波もなく、おだやかな湖面に照らされた、月明かりの一本道を歩いていきます。

 水面を歩くたび、ぷるんぷるんと波紋の輪が広がっていくのを見ながら、ニーナはワクワクとした気持ちをおさえきれません。

 うれしくて楽しみな感情が、ニーナの顔からあふれます。

 つないだ手からも、ニーナのワクワクが流れ出すのを感じたトルール。 

 トルールが、そんなニーナの横顔を見ながら「楽しみだね」と声をかけると、ニーナも、書きかけの地図の向こうへ行くような笑顔で、「うん!」と元気に答えました。


 三人がみずうみをわたりきるころ、正面に広がる森は、夜だというのにとてもきらびやかに見えました。それは、まるでクリスマスツリーをたくさんの色の電球で、はなやかにデコレーションしたようなかがやきです。

「ぼくたちが住むこの森にはね、おしりがピカピカ光る虫や、キラキラとかがやく鱗粉りんぷんにおおわれたチョウ、それに、いつもぼんやりと光っている妖精なんかも住んでいるんだ」

 得意気に鼻をこすりながら説明してくれるノーマンの話に、ふたりはすっかり聞きいっていました。


 森の入口にたどり着きました。

 そこでは、たくさんのノーマンの仲間たちが出むかえてくれます。みんなノーマンみたいに背は低く、そしてたくさんの大きな葉っぱでその体をおおっていました。

 よく見れば、ひげを生やした人もいれば、髪の長い女の人もいます。でも、ぱっと見は、みんなノーマンと同じ格好。

 ニーナもトルールも、あんまりみんなが同じ格好をしているものだから、まるで見分けがつかなくて、思わずくすりと笑ってしまいました。

「人間だ! 人間の子どもだ!」

 ノーマンの仲間のうちのひとりが、ニーナを指さして大きな声で言いました。

「そんなふうに言うのはやめてくれ。かのじょの名前はニーナ、そしてドクター・トルールだ。ふたりはぼくの友だちだし、ぼくの大事なお客さんだ」

 ノーマンが、ニーナを指さした仲間を注意すると、かれは申し訳なさそうにふたりに頭を下げました。

「ごめんね。ここへお客さんが来るのは、とてもめずらしいことだから」

 ノーマンはそう言ってあやまると、自分の家へとふたりを招待してくれました。

 ニーナとトルールは、よく手入れされたフカフカの芝の上を歩きながら、ノーマンの後ろをついていきます。そこへ、とても小さくて背中に羽を生やした女の子が、空からぽわっとした光をはなちながら、たくさんの虫や鳥たちとともに飛んできました。

「こんばんは、ノーマン。久しぶりに帰ってきたあなたが、お友だちを連れてきたと聞いたから、あいさつに来たわ」

 羽を生やした女の子は、そう言いながらノーマンの顔のまわりを光りながら飛んでいます。

「トルール! 本物の妖精よ! ニーナ、はじめて見たわ」

「ぼくもだよニーナ。ノーマンのくらすここは、とても不思議なところだね」

 ニーナとトルールのまわりを、キラキラ光る虫や色あざやかな鳥たちが、空をまいながら、ふたりをかんげいしてくれています。

「ニーナ、トルール、紹介するよ。かのじょは花の妖精のフェリス」

 紹介されたフェリスはクルンと宙を一回転。きっとかのじょなりのあいさつの仕方なんだと、ニーナもトルールもフェリスにみいっていました。

「あたしの名前はニーナよ。そしてこっちがトルール。よろしくね」

 するとフェリスは、ニーナの顔のところまで飛んでいき、ニーナのほっぺたにやさしくキスをしました。

「こちらこそ、よろしくね」

 口づけされたニーナのほおが、ほんのりと青く光っています。

「さあ、今日はもうおそいよ。ニーナもトルールも今日は家で休むから、あいさつはまた明日来ておくれ」

 ノーマンの言葉に、虫たちは円をえがきながら空にまうと、それぞれが自分たちの家へと帰っていきました。

 ニーナとトルールのふたりは、そんな光景を、言葉をなくして見つめていました。それはまるで、ニーナの誕生日にパパとママに連れて行ってもらった、あの遊園地のナイトパレードのように、とてもキラキラとしてきれいでした。


 ノーマンの家は森の大きな木のわきに作られた木の家です。小さなノーマンが住むのにふさわしい、かわいらしい小さな家でしたが、それでもニーナとトルールが入れるていどには、しっかりとした大きさの家でした。

 お日さまの匂いのする、やわらかくてフカフカの草をしきつめた、気持ちのよいベッドを用意されたふたり。

「それじゃあ、また明日ね」

 そう言うと、ノーマンは静かに部屋のとびらをしめました。


 その夜、ニーナとトルールは、なかなかねつけずにいました。

 書きかけの地図の向こうがわから始まったこの大冒険に、こみ上げてくるワクワクとした気持ちがおさえられずに、朝日がのぼるまでベッドのなかで、トルールといろいろなことを話しあいました。

 今までふたりで過ごしてきた、スウェーデンでのくらしや森での遊び、ニーナとトルールはいつも一緒でしたから、どんなささいな思い出だって、話ははずみました。

 いたずらしてパパに怒られたこと、森の木の枝にトルールの足が引っかかり、ちぎれたトルールの足を、泣きながらママにぬってもらったこと。

 そんな思い出を話すうちに、その日の夜はふけ、いつしか朝日がのぼります。ふたりはいつの間にかぐっすりとねむってしまっていました。


 陽の光がまどからさしこんで、やさしくニーナのほおをなでます。

「おはよう、ニーナにトルール。もうとっくにお日さまは、ぼくたちの真上にのぼっているよ」

 元気よくノーマンが部屋に入ってくると、ニーナは昨日のことがすべてゆめじゃなかったんだと思い出して、まだ重いはずのまぶたが、いっしゅんにして開かれていきました。

「おはよう、ノーマン。ニーナたち、昨日はあまりにワクワクしすぎて、なかなかねむれなかったの」

 ニーナが舌を出しながら、照れ笑いをします。

「きっとそうだと思ったよ。じつはね、森の仲間たちがきみたちにさし入れを持ってきてくれたんだ」

 そう言われて、ふたりはしんしつを出ていきました。

 見ると、ノーマンの家のまわりには、昨日あいさつに来てくれたフェリスと虫や鳥たち、ノーマンと同じ格好をした仲間たちや、また別の仲間たちがこぞって集まっているのでした。

 みんなが口をそろえて、まだねおきのニーナとトルールにあいさつをしてくれます。

「ニーナ、トルール、ようこそ、ぼくたちの住む森へ!」

 お誕生日でもないのに、こんなにたくさんの人たちに集まってもらったことなんてなかったニーナは、うれしさとおどろきで目を丸くしています。

 大勢のノーマンの仲間たちの中から、ひとりが前へ出て、言いました。

「こんにちは、ニーナに、トルール。わたしはこの森の長のドワッツだ。この森にお客さんなんてめずらしいからね。ゆっくりしていくといいよ」

 ニーナと同じくらいの背丈で、ずいぶんとガッシリした体型に、サンタクロースのようなフサフサのひげ。ドワッツは、心からふたりを、かんげいしてくれています。

 ニーナがうれしそうにお礼を言うと、かしこまったトルールが、ドワッツに話しかけました。

「ぼくたちは、ニーナの両親が目を覚ます明け方までには、家に帰りたいんです。それまで、どうぞよろしくお願いします」

 しっかり者のドクター・トルールがあいさつを終えると、ドワッツはニコニコしながら言いました。

「おお、おお、きみは本当にしっかり者だね。まるで、ニーナの本当のお兄さんのようだ」

 トルールは、しっかりしていることをほめられて、とてもうれしくなりました。

 ニーナも、ドワッツにトルールをほめられたことが、まるで自分がほめられたみたいにうれしくなりました。

 続けてドワッツが言います。

「きみたちの世界の明け方までとなると、こちらの世界での約一年くらいだ。こちらでは、時間がずいぶんとゆっくり流れているからね」

 こんなにもすてきな世界で、一年も過ごせると知ったふたりは大喜び。

「さあ、お話はそこまでにして、そろそろ食事にしよう」

 ノーマンが話します。

「ニーナ、お腹ペコペコ!」

 ニーナがそう言ったかと思うと、大きな音を立てて、ニーナのお腹が鳴りました。まるで馬に乗った兵隊さんが、王さまの前でじまんのラッパを鳴らしたかのようにして。

 くすくすと、みんなのなかから笑い声が起こります。でもそれは、とてもにこやかな笑い声で、ニーナは少し恥ずかしかったけれど、とても幸せな気持ちになりました。

「フェリスが、虫や鳥たちと一緒に、ハチミツを集めてきてくれたんだ」

 フェリスはニーナたちの目の前でクルンと一回転。きっとかのじょの得意気な気持ちのあらわれなんだと、ニーナとトルールのふたりは、うっとりとみいっていました。


 ノーマンの仲間たちが集めてきてくれた木の実を細かくすりつぶし、みずうみの水をくんですりつぶした木の実にまぜ、モチモチになるまでこねます。それを一口大にちぎって焼けば、木の実のパンのできあがり。それにたっぷりのハチミツをぬってほおばると、あまりのおいしさに、ふたりのほっぺたは落ちそうになりました。

「うわあ。とってもおいしい!」

 香ばしい木の実の香りが鼻から抜けると、トロトロのハチミツの甘味が口の中いっぱいに走り回ります。気がつけば、フェリスたちが集めてきてくれたハチミツが、すっかり空になるほど、ふたりはお腹いっぱいになるまで、木の実のパンを食べました。

 食後は、ノーマンに案内されて、森の散歩です。

「一年もここにいられるなら、この森の地図も書けそうだね」

 森を歩きながらトルールがニーナに言います。

 それはとてもすてきな考えだと思ったニーナ。

 ノーマンにそのことを話すと、ノーマンがクスクスと笑いました。

「なにがそんなにおかしいの?」

 トルールのすてきな考えを笑われたニーナは、少しムッとしてノーマンにたずねます。

「ごめん、ごめん。じつはこの森の木は、きみたちが住む世界にある木とちがって、自分の足で移動してしまうんだ。だから地図は書けないと思うな。だって、目印になる木が移動してしまったら、せっかく書いた地図も、あてにならなくなってしまうだろ?」

「木が……自分で動くのかい?」

 トルールが、とても信じられないと言いたげにノーマンにたずねると、ノーマンは近くにあった木のそばに歩いていき、ふたりに「見てて」とつぶやいて、両方の手の平を木のそばでピシャン! と鳴らしました。

 とつぜん大きな音が鳴っておどろいた木は、あわてて地面から根っこを引き抜くと、ニョロニョロとその場からにげ出してしまいました。

 あっけにとられたふたりは、そそくさとにげ出す木を目で追います。

 そのあまりに不思議な光景に、ニーナとトルールのふたりは、たがいに顔を見合わせて、苦笑いで首をかしげました。


 ノーマンに連れられて、一緒に森を歩く三人。ふと、森の切れ目の小高い丘の上に、ひっそりとたたずむ一軒の家を、ニーナは見つけます。

「なぜ、あんなにはなれたところにお家が建ってるの?」

 ニーナのしせんの先を見て、ノーマンは少しさびしそうに言いました。

「あそこに住んでいるのはベフォルク。ぼくたちの仲間だよ。だけどかれはとっても神経質でね。大きな音や、さわがしいところがきらいなんだ」

 さびしそうに話すノーマンの顔を見たニーナ。ニーナはなんて言ってよいかわからずに、少し気まずそうな顔をして、トルールの手を、ぎゅっとにぎりました。

 そんなどんよりとしたふんいきに気がついたトルールは、話題を変えようとノーマンに質問します。

「ところでノーマンは、どうしてぼくたちが住む世界の森へ来ていたんだい?」

 そんなトルールの質問に、ノーマンは得意気にゴホンとせきばらいをすると、話しはじめました。

「きみは本当にいろいろなことに気がつくね! じつはね、ぼくたちの仕事はこの森をもっと大きくすることなんだ!」

 おおげさに両手を力いっぱい広げて、ノーマンは目をかがやかせながら話し続けます。

「だからぼくはね、きみたちの世界に生えている、あらゆる国のあらゆる植物の種や苗木を集めて、この森に植えているのさ」

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