第2話
黒板を見て、ノートを取って。それを無心に繰り返していると、暖かい風が頬を撫でた。顔を上げて窓の外を見てみる。
木は、桜が散って緑色の葉が生えてきていた。
もう五月か、と思いながら、医師の言葉を思い出す。
『茜さんは今、いつ死んでしまうかわからない状態です。少しでも体調が悪いと感じたら、すぐにここにきてください』
医師はそう言っていた。
病院になんて行くもんか、と内心で毒を吐く。
その場ではもちろん『はい』と頷いたが、全く行こうと思っていなかった。
――私は、生まれつきの病気で、〝余命15年〟と言われていた。
けれど、一応高校一年生になれた。だから今の私は、医師の言うと通り、いつ死ぬのか分からないのだ。
「……べつに、生きたくなんてないんだけどな」
私が呟いた言葉は、担任の声にかき消された。
*
「茜、俺に奢ってもらうもの決めた?」
昼休みになって教科書やらノートやらを片付けていると、加藤が教室に飛び込んできた。
「あー……、まだ決まってない。ていうか、奢ってもらわなくてもいいよ」
「急に冷めないでよ……。まあでも、そう言うと思ったから、勝手に買ってきたよ」
加藤が、はい、と私になにかを渡してきた。
「メロンパンといちごミルク……私のお昼ご飯じゃん」
「うん。正直、なにを買えばいいのかわからなくて」
加藤があはは、と苦笑する。
「……ありがとう」
私がそう言うと、加藤は「どういたしまして」と笑った。
「じゃ、一緒に食べよう」
加藤はそう言って、今は友達の元にいる隣の席の
すると月島さんは、「へっ⁉」と素っ頓狂な声を上げる。
「う、うん。いいよ!」
顔を赤くして答えた彼女に、加藤は「ありがとう」と笑みを返して席に座った。
いただきます、と言って彼は弁当箱を開ける。中には色とりどりの具材たち。私もメロンパンの外袋を開けて、いただきます、と一口食べる。いつもの味だ。
「美味しい?」
加藤が訊ねてきたので、「美味しい」と頷いた。
「加藤の弁当って、誰が作ってるの?」
いちごミルクのパックにストローをさす。
「自分で作ってるよ」
「へえ、すごいね」
「そうかな?」
「すごいよ。私はめんどくさいから毎日自分の弁当なんて作りたくないかな」
メロンパンを頬張り、味わってから飲み込んだ。
「あはは、茜らしいね」
「だから加藤はすごいよ」
「そっか。ありがとう」
そう言って笑った加藤の笑みは、小さい頃から変わっていなかった。
*
「茜、明日用事ある?」
門をくぐった途端、加藤が唐突に言った。
「ないけど……。どうして?」
「最近、近くにおしゃれな雑貨屋さんができたって、
「ふうん。加藤って、おしゃれなお店好きだよね」
「うん。おしゃれなお店って、テンション上がるでしょ?」
「そう?」
宇野さんとは、加藤のお兄さん――
ちなみに私は、加藤に聞いているだけで宇野さんには会ったことがない。
「テンション上がるよ。それで、今回は茜と二人で行きたいなあ、って」
「いいけど」
そう言って頷くと、加藤は「やった!」と嬉しそうに笑う。
「じゃあ、明日の十時に茜の家に行くから」
「わかった」
また頷いたところでマンションに着いた。
薄暗いエントランスを抜けて、階段を上って三階に向かう。私は一番端、加藤は右隣だ。
「じゃあ、また明日」
加藤の言葉に「うん」と頷く。
重いドアを開けて中に入り、鍵を閉めた。玄関の電気をつける。そしてローファーを脱ごうとしたとき。
「——っ」
不意にめまいが襲ってきて、よろけてしまった。咄嗟に壁に手をついて、体を支える。
『少しでも体調が悪いと感じたら、すぐにここにきてください』
医師の言葉が脳裏に蘇った。
「……行かない。行かなくても、大丈夫」
そう呟いてから深呼吸をして、私は顔を上げる。
大丈夫。ただ、めまいがしただけ。
――あと少し。
そう自分に言い聞かせて、ローファーを脱いだ。
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