第23話
そういえば、今日はどこか口数が少なかった。
戦争体験の話を聞いて落ち込んでいるのかと思っていたら、そうではなかったのか。
私はぶんぶんと首を振った。
「朝香は、私の親友だよ。朝香がいない毎日なんて考えられないもん」
そう言うと、朝香はにこりと微笑んだ。
「ありがと。でも、いいよ。無理しないで」
「無理なんてしてないよ」
「……私ね、中学のとき友達関係でいろいろあって……だから高校は友達にあんまり深入りしないようにしてたんだ」
「いろいろって?」
「私、ちょっと独占欲が強いっていうか……仲良くなった子を独り占めしたくなっちゃうんだよね。べつに、他の子が嫌いとかそういうわけじゃないんだけど、なんか……不安になっちゃうんだ。私には歩果とか琴音みたいな人としての魅力がないから、いつか離れていっちゃうんじゃないかって」
だから、本当はふたりきりがよかったなって思っちゃったんだと、朝香は言う。
朝香は気まずそうに笑って、「ごめんね」と言った。
「なんで謝るの?」
謝られるようなことを言われた覚えはない。
「だってこんなの、重いでしょ」と、朝香は私から目を逸らした。その瞳は所在なさげに揺らめいていて、もしかして、と思う。
朝香は、いつだって明るくて優しくて、笑顔だった。
でもそれは、強がりだったのかもしれない。私と同じように、ひとりぼっちが苦しいと、だれかに助けてと言えなかっただけなのかもしれない。
それなら、今度こそ。
私は朝香の手を取り、まっすぐに見つめて言う。
「私の一番は、朝香だよ。朝香がそんなふうに思ってくれてたって知って、すごく嬉しい。ありがとう」
「水波……」
朝香の瞳に涙が溜まっていく。
「朝香が私に話しかけてくれた日にね、私の人生は変わったんだ。つまらなかった毎日が、楽しくなった。うさぎのキーホルダーを見るたびに、笑顔になれた。学校に行くのが楽しみになった。テレビを見て面白かったときとか、明日朝香に話したいって思うようになったんだよ」
この経験は、一生変わらない。これから先、どんな経験をしようと、朝香が私に話しかけてくれたときの嬉しかった気持ちは絶対になくならないし、変わることはない。
「前、ある人に言われたの」
目を閉じ、綺瀬くんがくれた言葉を口にする。
『いつかきっと、喧嘩してもまた会いたいって思える運命の子に出会える』
「私……朝香がその運命の子だと思ってるよ」
まっすぐに朝香を見つめて言い切る。瞳を潤ませる朝香に、私は続けた。
「今も、心配して探しに来てくれてありがとう」
「……ううん」
「ごめんね」
「え?」
「私、まだ馴染めなくて」
もうひとりじゃないのに、気を抜くとすぐひとりになろうとしてしまう。
これは私の悪い癖だ。直さないといけない。
だって、私には相談できる人がいる。意地を張らなくても、受け止めてくれる人たちがいるのだから。
「……ねぇ朝香。私の話、聞いてくれるかな?」
朝香が「なんでも言って」と大きく頷く。
「あのね、私……夜、眠れないんだ」
「……夜?」
「事故のあとから、寝ると悪夢を見るようになったって、前に言ったでしょ」
「うん。……あ、もしかして、それで部屋に戻って来なかったの?」
小さく頷く。
「悪夢を見ない日はほとんどない。眠っても、すぐに悪夢にうなされて起きるんだ。……だから、部屋でうなされてたら、みんなを起こしちゃうし悪いかなって思って部屋を出た。みんなが眠ってから戻るつもりで」
すると、朝香がぽんと私の頭を叩いた。驚いて朝香を見ると、直後朝香は私を強く抱き締めた。
「ごめん。前に聞いてたのに、気付いてあげられなくて……ごめんね」
「ううん。ぜんぜん」
「そういうことならオールだオール!」
「え……いや、でもそれじゃみんなが寝不足になっちゃうし」
「いやいや水波サン? 修学旅行でちゃんと寝る生徒のが少ないっての!」
「え? そ、そうなの?」
朝香は「そうだよ! 知らんけど!」と強く言い、私と目を合わせた。
「ぶっちゃけ、私だって寝る気とかぜんぜんなかったよ」
言うなり、朝香はすくっと立ち上がった。
「よし。そうと決まれば部屋に戻ってお菓子パーティーしよう! ふたりもまだ起きてると思うし、四人で!」
「でも、もう消灯時間過ぎてるよ!? 電気付けてたら先生にバレちゃうんじゃ……」
「大丈夫! 先生たちジジババは寝ちゃうって! よぅし、夜はこれからだよ! ほら、立って! 今日は寝かさないぞ〜!」
朝香にぐいっと手を引かれ、私はつんのめりながら歩き出す。ちょっと強引だけど、慈愛に満ちた力強い朝香の手を見つめる。
思えば、綺瀬くんに導かれた光の先にはこの手があった。
不思議なものだ。
今の私は、この手がない明日を想像することができない。
「……朝香、ありがとね」
小さく呟くと、朝香はくるっと振り向いて、「なに?」と聞き返してきた。私は首を振って「なんでもない」と笑い、そのまま朝香のとなりに並んだ。私たちはぴったりとくっついたまま歩いた。
部屋に戻ると、歩果ちゃんと琴音ちゃんが待っていた。ふたりは布団の中にもぐって息をひそめていて、部屋に入るなりいきなり私たちに襲いかかってきた。
どこに行っていたのかと責められ、私は琴音ちゃんに、朝香は歩果ちゃんに押し倒され正直に事情を白状する。そうしたらやはり、そのまま四人でお菓子の宴が始まったのだった。
布団の上にお菓子を広げて女子トーク。
枕をお腹に抱えて恋バナで盛り上がる。歩果ちゃんも朝香もそれぞれ好きな異性がいたらしく、話を聞いて驚いた。琴音ちゃんは、今は好きな男の子よりもバスケ一筋らしい。大学もバスケで推薦を狙っているのだとか。
四人で笑いながら語り合っていると、夜はあっという間に明けていった。
……ただし朝、部屋で騒いでいたことがだれかの密告により先生にバレて、めちゃくちゃ怒られたのは言わずもがなだ。
修学旅行二日目の今日は、学年で二手に分かれて、美ら海水族館と熱帯ドリームセンターという施設へ行くことになっている。
ドリームセンターは今年急遽追加されたツアーで、水族館が怖いという私のわがままを聞いてくれた先生の配慮である。先生は、私以外にも魚が苦手な子もいるだろうからということで主張を通したと言っていた。
そういうわけで私たちは今、植物の楽園ドリームセンターにいる。
ドリームセンターには、南国の植物たちがまるで絵画のように鮮明に美しく咲き誇っていた。関東では馴染みのない植物ばかりで、まさに南国といった感じで夏を感じる。
……まぁ、今は冬なのだけれど。
「見てみて水波! めちゃくちゃハワイっぽい花咲いてる! あっ! こっちには食虫植物もいるよ! やば! こわ!!」
朝香は昨晩の夜更かしなどぜんぜん堪えていないというような顔をして、温室の中で人一倍はしゃいでいた。まるで、花と花の間を飛び回るミツバチのようにせわしない。
元気だな、と思いながら、私はひっそりと欠伸をかみ殺した。すると、朝香が駆け寄ってきた。
「水波、眠い? 大丈夫?」
「あ、ううん。これはいつもの癖みたいなものだから、大丈夫」
「そっか」
朝香がホッとしたように笑う。
「ありがとね、朝香」と礼を言うと、朝香は黙って微笑み、首を振った。
色鮮やかな花の楽園を歩きながら、私は前を行く朝香に「ねぇ」と声をかける。朝香が振り向く。
「みんなで写真撮ろうよ」
「おっ! いいね! 撮ろ!」
歩果ちゃんと琴音ちゃんを呼んで、四人ではしゃぎながらたくさん写真を撮った。
撮った写真を見つめながら、綺瀬くんにも見せてあげようと思う。
そういえば、お土産はなににしよう。キーホルダーでいいだろうか、なんて考えていると、パシャッと音がした。
「え?」
「隙ありだね!」
音のしたほうへ視線を向けると、朝香がスマホのカメラを私に向けていた。
「あー撮ったな!」
「えへへ〜油断してるからだよっ」
「いいもん、私も変顔撮ってやる」
「えー、そこは可愛いショット希望なんだけど!」
「じゃあ気を抜いちゃダメだよ」
肩を並べて温室を歩いていると、「水波ー、朝香ーっ!」と、後ろから私たちを呼ぶ声がした。
「ちょっと水波ちゃんたち歩くの早いってばー!」
「早く来ないと置いてくよ」
「おおっ、なにこの花、きれいだな。見てみて歩果、これさっきの虫にちょっと似てない?」
「ちょっと琴ちゃん!」
「ははっ! 冗談だって」
楽しそうにはしゃぐ私たちのうしろで、歩果ちゃんは琴音ちゃんにぴったりと張り付いて歩いている。
歩果ちゃんはただの花や草が揺れただけでもびくびくしていた。どうやら、さっき見た虫が相当怖かったらしい。
「うわぁ、もう早く出ようよ〜」
青白い顔をした歩果ちゃんは、もしかしたら水族館のほうがよかったのかもしれない。少し申し訳ないことをしてしまった気分になる。
じっと見つめていると、歩果ちゃんと目が合った。
「水波ちゃん? どうしたの?」
歩果ちゃんがきょとんとした顔で私を見てくる。
「……いや。なんでもない」
それでも、文句一つ言わずについてきてくれた歩果ちゃんはすごく優しい子だと思う。
色鮮やかな世界をゆったりと歩きながら、私はこの三人を大切にしようと思った。
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