日はかたむいて、森の木々をオレンジ色にそめ上げていきます。

 ニーナとトルールのふたりは、ノーマンの話を夢中になって聞きながら、森の帰り道を歩いていきました。

 ノーマンたちのくらすこの世界。

 こんなふうにして、ニーナとトルールのふたりは、毎日夢中になって森の中に入っては遊びました。

 案内人として、ときにノーマンが、また別の日にはフェリスが、またまた別の日には鳥たちが、案内役をかって出てくれたので、ふたりは困ることはまったくありませんでした。

 ノーマンの仲間たちは、いつだってニーナやトルールにとても親切にしてくれます。

 だけどニーナにはひとつだけ、気になることがありました。ニーナの心には、あの丘に住むノーマンの友だちのことが引っかかっていたのです。まるで、治りかけたきずのかさぶたが、少しだけめくれたときと同じように、気持ちがむずむずとするのです。


 ある日の午後、いつものように森へと入っていくニーナとトルール。

 今日はフェリスが森の案内役をかって出てくれました。

「ねえ、ニーナ! わたしにもアクセサリーの作り方を教えてくれない?」

 じつは、ニーナとトルールは、毎日森へと入っては、木の実のネックレスやブレスレット、お花の指輪や花かんむりなどを作っては、森の仲間たちにプレゼントしていました。

 それは、森の仲間たちに対する、ニーナとトルールの感謝の気持ちです。ニーナの住んでいたスウェーデンでの森でも、いつもやっていたニーナお得意のアクセサリー作りです。「いいわよ! じゃあ今日は、花かんむりの作り方を教えてあげるね」

 ニーナもトルールもフェリスも、とってもうれしくなって、笑いあいながら、森をかけていきます。

 野いちごのような赤い花や、青空にミルクをかけたような、あわい青色の花、見ているだけで、口をすぼめて目をぎゅっとつむりたくなるような、レモン色の黄色い花が咲く花畑にさしかかるころ、見なれないひとりの男の子のすがたが、ニーナの目にとまりました。

「ねえ、フェリス、あの子はだあれ?」

 見なれない男の子を指さして、ニーナは自分の頭のまわりを飛んでいる、フェリスにたずねました。

「ノーマンから聞いてないかしら? あの子がベフォルクよ」

 ニーナの後ろを歩く、トルールの頭にこしかけながらフェリスは話します。

「あの子が、例の神経質な?」

 トルールが、ノーマンの話を思い出したようにつぶやきました。

「そうよ。だから、かれのことは、そっとしておいてあげて」

 ニーナたちのしせんの先、ベフォルクは、ニーナたちに気づいたものの、なにも言わずにその場を立ち去ってしまいました。

 治りかけたきずのかさぶたが、ムズムズとしてかゆいみたいな気分。はがしてしまえば、きっときずの治りはおそくなるし、でも、だからといって気にしないことなんて、とてもできそうにない気分。

 こんなにもどかしい気持ちは、ニーナにとって、はじめてのことでした。


 ベフォルクのことが気になりながらも、ニーナはお花をつんで、かんむりを作っています。フェリスの頭はとっても小さい。だからニーナは、フェリス用の花かんむりには、花びらをていねいに一枚ずつちぎり、カラフルな花びらのカチュームを作ってあげました。

 カチュームをつけたフェリスは、クルン、クルンと宙を二回転。そのままクルクルと体をひねりながら空高く飛んでいきます。きっと、フェリスはものすごく花かんむりをよろこんでくれたんだと、ニーナもトルールもうっとりとみいっていました。

 森に夕日がさしこむころ、森の仲間たちにプレゼントするためのアクセサリーをどっさりと作った三人は、帰り道をたどります。

 気がつけば、ベフォルクがひとり住む、『静かの丘』が見えてきていました。その丘を通りすぎるとき、ニーナたちが歩く反対がわから、丘に向かって歩いてくるベフォルクが見えました。

 間近でみるベフォルクは、ノーマンたちとはほんの少しちがって見えます。どことなくムスっとしているのです。

 でもなによりとくちょうてきなのは、ゾウのような大きな耳です。

 すれちがいさま、フェリスがベフォルクに向かってやさしく笑いかけますが、ベフォルクはそんなフェリスを見ても、相変わらずムスっとした表情をしたままでした。

 そんな様子を見たニーナは、いてもたってもいられなくなり、勇気をふりしぼってベフォルクに話しかけました。

「こんにちは、ベフォルク。あたしはニーナ、こっちはトルールよ……」

 ニーナがそう話しかけると、ベフォルクの表情はいっそうこわばって、大きな耳を小さな手でふさぎながらさけびました。

「うるさい! うるさいよ! そんなに大きな声をださないでくれよ!」

 ニーナはとてもびっくりしてしまいました。だって、たしかにニーナは、きんちょうはしていたけれど、せいいっぱい元気にあいさつしたつもりだったのです。

 ムスっとしているベフォルク。でもきっとニッコリ笑ってあいさつされれば、ベフォルクだってうれしいにちがいないと、ニーナなりに考えてしたことだったのです。

 だから、そんなベフォルクの反応にニーナはとまどい、思わず泣き出してしまいました。

 ニーナは、大きな声でわんわんと泣いてしまいました。

「うるさい! うるさい! たのむから、静かにしてくれ! きみのその大声で、ぼくの頭は今にも割れそうだ!」

 金切り声をあげながら、ベフォルクがさけびます。そして丘の上の自分の家へと走っていってしまいました。

「ニーナ! 落ちついて!」

 トルールがニーナをなぐさめるようにだきしめます。

 ニーナのなみだはとまりません。

「ニーナ! あなたは悪くないわ! だからお願い! 泣きやんで! じゃないと、わたしまで悲しくなっちゃう」

 フェリスはニーナのなみだを止めようと、ニーナのほおにキスをしました。大粒のなみだがニーナのほおを伝うと、フェリスはまるで、バケツいっぱいにためた水を頭からかぶったように、ニーナのなみだでグッショリとぬれてしまいました。

 どうして怒らせてしまったんだろう?

 どうして仲良くできなかったんだろう?

 勇気を出して、せいいっぱいがんばったのに、なにが足りなかったんだろう?

 考えれば、考えるほど、あとからあとからニーナのなみだはこみあげました。

「わかるよ、ニーナ。くやしいんだね」

 トルールが、ニーナの背中をやさしくトントンと、たたきながらつぶやきます。

 ニーナは考えました。

 これが、「くやしい」……。


 帰り道、森を赤くそめる夕日になみだもかわき、ニーナの青い目もまた、夕日のように赤くそまっています。

 仲間たちの住む森にもどり、ニーナはすっかり落ちこんだままノーマンの待つ家へと入っていきました。

 ノーマンは、元気のないニーナを見て、とても心配してかけよりました。

「ニーナ、どうしたんだい?」

 ノーマンにそう聞かれても、ニーナはうつむいたまま、くちびるを一直線にむすんで、自分の足もとをじっとにらむように見つめています。そのとなりでは、トルールが心配そうにニーナによりそっていました。

 そこへ、フェリスとドワッツがかけこんできました。

「ニーナ! フェリスから話は聞いたよ。大変な目にあったね。あの子はむずかしい子だから……。わたしからもよく言っておくから、どうか、あの子のことを許してやっておくれ」

 森の長、ドワッツが、ニーナの固くにぎったげんこつの上に手をのせて、つつみこむようにやさしく言いました。

 ドワッツの言葉を聞いたニーナ。ニーナは、ドワッツたちになにか答えようと口を開きかけました。でもなぜか、言葉が出てきません。

 ニーナの心は、どんよりと厚い雲がかかった気分です。

 ニーナは、ベフォルクにどなられたことがくやしいのではありませんでした。

 仲良くなれなかったことがくやしいからでした。

 わかりあえなかったことがくやしいからでした。

 だまりこんでいるニーナをみて、森の長、ドワッツがふとその表情をしかめました。

 きっとドワッツが、ベフォルクのことをしかるにちがいない、ニーナには、とっさにそう感じられました。

「ダメ! ドワッツ! ベフォルクのことしからないで!」

 ドワッツもフェリスもノーマンも、ニーナがとつぜん口にした言葉にビックリしています。

「ベフォルクのことで、きみはこんなにも、かなしい思いをしてるのに?」

 ノーマンがニーナの顔をのぞきこむようにたずねました。

 でも、トルールだけは、ニーナの言ったことにおどろいたりはしていません。ニーナが赤ん坊だった頃から、ずっとずっとそばにいたトルールは、ここにいるだれよりも、ニーナのことをわかっていましたから。

「ねえ、どうしてベフォルクは、神経質なんだい?」

 とつぜん、トルールがノーマンたちに質問しました。

「かれは、大きな音がきらいなんだよ」

 ノーマンが答えます。

「じゃあ、どうしてベフォルクは、あんなに静かなところでひとりで住んでいるんだい?」

「あの子は、さわがしいところがきらいなんだよ」

 今度はドワッツが答えました。

「それは、かれの大きな耳と関係はあるのかい?」

 トルールがそう言ったとき、ノーマンもフェリスもドワッツも、ハッとした顔をしました。トルールは得意気に自分の大きな耳をヒクヒクさせて話を続けます。

「ぼくも耳が大きいからわかるんだ。ヒソヒソ話だって、聞きのがさないよ」

 ベフォルクは、森の仲間たちのだれよりも大きな耳を持っていたので、たとえ虫が羽ばたくような小さな音でも、かれにはとても大きな音に聞こえるはずなのでした。

「さすがドクター・トルール! きみはものすごく観察しているね!」

 ノーマンはトルールにかけより、トルールのふわふわの手をにぎりしめます。

 トルールは照れくさそうに鼻をヒクヒクさせました。

「じゃあ、いったいどうすればいいの?」

 フェリスがトルールにたずねます。

「うーん……そこなんだけど、耳詮なんかしたら、なにも聞こえなくなっちゃうし……」

 さすがのトルールもそこまでは考えがおよばない様子です。

 すると、それまで浮かない顔をしていたニーナの目が、とつぜん月明かりに照らされたみずうみのように、キラキラとかがやきだしました。

「そうよ! イヤーマフだわ!」

「イヤー……マフ?」

 ノーマンもフェリスも、この集落の長であるドワッツも、その言葉を聞いたのは初めてです。それもそのはず。ここ、ノーマンたちのくらす世界の森の気候はとてもおだやか。暑くもなければ、寒くもない、いつも春のような気候だったのです。

 けれど、ニーナのくらすスウェーデンは、冬がとても長い国。そんな寒い日に森へ遊びに行くとき、ニーナのママは、きまってニーナにイヤーマフと大きなマフラーをかけてくれます。

 けれどニーナはイヤーマフが大きらい。お気に入りの水玉のヘアターバンは台なしになってしまうし、森でうたう鳥たちの声も聞こえなくなってしまうし、風でなびく森の木の葉っぱのこすれる音も聞こえなくなってしまうからです。

「それはどんなものなんだい?」

 ノーマンが不思議そうにニーナにたずねます。

「簡単に言うとね、なんでもかんでも、聞こえにくくしちゃうものよ……あったかいけどね」

 ノーマンたちは相変わらずキョトンとしたまま。

「さすがニーナ! イヤーマフとは、ぼくも思いつかなかったよ!」

 トルールはニーナのアイデアにポンッと手を鳴らしました。

「ねえ、ニーナ、それはどこにあるの?」

 オロオロとニーナの頭のまわりを飛びながらフェリスが言うと、すかさずトルールが答えました。

「綿で作ろうよ! ぼくみたいに白くてモコモコしてるものさ!」

「きみみたいに、白くてモコモコかい?」

 ノーマンがトルールを見ながら言うと、今度はドワッツが思い出したようにさけびます。「おお! それならバロメッツなんかいいんじゃないかい? 昔ノーマンが『インド』って国に行ったときに持って帰ってきた花だ!」

 それを聞いて、フェリスもノーマンもバロメッツのことを思い出しました。

「ああ! あの小さな羊の咲く花のことだね!」

 今度はニーナとトルールがキョトンとする番。

 ふたりは顔を見合わせて「小さな羊が咲く花なんて、いったいどんな花なんだろう?」ってふしぎそうにしています。


 つぎの日の朝はやく、ニーナたちは家を飛び出して、バロメッツの咲く場所へと向かいました。

「たしかね、バロメッツは森の南のほうに植えたんだ」

 そう言いながらノーマンとフェリスが道案内をします。ニーナとトルールがふたりの後ろをついて行くと、案内された場所には、一面に綿の花が咲いていました。

「綿の花だ……」

 トルールがその光景を見ながらつぶやくと、ニーナがノーマンにたずねました。

「なぜ、バロメッツというの?」

 するとノーマンは答えます。

「きみたち人間から聞いたんだよ。バロメッツという、小さな羊の咲く花が『インド』っていう国にあるんだって」

 モコモコの羊のような植物は、まさにニーナたちが探していた綿でした。

 四人はそこでたくさんの綿を集めます。

 もうひとりぶん、トルールができるくらいに綿をたくさん集めて持ち帰ると、さっそくニーナたちは、ベフォルクのためのイヤーマフ作りをはじめました。

 大きなやわらかい葉っぱを何枚も重ねてふくろを作り、その中にバロメッツの綿をたっぷりとつめこみます。それから同じものをもうひとつ作り、ふたつのイヤーマフをよくしなった枝でくっつけると、ベフォルクの大きな耳をおおいかくすほどの、大きなイヤーマフの完成です。

「完成だ! さっそくベフォルクにつけてもらおう!」

 ノーマンは、早くベフォルクに会って、イヤーマフをつけてもらいたくて仕方ありません。四人は完成したイヤーマフを持って、ベフォルクの住む『静かの丘』へと向かいました。

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