恋人で、感情の流れまで一緒で。

 俺も何だか気が合うというか、一緒に居て心地よいと感じている。

 鷺ノ宮さんはふふ、と優しく笑った。


「そうですね。だから、私も上手く話せているのかも」

「え?」

「私、あんまり話すの得意じゃないんです」


 え? 俺は驚愕する。

 全然、そんなふうには見えなかった……。


「やっぱり、意外そう。クリスマスの魔法かな? なんて」

「……結構、ロマンチストなんですね」

「そうですか? あー……そうかもしれませんね」


 少しばかり恥ずかしそうにはにかむ鷺ノ宮さん。

 何だか新しい一面を知れたみたいで凄く嬉しい。

 俺は棚の中を見る。やっぱり、何かプレゼントしたい。

 せっかくのクリスマスで、変な縁かもしれないけれど。

 俺は小さなカバンの中にも入るテディベアを手に取る。


「鷺ノ宮さん、このクマ、最初に手に取ってましたよね?」

「え? だから……」

「いえ。これは気持ちです。その、せっかくのクリスマスなんですから、プレゼントの一つ、無いとダメじゃないですか。だから、贈らせて下さい」

「……分かりました。じゃあ、私も選びます」

 

 そう言ってから、顎に手を当てじーっと棚を眺める鷺ノ宮さん。

 多くの動物たちのぬいぐるみが並ぶ中で鷺ノ宮さんが選んだのはイヌのぬいぐるみ。


「うん、何というか中田くんっぽいです」

「え……俺って犬なの?」

「はい。彼女さんに忠実な所とか? でも、いざって時は噛み付いてしまう、みたいな感じかな」

「あー……なるほど……」


 何か言われてみたらそんな気がしてきた。

 俺と鷺ノ宮さんは二人揃ってお会計を済まし、互いにぬいぐるみを渡し合う。


「はい、鷺ノ宮さん」

「これは中田くん」


 互いにぬいぐるみを交換し、鷺ノ宮さんはぎゅっと抱きしめる。

 あ、ちょっと胸が潰れてる……。


「ありがとうございます、中田くん。大事にしますね」

「俺も、大事にします」

「それじゃあ、次は中田くん、どうしますか?」


 お店を出てニコっと微笑む鷺ノ宮さん。

 さっきの話を思い出す。

 行き先は全部自分で決める、という話。

 鷺ノ宮さんはそれを俺に委ねてくれた。それが少し嬉しくて、俺は思わず口角が上がる。


「そうですね、イルミネーション、見に行きませんか?」

「はい、分かりました」


 そうして、僕たちはクリスマスの夜の街を歩き出した――。

 

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