NTR×NTR ~互いの彼氏彼女が寝取られた者同士、仲良くした結果~

YMS.bot

第1話 NTR

「…………」


 俺は目の前の光景を見つめ、愕然としている。

 手は震え、足には力が入らず、気を抜けばすぐに倒れてしまいそうになる。

 目の前にある光景を脳が理解を拒絶し、俺は何度も目元を袖で擦る。

 

 ああ、何回擦っても、何回擦っても、全然変わらない。


「んっ……ちゅっ……」


 多くの人が行き交うこんな場所で。その二人は自分の世界に入り込んでいる。

 その内の一人は俺の彼女なのに。

 情熱的に。まだ……俺は一度もした事なかったのに。

 声を出す事も、動く事もままならず。その二人の光景をただただ呆然と見つめる事しか出来ない。


「ふふ、ヒロカズさん。今日は思い切り楽しみましょうね」

「ああ、そうだね。ミナミちゃん」


 ミナミ。難波ミナミ。ボブカットの茶髪が揺れ、何処か恥ずかしげに、それでいて嬉しそうに微笑む彼女。

 そう、俺の彼女のはずだ。俺の人生始めての彼女。

 そうだ、そうなんだ。

 俺が人生初めて勇気を振り絞って告白して、オッケーをしてもらえた彼女。


 なのに、何で? 

 何で、俺の彼女なのに、別の男とキスなんかしているんだ?

 ミナミは俺がいるのなんてまるで気付かずに、ヒロカズと呼ぶ金髪の男の手を握る。

 本当に、待ってくれ。


 え?


 俺の脳が理解を拒む。

 これは……どういう事だ?

 眩暈がしてくる。俺は付き合っていたはずだ、あの難波ミナミと。

 それでクリスマスだって一緒にデートをするって約束していて、プレゼントだって一日中考えて用意して……。

 あの子が楽しめるクリスマスをって頑張ったのに?


 ミナミとヒロカズは仲睦まじく手を繋ぎ、遠くへと去って行く。

 その去り際に聞こえた。


「なぁ、ミナミちゃん。この後、ホテルでも行かない?」

「ほ、ホテル? きゃっ、もしかして、酷い事するんですかぁ?」

「酷い事なんて、とっても気持ち良い事だよ」

「きゃー。行きます」


 そんな声が風に乗って聞こえてきた。


 あ、あ、あ。


 これはアレか? 俺の脳内に溢れ出してきた。アルファベット三文字が。


 NTR。


 寝取られ、というやつか、それとも、浮気か。

 俺は息苦しくなってきて、じんわりと目の前の光景が潤んでいくのを感じた。

 おかしい、本当に待って欲しい。

 どういう事だ? 

 ミナミは俺と付き合いながらほかの男と付き合っていた、という事か?

 だとしたら、俺は何をやっていたんだ?


 俺の心の中に大きすぎる絶望感が沸いて出てくる。


「おぇ……」


 吐きそうになる。

 俺はすぐさま近くにあったベンチに腰を落ち着かせ、項垂れる。


 本当に待ってくれ、理解出来ない。

 いや、理解する事を拒んでいる。

 俺にとって初めての彼女が寝取られるって悪い冗談だろ?

 悪い夢なら、頼むから、覚めてくれよ……。

 俺は絶望の中で身動きすら取る事が出来なかった。


 こんな現実が起きていいはずがない。

 

 だって、今日はクリスマス。

 俺は誰よりも楽しみしていた。彼女と過ごせる人生で初めてのクリスマスを。

 なのに、あのヒロカズって男が全部、奪っていったんだ。

 いや、それを言ったら、ミナミだってそうだ!!

 俺は心の中で叫び続ける。


 デートの時はいつもいつもブランド品ばかりを強請って……俺に金を使わせる。

 あ、もしかして、俺は最初から金づるだったのか!?

 だとしても、ふざけんじゃねぇ!!


 俺の情緒が徐々にぶち壊れていく。

 悲しみから怒りへと変わっていく。


「んだよ……結局、最初からそうだったのか? ふざけんじゃねぇよ、マジでよ」


 ブツブツ、と一人でクリスマスの夜に愚痴を溢す俺。

 でも、許して欲しい。だって、愚痴でも溢さないとやってられないんだ。

 そうじゃないと、俺の心が正常に保てないんだ。

 俺は顔を上げる。目の前に広がるのはカップルたちが仲睦まじく腕を組んで歩く姿。


 それが飛び込んできて、俺は瞳から涙があふれる。


 いや、ホント、ツライ……つれぇよ……。


 何で初めての彼女が寝取られなくちゃいけねぇんだよぉ……。

 絶望から怒りへ、そして、悲しみへと感情が移り変わっていく。

 

 もう、寝取られたショックで情緒が全く安定しない。

 するはずがない。

 俺は一つ、二つと深呼吸する。

 心を落ち着かせる為に。心の平穏を取り戻す為に。


 そんな深呼吸をしていた時だった。


 俺の座っているベンチの人三人分くらいだろうか、離れた所に一人の女の子が座った。

 俺が思わずそっちを見ると、その女の子はただ呆然と正面を見つめている。

 顔たちは凄く整っていて綺麗だ。それにこの冬空でコート等を厚着しているにも関わらず、膨らんで見える大きな胸。

 髪は真っ黒で、清楚系とも言うべき女の子が居た。

 

 ぼーっとただ正面を見つめていて、動く様子も見せない。

 何だろう、何か彼女を見ていると、絶望感を感じる……。

 黒髪の女性は手に持っていたカバンの中からスマホを取り出し、熱心に見ている。 

 それから軽く首を傾げてから、カバンの中にスマホを仕舞い、首を傾げる。


 ……どうしたんだろうか。


 何だかその動きが気になって見てしまう。

 黒髪の女性ははっと、何かに気付いた表情になった瞬間、わなわなと拳を振るわせる。

 何だか怒りのご様子だ、けれど、それはほんのわずかな間だけ。


 俺も流石にこれ以上は見る訳にはいかないと視線を逸らし、天を仰ぐ。


 ああ、星が綺麗だ……。


 こんな綺麗な星を彼女と見られたら最高なんだろうな。


 まぁ、その彼女、寝取られたんですけどね……。


 はぁ……。思い出すだけでも、心がきゅっと苦しくなる。

 多分、もう俺は彼女を作らないんだろうな。

 こんな辛い思いをするのなら、彼女なんてもういらないな。

 俺が諦めの溜息を吐いた時、隣から声が聞こえた。


「んっ……ひくっ……ずずっ……」


 え?

 俺は思わず隣を見た。

 すると、さっきまでスマホを見ていた女性が突然、涙を流し、嗚咽を漏らしている。

 鼻は赤く染まり、瞳からはポロポロと涙が零れ落ち、それを袖で必死に拭っている。

 それでも溢れてくる涙を堪えられない様子で、黒髪の女性は泣き続ける。


「どうして……何で……こんな思いをしなくちゃ……いけないんですか?」

「…………」


 ビビっと、俺の脳に何かが突き刺さった。

 何故なのかは全然分からないけれど、この人からは同じ空気を感じた。

 もしかして、君もそうなのか?

 俺は気付けば立ち上がっていた。


 脳裏を過ぎるのは不審者と思われるかもしれない、という恐怖。


 けれど、俺は彼女を放っておく事が出来なかった。

 俺は彼女の前に立ち、膝を折る。すると、彼女も俺が目の前に居る事に気付いたのか、ビクっと肩を震わせ、こちらを見る。

 その目は透き通る程に綺麗な黒曜石。彼女は涙を流したまま、口を開いた。


「な、何……ですか……」

「は、ハンカチ……使う?」


 俺はポケットから使っていないハンカチを出す。

 すると、女性は目をぱちくりとしてから、口を開いた。


「あ、ありがとう……ござい……ます……」

「クリスマスの日に泣いてるなんてどうしたの? せっかくの聖夜なのに……」

「…………」


 ハンカチで涙を拭い、黒髪の女性はぎゅっとハンカチを握り締める。

 何かを堪えるように、ぎゅっと強く強く握っている。

 それから、ボソっと囁くようなか細い声で言った。


「彼氏が……知らない女性と……キス、していて……ホテルに行ったんです」


 どうやら、彼女は俺と同じ状況だったらしい――。

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