第2話 NTRサレた者同士

「彼氏が……知らない女性と……キス、していて……ホテルに行ったんです」


 黒髪の女性の言葉を聞いて、俺は目を丸くした。

 だって、それはまるで俺と同じ状況だったから。

 俺もそうだ。彼女が知らない男性とキスしていて、ホテルに行った。

 寸分の狂いもない見事なまでの的中。

 俺は思わず頭を抱えてしまう。


「え、えーっと……あー……なるほど?」

「……あ、ご、ごめんなさい。急にこんなお話、いきなり言われてもご迷惑ですよね……」

「あー……でも、言いたくなる時ってありますよね?」


 俺も言いたい。

 出来る事なら今すぐにでも叫び散らして、泣き散らしたい。

 でも、そんな事をしたってどうにもならない。

 彼女はほんの少し顔を俯かせる。

 微妙な沈黙が流れる。俺も彼女もどうやら距離を測りかねているらしい。

 これは俺から言うべきか。

 俺は意を決し、口を開いた。


「あ、あの~……実は俺もなんですよね」

「俺も、というと?」

「えっと、さっきの知らない女性と~みたいな、あれ。俺もなんです」

「……え?」


 俺の言葉に彼女はコテン、と首を傾げる。

 いや、当たり前だと思う。

 俺だって目の前にいる彼女が俺と同じ状況なんて全く想像も出来ないから。

 

「俺もその、今日一緒に過ごすはずだった彼女が居たんですけど、普通に浮気されて、それで更にはキスまでしてて、ホテルにゴーです。あはは……」

「全く同じですね」

「そうですね」


 ニコっとちょっと戸惑いがちに優しく笑う彼女。

 俺はそれにドギマギしながらも口を開いた。


「な、何か互いに不運でしたね……」

「そうですね……あの、良かったら隣、座りますか?」

「あ、良いですか? すいません」


 俺は一言断りを入れてから、彼女の隣に腰を落ち着かせる。

 彼女は俺の顔を見て、口を開いた。


「あの、辛くないですか?」

「あー、辛いは辛いですよ? でも、最初は悲しくて、んで何か一生懸命だった自分がバカらしくなって怒って……今は何か、虚無で、ただただこう、現実が重くのしかかってるみたいな感じですね」

「ふふ、同じです……私もそうでした。最初すごく悲しくて……でも、何で私、あんな人の彼女だったんだろうって怒って……次は凄く悲しくなりました……それで、泣いてしまって……」


 どうやら、彼女も俺と同じ感情の変化の道を進んだらしい。

 じゃあ、あの手が震えていたのはやっぱり怒りだったのか。


「そうだったんですね。何か変な偶然ですね」

「そうですね……あ、私、鷺ノ宮サクヤっていいます」

「あ、俺は中田ケントっていいます。えっと、鷺ノ宮さん?」

「中田くん、ですね。はい、覚えました……」


 ニコっと優しく笑った鷺ノ宮さん。

 何だろうか、笑った顔はとても穏やかで可愛らしい。それに顔たちだって整っているまさしく、清楚系美少女。

 こんな女の子相手に浮気をするとか、一体、彼氏は何を考えているのか。

 俺は気になり、その疑問がそのまま口から出てくる。


「鷺ノ宮さん、凄い綺麗なのに、どうして、浮気なんてしたんだろ……」

「え? ありがとうございます、褒めて頂いて」

「あ、べ、別に口説いてるとかじゃないですからね!!」


 やましい気持ちはない事を伝える為に言い訳をすると、鷺ノ宮さんはくすくすとおしとやかに笑う。


「ふふ、分かっています。思った事がそのまま口を吐いてしまった、という感じでしたから」

「ご、ごめんなさい、急に」

「良いんです。そう言われるのは嬉しいですから……けれど、浮気した理由ですが……そうですね……」

「あ、無理して言わなくてもいいですよ? ほら、何かそういうの考えると自分が悪いみたいになるじゃないですか。悪いのは浮気した奴ですから!!」


 そう、俺たちには非はない。

 悪いのは浮気したあの女であり、鷺ノ宮さんの彼氏だ。

 なのに、何で浮気した理由をこっちが考えなくちゃいけない。こっちに落ち度があるはずがない!! 俺がそう思っていると、鷺ノ宮さんはしばし沈黙した後、目を閉じた。


「そうですね……考えるのはやめましょう。あの人の事はもう考えたくありませんから」

「ですよね。俺も、ミナミの事は考えたくありませんから!!」

「……え? みなみ?」

「はい、ミナミです。俺の彼女の名前ですけど……どうかしましたか?」


 俺がミナミ、という名前を出した途端、鷺ノ宮さんが顎に手を当て考え込むような素振りを見せる。

 それからじっと俺の顔を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。


「先ほどの発言を少し訂正させて下さい。あの、中田くん。ミナミという方の特徴を教えてくれませんか?」

「えーっと、ギャル系の茶髪でボブカットかな。服装は黒のロングコートを着てたはず。ちょっともこっとしたやつかな」

「……なるほど。では、中田くん。私の彼氏の名はヒロカズです」

「……え?」


 ヒロ……カズ……だと……。

 俺は思い出す。それはミナミを見た時の事を。

 確かにミナミはヒロカズだと言っていた。その見た目を思い出す。


「えっと……き、金髪の顔はカッコいい感じの……」

「はい……そうです」

「……え? マジ? 俺の彼女を鷺ノ宮さんの彼氏が寝取って、鷺ノ宮さんの彼氏を俺の彼女が寝取ったって事? え? これってスワッピング?」

「……どういう偶然でしょうか」

「いや……俺にもさっぱり……」


 俺と鷺ノ宮さんは困惑する。

 まさか、互いの彼氏彼女が互いの彼氏彼女に寝取られていたなんて。

 いや、でも、状況は同じで、名前も一致しているのなら間違いなくそうなんだろう。

 俺と鷺ノ宮さんは互いに顔を見合わせる。


「あの……ごめんなさい……」

「あ、いえ、こちらこそ……ていうか、謝る必要ないですって!!」


 何故だか互いに謝ってしまったが、その必要は間違いなくないはずだ。

 俺は顎に手を当てる。


「くぅ……まさかこんな事だとは……」

「ええ、私も驚きです……こんな事になっているなんて……」


 ここに居るのは互いに恋人を失った者同士。

 そして、互いに大きな傷を負った。本来、今日は楽しい日になるはずだった二人が出会ったのは何か運命のいたずらのようなものを感じる。

 俺は考える。

 このクリスマスの日。何か特別な事は出来ないものか、と。

 俺たちは傷ついた。傷ついたからこそ、何か楽しい事が。

 俺が考え込んでいると、鷺ノ宮さんはぶるっと身体を震わせる。


「少し……冷えてきましたね」

「もう一枚、マフラー、巻いてください」

「え? あ、大丈夫ですよ……」

「良いから。女の子が身体を冷やしたらいけませんから」


 俺は首に巻いていたマフラーを外し、鷺ノ宮さんが付けているマフラーの上から巻く。

 ちょっと首元が太くなってしまうが、それは気にしない。


「よし、これで良し。…………」


 あ、鼻がムズムズしてきた……。

 俺はすぐさまそっぽを向く。


「ぶぇっくしょん!!」

「……ふふ、何しているんですか。マフラーはお返しします。ほら、ちゃんと暖めて下さい」


 鷺ノ宮さんは俺が巻きつけたマフラーを解き、俺の首に優しく巻いてくれる。

 うう、ふがいない。


「あの……すいません……カッコいい所見せようとしたんですけど……」

「気持ちだけで充分ですよ。中田くんは優しいんですね」

「逆に優しさしか取り柄ないんですけどね……」

「優しさは美徳、ですよ。私の彼氏に優しさなんてほとんどありませんでしたから」

「そうなんですね……俺も彼女に優しくされた事、無いです」


 今思うと、ミナミは本当に我侭だった。

 アレが欲しいだの、これが欲しいだの、好き勝手言って。その癖、金は自分で払わない。

 何か鷺ノ宮さんと話してると、ミナミがいかに性格悪かったかが浮き彫りになるな。


「しかし、あまり外に長居するのも良くありませんね。身体が冷えてしまいますし……」


 そこで俺は思った。

 なんていうか、このままお別れするのがもったいないと思ってしまった。

 不思議な縁、とでも言うべきか。

 寝取られた者同士、俺と彼女は何だか仲良く出来るような気を勝手に感じている。

 所謂、シンパシーという奴だろうか。

 俺は鷺ノ宮さんに声を掛ける。


「あの……もしかして、この後ってヒマですか?」

「え? あ、はい。一応は……クリスマスの予定は全部無くなりましたので」

「じゃ、じゃあ、あの……す、少しだけ一緒に見て回りませんか? イルミネーションとかこの辺りにあったと思いますし。ほ、ほら、あの二人だけ良い思いするの、何か許せない気がしませんか!? 何で俺たちは嫌な思いして、あいつらは楽しんでるんだって!! だから、ど、どうですか?」


 俺は恥ずかしがって饒舌になってしまう。

 ちょっといきなりすぎたか。 

 シンパシーだって勝手に俺が感じてるだけで、鷺ノ宮さんは感じてないかもしれない。

 本当にちょっといきなりすぎたかな……。

 俺が困惑していると、鷺ノ宮さんは小さくうなずいた。


「中田くんの言うとおりですね。確かに。私たちは嫌な思いをしていて、あの人たちだけ良い思いをしている、というのは許せませんね。何か腹が立ちます」

「こう話してると互いの傷も少しは慰め合えるっていうか……気が楽になりませんか?」


 俺は今、鷺ノ宮さんと話していると物凄く気が楽だ。

 多分、これが一人で家にいるとかになると、もっと陰鬱になって、自分を変に責めてしまうかもしれない。

 もしかしたら鷺ノ宮さんだってそうかもしれない。

 それは何だか嫌だった。

 鷺ノ宮さんはしばし考え込んだ後、口を開く。


「ふふ、確かにそうかもしれません。今も中田くんと話してると凄く楽になってるし……一緒に見て回るっていうのも良いかもしれません。向こうはそれ以上の事をしてますし」

「そうそう。じゃあ、傷の舐めあいデートでもしましょう」

「傷の舐めあい……そうかもしれませんね」


 そう言ってからくすくすと笑う鷺ノ宮さんはゆっくりと立ち上がる。


「では、行きましょうか」

「あ、は、はい!!」


 先を歩く鷺ノ宮さんの後ろを俺は付いて行く。

 そう、俺たちは辛い思いをしたんだから、今くらいは精一杯楽しんで、俺にとっても鷺ノ宮さんにとっても少しでも良いクリスマスにしよう。

 俺はそう密かに決意した――。

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