第38話 魔法屋最強バディ


「エルフの子……どうしてここにいるのよ」


 右手首を左手で押さえて後退しながら、狼狽えた魔女グレアが言った。そして、何かに気が付いたのか、ハッとした表情を浮かべた後、奥歯をぎしりと噛み締めた。


「わかったわ……古き血の坊やね。火柱の魔法だけじゃなく治癒魔法まで使うなんて、随分と生意気だこと。今頃、古き血の坊やとベンドンが戦っていて、エルフちゃんは剣士くんの加勢に来た……ってところかしらね」


 グレアが見下した態度で間違った戦局を語ってみせた。しかし、リシュナは魔女の言葉の一切を無視して、そそくさとシオンのそばに近寄る。


「シオン、大丈夫?」


「……ああ」と、シオンが小さく呟く。


「ちょっと苦戦してるみたいね」


「そう言うリシュナもかなり消耗してるだろ? でも、あのデカブツには勝ったんだな」


 腹の傷穴を手で押さえながらシオンが言う。手にはべっとりと血が付着していた。


「へへーん、余裕で勝ったよ。まあ、あまり気持ちの良い勝ち方じゃなかったけどね」


「勝ちは勝ち。負けは死だ。生きるためには勝つしかない……ところで、アッシュはどうした?」


「アッシュはティトーノスのところへ行った」


「そうか……早くあの魔女をぶっ殺して、加勢に行かねぇとな」


「……そうだね」


 魔力切れ寸前のリシュナと手負いのシオンが立ち上がる。一方で、対峙する魔女グレアの方も恐竜の魔獣を召喚したことにより多量の魔力を失っていた。だが、それでも依然として魔女グレア陣営の数的優位は揺るがなかった。

 グレアは新たに3体の魔獣を召喚したのだ。イノシシの魔獣、トラの魔獣、タカの魔獣が1体ずつ。どの魔獣も大した魔力は持っていなかったが、それぞれの原型となっている獣の戦闘能力が極めて高いため、決して侮れない。


「リシュナは雑魚を頼む。魔女には手を出すな、ヤツは俺が殺す」


「その身体でやれんの……?」と、心配顔のリシュナ。


「やるしかねぇんだよ……!」


 吐き出すように言うシオンの顔は相変わらず苦しそうで、相当な無理をしているのは明らかだった。3体の魔獣が迫る中で、リシュナは何か閃いたような顔を浮かべ、バンッとシオンの背中を叩いた。


「いってェ!」と、悲痛に顔を歪めるシオン。


「ねぇ、やろうよ。あたしはサポート、魔女を倒すのはシオンの役割。これならどう?」


……ね」


 シオンは少し迷ったような表情を浮かべたが、すぐに顔を横に振り、真剣な眼差しを向けるリシュナと目を合わせた。


「よし、わかった。やってやろうじゃねぇか」


 その時、宙を舞うタカの魔獣が、上空から太陽と重なるような角度で突っ込んできた。同時に、地上からはイノシシの魔獣が正面からぶつかってやろうと意気込んで走りこんでくる。

 咄嗟にリシュナは魔力の弓を天に向け、タカの魔獣の翼を撃ち抜いた。「ピュエー!」という甲高い叫びが響き渡るのと同時に、タカの魔獣は黒い灰となって消滅した。


「行け、シオン!」


 リシュナの合図と共に、シオンが深い傷を負ったまま駆け出した。正面から突っ込んでくるイノシシの魔獣を斬り捨てつつ、魔女グレアの方へ向かって一直線に駆けた。

 そこへ、遊撃的役割を務めるトラの魔獣がシオンに対して強襲を試みる。凄まじい脚力でシオンとの距離を一気に詰めていく。


「バカな子ね、手負いのくせして正面から突っ込んで来るなんて」


 魔女グレアが不敵な笑みをこぼした直後のことだった。突如、まだ距離があるにもかかわらず、シオンが立ち止まったのだ。そして、低い姿勢で居合の構えをとり始めた。


「まずトラの魔獣を片付けようというわけね。さあ、手負いの剣士くんにとどめを刺しなさい!」


 グレアの号令に呼応して、トラの魔獣の魔力量が一気に跳ね上がる。魔法で召喚された魔獣は自在に操作可能なだけでなく、術者が魔力を送り込むことで能力を強化することもできるのだ。トラの魔獣がシオンの喉元めがけて猛然と襲い掛かる。


「流纏、芯堅――」


 シオンの刀に魔力が込められていく。それは、全身全霊で繰り出す最後の一撃。シオンの魔力だけでなく、生命力まで上乗せした魂の斬撃。

 ただの魔獣ならば、シオンの妖刀に集約される怨恨のごとき魔力を恐れ、一目散に逃げだしている頃だろう。だが、グレアに使役されるまま動くトラの魔獣は、勇猛果敢に剣士の間合いへと突撃していく。


 そして、ついに魔獣の鋭利な牙がシオンの命を刈り取る瞬間が来た――

 

「――居合」


 肉体が引き裂かれ、真っ赤な鮮血が噴き出す。シオンの妖刀居合の一閃は――魔女グレアの背中に深々とした斬撃痕を刻み込み、美しいブルーのドレスを台無しにした。


「な、何を…………はっ!」


 魔女グレアの視線の向く先は、背後に立つ殺意に満ちた青年などではなかった。唐突に標的を見失って困惑するトラの魔獣でもなかった。彼女抱く憎悪の矛先は、いたずらな笑みを浮かべるエルフと魔法使いの子――リシュナだった。

 

「……女の子に助けてもらうなんて、男らしくないわね」


 刹那、シオンの魂を込めた妖刀が魔女グレアの首を跳ね飛ばした。ごろんと転がった魔女グレアの頭部は、まるで魔獣の最期のように黒い霧と化して消滅した。


「勝ちは勝ちだ、男も女も関係ねェ。それに、何年も前からずっと、リシュナは頼れる相棒だ」


 ふうと息をついた瞬間、シオンは膝から崩れ落ち、身体を動かせなくなった。この一戦で、魔力も体力も血も大量に失ったのだ。このままではまずいと頭では理解していたが、手も足も動きそうにない。

 そして、それはリシュナも同じだった。ただでさえ魔力が尽きかけていた状況で、シオンに空間移動魔法を使って魔女グレアの背後へ飛ばしたのだ。へなへなと座り込み、魔力の矢すら出せない状態になっていた。


「ガウアアアア!」


 力なく地に尻を付けたリシュナの元へ、まだ生き残っていたトラの魔獣が襲い掛かった!


「な……リシュナ! 逃げろ! クソ、魔力の供給源である魔女は死んだはずなのに、まだ動くのか」


 魔女が召喚した魔獣は、仮に主人が死んだとしても、体内の残存魔力が尽きるまでは動き続ける。まさに、限りなく本物の魔獣に近しい存在なのだ。

 

 その時、雲に覆われた天空が眩い閃光を放った。1秒もない――わずか一瞬の後のこと、猛烈な落雷がトラの脳天に突き刺さり、瞬く間に獰猛な魔獣を消し炭にしてしまったのだ。


「……いったい何が……?」


 シオンが言った瞬間、疲弊していた身体が少し軽くなった。リシュナもわずかに魔力が回復したようで、すぐさまシオンの元へと駆け寄った。


「きっとグラトだ」と、リシュナ。


「確かに、こんなことができるのはグラト先生くらいだが……」


 ふと、リシュナが頭上を見上げた時、遥か天より聞き覚えのある声が降ってきた。その声はリシュナだけでなく、シオンにも聞こえているようだった。


『聞こえるか、リシュナ。シオン』


「グラト先生……グラト先生! しっかり聞こえています……貴方の声が……!」


『よくぞ聖血魔導会の残党を倒してくれた。今の私では、雑魚魔獣を消すことはできても、悪の魔法使いたちを倒すことはできなかっただろう。2人の活躍がなければ状況は一変していた』


「えへへ、すごいでしょ。それより、アッシュの方はどうなっているの?」


『実は……あまり状況は良くない。今、この山から少し離れたところ――北の村の跡地周辺で、アッシュとティトーノスが戦っている』


「俺たちが加勢に行きます」


「そうしよう、きっと何かできることが……」


『いいや、行かぬ方がいい。疲れ切ったお前たちでは足手まといになるだろう』


「……グラトの治癒魔法かなんかで何とかならないの?」


『今は応急処置程度の治癒ならともかく、強力な治癒魔法を付与することはできないのだ。この瞬間にも、私はアッシュに魔力を分け与え続けている。これが途切れたとき、おそらくアッシュは死ぬ』


「アッシュが……死ぬ……?」と、リシュナ。


「……わかりました。アッシュを信じて待ちます」


「え、うそ、ほんとに言ってるの? 冗談でしょ?」


「俺はグラト先生を信じている。アッシュも信じている。ただそれだけだ」


「………あたしだって、そうだよ」


 シオンとリシュナは遥か遠くを見つめた。リシュナは強敵を自力で打倒し、シオンは因縁の魔女との決着をつけた。今頃、エルレミラの療養施設では、シオンの妹であるアオイが目を覚ました頃だろう。


 だが、彼らの戦いはまだ終わっていない。精霊の王となった守護賢者グラトの加護を受けた古き血の継承者アッシュと、長き時にわたり膨大な魔力を溜め込んだ史上最悪の魔法使い“不死のティトーノス”による激闘が今尚繰り広げられていたのだ。

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